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2008年12月 2日 (火)

レオナール・フジタ展

覚書
もう先月のことになってしまいました。上野の森美術館へ、「レオナール・フジタ展」をみにいってきました。
「素晴らしき乳白色」と言われる藤田の白は本当にきれい。みるたびに思う。(演舞場の2階にも、藤田の画がかかっています。) こんなきれいな白があれば、あのすごい時代のパリでも埋もれずに、藤田という気になる人でいられたのだろうなぁ。
今回の目玉は、「ライオンのいる構図」「犬のいる構図」「争闘I」「争闘II」の4つの連作を日本で初めて一堂に会するというものだったそうです。行ってから知りました。藤田嗣治ってだけで、見に行きましたので。
1992年にパリ郊外の倉庫で発見されたこれらの作品は、縦横3メートルの大作4点。なんと、所在が不明になっていた「幻の作品」だそうです。フランスにて6年の歳月をかけて修復された作品達。これが一挙に並ぶ部屋は、大迫力でした。
この連作は、最晩年を過ごしたエソンヌ県に寄贈されたそうです。エソンヌ県ではこれらを常設展示する美術館の建設を計画中とのこと。どうなるのでしょう。想いが強すぎて、どう飾ったらいいのか手も足も出ないと思った。(展示を頼まれてないけど・・)そんな迫力があります。細密で迫力。うごめいている感じの大作でした。
辛口なことをいえば、本展が日本における最初で最後の一挙公開!とか、世界初公開!とか、盛り上げようとしすぎかな。無理に言わなくとも 見れば、すごさは 感じます。説明程度で結構です。
日本人藤田嗣治でなく、フランス人レオナール・フジタとしてその生涯を終えたレオナール・フジタ。帰化し、カトリックの洗礼を受け改名する。その宗教への思いの強さを、感じたのは、ランス「平和の聖母礼拝堂」。レオナール・フジタ人生最後の仕事として手掛けたのは、ランスにある平和の聖母礼拝堂という教会のフレスコ壁画の習作群。本物は教会にあるのでみるわけにはいきませんが、この礼拝堂の壁画のフレスコ画のための、綿密なデッサンを見る。教会の模様を表した映像を見、実際にこの教会をみてみたいなぁと思う。緑の中、その小さな教会はとても暖かく、きれいでした。風見鶏など、細部にいたるまで自ら装飾を手掛けた、愛を沢山そそいだ教会です。この教会のことを知ることができたことが、うれしかった。 村にあるアトリエ「ラ・メゾン=アトリエ・フジタ」の内部も再現されていました。手作りによる家具や食器、小物、人形がかわいい。自分の身の回りのものを、自分の好きなもので囲む。よい晩年だったのですね。
若く、華やかなパリの時代。才能あふれる画家たちと悩み、苦しみ作品を創っていることそばにいたのは、モデルの美しく魅惑的な女性。 晩年そばにいたのはどんな女性だったのかなと思いながら写真を眺めた。女子として、どの時代に傍にいるのが幸せなのかしらと考えたりしました。(私は晩年派かな。)

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