モディリアーニ展 ~あの名作から、知られざる原点まで~
金曜日は、美術館の日。午後8時まで開館しているのでね。昨日、国立新美術館に、モディリアーニ展をみにいってきました。会期が6月あたままでなので、結構混雑していました。
昨年、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催した「モディリアーニと妻ジャンヌの物語展~運命のアーティスト・カップル~」が、とてもよかったので、「今またモディリアーニですが。さて、出来はどうかな?」とお手並み拝見気分で向かう。
Bunkamura でのモディリアーニ展。若き芸術家たちが集うパリ。多くの芸術家が集まる。そんな中であったアメデオ・モディリアーニ32歳と、画学生ジャンヌ・エビュテルヌ18歳という2人にスポットをあてた展示は、とても面白く発見が多かった。
国立新美術館でのモディリアーニ展。プリミティヴィズム(原始主義)に根ざしたモティリアーニの作品の変遷がテーマでした。あまり、テーマの流れにはひかれなかった。(頻繁に引き合いにだされているテーマだから。) しかし!とても見応えのある展覧会でした。
個人蔵の作品のおおいこと。といいますか、ほとんどが個人蔵。油彩はもちろん鉛筆での素描作品が豊富。しかも、油彩になっている作品の素描がたっぷり。約150点も出品。 壁の色を工夫し、割とスペースを確保しての展示でした。最近、区分ごとに壁の配色を変え、雰囲気を変えるものが多い。(国立西洋美術館のウルビーノのヴィーナスも、松下電工汐留ミュージアムのルオーとマチスもそうでした。)モディリアーニの作品の背景の壁は、白が映えるのか、紺が映えるのか。うーむ。昔、自宅に飾る絵画を発注していた貴族の館の壁の色はどうだったのかなんて思いつつ鑑賞。
「嘆きの裸婦」これがすばらしかった。もう、この1点を観るためだけに行ってもいいと思うほど。黒い背景の中の裸婦像。何もない。彼女の周りの空間がすごい。黒い背景をずっとみているとそれは黒でないことに気がつく。青が重なった濃い色。彼女の膝のあたりに背景に溶け込むように顔が逆にむいている。赤い。塗り込められたなかにみえる。しっとも怖くない。哀しさもない。強くひっそりとそこにいる女性。上をむいた顎のラインの強さ。毅然としているわけでなく、途方に暮れているようにもみえる。なんとも不思議で、魅せられる作品でした。最後までみて、どうしてももう一度みたくなり、もどってきました。閉館間際(15分前)でしたので入口付近に人もなく、一人占めした気分でじっくりと鑑賞。すばらしい。いいものと出会えました。モディリアーニ、好きなのですが、これだけみたら モディリアーニかどうかわからないかも。エゴンシーレにもにた強さがあった。でもやっぱりこれはモディリアーニです。じっくりみたくなる作品。これも個人蔵。また出会う機会がありますように。
シャイム・スーティンの人物像、いいたいことを言わなさそうな顔つき。コンスタン・ルプートルの人物像、年寄りの彼は、口元が気になった。とけてしまいそうな灰色の色合い、でも人物の主張は強い。 彼の描く人物像は、体が微妙に傾く。目玉があるものないもの、ないものの方が、口元がいかにも何か言いたそうで、それでも絶対に言わなさそうで、気になる。
見ごたえがあった。
売店もなかなか。キャンパス地のバックとか、Tシャツとか、ほしくなるものがいっぱい。TORAYAとコラボしたアンペーストとか。ぐっとガマン。でも、リトグラフというのにひっかかりました。1000円という値段設定がにくい。売店店員のキュートな女子が、私の財布小さい版を使っていると言ってました。言い方も可愛かった。この財布、案外 人との会話を生んでくれます。愛いやつ。
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