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2008年12月17日 (水)

『猫泥棒と木曜日のキッチン』

橋本紡の『猫泥棒と木曜日のキッチン』(文庫)を読む。 正直言って、橋本紡のタイトルのつけ方は、わたしにはぐっとこない。『流れ星が消えないうちに』もそうであった。手に取る気があまりしない。
でも、この本もよかった。読んでよかった。巻頭から、ストンと作家の手のうちに入るような感じがする。 お母さんが家出をした。 書き出しから、喪失感のような、喪失した思いのないことへの驚きのような、感情設定がよくわかる。そこから始まる小説というところが面白い。全体の分量もさほど多くない。淡々とした文体のそれらは、表現をいかにシンプルにするか選びぬかれたものという重さも さほどない。 けれども、無駄がなく且つテンポが良い。本に風味をあたえる語り口は個性的である。
親が子を捨てたようで、子が親を捨てているようでもある。 
17歳のみずき・5歳の弟コウちゃんの兄弟。毎日 おいしい食事をつくり、倹約して買い物をし、学校に通う。 みずきの友人 健一。しっかり生きているのに、気の毒がられる。そのことの方が、よっぽど気の毒だ。彼のこの2人のくらしの大切な一端をになっている。 家族という歯車がズレてしまっているほうが、落ち着く集団。それは、いつか終わりのくることのような危うさもあり、 また お互いを必要とする絆は、生活の中で太くなるようでもある。 魅かれた猫を弔うことがあたえる均整。
何かがきっかけで現実が押し寄せてくる。その現実に押されて動けなくなってしまう。毎日って、あやうい均整に辛うじて保たれているだけ。逆に、くずれる きっかけを待っていたのかもしれない。そんなことを考えていることに自分にも気が付く。 変わった空気の本。

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