2009年12月17日 (木)

歌舞伎座 十二月大歌舞伎 ~夜~

覚書
京の都へ向う前に、歌舞伎座へ。まずは夜の部から。南座顔見世対策のため、歌舞伎座は3階にて。
まずは、「引窓」 双蝶々曲輪日記。浅草や歌舞伎座でこの前後の演目が かかったりしたので、引窓での位置づけがよくわかり、より面白くなってきた。 三津五郎さんの南与兵衛がよかった。 代官の立場より、私は 母上 あなたの子ですよと にっこり引き受ける。 うう。泣ける。 2人の息子を思うが故に迷う母 お幸、右之助さんの厳しさが素晴らしかった。母を思い、夫を思う 三津五郎さんの妻 お早の扇雀さんもよかった。 濡髪長五郎は、橋之助さん。相撲取りの拵えが格好いい。与兵衛が手水鉢へ近寄る時に、膝行で近寄った。今「膝行」に興味津々なので、ひそかに色めきたった。 スーパーテク、高頬の黒子取りのところは 泣きながら くすりとしてしまう。
非常にキャストのいい 引窓でした。 あったかくて、ジーンとした。 出世より何より家族が大切 というあたりまえのよさに 気がつこう。日本人よ。
次に「雪傾城」御名残押絵交張(おなごりおしえのはりまぜ)。 芝翫ちゃん、お幸せね という一幕。 孫と踊る傾城さん?! 勘太郎、七之助、児太郎、国生、宗生、宜生と沢山のお孫さんに囲まれて、幸せそう。安泰という文字がみえましたことよ。 幕間にロビーで成駒屋 ・ 中村屋奥様 勢ぞろいの図をおみかけしました。愛ちゃんも加わっていました。初々しい。そこにも安泰の文字がみえましたことよ。  ちびっこながら宜生くんの堂々とした様が頼もしかった。
最後に「野田版 鼠小僧」。再演の余裕を感じました。すっきりしているし、野田秀樹の心情がよくでていて、よくできた話だなと思う。この人の描く大衆の怖さは、よくできている。いつも、ハッとし ぞっとする。 初演では阪東吉弥さんが出ていらしたなぁと、思いをはせる。おじいさんのように亡くなった人の話ばかりしてしまいますよ。好きだったのでね。 元清水大希くんのことも思う。うまかった。(鶴丸くんとして元気に頑張っているけど・・) 勘三郎さんはどんな時でも勘三郎で、実にいい間合いがある。 うまいな。笑いながら泣かされる。あのグダグダの寸前みたいな くずし具合がいい。 七之助くん、すごい。徹底的に演じきって、決して下品にならず、歌舞伎味がある。声も枯れない。(←ここは染五郎さんに言いたい) 三津五郎さんの調子いい大岡ぶりや、はじける大岡妻 の孝太郎さんも、新作ならでは味わいを出していました。 人が沢山でて、一気に動いていてもうるさく感じないのはすごいと思う。 面白かった。
野田秀樹が、歌舞伎をということで観にきた若者が、あれ?歌舞伎っていいかもと思うきっかけになる月になりましたね これは。余計な御世話だけど。 古典も新作もしっかりした満足の舞台でした。

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歌舞伎座 十二月大歌舞伎 ~昼~

覚書
京の都から帰ってきてから、また歌舞伎座へ。話題の昼の部を鑑賞。おさると、友(人、カワイコちゃん)と3人で。なぜだか3人バラバラ(上手・中央・下手)の席で。3階よりじっくり楽しむ。
まずは、今月 歌舞伎座で一番のお楽しみだった「操り三番叟」から。
後見の松也くんの初々しい緊張感が清々しい。足踏みの硬さがまでもがいい。 鶴亀さんと一緒にきりっと対応。
三番叟は勘太郎ちゃん。絶対にやりすぎない踊りっぷりに惚れぼれ。あれだけ踊れたら、もうちょっと色気をだして 面白みを出したくなっちゃうだろうに。若いのだから。 操られる面白さよりも、足と床に接点のない、人形のフラフラ感がしっかりでて 見ごたえがありました。しなやかだなぁ。 糸が絡まったところなど魂がないようにグダっと倒れていて見事でした。美しく見事な三番叟でした。ブラボー。
次に「野崎村」新版歌祭文。これを見るたびに国宝祭の野崎村(芝翫丈・鴈治郎丈・雀右衛門丈・富十郎丈・田之助丈 豪華)を思い出します。 お光ちゃんが、愛しの久松との祝言にうかれるかわいいところ。楽しくって仕方のない様子で大根を切ったり、眉を隠してみたり。この先のお光を知ってみているだけに切なかった。身を引く場よりも切ない程。 というものの、久松とお染が、大坂へ帰るところを見送る父娘のことろは ものすごく悲しかった。 3階からみる 福助お光っちゃんはおとなしくてよかった。胆の座った孝太郎 お染のお嬢様然としたところや、控えてばかりでなんだか頼りなくすら感じる 橋之助 久松をみて、2人とも色々な役ができるのだなと当たり前だけど思った。
続いて「身替座禅」 山の神 奥方玉の井を演じる方は極端な化粧の人が多いように思いますが三津五郎さんは抑えてました。普通の奥方。(歌六さんなんてオバQみたいですばらしく可笑しかった。) 勘三郎さんの「花子に会いたい病」ぶりや、「花子にうっとり」ぶりは、間違いなく よい。そんなうっかりさんにみえるほどでした。 顔をすごく拵えなくても三津五郎さんは充分に怖い奥方でした。 侍女 千枝・小枝は、巳之助くんと新悟くん。2人とも頼もしくなりました。狂言『花子』をもとにした舞踏。空気感が全く違って面白い。
勘三郎さんと三津五郎さんの息のあうこと。 ウキウキします。 このお二人の三社祭がみたい。とっても。お願い松竹さん。
最後に、超超超話題作。クドカンの「大江戸りびんぐでっど」 くどかんの勇気というか くどかんっぷりに恐れ入りました。 歌舞伎座にも歌舞伎役者にも のまれることなく、クドカンらしかった。やるなぁ。
みんな仲良くみたいな曖昧なテーマでなく、ちょっとキツいテーマがしっかりあって、最初から見事にバカバカしく、最後には桟敷上の提灯まで点滅する大騒ぎ。びっくりした。
宮藤官九郎をみにきた人も、宮藤官九郎を知らない純粋な歌舞伎好きも、どんな人も何かひっかかるところがあるものになっていました。
七之助くんがすごかった。あの人、トコトンやってもきちんと歌舞伎だし、面白いし、キレがいい。下品じゃないわね。勘三郎の新吉は抑えた出番でさらう。さすが。染五郎さんお半助は、最初 劇団☆新感線の人っぽさがあって?って思ったけれど どんどん世話っぽさが出てきて 落ち着きました。変な腹立ち具合とかがいい。 亀蔵さんのストイックさと、三津五郎さんの四十郎の別世界の着物の人っぷりにも参りました。(乾いて候っていうか、一人 座長大会っていうか。明治座っぽいアヤシさ。) 
今月は、昼も夜も すごい世界をみせてくれました。ありがとう。 新作があたえるショックみたいなものも、気分よかったなぁ。

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2009年12月15日 (火)

ビバ師走

12月って私の誕生日の月じゃないですか。 禁断の「じゃないですか」 を使ってみました。 だって極上の日々だったのですもの。 にんまり。
京都に行ってまいりました。そう、御想像のとおり南座へ。 気が遠くなるほど豪華な顔見世でした。 うっとり。
最前列にて 顔見世歌舞伎を鑑賞し、和だの洋だの贅沢な美味しいモノをあれこれいただき、 大好きなお店を片っ端から訪れ、寒いお寺でキリッとした気持ちになり 仏画・仏像・障屏画を拝見。 シ・ア・ワ・セ。 よい相方と過ごす師走の京都は、天国でした。 ほっこり。
夢の京道中の前後には、お江戸 歌舞伎座で 夜の部 昼の部を鑑賞。 新作と名作、両方をかける層の厚さ。いいねぇ。 にっこり。
その道楽三昧のおかげで今は青色吐息。 おうちでも職場でも、することが山のごとし。 やることマンサイ也。 決算って何?知ってるけど。 楽しかった思い出を反芻しつつ、のりきるのだ。 のりきれるのか? 旗色悪し。 ぐったり。

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2009年12月 3日 (木)

勤労者美術展

気がつけば、もう12月。 先一昨日は南座初日。昨日は歌舞伎座初日。そして今日は国立初日&わたくしの健康診断デーでした。  

友人が入賞したというので みてきました、東京都美術館。勤労者美術展というものを初めてしりました。出品資格は東京都内に住所または勤務先を有する勤労者だそうです。働きながら、こんな立派な作品を創作するとは。(退職された方もいらっしゃるようですが。) 時間って、作るものなのねとしみじみおもいました。 なかなか面白かった。 62回も続いた この美術展の開催は、今年で最後だそうです。 東京都美術館も改修工事で休館になるそうです。 休館って聞くだけでさみしい。
友人の作品は、友人の人柄がよく出ている作品でした。わかるなぁと思った。そしてヘェーこんな風にと不思議にも思った。入選おめでとうございます。
他の作品もくまなくみてきました。みていくほど、日本がと洋画の違いがわかならなくなってきました。 画材の違いかと思っていたのですが?? 主題でもないようです。これも日本画?洋画?と?となりました。 とても最近、勉強した身とは思えない。
「書」って面白いなと初めて思いました。よくわからないのですが。芥川の「青蛙 おのれも ペンキ ぬりたてか」という書のかっこういいこと。万葉集とかそういう教養を身につけたい。美しい言葉は、口にだしてみたくなる。
我が友よ。おめでとうございます。すごいわ。

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2009年11月27日 (金)

海をゆくもの

覚書
金曜日に、久しぶりに芝居を観ました。古典芸能でないものという意味での芝居。非常に濃厚で演技力のある5人の男だけの舞台は、濃厚で、強烈でした。 
日本人同士が、カタカナ名前で相手を呼び合うのってちょっとこそばゆかったりするけど、これは平気でした。舞台はアイルランド。片田舎で暮らす兄のところにもどってきた弟。目がみえなくなってしまった兄に吉田鋼太郎、弟は平田満。昨晩この家でのんだくれて泊ってしまった友に浅野和之。弟がもう顔もみたくない友は、大谷亮介。なぜなら彼女をとられてしまったから。みんなアル中みたいな汚い男たち。うるさいのと暗いのと、小心のとバカみたいに明るいの。クリスマスイブの朝から、夜にかけてたった一日の話。
キーは、大谷亮介がつれてきた男。小日向文世。
のんだくれで、汚くて、とにかくうるさい弟。どうも、目がみえないようだ。しかも近年になってから視力を失った。いらだちのすごいこと。 久々に家にもどった兄は、弟をもてあましているよう。 しかし ストーリーが進むにつれ、どっちが迷惑なのか混乱してくる。 みな 生きにくいところがある。 それは私もだけど、彼らは特に、生きていくのがキツそう。でも自分では、そんなに苦にしていないところが強烈。 なんで、こんなにガーガーうるさい芝居なのかと思っていると そこに、コヒさんが登場。キーになる男 コヒさんは、ときに小さな声で台詞をいい、キキキと音のしそうな なんとも奇妙な手の動かし方をする。 それが怖いのなんの。 こんな怖い芝居とはおもわなかった。(どんな芝居か知らずにきたけど)。 内心ヒーヒーいいながらみる。なぜか一番前の席だったので臨場感ありすぎ。途中休憩で幕がさーっと降りたとき、声にだして「怖っ」って言ってました。 コヒさんは左利きの男の役。みていて怖かったせいか、腕に力をガチガチにいれまくっていたようで、帰りの電車ですでに筋肉痛に。ダル痛でした。特に左手が。 5人が無駄なくうまいので、怖さも100倍。 怖い事実を知っているのは5人中2人だけ。あとの3人の浮かれぐあいとか、該当者の追い詰められ具合とか、なかなかの迫力でした。舞台で大谷さんがオレンジのを食べだし、そのいい匂いがしてくる。そういう臨場感が、観客というより その場に巻き込まれちゃった感じで、こわがりの私は何かと怖かった。 最後の なんだそれ という展開を招いた浅野くんに救われました。あれがなかったら怖くてトイレにいけないよ。ありがとう浅野くん。
おばけよりも、想像させる世界の怖さがすごかった。すごいよコヒさん。

『海をゆく者--The Seafarer』
アイルランド演劇界をリードする気鋭の劇作家コナー・マクファーソンが、2006年に自らの演出により、ロンドン<ナショナル・シアター>デビューを飾った出世作で、ローレンス・オリヴィエ賞"BEST PLAY"他にノミネートされた傑作ストレートプレイだそうです。

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2009年11月26日 (木)

えいえいおー 通し狂言 仮名手本忠臣蔵

覚書
通し狂言なのに、昼のことしかつけなかったので、夜のことも少し。一気にみたせいか、判官と師直の対決が強烈すぎたせいか、ちょっとおちついてしまった。
五段目、義太夫に注目しながらきいていたら(御簾内だったため)、こんなにも三味線が効果的だたのかと驚く。猪かとおもいきや人だったという勘平の心がビーンという糸ではっきりわかる。相乗効果というより、どっちかがかけても成立しないのだなということに気がついた。旅のお方すまぬと駆け出した後、あっあのお金があればと気づく。そこのはっとしたところにもこんなに効果をだしていたのか。みえない音まで格好いい。 この後に猪でなく人だっただけでなく、それは義父だとわかることを知っている観客。さらに自分を武士にもどすため娘を売った帰り道だとも。これから落ちていく地獄を前にする姿がみせどころというのも、すごい設定。 非劇をみせるだけでないので成立する。 菊五郎さんの六段目は何度も観たが、今回は特に若々しかった。時蔵さんのおかるのすがるような感じが、また勘平をよくみせていた。 いい組み合わせだった。一文字屋お才の芝翫さんの、こういう泣き別れなんて当たり前というお才の感じや、判人源六の 左團次さんの間もいい。忠臣蔵の中で一番多くみて、少々だれぎみ(観すぎのため)の六段目だったが、面白かった。 きびしめの東蔵さんのおかやが、最後に悪かったと勘平にすがる。おだやかに後を頼む勘平、ここが特にきれいだった。
ひとつひとうの歯車があうと、それは非劇になる。しかも自らの命を絶つと、それは間違いだったと知れる。 ここで、最初に与市兵衛をみればよかったという、まっとうな正しさなんて全く不要の展開に、よくできた芝居だなとしみじみ思った。
七段目。だまって、うちわであおいでいる福助おかるは綺麗で安心した。静かなのはいいな。いい香りがしそうで。(3階だから無理だけど) 仁左衛門さんの由良助は、呑んで浮かれた後、ふっとみせる真剣な顔に魅せられた。力弥への声にださない指図のするどさに、うっとり。門之助さんはけっして若くないのだけど、こういういでたちをすると、しっかり力弥になるな。きちんと若衆になる。ほぉ。
十一段目で、やっと登場の錦之助さんと、歌昇さん。あれ?ここだけ?元気いっぱいに小林平八郎と竹森喜多八の激闘をくりひろげていました。
富森助右衛門の男女蔵さんと、赤垣源蔵の松江さんが炭小屋前に。背中だけで、気迫を感じました。最後に梅玉さんがかっこよく見送ってくれました。見事本懐を遂げた浪士達を見送ったのだろうけど、そんな気分に。服部逸郎はあつくていい役だ。
すごい方でもちょっとしかでるところがないほど、充実の重鎮忠臣蔵でした。もうこの歌舞伎座でみるのは最後という勝手な思い入れをおいておいても、相当おもしろかった。

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2009年11月25日 (水)

ビバ花形歌舞伎 奮闘の昼の部

勤労感謝の日に、演舞場にいってきました。花形歌舞伎観劇の仕上げに、昼の部を鑑賞。その前の週に歌舞伎座の重鎮忠臣蔵を観た後だったので、より若々しく感じました。盟三五大切が、塩冶家の浪士というところが、歌舞伎座とリンクし面白かった。今ごろ歌舞伎座では、何段目がかかっている頃かななどと思いつつみる。
盟三五大切は、三人吉三に比べて、若さゆえ・・・なのだろうかという箇所があったように思う。立っている姿とか。難しいのだな。ぞっとするような凶気とか、存在感とか。でも、それは時々であって、昼夜通し狂言をかけてだれることがないのはすごいと思う。
まずは、通し狂言 盟三五大切
序幕 佃沖新地鼻の場は、大好き。ここの三五郎が一番格好いいと思ったら、そのあとの三五郎もけっこう格好よかった。菊五郎さんぽさがでていました。あとは色気ですな。うまいこと相手をのせるとこのタイミングなんて、すこぶる決まってました。菊之助さん、立役が続いたら 粋で色気のあるいい男になりそう。でも女形もいい。 悩ましい。 小万の亀治郎さんはちょっとひいたところがよかった。引いても存在感ばっちり。 八右衛門の愛之助さんの健気なこと。
虎蔵の松也くんは、お父様 松助さんのような役がらに果敢に挑戦していて、ちょっとジーンとする。いかんせん背が高いと太鼓持ちという商売はむずかしい。へりくだった感が薄くなるのか、見栄えがよいのか。同行のおさると、わたくしたち長身(否 大女)は、タイコもちには なれないねと話合う。職業の選択が一つ減りましたことよ。
お主大切と、人を陥れてまでも、親のため ついては主人のためにと 必死に金を用立てる。 ところが、騙した相手は 親が大切に思う主人 その人であった。 歌舞伎には、このお約束ともいえる非劇がつきものである。この悲劇がうまれる土壌というものが、私たちには理解しにくい。 そんなにまで他人を敬い、尽くすという気持ちが希薄であるからだ。 芝居の世界は、そんな情が薄い 今の世界はつまんないと思わせるアツいものがある。 それは、芝居を成立させる役者自身が、ちゃんと「忠義」ということを不思議に思わない生活を送っているからなのだと思った。 だからこそ、歌舞伎は演劇とは一線をひいた匂いのある芝居になるのだな。これを書きながらの考察。
通し狂言のあとは、舞踏。四変化弥生の花浅草祭。これもすごい。松緑さん、愛之助の2人であれもこれも踊る。武内宿禰・神功皇后、善玉・悪玉、国侍・通人、獅子の精。最後の獅子の精では、もう首が飛んでくるかと思うほど頭をまわしてました。 松緑獅子はもちろん、松緑獅子の合図まで、まわし続ける 愛之助獅子。そして、その後の鳴り物も大迫力。すこぶる格好よかったです。獅子の兄貴たちの気のすむまでおやんなさいと言わんばかりに 奏でまくる。 ちょっとまわしすぎかとも思うけど、これこそ花形歌舞伎! なのでありますよ。ビバ花形歌舞伎!それなのに・・海老蔵さんの不在を哀しむ。 そして婚約の知らせに呑む。おさる、おつきあいありがと。 案外荒れない、小さくまとまる自分がイヤ。荒事なアタシでいたいのに。 今日は頭が痛いぜよ。

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2009年11月19日 (木)

おどろいた

今日は、朝からびっくり。
出勤前は熱愛報道だったのに。残業して、のんきに海老フライを食べて 帰ってきたら、近日婚約報道に成長してました。 あぁ。
ぐぅ。

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おのおのがた 通し狂言 仮名手本忠臣蔵

覚書
ビバ花形歌舞伎とは異なる、円熟のなんともおおらかな国立大歌舞伎とも異なる、重鎮揃いの歌舞伎座を大歌舞伎を満喫してきました。
口上人形の登場から、昼夜通しでじっくり鑑賞。
大序は儀式性の高い段。柝がゆっくり打たれ、それに合わせて定式幕がジワジワとあいていく。ワクワクしながらが柝を数える。23回くらいでちょうど真ん中にたどり着きそこからは速くなる。間口が広いためか、最後チョンチョンチョンと細かく刻んでいく数は別勘定なのか、47回を超えていました。幕がひらき人形のように顔をうつむき座っている登場人物たち。この儀式性の高さがいい。義太夫の語りにあわせて一人づつ顔をあげる。忠臣蔵のバイブル、関容子さんの『芸づくし忠臣蔵』のおかげで、ひとつひとつのしぐさが面白くって仕方無い。 畳敷撒という、投げて畳敷きをする大道具さんもすてきでした。職人さんは魅力的です。

とにもかくにも、面白かったのが富十郎 師直と勘三郎 判官。
松の間刃傷の場での師直の 判官への、あてつけっぷりはすごかった。最初は、相手の悪意を全く感じない勘三郎判官には、その、おっとりとした育ちのよさのためか その悪が伝わらない。繰り返し執拗に、言い続ける。そして うまいこと相手の怒りに火をそそぐ。師直は、案外冷静に怒らせているのだな。姑息な感じでなく、堂々と。というか、いけしゃあしゃあと。
はじめは、何を言っているのかしらんこの人は、という判官だが、ここを譲ることができないというプライドに火をつけられてしまう。 ぐっと詰め寄る正義感がいい。
ここで、富十郎 師直は 殿中で刀に手をかけますか、鯉口三寸抜き放たば家は断絶と、あっけらかんと権力を振りかざす。まったく仕方のない男なのだが、妙にいい。 しまったと家を思う判官の熱さがいい。 胆のそこから絞り出すような想いで手を付き非礼を詫びる判官。みていてくやしくて、一緒にジリジリしました。 この先! ここでまた もう一押しする富十郎 師直の意地の悪いこと。 顔をくっつけんばかりにして向き合い、目が落ちそうなほどむき出して、睨みつける。あの、にくらしいことったら。見事でした。 これからの長い物語が始まってしまっても仕方のない あの効果的な怒らせ方。 恨みつらみというより、今気に入らなかったくらいのことを(沢山の賄賂をもらえば、コロっと態度を変えそう)、まぁ、これだけ憎たらしくしてみせられるものだ。 あんなに大袈裟にしたら、ふざけたお笑いになってしまいそうなのだが、富十郎さんはすごい。憎らしかった。しかもコミカルさを残しつつ。やるなぁ。 受ける勘三郎さんもいい。 あんなにされては、もう耐えるということは正義ではないという考えになる。師直覚悟というやいわずで、斬りかかる。歌舞伎しては珍しい俊敏さ。みているこっちも相当腹がたっているので、よくやったとおもう。この先、お家がどうなろうと、ここで斬らずになんとする。 そこへ殿中でござると止める加古川本蔵 菊十郎さん。何をすると判官と一緒になってジッとにらむ。取り押さえられてもなお、なんとかしようと刀を投げる。しっかり相手をみて廊下にきっちりと投げ込んでいました。もう、この場に、振りというものはなかった。止める振りとか斬る振りとか。本気のすごさにしびれました。しかも、ナマにならない。きっちり演じている。すごい。 師直を斬れなかったときには、なんだかくやしくってみていて涙が出た。無念。 しびれた。 面白かった。
大序で、いきどおる若狭之助 梅玉の、正義感もきもちいい。顔世 魁春は、富十郎 師直が惚れるのもわかる品のある女性でした。
富十郎さんの悪は、気持ちいい。 師直の悪は、陰湿な悪意ではない。恨みというのとは少し違う。 ただ、今 面白くなかったから 腹いせにあたってやったというような怒り。 ご機嫌をとられれば機嫌よくなるような。 命があぶなければ這いつくばって謝ることすらなんでもない。プライドなんて持ち合わせていないかのように。 いい位置で、いい思いをして生きていきたいのだ俺はという、あっけらかんとした悪。
気に入った女性には恋文を書き、手をぐっと握り袖の中に押し込んで渡す。実にストレートにせまる。 それを邪魔した若狭之助は、フンといって挨拶してやらない。 刃向ってこようものなら、実にうまいことさらに怒らせ、相手を窮地に陥らせようとする。 危なくなると、環御だと実にタイミングよく逃げる。 コミカルなのだけど、品があるヤなやつ。 逆に魅力的にみえるほど。この悪があるからこそ、すんなりと判官に、そしてその想いを託された大星に、味方し、忠臣蔵を堪能できるのだ。
ここまで効いているので、四段目判官切腹の場が、よりよくなった。覚悟を決めた判官の毅然とした様子に涙が出た。家がどんなことになっても、あそこで折れずに戦ったことは間違いじゃないと思った。切腹の用意をしなくてはならない諸士たちの手際のよさが哀しく、襖の奥で控えている無数の諸士の地響きのようなうなり声が哀しかった。
判官の切腹の場で、九寸五分をつきたてたその時に大星が駆けつける。石堂の仁左さまが大星を、近う、近うと側に行かせるところの格好いいことったら。大星到着を喰ってしまうかと思うほど格好よかった。反則だな。

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2009年11月17日 (火)

この冬は力弥

四段目の力弥は孝太郎さん、前髪ものが似合っていました。七段目は門之助さん。
力弥が若々しくけなげに見えるのは、力弥役者と判官・由良之助役者の技量だけど、もう一つポイントを発見。あの赤い脚袢。あれが、裾からちょっと見えるところが若さのポイント。 ん!赤のレギンス! 今年の冬はあれを履けば よいではないですか。 と、観劇中考えた。
普段から可愛がられている大切主君、判官のもとに九寸五分を乗せた三宝をもっていく。離れがたい気持ちとか、切腹という動揺とか、父である由良之助が到着しない焦りやら、そういう状況を理解したうえで、鑑賞する。なるほどと思う力弥でした。いろいろなものでいっぱいになっている事ところに胸があつくなる。沢山の働きがあり、無駄のない動作が続くなか、ちゃんとわかった。 細かいところに目がいくのは、関容子さんの『芸づくし忠臣蔵』のおかげ。また、読み返し中。何度読んでも感心しきり。

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