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2006年7月31日 (月)

途方に暮れつつ参ります

31日。7月も7月歌舞伎座も終わってしまいました。
鏡花4部作を通して、人間のエゴの引き起こす醜さと、超越しているもののけの美しさ・清らかさ・迷いのないいさぎよさ・残酷さについて鏡花のあらわしたかった世界についていろいろと考えました。
もののけは、人に悪さをしたり あやめたりするモノではなく、逆に人のエゴにより死に至らしめられたり死を選んだりした人が姿を変えたものなので、対比して人の醜さ・おろかさがクローズアップされる。
清く美しく信じるものをもち、ゆるぎなく強い。美しい。なぜ、この真理がわからぬと強力なパワーを持つ。そのパワーを発するキャストに魅せられた。
美しい言葉。真実をつく言葉。視覚の美しさに酔いしれた1ヶ月であった。
あの天上人たち(あるいは海神たちの)は、ストイックなまでに清らかで美しく、かつおちゃめで、また見目麗しいというあまりにもパーフェクトである。
一応とか、なあなあとか、今回はこちらをたててなんて・・・中途半端なものが何もない。
選ばれた(選ばれるべきして選ばれた)人が苦難のすえ、真実の美しさをみつけもののけ側で清く生きていく。 その人は必ず100%美しい。(心だけでなく)。うーむ。美しい。(美しすぎ)

「むさや むさやの」といわれる人間は、どうしようもないけれど 完璧には程遠い愛すべきヤツと思って、ちょっと ホッとしたりします。
完璧すぎる毎日は、少々窮屈であろうげな。

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2006年7月30日 (日)

もう帰すまいと私は思う

7/30日曜日 夜の部観劇。
本日は母と観劇。 親子で大喜び。ときどき「今のとこ!!!」とよかったぶりを確認しあちゃった。ぐっとくるのだもの。
まぁ何はともあれ、とにかくきれいでした。 きれいなだけではないのですが、中身があってやたらときれいというのでしょうか。いいものを見た割には雑なまとめ・・・
山吹。やっとわかりました。そういうことか。 難しい芝居でした。全部を理解してはいないし、消化できていないところもあるけれども、今回はじっくり腰をすえて向き合ってみてこれました。見ごたえがあった。心を決めてからの笑三郎さんが、ぐっと顔つきが変わって見えてきれいでした。
正しいものがはっきりと確信できている清らかな天上人、天守にすむ富姫は、あどけなく美しく残酷で。 かかしに借りた蓑を着て「似合うかい」という茶目っ気。 腰元への目配せは、上品でウィットに富み、優雅でみとれた。 生首をみて「血だらけなは なおおいしかろ」と半身を乗り出す残酷さは美しい。 まりをつくためにだけに はるばる訪れる亀姫との のんきな会話は、なんとも愛らしい。 「見ておいで、それは姫路の富だもの」と鷹を取ってやろうという自信に満ちた姿。もう百人力である。怖いものなどなかろうという完璧さ。
前半の浮世離れぶりと、後半の写実な人の世界の醜さと対比がいい。 前半のゆったりした空気と、後半のはげしいテンポの比も同様。
階段の使い方が見事。 花道すっぽんより、階段をあがってくると そこは亀姫さまの天守閣になる。 天守よりその階段を降りていく図書。図書を目で追いながら、天守を移動する姫。上手の柱の影に隠れたかと思うと、無人になった一瞬でそこは城の3階となり、下手より図書が降りてくる。 装置よりも、人の想像力に頼ったいさぎよいシンプルな舞台である。それを見せる人だからであるが、関心した。 暗いなか♪ここはどこの細道じゃ(細道じゃ) と とおりゃんせで花道から登場とは・・そのシチュエーションの怖さ。そこを恐れずに現れる図書の清らかさ、まっすぐさがとってもよかった。 姫さまに 守られている図書さまが、最後にしっかりと守っている強さがさりげなくてよかった。
姫が、この世に未練がある人を帰してやろうと思う そのいさぎよさ・せつなさ。しかし、そのあまりの清らかさに「帰したくなくなった もう帰すまいと私は思う」の場面がゾッとするほどきれいだった。

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見覚えました花ですが、私はもう忘れました

7/29土曜日。昼の部観劇。
あーもう最後。(昼はね) 心してみてまいりました。
公子の台詞回しに変化を感じました。ためたところの感情がよく出ていて、言葉の意味が強く伝わり、美しさが映えました。
公子の性格をだしているのか、やっぱりちょっと一本調子ぎみ(?!)ではありますが、とにかく魅せます。役に説得力がある。はながあるってこういうことなのですね。
サイをふる場面では、すねっぷりがかわいらしい。サイコロなのに17とかでちゃうし。本当にどこかの国のプリンスなのかも?とおもわせる 板についた 堂々とした威厳がある。
お七の市中引き回しの様子を、女それ自身は大満足で、~得意想うべしではないのですか。と悲劇性を納得できない前向きさがいい。 強引を超えている。 平凡で愚図愚図に、ただ生きながらえるだけなんて、醜いと 心底信じている美意識がよかった。
自分の一声で水に沈める力を持ちながら 「陸(くが)は尊い」としみじみ自然に敬意を払うことのできる真っ直ぐさもいい。 津波で猟師が困りはしないか心配し、天守では農家のものは大切だからという。地に足をつけて働くものを大切にする。そのような暮らしの基本を、あたりまえに大切にする強さがいい。
女が、あなたと一緒にいるのなら、もうそれだけでいい。前の暮らしのことなど忘れましたという思いを、「見覚えました花ですが、私はもう忘れました。」とあらわすとは。すごいぞ鏡花。(何様?)

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2006年7月28日 (金)

プライスレス

金曜ロードショー「となりのトトロ」を見て大泣き。映画館で見て、TVでも見ているのに。なぜまた新鮮なの?おツムが弱いのかしら。

先日、東京国立博物館に プライスコレクション『若冲と江戸絵画』を見てきた。入口で久しぶりの友人とばったり。どっきり。
今回すっかり「芦雪」にぞっこんになりました。若冲もすごい。そして芦雪LOVEです。『白象黒牛図屏風』の前で、あまりの愛らしさにちょっと笑っちゃった。あんなに大きな六曲一双の屏風を前に、あんなに広大な構図。 もう、おおらかさ底抜けです。 構図の良さ。牛や象の顔つきの繊細な優しさ。白と黒のコントラストを基調にしているのに、柔らかく溶け込んでいて みているととにかくおおらかな気持ちになる。その上、ユーモラス。本物は、全然違います。 
今回、後半の展示で、光を工夫した企画になっていてとても面白かった。みている と、光の濃度が変わり、作品の別の表情が出てくる。金箔・銀箔の効果がこんなにあるとは。権力を示すだけでなく、雰囲気をも出すのですね。 家屋の光は、お日様と蝋燭だけ。そんの時代は、こう見えていたのかなあと、想像力をかき立てるいい展示でした。
若冲の『鳥獣花木図屏風』。 これも、森美術館オープニング展「ハピネス展」に来ていた作品ですね。こんなにすぐに再会できるとはうれしい。頭の中どうなっているのだろう?発想力に魅せられます。かっこいい構図で、描かれた動物たちはユーモラスで。粋だなあ。
呉春・松村景文の『柳下幽霊図』も河鍋暁斎の『達磨図』もありました。贅沢。こ れ、ぜーんぶプライスさんが集めたものなのね。買い漁るというバブル時代の日本企業とは、あきらかに違う愛を感じます。(でも、普段は外国にあるのね・・・) 虎の絵も多かった。日本にはいない、いわゆる架空の動物なのに、毛並みの繊細な描き方ったら。デフォルメ感が強いタッチでなおかつ細かい。大胆と繊細さが混在していて、江戸時代のパワーを感じまくりした。参った! こせこせ緻密にいきている場合じゃあありませんよぉ。現代人諸君。 
すこぶる格好のいい絵画展でした。感動はプライスレス。もう一回足を運ぼうと思います。

お・ま・け
ボランティアをしている知人からの耳寄り情報。 本館と平成館を結ぶ通路に展示してある「親と子のギャラリー」でもプライスコレク ションを展示してますよ!ということで立ち寄る。
ここはハンズオンの企画が面白く、好きなコーナーです。今回は特に絶品。ちょっ とした視点を変える効果で、面白さがどんどん増していきます。涅槃図の中の動物の気持ちになってみよう!というのが一番のお気に入り。 余談ですが、新しい畳のにおいもいいです。(展示でにおいを感じるってことは、ほぼないので)

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2006年7月27日 (木)

汗かきベソかき歩こうよ

今日友人から、無事赤ちゃんが産まれましたって報告がありました。バンザーイばんざーい万歳。

芦原すなおさんの『松ヶ枝町サーガ』(文春文庫)を読む。
毎日、くったくたになるまで、汗かきまくって遊んで日が暮れて。そんな4年生から5年生へと変わっていくことのツーちゃんの毎日。
『ミミズクとオリーブ』『嫁洗い池』(文藝春秋)では、話しはもちろん 食べ物のおいしそうな描写にもすっかりやられてしまったが、この本でも食べ物の描写っぷりにその味が手にとるように想像できる。主人公「ぼく」の苦手な煮魚やら、まさよしのばあちゃんちの駄菓子とか。いろんな感覚を楽しませてくれる。
ガミガミいうかあちゃんに、いっつもしかられているダメなとうちゃん。でも、大事な相談はやっぱり父ちゃんに聞く。ちゃんと答えてくれるから。何でもつつぬけになっちゃう世間づきあい。口のすぎたばあちゃんのいうこと。昭和の暮らしが、あれはあれでいい暮らしだったなあと思わせる本だ。大事なことがちゃあんとある。
子供は子供なりに、気も使ってるんだ。そうだったんだなあ。 〇〇ごっことを考え出したり、みんなで遊べるようにルール変えたり。喧嘩したり。いろんなことを、自分で体感して考えて、それで大人になっていったんだなあ。でも大人になってもやっぱり変わらず、困ったり喜んだりしてるんだなあ。

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2006年7月26日 (水)

第35回 野村狂言座

宝生能楽堂にて。
本日の演目は、「狐塚」・「舞囃子 黄鐘早舞」・「蝉」・「牛盗人」。動物づくしだなあとのんきに向かいました。そうしたら、一つ一つ見ごたえのある演目づくしでした。
「狐塚」 怖がりの太郎冠者が主に田の鳥追いを命ぜられる。やがて、日がくれ足元さえよくみえない暗い田。(鳥目だから、夜は不要では?)その土地の名は 狐塚。眉につばをつけ、狐狸にだまされまいぞと必死である。そこへ、寂しがってはいまいかと様子を見にきてくれた次郎冠者をみて、狐?とおびえる。そして起こる騒動。
狐に化かされるってことがリアルに怖いのだなあ。今なら狐じゃなく、人が怖い。狐に化かされることよりも、宇宙人に連れさらわれることの方が、よりリアルに感じたりして。
いい時代だなあ。そんな空気が出てました。勤勉に鳴子をならし田を守るくだりは、太郎冠者の一人舞台という感じ。能舞台の広さを感じさせない大きさがよかった。のどがつらそうでした。お大事に。
「蝉」・「牛盗人」の2番は、狂言によくある騒動ものではなく(笑う要素が少なく)見ごたえがあった。「蝉」は、もうちょっと能がかりのところの謡を踏まえてみるといいだろうなあと思った。謡を配られたが、目のまえで演じているとついもったいなくて紙をみなかった。もうちょっと洒落を理解できたらいいなあ。今後の楽しみの課題。「牛盗人」は、実は親子の情愛劇であった。へぇーっていいそうになっちゃった。こういう いい話系のものもあるのですね。親は万作氏、縄をかけられていても、動きに無駄も無理もなく、座り直しているというより、あぐらから正座へ移行の型と感じた。美しい。 子は裕基くん。橋掛かりから登場したときは、なんてちいちゃくてかわいらしいのでしょうと思ったのですが、もう立派。たんたんと、きちんと自分のなすべきことをきっちりと演じてました。びっくり。これからも、身体と技量の成長に目をみはりつづけるのだろうなあ。
たまには、こういう じっくりと腰をすえて鑑賞するもの特集もいいなあ。

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2006年7月25日 (火)

忘れん坊

遅ればせながら『ダヴィンチコード』を観にいってきました。邦非映非連 的には、画亜流活動ですが。
あのように長い話を、なんとか3時間でまとめてありました。がんばってました。いろいろ批判があったようですが、面白かった。トムハンクスの教授も、ステキでした。だれだ、髪が長いなんてクレームつけたヤツは!(ショービズで長髪の評判が悪いっていってました。) 本を読んでいるので知っているはずなのに、驚いたり、ドキドキしたり、くたびれました。 画面でみる楽しみを堪能。
本当に、すごい話だなあ。
本当に読んだの?ってほど、またまたびっくり。なんて忘れん坊なのでしょう、わたくしは。また、天使と悪魔から読み直そうっと。楽しみ楽しみ。ルーブルの絵画ガイドも読みたくなりました。テンプル教会についての本とか、聖書にでてくるキーワード(百合とか)辞典とかいろいろ読みたい。(いつも後回しになっちゃう。) ここから派生して興味がどんどんわいてくる本でした。 
ロンドンとかパリとかが舞台なので、懐かしく また行きたいなあなんて思って見ていました。あら?両方ともついでに歌舞伎もみた旅行先だわ・・・ ついでにね。

追加; 
洋画だし、美術館ものだから くくりはアートだねって、帰り道に話したのでしたね。もう忘れてた。カテゴリーのまねっこ。(追加だけど)

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2006年7月22日 (土)

ゲバラ?

Fujiyaの経営するソフトクリームの店を発見。「MILKY SOFT」。プレミアムなソフトクリームデザート専門店、スーパープレミアムソフトクリームパーラー。大仰。
フレーバーとトッピングの組み合わせでお楽しみあれ!って感じでしたが、セットになっているものを食べてみました。おいしかった。 ストレートにチョコレイトもの。 フレークの上に濃厚なチョコソフト。チョコソース+ナッツクランチ+マシュマロ。 ほかには、「チョコストロベリー」だとか、「マンゴー」だとか。その中に「チェー」っていうのがありました。黄色いソース。何だソレ?何味?

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『震える岩』

摩訶不思議な力って、描き方が難しいと思う。
吉本ばななさんと、宮部みゆきさんは、「力」がでてきても心配なく読むことができます。
宮部みゆきさんの『震える岩』(講談社文庫)を再読。
これも、そんな力を持つ お初の活躍する時代小説。宮部みゆきさんの時代もの再読ブームの一環で読み直し。
忠臣蔵の話しがでてきます。そういえばそうだったと思いつつ、やっぱり新鮮に読み返す。面白い。(小林信彦さんの『裏表忠臣蔵』に、こんなことが出ていて驚いたなあと思い出した。)
なんだかんだいっても、庶民はいい。 わたしは、庶民でよかった。 泣いたり笑ったり怒ったり。そういうのが無くなったり、人付き合いがなきなったり、そっちの方が怖い。 最近は気の重くなるようなニュースばっかりだもの。そういう大切な、人の芯ってものが揺らいできたのかなあと思います。
しっかり食べて、きちんと人とかかわって、ちゃんと暮らそう。

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2006年7月21日 (金)

34

これは母の骨密度年齢の数字です。 34歳とでたらしいの。
おそろしや。
100歳まで生きると言われたの、困っちゃうワー。ですって。
97%っていう数字がよくわかりませんが、すごいなぁ。 伊逹に「あるある」とか、もんたの言うこととかを 鵜呑みにしてないねぇ。
スポーツクラブで測定してきたそうです。同じところに通っているのですが、奥様タイムにしか実施されなかったようです。残念。
という私も、「あなたの体力はXX歳」とかいう体力測定もの好きです。 骨密度も測ってみたいなあ。
最近、クラブの帰りに必ず血圧を測ってきます。 基準値がよくわからいので、いいのだか悪いのだかよくわかりません。それでも測っちゃう。
体脂肪計には、のりません。 こわいから。(知りたくないの。)

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2006年7月19日 (水)

電通マン「カンオー」

本棚にあった、小山観翁さんの『歌舞伎の雑学』(グラフ社)を再読。 雑学シリーズ-3となっています。 すもう雑学とか、アメリカの雑学(←大雑把)・ ワインの雑学・飛行船の雑学。 とりとめないシリーズだなぁ。
ほとんどイヤホンガイドは借りないのですが、一番好きな解説者は小山観翁さんです。知識豊かで、言い方がよいし、面白い。   
カバーを開いたら、すぐに「開幕口上」。 筆者である観翁さんの挨拶。 そこで、『筆者は「電通」という広告代理店在勤中に学ばせてもらった。』という一文が?! しぇーーーー。 電通マンでしたの? そんな頃から、電通ってあったのね。(観翁さんが俗世で働いていたのって、明治時代って感じがするものですから・・・)
見開きのページでまとまっている程よい長さのエッセイは、どれもまじめで、知識がいっぱいで、面白い。 読み返していて、栞がはさんであったページが面白かった。 前も気に入ってはさんでおいたのだわ。 「今、だれを見るべきか?」というページ。 『実際に「見た」という実績は、芝居好きの勲章なのである。』 そうそう。うなずきつつ読み進む。 1983年、この本が出た時の見るべき人ってどなたかしら? そうしたら・・・ 『・・・そんなこといえるかいな。』ってしめてありました。 いかしてるぅ♪ よっ カンオー

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2006年7月18日 (火)

『ぼんくら(下)』

『ぼんくら(下)』(講談社文庫)を再読。
あれっ こんなにものすごいミステリーだあったかしら?!と楽しむ。  忘れっぽいのって(ぼんくら?)って便利。 再読も、こんなに楽しい。 人物の描き方の確かさとか、人情とか、そういうものはもちろんいいのですが、思っていた以上にドラマチックでした。 つらい気持ちも、この愛すべき人々が助けてくれる。弓之助とか、おでことか。目上の人に対する言葉使いとか、位をわきまえた話し方とか、人情とか、しがらみとか、一見 面倒くさそうなことですが、大切にしなくてはいけません。礼儀正しく対応しつつ口を尖らせるとか、そういう背景があってこそいきてくるシチュエーションのよさをも楽しみました。 佐吉にはぐっとくるし、お徳さんにはしかられたいほど。 平四郎さんと一緒になって、口のなかにいやぁな味が広がったと思ったり、いい思いをするためだからっていっても 面倒くさいことをよくもまぁマメにやるなあと思ったり。 案外、ひきこまれて読みました。
もうちょっと、続けて宮部時代劇を読み直そうかしら。

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2006年7月17日 (月)

皆、休息をなさい

今日も歌舞伎座通い。3階上手端からの昼の部を観劇。夜叉ヶ池は、ちゃんと泉が(小川が)とか、海神別荘の背面に魚がとか、気がつかなかった点を発見。ちょっと落ち着いてきたのかしら、私。 いろいろと工夫をこらしているのに気がつかなくってごめんね。なんだか圧倒されちゃうのだもの 。
今日の海神別荘でカーテンコールがありました。初日だけかしら?と思ったのですが。初日には、やや途方にくれて、玉三郎さんのなさるとおりにわたくしもといった感じだった公子さまも、今日は余裕たっぷりに挨拶なさってました。まず私への感謝。ハープの方へも。皆のものへも。と。
玉さまのだけ、舞台写真がでていました。計18枚也。一応1枚だけ購入。早く、柱一面に飾られた写真たちと遭遇したいわぁ。
売店で、「あっ やっぱりこっちのにするわ。それやめたから。」と翻弄させている方がいました。休憩時間が45分と長く、今月の売店は、お客の対応も大変そう。人ごとながら心配しちゃいました。 おばちゃまたちが 大勢で、一斉に何か買わなきゃ!と押し寄せるのだもの。えらいこっちゃ。 先日も、3階の売店で、「あのパックのお茶の あったかいのないの?」とつめたい紙パックのお茶を指さして聞いている方がいました。ストローよ、あなた。あついのがあったら火傷しますでしょうに と思って見てました。 (丁寧に2階に暖かい揉みだし茶をご用意してますと対応してました。)  あぁ。 おつかれさまです。 公子さまがおしゃってましたわ。 「皆、休息をなさい」って。

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2006年7月16日 (日)

『ぼんくら(上)』

わがことのようなタイトル『ぼんくら(上)』(講談社文庫)を読み直す。
宮部みゆきさんの『日暮し』の前編にあたる長編時代ミステリー。日暮しがとってもよかったので、読み返したくなった。案外忘れている部分が多く、またもやとっても面白い。日暮しを読んで知っていることを踏まえて読むのもまた楽しい。この2人、この先一緒になるのになあなんて思ったり。このころから、こうだったのか・・と思ったり。面白い。
人物の描き方がうまく、でてくるひとを端から好きになっちゃう。細君が、平四郎に対し「見てくれの良さというものは、けっして人のためになりません」と切々と訴える論も面白かった。それでも、尋常でないほど美しいといいなぁ 思っちゃう ぼんくらものです。 楽しみは下巻に続く。

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2006年7月15日 (土)

『街の灯』

北村薫さんの『街の灯』(文藝春秋文庫)を読む。
人の誰しもが持っているよからぬ面をひんやりと感じさせる。押し付けることなく淡々とあらわす手法を今回も堪能。その視点、考え方、ふっとあたたかくなるところ。北村薫さんの本を読むと、儲けものをした気持ちになる。
「御数寄屋坊主でも、河内山は直参か。」という一言を、楽しめたのがうれしかった。

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2006年7月14日 (金)

涼しい言葉だねぇ

会社の帰りに、ちょっと寄り道してみてきちゃった。「天守物語」。
玉さまのくすだまの打ち掛けをじっくりみました。帯のところにちょうどくすだまがあって、まあるく盛り上がっていました。そこから流れるように紐が下がってきれいでした。計算されつくしているのでしょうね。お見事。 すそのさばき方がきれいでした。一周まわってから、すっとさばくところなんて、うっとり。前回は余裕がなく気が付きませんでした。
涼しい言葉だねぇと言われた図書さまのおぐし(前髪)が少し いがんでいたような・・ ちょっと横分けぎみでも、涼しさはちっとも損なわれませんでしたわ。

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2006年7月13日 (木)

『弥勒の月』

あっつい一日。蒸し暑い。しゅうまいの気持ちを体感した。

あさのあつこさんの『弥勒の月』(光文社)を読む。
強い者の心の揺れ、扶護されなければならないように思われる者の持つ しなやかな強さについての 描き方が好き。すばらしい時代小説であった。
同心と岡っ引が事件を追うという定番の設定。 岡っ引 伊佐治は もともと父に仕えていた。 今では、その息子を「旦那」と呼び仕える。 父の使っていた岡っ引なので「親分」と呼ぶ同心 信次郎。 年の差・立場の違いが、言葉の端はしに現れ、言葉にしない気持ちが手にとるようにわかる。 あらわしかたが見事。
はたからは幸せそうに見える者の持つ心の闇。能力のたけた者だから故に とってしまう自信からくる態度。 うまいねぇ。 段落の締めの言葉もいい。
八章を、「闇の月」~「終の月」と月で名付けているところが素敵。
人間の描き方がうまい。言葉がいい。そして遠野屋さんかっこいい。
また、うんまい「時代もの小説」で出会えた。うれしい。

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2006年7月12日 (水)

なかよしっ子 世にはばかる

『間宮兄弟』をみる。正直にいうと、わざわざ映画にしなくても・・・という話。 見ても何も得ないの。(以前、勘九郎さんが演舞場の公演にあたって ご自分で こんなコメントをしてました) でもね、面白いの、とぉっても。 あちこちで笑っちゃった。
ハートフルというような言葉でくくりたくない面白さ。 なかよしはいい。うちに帰りたくなるわ、あんな兄弟がいたら。 どっちがアキノブだかテツノブだかわからなくなるけど、とにかく仲良しなの。 なにかと顔をみあわせて。そのときの雰囲気がいいの。
佐々木蔵之介さんのことを個性派俳優と紹介するのはどうであろう?2枚目だと思うのであるが。そのくらいしか文句はない。面白い映画でした。

ここ一ヶ月、映画(邦画。映画といえば、邦画。)をよくみました。見始めると、案外 足がむきやすくなるものです。
割引情報を念入りに確認するのですが、ときおり面白いものを発見。今上映中のもので、面白割引は、①『ダメジン』 備考:上下ジャージ着用での来場者は¥200引。 ②『メタル ヘッドバンガーズ・ジャーニー 』 備考:窓口にてヘッドバンギングを10秒で一般¥200引き。(その他割引と併用不可) 
映画館もがんばるなあ。

*追記*
わかりにくいが、これは誉めています。
端から見ると 多少ヘンテコであるが、日々への愛すべきこだわりに満ち溢れている。 自分の決めた暮らしの決まり事を、楽しそうに遂行しているのをみるといいなあと思う。 仕事のことも、真摯に対応する。きちんと学校の用具を点検したり、ビールを飲むたび透明度を確認したり。
他人のドロドロの恋愛相談には、「複雑なんだよ」とうらやましがり?! 発言はアドバイスではなく「弟が待っているんだ。もう家に帰らせてくれ。」という一言になるところがいい。
家に帰った時に1人だと「さみしいんだよ」というところがいい。
おもしろい映画でした。

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2006年7月11日 (火)

うっかり八兵衛

エルジャポンのロンドン特集号を買ったのに・・ ロンドンにでかける一ヶ月前に眺めていて、その後すっかり忘れていました。あんぽんたん。 世の中に、パリについての小粋な本は 数多あるのに、ロンドンものって意外と少ないの。あんなに楽しかったのになあ。人気下火なの?

昨日は、会社の帰りに木挽町へ。友人とご飯を食べようということになり、意味もなく歌舞伎座前で待ち合わせ。だって近くにいくだけで楽しいのだもの。友人を待っていたら、正面玄関からフラっと笑三郎さんがでていらっしゃいました。びっくりして、つい会釈を。 そうしたら、不思議そうに軽く会釈をして通りすぎていかれました。プチ幸せ。
メントレで七之助さんが紹介した博多ラーメン「やまちゃん」発見。本当に楽屋口から20歩という勢い。 アド街でなぎらけんいち氏が紹介していた中華ソバをたべてかえってきました。ごちそうさま。

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2006年7月10日 (月)

つぎつぎに

8月納涼歌舞伎の優先発売日。我が友おさるに、手配をゆだねる。みごと良席を確保してもらて、ほくほく♪ありがとうおさる(ありがとうパック。ありがとうおさる。)10月歌舞伎座(予定)と11月演舞場に備え、3Fだけれどもね。1部も2部も3部もみんな良いお席。うれし。

横浜高島屋からの送られてきた読み物に、10月歌舞伎座「出演 芝翫・幸四郎・團十郎・仁左衛門・玉三郎・菊之助・海老蔵」(敬称略)とありました。ほんとうなのかなあ。お財布にはキツイけど本当だといいなあ。

11月演舞場とっても楽しみ。あれ?花形公演だったかな?歌舞伎よね!?女の人は出ないわよね。若村真由美さんとかご出演の「疾風のごとく」も秋でしたね。これまた 3之助公演だし。むむむむ。
先日歌舞伎座でもらったちらしで確認したら「花形歌舞伎」とありました。 歌舞伎。 あーよかった。女はいかんよ。女は。(暴言) 色っぽさが 見ていて はずかしくなるもん。 生々しいのだもん。(再び暴言) とにかく、歌舞伎を~。とにかく、古くさいのを~ いえ、伝統的なものを~。

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2006年7月 9日 (日)

『号泣する準備はできていた』

江國香織さんの『号泣する準備はできていた』を読む。
以前は、江國さんの文庫でたら飛びついて買っていたのですが、最近はちょっと悩む。
女性のなんともいえない、説明のつけようのなさが、ちゃんと文章になっているなあと思う。だけれども、私の読みたいと思うものと温度差がある気がする。女って感がつよい。(ちょっと裕福すぎだし。)
同じものばかり書いていても仕方ない。かわらなくてはいけないし、いい意味で裏切りも期待する。
でも、私は『神様のボート』『こうばしい日々』や『つめたい夜に』のような、家族の間の空気感が好き。あの不思議さが、とっても好き。
やっぱり これからも、ちょっと迷ってもずっと読んでいくのだろうな。

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2006年7月 8日 (土)

南無三寶

よこはま「万作・萬斎の会」。横浜能楽堂へ。今日の演目は「連歌盗人」と「賽の目」。 昨日と違い今日は幽玄の世界。
よこはまの会は、万作師による狂言芸話が楽しみ。解説ではなく、芸話。今回は三番叟についてのお話でした。三番叟の時の、面と鈴という面箱の中に収めるものは、シテ方の方が狂言方のところに取りに来る。これは、珍しい作法である。このことから、翁・三番叟というものが、いかに狂言方に重きをおいているかということがわかる。今日のお話しは、きちんとした習慣が確立されていること、定法ということの大切さについての話であったように思う。乱れては困る。伝統を守るということはこういうことかもしれない。作法、型を伝承することは、すばらしい演式の三番叟を大切にするという気持ちを持つということ。父が、祖父が、鏡の間で盃事をするときに、こういう風にしていたという思い出は、定法にのっとった作法の歴史でもある。思い出と、定法と作法がリンクする。世襲による伝承は、大切に思う・誇りに思うという気持ちの伝承が一番重要なことなのかもしれないなあと考えた。
「連歌盗人」 名乗り、道行、言葉の運び、どれも 普段より ゆったりと感じた。丁寧で、言葉の張り・テンポとちがうリズムがあり、面白かった。万作氏と石田氏の何某が羽振りのよい連歌仲間の万之介氏の邸宅に侵入する。侵入という事実よりも、その所作の一つ一つに重みを感じ見ごたえがあった。「南無三寶」と見つかった時でさえ、あぁ見つかってしまったという事実よりも、その言い方・驚く所作が一つ一つきっちりしていてきれいだなあと思って鑑賞した。贅沢であった。

終演後、すぐ近くのオリエントホテル横浜開洋亭にて 江戸前狂言ファンクラブYOIYA2 9周年 会員限定パーティがありました。 友人達と参加。ものすごい人でした。女だらけ。(私もですが)。 アトラクションを横目にパクパク・ゴクゴク。いろいろおしゃべりをして楽しかった。 最後、万作氏の挨拶がありました。ざゞん座の会の話がでてきました。皆 多少なりとも普段の舞台よりうまくできていました というコメントのあとの言葉が印象に残っています。 「舞台は正直です。 一生懸命 稽古をすれば こたえてくれます。」 

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2006年7月 7日 (金)

水際立った お美しさですのよ、あなた

もう ステキなのですよ、あなた。
七夕、初日を堪能して参りました。歌舞伎ではないって忘れてました。頭ではわかっていたのですが、そうでした。でも、歌舞伎役者でなければ、このように鏡花の世界にはなりません。
私が鏡花なら、おお喜びです。こんな大袈裟な舞台で、大仰に、自分の世界を作ってくれたということを(いい意味です)。鏡花の世界はいくつかあるけれど、これは そのうちのひとつの形です。 いやぁ 眼福 眼福。 とにかく心がきれいになります。
「夜叉ヶ池」春猿さん、奮闘していました。忠実に玉さんをなぞっていて(褒めてます。普通は真似してもそうはみえないから)たおやかでした。
「海神別荘」。あるいみ怪人。ああいう、純粋で、あらゆるものを与えられていて、まっすぐで、素直で、位にみあった品があって、強い人を誰が演じられるでしょう。自分の決断が早いから、相手にも当然そう望み気が短い。当然そう思うだろう、ねぇ。といわんばかりに自信をもって話をし、清らかで、若々しい。(そしてマッチョ)。ちょっと一本調子でしゃべってる気もしますが、そこはかわいい(贔屓ゆえの意見)。 マントを翻させたら日本一ですね。いや世界一。アラビアのロレンスをも越えましたね。(すっごく気に入ったご様子で翻してました)。
玉さまの衣装は何でできているのでしょう?天女のを特注したのだと思わせる純白で細かくキラキラして。もう目が離せない。なんだか光輝いてました。 玉さまは、どんな設定をも、そうかもなあと思わせる説得力があります。
装置が日生劇場っぽかった。歌舞伎座っぽい方がいいなあ。 布の動かし方が演劇っぽかった。もっと歌舞伎よりがいいなあ。 演奏は生音でした。よかった。 上手はしっこでハープ演奏もありますですのよ。蝶ネクタイの正装をした方が。
「山吹」これはまだわからなかった。まだまだ見に行くので、次回の自分の理解に期待。 笑三郎さんと歌六さんがうまい。うまいゆえに、もうぐったり。どうしろというのか。 とても見ごたえのあるもののような気がするが、今の私では、わからなかった。
「天守物語」。山吹でぐったりとして、食欲すらなくしていたのに、すっかり元気に。これが一番すごい。ファンタジーです。
清い心をもった人たちだけが集まっている天守閣。浮世離れしている人たちなので妙なリアリティがある。江戸時代には、狸に化かされていた事もあるのだろうなあと思うのと同じくらい、これもありうる話だと思う。その設定が薄っぺらにならなくて神々しい感じがする。のどかでかわいらしくて残酷で。その世界観がいい。言葉の美しさがすーっと入ってくる。
玉さまは、振向いたり 顔をじっとみる仕草など、何をしても優雅で時間の流れが違う。
右近さんは何をしても超歌舞伎。いいですね。赤っ面なのに、朱色なのは気になったけど。(お習字を直す色みたいだった)猿弥さん、笑三郎さんは、うまいなあ。
海老蔵さんは図書之助の方がいい。(どっちも好きだけど。) 海神のときはマッチョなのに、図書之助では、ほっそり。(うっとり) どちらも若々しく、さわやかで、みずみずしく、清らかで、お目目キラキラ。
忠義とか正義感などに苦悩する。若侍の苦悩っぷりが美しい。迫力もありとてもよかった。わかっていたけど、本当にきれいなんだもん。

結論。これからは、もう人間じゃないわ。

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2006年7月 6日 (木)

ゴーで行こうよ!

ヒキタクニオさんの『青鳥(チンニャオ)』を読んだ。
男と女の違い、男社会ができた訳を、こんなにも すんなりと教えてくれる人はいなかった。
仕事との折り合いのつけかたなんて、もうはっとした。 大人になると、仕事している時間は一日のほとんどを占める。 せっかく生きてて、費やしている貴重な時間なのだもの。 毎日毎日 生き生きと!なんてことはしてはいられない。 けれど、死んでるみたいに生きたくない。

ぐっちゃぐっちゃになっちゃう難問を前にしても、手の込んだ本当においしいものを食べる。 料理が目の前にきたときには、潔いほど問題を横において まず食べる。真剣に。 それが本当においしそうで。 食べるって大切だなあ。 汗だくで、ヘロヘロになっていても、ここにでてくる人はにごってなくていい。 きもちのよくなる、いい本だった。

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もうひとつ寝ると

明日は七夕♪ 
七月歌舞伎座「鏡花祭り」初日だわ。うれしくって眠れないわぁ。

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2006年7月 5日 (水)

ずんどこ どんぞこ

「なんで~」ということになっていく『嫌われ松子の一生』をみてきました。 やたらと涙が出たというおさるの言葉どおり、この映画は泣けて泣けて。切ないというのとは違うところで。
あれよあれよとドンゾコまでいっちゃう松子は、特別な設定じゃなく日常で(普通でもないけど)、おこりうるし ありえるようで、なさそうで。ズンドコまでドンゾコだけど、気の毒かといわれれば、決してそうではない。
ゴミためな部屋にバタンとか、ぶくぶく大きく姿勢悪くなっていく様とか、のめりこんでいるときだけ現実を忘れる逃避ぷりとか、他人ごとでなく怖かった。 「まだ間に合う?」(ギリギリだけど)と自分に問うたり、「一人よりは ずっといい」に うなづいたり 心をかきみだされたりしてきました。
でも、深刻でもない。すごい濃いけど。ミュージカルっぷりが新しい。サントラ欲しい。歌いたい(珍しく)。音楽や映像のセンスが、みたことない感じでいい。速いのはキライなのに これは好き。見るより感じる感じ?  ついていくなら伊勢谷ヤクザだなあ。 俺さまっぷりがステキ。顔がツギハギでも。
「おかえり」って言いたいし、言ってほしい。そして「ただいま」も。 この一言の大きさを体感。
見終わって「さぁ、おうちにかえろう」と言ってみた。小声で。 帰ることができることがうれしくなった。

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2006年7月 4日 (火)

『陽気なギャングが地球を回す』

うーん新しい。
映画をみてから本を読むべきか、本を読んでから映画を見るべきか。
我が師匠おさるに聞いてみたところ違うものになっているのでどっちでもいいんじゃないとの答え。
映画の後、読んでみた。本当に違う。どっちからでも面白かった。
固定された人物像をあてはめて読むので、キャスティングというプロデューサー気分は味わえないけども。 思い浮かべて読むのも、またいい。
小林信彦さんが描くところのコンゲームと、時代の感覚が異なる。(高校生のころ、コンゲームというものに 結構感心した。)
こういうのはなんていうんだろう。 新しくって面白かった。

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2006年7月 3日 (月)

1円をも大切に

ドキュメンタリーを見た。
年金が削減されて困っている人々の現状だった。
女手1つで息子を育てあげ、贅沢1つせず 働ずめに働いてきた。 やっと年金受給されるようになり、贅沢はできないけど何とかすごしてきた。
ところが、年金が削減され暮らしていけなくなった。
1合のご飯を2回にわけて食べる。1切れ100円の魚の切り身を3回に分けて食べる。 お風呂に入りたいけど、水道・ガス代がかかるので5日に一度。 眠くなくても電気代がもったいないので、8時に布団に入り、スタンドだけをつけ本を読む。 
孫の結婚式にも、招待されても御祝いができないからどうしてもいかれない。 お金がないって、こんなにつらいことかって結婚式の写真を見て涙していました。
成人した息子は病気になってしまった。
1人でつつましく暮らしていた。
そんな年金を削減して捻出した数億円を、いったい何に使うのだろう。

とりあえず、生きている間は食べたり暮らしたりせねばならない。 まず無駄遣いっぷり改めなくてはと怖くなった。
長生きする予定なので。

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2006年7月 2日 (日)

はじめまして

矢来能楽堂へ第一回「ざゞん座」をみにいく。配布された、さわやかな水色の解説書の表紙に「はじめまして」と小さくかかれていたのが、かわいらしい。
野村万作師の門下の狂言師の研鑽の場としての公演とありました。演目は「蚊相撲」「節分」「棒縛」。プロの狂言師なのに、演目や、またシテということが、特別なステップをあらわす狂言もあるのですね。それをふまえて見ると、その意味あい(難しさ)を感じました。うーんすごいなあ。またひとつ狂言の奥深さを知りました。
第一回目の会は、顔触れも非常に豪華でした。矢来能楽堂で見る機会は滅多にないのですが、こじんまりとしていて、声や音の響きがすごく臨場感がありました。贅沢。素囃子もどーんと音が体に伝わりました。いいなぁ。

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2006年7月 1日 (土)

『日暮らし(下)』

あぁもったいない。読み終わっちゃった。
読んでいる途中に、父がぎっくり腰になっちゃった。半四郎さんと一緒だわ。タイムリー?
映画「花よりもなほ」の長屋が思い浮かぶのがちょっと困り者。あんな風ではないのに。今「暮らし」がマイブームみたいな私にとって、いちいち、いろいろよかったです。

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