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2008年12月 2日 (火)

少年よ大志をいだけⅥ

覚書
先週末、西洋美術史 勉強会が開催された。またまたホクホクと参加する。 この勉強会は、いろいろとためになる。西洋美術史についての勉強はもちろん、自分の弱さも しみじみ感じる場にもなっている。毎回 バカみたいに緊張し、委縮し、自信喪失する。とても楽しく、参加して本当によかったと思うのだけれども、そういう自分の弱さを 観察したりもする日となっている。
今回は、講義の聴講側にいた方が、逆にみんなの前で講義をするという新しい取り組みも開始。人前で話すことの難しさを、人ごとながら感じる。
カルロ・クリヴェッリという祭壇画の画家。日本では、名が通っていない。紹介されている本もなかなかない。ロンドンのナショナルギャラリーでカルロ・クリヴェッリのピエタと出会い、立ちすくむほどの衝撃を受けた筆者。私が紹介しないで、誰が紹介する!という情熱で書き上げた本。その本を出版した著者自らの話をきく。話をきいて、カルロ・クリヴェッリへ興味がわいたのと当時に、著者の情熱の傾け方にも興味がわいた。どんな風に追い求めたのだろう。どういう人なのだろうと。
惚れるほどの作品と出会うことのできた幸運がうらやましいと先生がコメントされた。面白いたとえで、愉快に聞いていたが、それは、とても心にひっかかるコメントであった。そのもののために、お金も、時間もつかって、それでも とことん つきつめてみたいものと出会うということは、幸せなことなのだなと。
その後、いつもの先生による講義。 「北方ルネサンス」、「死と生」、「西洋美術に見る影」、「ネオプラトニズム」、「自画像・肖像画」に引き続き、今回のテーマは「構図の時間軸」いままでのまとめのような視点で捕える。 ネオプラトニズムの回に、ボッティチェルリのプリマベーラについて詳しく講義を受けたのに、すらすらと記憶がでてこない。だいたいこんな感じという感覚・筋道は、覚えているのだけれども、それを人に伝わるように説明できるかどうかという違いは大きい。その壁を感じた。そして この作品をみたときの面白みが格段とあがった。
もともと、自分の好みを振りかえってみると、嫌いな絵画というものはない。興味深く見ようとは思わないものはある。けれども、嫌いと感じるものは特にない。 今は、好きな絵画、興味のある絵画がどんどん増えている。あれもこれも見たい。とにかく見たい。そういう時期なのかもしれない。 以前は、宗教画はどれも同じようにみえていた。まだ そんなにわからないけれど、モチーフの意味するものなど、興味ポイントが増えてきて、断然面白い。
自分の大きな壁は、人に伝えることが下手すぎるということ。面白さを知ったら、自分の好きな人には そのことを伝えてみたいと思う。自分の意見に同意して欲しいわけではない。紹介してみたい。けれど、これは難しい。押し付けるのでなく、小難しくなく、ただ まっとうに表現することの大切さ・難しさ。それを、しみじみ感じる。
「面白い」と思う。何がそんなに面白いと感じたのか、考えてみることが くせになりつつある。継続の先に上達があることを願おう。
この日、先生が共同で翻訳に携わられた ストイキツァ著の”A Short story of the shadow” 『影の歴史』(ヴィクトル・I.ストイキツァ著 岡田温司、西田兼訳. 平凡社) と、『カルロ・クリヴェッリ マルケに埋もれた祭壇画の詩人』(石井曉子著/講談社出版サーヒ゛スセンター) 2冊を入手。どちらも、サイン本♪ ホクホク持ち帰る。ゆっくり楽しもうと思う。

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