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2009年1月30日 (金)

両洋の眼

覚書
岡村桂三郎さんが出展しているので、「2009両洋の眼展 第20回記念展」をみてきました。於:日本橋三越本店 新館7階ギャラリー 。
両洋の眼とはなんだろうと思いながら、そんなに期待せず(失礼)向かう。岡村桂三郎作品、1点みることができればいいわと。日本画・洋画、具象・抽象画、宗教・民族など、いろんな枠をとびこえた展覧会。強いてくくるとすれば、存命の現代作家でしょうか。20回目ということもあり、結構な作品数。案内の写真では、ちっとも魅力的に感じなかった作品も、本物をみると面白い。この色を出したかった!という強い想いを感じます。好きなタイプ、そうでもないタイプいろいろありましたが、本物はすごい。隣あう作品に、統一性があまりないことが、かえっておもしろかった。(全体のバランスを考えていることはちゃんと感じました。)
歌舞伎座緞帳でおなじみの?!中島千波氏、松尾敏男氏の作品もありました。これ、緞帳にしたらどうかしらなんて思う作家のものもありました。
楽しみにしていた、岡村桂三郎さん。 全て絵画作品が並んでいたので、一人だけ屏風かしらとワクワク期待して会場を進む。終盤付近にありました。うわぁ。かっこいい。 屏風でなく、1m四方の作品でした。 この眼。ざわつく皮膚感覚。いいなぁ。 この 気になる 暗く、同一の トーンの物体はなんだとじっとみる。首を斜めにして、みつめていると輪郭がぼーっと浮き上がってみえてくる。ほぉ。こういうの好きだなぁ。 (欲しいなぁ。これ。)
三越カード所有者なら、無料で入れるのではないかしらん。おすすめ。会期が1/27~2/1と短いのが残念。

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『バラ迷宮』

二階堂黎人の『バラ迷宮』(講談社文庫)を読む。
なんだか、大人っぽい本と読み出した子供のころに読んだ推理小説のような雰囲気があった。密室とか、ダイイングメッセージとか。足あとのない雪の中の一軒やでの殺人とかね。サウナで、つららで殺したから凶器がないみたいな。(そんな事件はないです。)あの頃、ほーーーと興奮し、親に説明したなぁ。江戸川乱歩的な。そんな名探偵の匂いがしました。
こういうのが、本格ミステリーと呼ばれるジャンルのものなのでしょうか。ポケミスってこういうのかしらん。
ミステリーの語り手がいて、絵に描いたような美令嬢が謎を解く。旅行をすれば、殺人。助けを乞われて出向けば、殺人。 現場をみただけで、わかっちゃう名探偵。あれ?こうかくとけなしているみたい。そうじゃありません。定番って、面白い。新しい推理もののトリックは難しすぎて、謎をとく人の個性中心に読んでいるようなところがありますが、これは わかる。謎ときの面白さと、主人公の個性が安定の面白ささ。とにかく、肩肘はらずに、楽に読める1冊。これは、短編ばかりの一冊でしたが、長編を読んでみようかな。もちろん二階堂蘭子さまの。

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2009年1月28日 (水)

『ためらいもイエス』

山崎マキコ『ためらいもイエス』(文春文庫)を読む。おさるのとこで、みかけて気になって購入。書き出しのウナギのくだりを読んで、あれ?これ既読かしらんと思う。未読のはずだが いまひとつ自信持てず。執事が欲しいわ。いろいろ聞きたいの、自分のコト。 (未読でした。たぶん。)
うーぐぐぐぐ。しみこみました、わたくしに。 文章がどんどん 心に しみてくる。あんまりよくって、読んですぐ もう1回読み直しちゃった。 
主人公とにかく仕事、何をさておき働く女、奈津美。がむしゃらに突っ走ってきたらこんなところまで突き進んでしまいましたという29歳女子。職場には、本音で語り合える後輩の青ちゃんがいる。勘ちがいOLの姿なんかも さりげなく描かれている。
お見合いというキーワードから、突然舞い込む好機。合コンに参加したかと思えば、あちこちから転がるように幸運が。(幸運のようなモテモテぶりが)
悩みまくって、当たって砕けまくって、おいつめられても なお 突進する。そんなドタドタなあがきっぷりなのに、いいなぁと思える。 これだけ真剣に突進していくから、後輩 青ちゃんのような 頼りになる人が、近しくしてきてくれるのね。そんな支えになる人間がそばにいるのね。こういうの読むと、猪突猛進仕事するのもいいなと思う。 
母親の落とす影の描き方がすごい。こういうのって極端な例じゃないと思う。ここら辺のぞわっとするところが効いている。
特筆すべきはギンポ君。人間としてかっこいい。言うことなすこといい。ギンポ君のいうことに、はっとしたり、涙が出たりした。惚れました。心底、惚れました。(おさると、ギンポ君を取り合うほど・・・?!惚れました。)
「姫」って、女子にとって永遠の憧れワードねとしみじみと思う。いくつになってもね。 おばあちゃんになっても「アタシも、姫ってよばれたいものじゃのう」って思って生きていく気がしました。 だって、そう呼ばれたいのだもん。いまも。昔も。
前を向いて、真剣に生きていくわ。つまづいてもいいの。

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2009年1月26日 (月)

いちゃもん祭 ~ 演舞場花形歌舞伎 ~

覚書
週末、豪勢に 初春花形歌舞伎見物をしてきました。
海老蔵さんは、朝は木の実・すし屋で、夜は浜松屋でと いちゃもんつけてました。また、いいの この いちゃもんが。悪いけれど、(実際に体験したかのように・・・)憎めない。悪かわいい?!  そして悪いのに ちゃんと古臭い。犯罪でなく、「いちゃもん」という感じがいい。

わたくし、思いました。この人は見送る気持ちがピカいちだと。
すし屋。梶原平三景時相手に 維盛の首と 妻と子供を生け捕ってきましたぜ、さぁ褒美をとねだる。金が全てという ”いがみ”っぷり全開。 実は 大事な女房小せんと倅を身代わりに差し出しているのであった。 二人にかけた縄を引く手に、顔をあげさせる形に、2人を引渡し 密かに手を合わせて見送る様に、涙が出ました。 これが男泣きですね。心で泣くっていうことなのですね。魅せられました。 11月の義賢最後でも、見送りに泣きました。 しっかり 気持ちを手にいれて演じているから伝わるのでしょう。思いいれが過剰になることもあるけど、わかりやすく 心に響きます。

すし屋の最後、いがみと呼ばれた権太が、実は家族をも犠牲にして父の恩のある主のために尽くそうとしたことを 両親と妹に打ち明ける。 結局、頼朝着用という陣羽織から 梶原が全てを飲み込んで 維盛を見逃したことを知る。頼朝の気持ちを知り、出家を選ぶ維盛。 権太は、自らの腹に刃物が刺さったまま、いろいろなことを語り、いろいろな事を知る。妻子を犠牲にしているのに、維盛が道を選んだことに安心する。 父に刺されても、自分の心が(善に)戻ったことを父親が認めたことを知りほっとした顔をみせる。 不思議とそれでいいの?という気がわいてこなかった。今回、はじめて あー権太はこれで満足だったのかと思いました。母にべったりとくっつき、自ら最後に腹を斬る。苦しいながらもおだやかな顔で最後を迎える。そこも、よく伝わりました。
そういえば、弁天も最後に見物しろと言い放って、すっきりした顔で腹を斬っていました。 いちゃもん&腹斬り祭です。

見せ方がうまいなぁとも思う。鮓桶を抱え、花道をすーっと去っていくときの高く足をあげること。 指先でキセルを、ポンと話して傷がいたくってしょうがねぇから、ちょっとみてきれという 甘えたねだりっぷり。 すっきり細くなり、横顔がよりキレイになりました。 木の実の時のほくろもいい。頭に巻いた手ぬぐいは、山道だと思うのですが、こぼれ松葉に山道のVのところがちょうどほくろを刺していて、とびっきりいかしてました。
 
月末になって、ぐっと芝居がよくなりました。新年らしい、豪華さを楽しめるようになりました。
お祭りで、照れてる鳶頭もいい。柿色の裃にまさかり髷姿での仕初式・にらみはありがたい。いがんだ権太もいい。屋根の上の大立ち回りはシャープな動きと、しっかり止まった形がいい。もろ肌脱いです凄んだ形がいい。キセルの吸い方がかっこいい。七つ面でおさるになってもいい。いいとこばっかり♪ うーむ すし屋で妻子を渡すところで、ちょっと目を剥きすぎかしらん、とか ちょっと思うとこもありましたが、とにかく楽しませてもらいました。 立派でした、座頭さん。ばんさーい。
出ずっぱり見放題というのは、贔屓にはたまらなくうれしいのものです。 けれども、歌舞伎座で そうそうたるベテランさんたちに囲まれて、歌舞伎をしている海老蔵さんというのも見たいのです。 来月の勧進帳の四天王とかね。菊之助さんや松緑さんと一緒に四天王してるのみたかったなぁ。そういうのも、ぜひお願いしたい。 
ちょっと張り切って観すぎちゃいました。一月。(南座顔見世を我慢した分、1月はりきってもいいという大義名分があったような・・・) 楽しかった。ありがと♪
 
1月、歌舞伎座で十六夜清心をみたとき、清心と十六夜は稲瀬川へ身を投げていました。あぁ、弁天たち5人が勢揃いしたのは、稲瀬川の堤。弁天が大立ち回りをするのは、極楽寺の屋根。極楽寺といえば、清心が十六夜と深い仲になったため、追い出されたお寺ではありませんか。そのあと、うっかり求女を手にかけてしまった清心が、一人殺すも仙人殺すも、とられる首はたった一つと、求女を投げ捨てるのも稲瀬川。弁天最後に、駄右衛門がいる大門は極楽寺。面白いなぁ。寿曽我の対面の大礒の虎は、大礒の郭の警視。十六夜は大礒の郭の遊女。つながっている。やっぱり、あっちもこっちもみにいかなくっちゃ。(黙阿弥すごいなぁ。)

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いわし こーえー ~ 歌舞伎座壽初春大歌舞伎 夜 ~

覚書
週末は歌舞伎三昧。演舞場から歌舞伎座へ移動すると、特に歌舞伎座の舞台の大きさを感じます。ひさしぶりに1等。背もたれの低い椅子までいとおしい。さよならなんて、言わないでほしいわ、歌舞伎座。
まずは、「壽曽我対面」。昼の部は3階最後列でしたが、夜の部は1階最前列。しかも花道のそば。幸せ。五郎・十郎も近くで見ました。大きい。それなりに、お年を重ねていらっしゃるお顔をじっとみる。しわがあったり、あごがゆるやかになったりしているのですが(失礼)、いざ台詞を発するとかわいい。やんちゃな感じがあふれてきます。いいわぁ。どうなっているのでしょう。 吉右衛門・菊五郎の五郎・十郎、幸四郎の工藤祐経。周りも豪華。五郎・十郎が若々しくあばれ、魁春の舞鶴が、さりげなく味方する。芝雀・菊之助ときれいどことろがならび、染五郎・松緑が祐経に寄り添う。問題なく完璧なのですが、なんだか雰囲気が・・・ 個々はさすがと思うのですが、 吉右衛門・菊五郎の五郎・十郎、幸四郎の工藤祐経の3人から発するコンビネーションがいまひとつ感じられないようでした。対面好きですので、もっと気に入るかとおもいました。
菊之助さん、おキレイ。黙って座っていてくれるだけでいいから と言われそう。 菊五郎さんの十郎と、魁春さんの舞鶴の台詞まわしが気に入りました。切迫した場なのに、大楊な感じが出ていて いいです。
そして、お楽しみの「春興鏡獅子」。これがあるので奮発しましたことよ。勘三郎さんの小姓 弥生。はずかしそうに登場。舞台から近いだけに、いろいろと年輪をうかがえる部分もよくみえるのですが、「娘」らしさがありました。年増には見えない。 はじらいながらも、殿の前で一生懸命踊るさまは、若いお嬢さんのそれでした。 きれいに、美しく舞おうとするのでなく、無理やり大広間に借り出され そこで懸命に踊る弥生になっていました。 やや上手の方に殿がいらっしゃるのかなぁと、踊りを見ながら感じました。 舞踏にみとれるとい感じより、この設定を感じさせることにみとれました。最後、獅子頭に引きづられるように花道へ。本当におろおろしているようで、誰か助けてやってと、ちょっと思ったほど。
弥生が去り、胡蝶登場。千之助ちゃん、玉太郎ちゃん登場。出てくるだけでかわいらしい。でも、それだけじゃあありませんことよ。あのプロ意識。2人も踊りは完璧に頭のなかに入っており、ゆるぎないの。千之助ちゃんの、劇場中がワタチをみているのだわというあのスター性にくらくらしました。私の間合いで踊るわという貫禄すら感じるほと。キラキラしてました。かわいいの。 一方、お目目くりっくりの玉太郎ちゃん。かわいい。胡蝶2人で顔をみあわせるときには、いつもまっすぐに千之助ちゃんをみつめていました。(千之助ちゃんからは、みつめかえされないけれども) つぶらな瞳で、2人で一緒に踊りましょうという清純な感じ。あーかわゆらしい。 この2人、コンビネーションが悪いということは決してない。すでに個性的でした。千之助ちゃんのスターっぷりのすごさと、なんだか逆に応援したくなっちゃう玉太郎ちゃんの可憐さが、たまらなくかわいらしかったです。
にっこりしているうちに胡蝶がひっこみました。さぁ、獅子登場です。キリキリキリと小鼓を引き絞る音、太鼓の音。緊張感高まる中、獅子が登場。勘三郎さんは決して大きい方でないのに、獅子は堂々と大きくみえました。 獅子頭を回す速度は、勘三郎さんが一番速いと思っていました。今回は、あまり速さを感じなかった。楕円に回す軌道とか、速さとかそういうものでなく、威圧感すら感じる怖いほどどうどうとした獅子でした。毛を早くまわすとか、最後に高々と足をあげるとかでなく、威厳がありました。百獣の王だなぁと。その貫禄ある獅子をちいっちゃなちいちゃな胡蝶が起こす。その恐ろしい王がちいちゃな蝶を、ふと遊んでやる そんな感じがしました。
すばらしい春興鏡獅子でした。
最後は、「鰯賣戀曳網」
これをみて、曾我の対面の 何かよくわからないひっかかる感じが、コンビネーションかしら?と思い当たりました。 このお二人は、本当にうっとりと相手を見合っているのでね。
この演目も花道のそばは、とってもうれしいお席でした。お隣のおばさまが、「いい席だったわね」と高揚にし話しかけてきました。大きく同意しました。一人観劇のときは、話かけられるとちょっとうれしい。
たわいもない話なのですが、おおらかで、詩歌の教養にあふれている。何よりも、突拍子もない展開がいい。
庭男の亀蔵さん、絵に描いたような怪しげぶり。まんが昔話にでてきそうな、のんきな博労の染五郎さん。鰯賣の父 彌十郎さんや、茶屋の亭主 東蔵さんは、いまひとつお金のことがわかっていないのんきぶり。それでも、ちゃんと歌舞伎味がでている。教訓のようなものを盛り込まない。いさぎよい単純さ。三島すごい。
茶屋で、遊女たちがわいわいウワサをしていると、襖がすっとあいて、玉三郎さん登場。でてきて何もいわない。この存在感。傾城蛍火実は丹鶴城の姫っていう設定どおり。実ハ姫という風情がありました。 売り声にぽーっとなって、お城の外にでてきてしまって、あれよあれよと遊女になってしまった姫。 のどかなんだか、一途なんだか、もう訳がわかりません。 そして、蛍火(丹鶴城の姫)の姿を一目みて、ぽーとなって、何も手につかなかなってしまった鰯売り。鰯もくさっちゃうような腑抜けた掛け声しかだせなくなっている。この2人の恋わずらいぶりがステキ。他の人じゃ、こうはいかないだろうなぁ。 みているこっちもぽーっとしてきました。 
「伊勢の国に、阿漕ヶ浦の、猿源氏が、鰯かうえい(こーえー)」と胸の中でつぶやながら帰路につきました。口に出していってみたくなる響きです。
最後に、二人手に手をとって、花道を退場。おきまり七三の位置で、鰯の売り声のお稽古。いわしこえーの前に、トンと一つ足拍子を打ちます。そのドンという音がすごい。力いっぱい踏んでいるようにみえないのに、おなかに響く音。近くのなのでね。うまい人って何かが違うわと驚く。そして次に姫。あんな可憐な蛍火(玉三郎さん)なのに、ドンと足拍子を踏んだときの迫力のある音にびっくり。いわしこえーと言ったあと、一瞬妖艶な笑みをうかべ チラっとこちらをみるので、クラっとしました。あぁ。 そして、2人は トロトロになり、メロメロとなって、みつめあい花道をひっこんでいきました。
歌舞伎座で、歌舞伎をみた と心から満喫。すごかった。幸せ。

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鳥獣人物戯画絵巻

覚書
東京国立博物館 常設展へ。2/1まで 国宝 鳥獣人物戯画絵巻公開なので。サントリー美術館では、ぎゅうぎゅうになって鑑賞したなぁと思い出す。今回の展示は甲乙丙丁と4巻の内 「丁」でした。人物のみの絵巻。サントリーでは、4巻の違いを比較したり、解説したりと、懇切丁寧でしたので、なるほど~と思ったのですが、なんだったかしら。ほぉーっと思ったことしか 覚えていないという このていたらく。情けない。 でも、あの国宝一点勝負(一点展示)のお部屋は、もう少し解説があってもいいのでは。せっかくの国宝部屋なのに、「ふうん」くらいで帰ってきちゃうことが多いです。まぁ、自分の知識に問題があるのだけど。
2階の展示を足早にくるっと見学。今回の収穫は、歌麿。「当たり前だけど、うまいね」というおさるの言葉に大きくうなづく。2人で、この色っぽさはなんだと きゃぁきゃぁみる。浮世絵にきゃぁきゃぁ言うようになりましたことよ。

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第45回野村狂言座

覚書(10日くらいたっちゃいました)
今年の能楽堂はじめ。恒例の野村狂言座にいってきました。 
『牛馬』
牛(丑)年だからかしら。深田師が1m程のさらさらした毛の束を持って登場。これは馬だそうです。次に萬斎師が同じく1m程のさらさらした毛の束を持って登場。これは牛とのこと。すごい見立てです。どちらが一番乗りか競うという趣向は、狂言ではおなじみのパターン。毛束を持つことで、馬・牛をつれたことになるとは道具を使わず、想像力でカバーというのは、すごい。演じるほうもすごいし、ゆだねる狂言も懐が深い。狂言って、いいなぁと また思った。 
一番乗り争いは、乗り比べとなる。当然馬の方が速い。しかし、萬斎師は牛歩でも、馬に負ける気がなく追う。ハハハ、無理ですよぉと笑って見送る。
小舞『貝尽し』『住吉』
すばらしい。毎年、年のはじめは小舞があるといいなぁ。背筋がピンと伸びる気がします。無駄なく美しいものをみせていただきました。
野村裕基くんの『貝尽し』。小さくて、舞台を一回りまわるにも沢山歩まなくてはなりません。それでも、あわてずスタスタと余裕の舞でした。
万作師の『住吉』。地謡も重厚で難しそう。一つひとつの動きは、意味があり、きれいで、息をつめて魅入りました。普通の小舞と比べ、ゆったりとした動き。難しそうなこと。きれいでした。なめらかさと力強さと。無駄なものがないことってすばらしい。 
『節分』
高野師のシテ。節分は、大切な曲だそうです。釣狐へのステップとなる一曲とのこと。そういう思いを、勝手に感じてながらみました。
節分の日には、鬼は日本にやってくるそうです。中国から。ある家を訪ね、そこにいた女に惚れる鬼。 女は、最初 鬼を怖がるが、結局鬼のもつ宝をいただき鬼を追い出してしまう。鬼、かわいそう。
ちょっとのんきで、滑稽なこと。そういうものをきちんきちんと演じる。面を付け、謡を駆使し、おおまじめにのどかに演じる。おかしいことを きちんと美しく演じる。狂言っていいなぁ。またそれを演じる能楽堂というところは、シンプルですばらしい。
『茸』
最後に茸。庭に茸(くさびら)が生えた。どうにかしてくれと山伏に頼みにいく主。万之助師。山伏は石田師。山伏はおれにまかせろというが、茸はどんどん増える。おばけ茸1本だけの庭は、わさわさと茸だらけになる。おばけ茸をみて驚く石田師。ドリフのように大きくのけぞって驚くが、下品にならない。なんだかおおらか。あの笑顔のパワー。一方眉間にシワをよせる万之助師の困ったぶりも楽しい。姫茸もちょこちょこ愛くるしい。 そこへ毒毒しい茸。ええーっていうなり(唐傘)で登場。特別なものじゃないところがいい。狂言の見立てのパワーを感じた日になりました。 ぎゅうぎゅうに集まった茸達 くさびらーずは、茸の笠を脱いであっけらかんと去っていきます。最後に姫茸 野村裕基くんがかわいらしく退場し、観客の心をさらう。(いつも姫茸をなさっていた高野師は後見でみていらっしゃいました。世代交代?!)  最後に、舞台に 高低交互に残された笠が かわいらしかった。

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2009年1月22日 (木)

『百万の手』

《しゃばけ》シリーズの畠中恵 初の現代小説、文庫化 という帯がついていたので、手にとってみました。 畠中恵『百万の手』(創元推理文庫)を読む。冒頭から住宅の火事のシーン。しかも、親友が焼死というドヨーンと重い幕あけ。
そういえば医療ドラマ。人物がしっかりえがかれているので、そこにばかり目はいかない。病院からきりはなせないのだけれども、そういえばくらい。
登場人物は、過去に傷を負っている。その傷つけるに至る 言葉の、態度の威力にぞっとする。 また、想像に難くない設定なのでゾクっとする。 主人公の少年も、うまく表現しにくい悩みを抱える。そこへ親友の死。 
非常に重いテーマが問題になっている。親が子に対する期待やら、うちの子はこうあるべきという親の頭の中に描いたレールからはずれることやら というような基礎的な問題。 そして、神になったつもりの恍惚感のもたらす恐怖。(人類のために力を得たいというとりつかれた執念。) そういう重く、答えなどでないテーマを、畠中恵さんは、「さすが畠中恵」という表現方法で描く。すごい。 ファンタスティックなんて簡単な言葉で表現してほしくない(帯にあった)。 
しゃばけの若旦那は病弱だからこそ、自分のできることに数少ないことに対して冷静に貪欲にすすむ。できないことをも。できないものの心がわかる分優しく強い心ももつ。 この本の登場人物も、その見た目と異なり、傷つき、虐げられた人間の持つ底力があった。逆境でも、ぜったいにあきらめない。きれいごとでなく、根性であきらめない。なにもかもなくしたひねくれものだからこそ、やっと得たものは何があっても守る。なにくそと守る。彼の言葉に涙がとまらなくなった。
苦労しないで得た喜びなんて、ちいちゃい。喜びと気が付かないことさえありそう。 いいとこどりなんてしても、まったく嬉しくない。 矢面に立たずに名誉だけうけたいなんて調子のいいことは、得ても何の満足感もない。
いろいろと大事なことを、たたきこんでくれる本であった。
とくに神のくだりには、驚愕。私もその勢いにのまれちゃっていたから。 「今」を描いた1冊です。

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2009年1月20日 (火)

しかし まぁてよぉ ~ 歌舞伎座壽初春大歌舞伎 昼 ~

覚書
さよなら公演なんて、言わないでぇー 週末に歌舞伎座にいってきました。まずは昼の部から鑑賞。3階一番後ろで鑑賞。けっこうな人出。幕見も立ち見がでて大賑わい。
「祝初春式三番叟」いわうはるしきさんばそう。 幕があいて、わぁー歌舞伎座の舞台って広いなぁと思う。(最近、演舞場が多かったので)翁・三番叟に関しては、能楽が一番と思っているので、なぜ千歳と三番叟が???と思う。儀式性があってよかったですけど。 梅玉さんの三番叟は、決めて止まる形がいいなと思う。(菊之助さんの顔がまぁるくなられたような気が・・・白い拵えだからよね。)
「平家女護島 俊寛」幕があいて、えっ俊寛と驚きました。三番叟てきなものと鷺娘がある日という、あいまいな記憶で歌舞伎座にむかったので。どうして年あけから俊寛なのでしょう。 幸四郎さんの俊寛僧都は、幕明けから苦しく悲しそうでした。 芝雀さんの海女千鳥のはしゃぎっぷりがかわいらしかった。さすが京や。梅玉さん、「基康これにて見物いたす」がきいていました。ちょっと非情な正義の味方がいい。
「花街模様薊色縫 十六夜清心」そうそう、これこれ。こういうのがみたかったわ。この歌舞伎らしさ。時蔵 十六夜と、菊五郎 清心のやりとりがいい。 この2人結局助かるのよねと思いつつ、この感じが楽しいと思う。船にのっているだけで、どうどうとしみえる俳諧師白蓮 吉右衛門さんとか。(結局どういう関係か、今日しかみない人にはよくわからないでしょうが。)恋塚求女の梅枝くん、達者だなぁ。 「若衆どのこりゃなんでござる」「こりゃ金でござる」「よほどのかさであろうの」「50両でござりまする」 お金と答えるだけでなく、額までも言うかしらん。と思いつつもいい響きだなと思う。心地よく、かっこいい。 清心とのやりとりに、会場がわきました。 こういう ちょっとのどかな(のんきな)ものは、菊五郎さんの味がでますね。 清心の名台詞をたっぷり楽しみました。さすが黙阿弥。
最後に「鷺娘」別格。この一言です。
玉三郎さんの舞台は何もかも計算しつくされたものなのねとおさると感心しきり。3階最後列のわたくしどもまで、息をのませ集中させる。人じゃなかったです。すっと腕を中がわに巻き込むとか、そっと足を踏み出すとか、そのちょっとした動作が、人間と思わせなかった。あでやかな着物をきても、はかなげに見える娘。でも気の毒な感じはしない。 苦しそうであるが、後悔している様にみえない。 しずかに熱い女の心が哀しく またきれいでした。雪が降り積もる。しんしんと降り積もる。でもそこには音を感じない。ただ、思いがあふれていました。思いが狂おしいように降り積もる。 雪の中、着物の裾の描く模様まで美しかった。上手の鼓の音と、下手からときおり交差する大鼓や太鼓の(と思われる)音。その混ざり合い方がすばらしかった。いい音。 歌舞伎座という劇場が共鳴させる音のすばらしさにもじわーっときた。別格のすごさをまじまじと 魅せ付けられました。堪能しました。

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japan 蒔絵 ―宮殿を飾る 東洋の燦めき―

覚書
サントリー美術館に 「japan 蒔絵 ―宮殿を飾る 東洋の燦めき―」を 見にいってきました。
東京国立博物館の徳川展では、これでもかこれでもか大きな漆の作品があり圧倒されましたが、こちらは細かさに圧倒されました。手のひらに乗るほど小さな蒔絵の小箱。その中に、また蒔絵の小箱が。お雛様のお道具のようで、みていてとても楽しくなりました。かわゆらしい。ガイドを借りて堪能しました。
一番気に入った作品は、「古今集蒔絵小箱」蒔絵の小箱の中に、和歌集に仕立てた小箱が。なんて風流なのでしょう。ヴェルサイユ宮殿美術館蔵の作品です。 マリーアントワネットは蒔絵を愛していたとかで、相当のコレクションをお持ちでした。彼女の母 マリーテレジアはダイヤより漆を愛した程とか。(比べるものかしら?)
ギメ東洋美術館蔵の「黒主蒔絵香合」。手のひらに握ってしまえる程の小さいものに細かい細工。柴束・鎌・桜というモチーフが揃えば、これは大友黒主を表すものとのこと。ガイドで「文学的な素養がないと理解できない。マリーアントワネットは単に綺麗なものとして集めていたのではないだろうか。」というようなことを言っていました。綺麗なだけで集めてもよいではありませんか。 意味がわかれば、なお興味深くなる。その前に、見るだけで美しいのだから。 
「小督蒔絵小厨子棚」(ギメ東洋美術館蔵)も、凝ったものでした。作品名にあるように、この棚には 能「小督(こごう) 」が描かれています。
時は高倉帝の御世。平清盛は、娘の徳子を中宮に送り込む。それまで高倉帝の深い寵愛を受けていた小督の局は、清盛の権勢をはばかって宮中を去り、姿を隠す。帝は嘆き悲しみ小督を捜すよう命じる。嵯峨野で「想夫恋」の琴の音から捜し当てる・・・ ここのガイドで 「謡曲が描かれている。マリーアントワネットは はたして この物語を わかっていたのでしょうか」というようなことを言っていました。手厳しい。フランスから怒られちゃわないかしら。 マリーアントワネットが集めた小さな小さな作品は、どれも豪華でかつ品があり、みていて楽しくなるものばかり。パンが無ければケーキを食べればいいじゃないとつぶやきつつ、うっとり鑑賞。
珍しいものでは、「山水花鳥蒔絵螺鈿箱」というものが展示されていました。腰掛ることのできそうなこの箱は、トイレット・ボックス!そのうえ、展覧会に出品するのはパリ万博以来 140年ぶりとか。パリ万博!? これもヴェルサイユ宮殿美術館蔵です。
他にも、一室は漆の部屋になっているドールハウス(ドールハウスの中にまたドールハウスが!)などなど。少女のようにワクワクしました。

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2009年1月14日 (水)

『TENGU』

柴田哲孝『TENGU』(祥伝社文庫)を読む。啓文堂書店おすすめ文庫大賞 第一位と書かれた書店のPOPに誘われて購入。第9回 大薮春彦賞受賞作でもあるらしい。なるほど。そんな男のロマン?!的な一冊でした。ただし昭和の男のロマン。
昭和四十九年群馬県の寒村で殺人事件がおきる。とて人間技とはおもえない方法で。だいたい本のタイトルがTENGUですし。うむむ。そのとき取材にきた若造の記者 道平。地元の警察大貫。
二十六年後。もう50を越した道平デスク。その道で名を知られるジャーナリストになっている。事件を忘れないのは彼だけでない。定年真近の大貫も同様だ。ある日、大貫からの誘いでまたあの村を訪れる道平。警察官と報道マンの絆やら、警察上部の隠蔽など王道のスタイル。天狗の正体とは。 そこにアメリカや、テロまで絡んできてとんでもないことに。プロローグで、大がかりな裏があることを匂わせておく。そんなに広げては手に負えなくなるのでは?と思うが、そこは男のロマンで どんどん進む。そして、話はちゃんとおさまりました。ほぉ。
会社という組織を離れ、一匹狼で戦う男。警察にも、世界にも信頼しあえる奴がいて、ひっそり見守る女もいる。ダイナミックな男の料理にバーボン。ザ・ハードボイルド。これが男の夢なのだろうか。女子として、その点も興味深かった。
ぐいぐい読めました。今なら、薪を割ったりできそうな気すらします。

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豆しぼりのニクイお方 ~ 演舞場花形歌舞伎 夜 ~

覚書
どれだけ観るのかと聞かないでおくんなさいまし。後生だから。
先日、両親と演舞場夜の部をみてきました。これは、観劇でなく親孝行という区分でひとつおねがいします。(3階Bだけど。)
グダグダじゃん(すまん)と思った封印切の忠兵衛、変化してました。必死さがよかったかも。これで間がよくなったら、掛け合いの妙もでるかも。がんばれ。えらいぞ。
弁天娘女男白浪。右横の席でしたので、このように花道をよく使う芝居だと楽しい。稲勢川勢揃いの場はもちろん、浜松屋から引き揚げるとこととか楽しみました。 豆しぼりの手ぬぐいで頬っかぶりして、あんなにキレイな顔になる人いないねぇと母と言いあいました。 極楽寺屋根立腹の場、最後切腹してから、がんどうがえしで屋根が返る場面では、ずいぶん踏みとどまっていました。スルスルと下りかけるところまでみえるのは、3階ならではのお楽しみ。
ほっそりしました海老蔵丈。もうちょっとふっくらしたほうがかわいいかも。シャープな魅力もいいけどね。

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アーツ・アンド・クラフツ ~ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで~

いただきもののチケットで、今年アート初鑑賞。パナソニック電工 汐留ミュージアムにて、アーツ・アンド・クラフツ ~ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで~をみてきました。 若い人が結構入っていました。
産業の機械化が進み、なんでも機械化万歳というご時世に量産を否定し、職人技を理想とするなんざぁ、あなた。かっこいい。今のこの時代にも、忘れてはいけない心がけです。ひとつひとつ美しいモチーフ。色もうつくしい。あーこれいいなぁとうっとりとパターンを眺める。母は、トランペットを吹く天使をみて、ゴルフのスイングかと思ったと言ってました。 「オベロンとティタニア、真夏の夜の夢」という刺繍作品が かわいかったなぁ。帝国ホテルで使用していた椅子など、今でも古さを感じないデザインにおどろきました。
みせてくださってありがと。

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コチコチがようござりましょう ~ 初春花形歌舞伎 昼 ~

新橋演舞場新橋演舞場 初春花形歌舞伎 昼の部をみてきました。いやぁー楽しかった。幕あけと、最後の幕がぱぁーっと華やかだし、中は面白い。ゆうことなし。
翁・三番叟に関しては、どうしても能楽派。あの重々しい感じがたまらない。なので、歌舞伎化したものには、どうしても辛口な意見になります。でも、この「猿翁十種の内 二人三番叟」は、面白かった。よくできた演目だなぁ。歌舞伎化する意味がありますね。五穀豊穣を願うとか、そういうのはおいといてよいわ。市川右近さん、猿弥さんは踊りがうまい。雰囲気が微妙に違うところがいい。いいコンビです。躍動感があり、ユーモラス。平気な顔で踊っていますが、キツそうです。華やかで、いい演目。
「寿初春 口上」市川海老蔵「にらみ」相勤め申し候
これで今年一年 無病息災ですごすことができます。ありがとう、海老蔵さん。 口上をみるのは、去年1月の演舞場以来でしょうか。みるたびに立派になります。 「にらみ」の顔は、まさしく ザ・歌舞伎と言った顔。いいねぇ。 一つにらんでごらんにいれますって、にらむのだもの。歌舞伎に何の知識もない人が見たら、理解不能だろうなぁ。でも、何だこれ!ってワクワクすると思う。
「義経千本桜」木の実・小金吾討死・すし屋
大の成田や贔屓でありながら、すみません。いがみ権太がこんなにいいとは思いませんでした。失礼しました。好きなのに、出来を心配するとはこれいかに。余計な御世話でした。 團さまや、仁左衛門さんが権太をなさるときは、悪人ぶりをみても、またまたぁ(悪い人じゃないくせに)と思うのですが、海老蔵さんの悪は、迫力満点。怖い。でも面白い。そしてかっこいい!木の実を取ってあげましょうと人のいいフリをしながら、いがみ全開で悪態をつく。かっこいい~。謝ってしまいそうな怖さ(地?)なのですが、どっかおおらかで面白い。舌を出したり、首をすくめたりと古典的な仕草が沢山ある。特に、手の甲と手の平を、ポンってたたくのが好き。 分かった。さては~だなって。そういうのが、いい味をだしていました。小金吾へのいじめっぷり、すごかったなぁ。段治郎さんの悔しさが引き立つほど。 そんな権太も、笑三郎さんの女房小せんは上手に操る。親子三人で花道を引っ込む様は 本当にうれしそうでした。なんだかんだ、小せんに文句を言っても惚れてるところが伝わる。そのため、すし屋の最後の生け捕りのところがよりぐっときました。最近おもだかやさんとの競演が多く、いい空気がでるのかと思う。言いがかり付けられた小金吾が堪忍ならぬと、ぐっと詰め寄り刀を抜きかけるところ、柄を握った手を、腰をおろしたまま、片足で押さえつける権太。このかたちのよいこと。ほれぼれ。 何年か前の国立劇場のカレンダーに、團さまの権太 新之助時代の小金吾の写真があります。何年もずっとあのページを飾ってます。 木の実の、権太 悪態祭り すごく気に入りました。怖くて、かっこよくて、楽しい。歌舞伎座だったら、幕見に通ったのになぁ。
小金吾討死の大捕り物。これは小金吾の見せ場ですね。段治郎さん、体格よくなりました?
すし屋。右之助さんのおっかさんと権太のやりとりが、ほほえましくてよかった。悲劇の前のひと時の安らぎ。妹に悪態ついたり、おっかさんに泣いてみせたり、一人でバタバタしているところも引き込ませる面白さ。春猿さんのお里ちゃんと、門之助さんの弥助の、ただいまゴッコも のどかでした。お里ちゃんの「お月さまも寝やしゃんした」かわいらしかった。 実は維盛とわかってから しっとりしてよかった。 左團次さんが、がまんにがまんの鮓屋弥左衛門。舞台がしまりました。 梶原平三景時に食ってかかる権太。維盛の首と 妻と子供を生け捕ってきましたぜ、さぁ褒美をとねだる。卑劣な中にも、大事な女房小せんと倅を思う男泣きが見え隠れして、魅せました。すごくよかった。びっくりした。ほろっときました。
鮓屋弥左衛門の手にかかり、手負いになってからが ちょっと過剰な表現かと。でも、探せばそこが難点というぐらいの感じで、全体的にとてもいい千本桜でした。長い芝居なのにダレず、飽きなかった。おみごと。
最後は、「お祭り」
鳶頭 獅童 と 芸者 門之助。鳶頭 右近・猿弥・段治郎 と 芸者 春猿・笑三郎・笑也。相手がいないの。一番かっこいい鳶頭 海老蔵に。最後はぱぁーっと華やかに。手ぬぐいをまきました。海老蔵 鳶は、顔を向けたのと ちょっと違う方向に手ぬぐいをなげるの。そんなヒネクレも素敵。
昼の部 ワンダフルです。

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2009年1月13日 (火)

『太陽の塔』

覚書
学友と新年会。この仲間と逢うと、いつもあとで顔の筋肉が痛くなるような気がするくらい大笑いする。この日は、お昼から仲間のお宅に伺い暗くなるまでたっぷり話しました。大人になってからなのに、いい仲間ができたなと改めて嬉しく思う。あと、私も何か前進していないとと思う。笑っているけど、内心ほぉーと感心したり刺激うけるので。 ベイビーちゃんのもたらす幸せをしみじみ感じました。おうちの中にちびっこがいると、幸せな中心があるものですね。

森見登美彦の『太陽の塔』(新潮文庫)再読。前回は、初めて手にした森見作品なので、驚いたって印象が強かった。今回は細かく堪能。理系出身の学生が読むと、オレと同じとか思うのであろうかとちょっと思った。理論的なのに はちゃめちゃ。そうじゃないだろと わかっているのにそのまま突き進む様が痛快。どこまでも行って下さい。  何よりいいのが、言葉。コムズカシイ言葉や言い回しが美しい。 大学に籍をおきつつも、大学の研究室と自ら決別する。行く先は、すし屋のバイトに 古本屋ぐらいという散々たる毎日なのに、そんな日々を果敢に生き抜いている。あぁ、こういう言葉を駆使してみたい。
「我々の日常の九〇パーセントは、頭の中で起こっている」
そうそう、そのとおり。このように美しいコトバで妄想したい。
あっこれは!と他の森見作品に出てくる登場人物がうれしい。
この ものすごい文体を楽しみました。また読もうっと。

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しがねぇ姿の横綱の土俵入りでござんす ~新春浅草歌舞伎 2部~

覚書
若者奮闘の新春浅草歌舞伎 第2部をみてきました。
まずは、一本刀土俵入。
腹ペコで江戸を目指す、なんともなさけない取的(相撲取りの下っ端)の茂兵衛。ぬぼーっとしているのにどこかかわいらしく  曲がったところのない様を 勘太郎さんが好演。だらーっとならないのはさすが。 どこか投げやりで、蓮っ葉なお蔦を亀治郎さんが好演。 茂兵衛と話しをしているうちに、同情とも 施しとも違う 熱いものがこみ上げてきて、情の熱いところを見せる。自分の末来を託すような、おまえさんのその心いきにあたしものっかるよというような、見送りに泣かされました。茂兵衛がこの先どうなるかわかっているのにね。 茂兵衛が、おっかさんの墓前で土俵入りをしたいなんていうのですもの。素直に泣けました。若いのに達者なお二人です。いい組み合わせでした。
若者奮闘の中、大谷桂三さんや宗之助さんが出てきて舞台がぐっとしまります。(あと 由次郎さんも出てます・・・) 出ている役者の年代に幅があるでると 芝居に雰囲気が出るもおだなぁ。でも、宗之助ちゃんは若手組に入ってもよいのではないかしらん。
力士になり損なった駒形茂兵衛。素人さんに対して迷惑をかけないよう礼を尽くす、立派なやくざもの?!になって登場。きりっとしてかっこいい。迫力あるし。 演舞場の海老蔵さんにしろ、浅草の勘太郎さんにしろ、強面さんがうまいと、「あら?地かしら?」と思っちゃう。うまいと思うべきなのに。若さがそうさせるのかしら。
女房子供の前に顔を出すのに、手ぶらじゃと敷居が高いと 悪い金に手を出す辰三郎は、松也くん。もう、しょうがないなぁと ダメ男なのに、どこか味方したい気持ちにさせる味がでていました。 自らを犠牲にして、恩あるお蔦一家を救おうとする茂兵衛。やくざ一家の親分 波一里儀十 の男女蔵さんと一騎打ちに。丸腰で相撲対決になる。こういう今では決して設定しない決闘方法だからこそ、戦でも、じーんとしたり、明るい気持ちになったりするのだろうな。あーよかったなぁと休憩できるのだろうな。
若手だからと侮れません。若手らしさが素直に心に響きます。いい心持になる舞台でした。
となりのおばちゃま達が、自由気ままにおしゃべりしてました。この話しらないけど、駒形茂兵衛は男でござるって言うのよねと、その気になって言ってました。楽しげでした。あぁ。3階っぽい勝手な雰囲気・・・
最後は、女方の舞踊の大曲『京鹿子娘道成寺』 
白拍子花子に挑戦しるのは、七之助さん。きっちり踊っていました。帯や袖をぶんぶんとさせて踊るところといい、お父さんの踊り方です。必死さだけでなく、華やかさがちゃんとありました。鈴太鼓のくだりで、鐘をキッとみるところの雰囲気がよかった。 所化の亀治郎さん、貫禄があっておかしくなっちゃった。 所化なのに頼りたくなるほど。なぜに?
3階からでも、しっかり楽しみませていただきました。集中してみることができました。2000円で助かるわ。

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2009年1月10日 (土)

『卵の緒』

瀬尾まいこの『卵の緒』(新潮文庫)を読む。2編の物語。
「卵の緒」 僕は捨て子なの?と母さんに聞く、小学4年生のぼくが主人公。 この子の お母さんがかっこういい。にっこりと不敵。フワフワしたこというけど、どっしりしと肝が座っている。 こんな母親がいたら 間違いなく その子は、 いい奴になるでしょう。そんな小学生の話。
「7's blood」 こちらは、姉と弟の話。デリケートなバランスでつながれているようで、どんな衝撃にも壊れたりしない 関係をみせてもらった。
地に足がついた暮らしをすれば、周りのことなんかちっとも怖がらなくてよいのだな。わかっているけど、難しい。苦労しながらも、しっかりどっこい暮らしている。心が「ぽっ」とあったかくなるいい本です。

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2009年1月 6日 (火)

『うそうそ』

畠中恵『うそうそ』(新潮文庫)を読む。短編でなく、一冊丸ごと大冒険でした。ふぅー。くたびれた。主人公の若旦那は、とにかく病弱。こんな大冒険、大丈夫かしら?と心配しつつ読む。
TVで、まんが日本昔ばなしをみていた ちいちゃな頃から「人柱」については、モヤモヤしたものがあった。どうして という言葉しかでてこない。かなしいというか あきらめというか むなしいというか 自分勝手というか。なんとも言葉にならない感じ。今回は、そのことが下敷きとなり物語が進む。「しゃばけ」の畠中さんだからこそ、正義感を振りかざすことはない。どうしよう、どうしたらいいのだろうと一緒に悩むながら読みました。
病弱は若旦那を守るためなら、命まで差出しそうな手代の兄やと離れたくだりでは、一緒に心細くなる。 体が弱く、腕っぷしも弱い。森の中では、相当の弱者です。 でも、自分がするべきことに揺るぎがない若旦那は、病弱だけど強い。できないこともおおいけれど、あきらめない。できることが限定されても限界ではないのですね。 うまくいかないときでも、きっとと信じながら読み進めました。 
おなじみの妖も登場。こういうものって存在していると思うし、存在していて欲しい。 
誰もが持つ弱さ。人からみれば、めぐまれて うらやましがられる人にも弱さがある。そのおろすことのできない弱さを背負ったまま、どこかのんきに、つきあっていくしかないねという描き方がよかった。このシリーズは毎回楽しみです。

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新春 ミニ漫画祭

今年もまた、おさるから最新のおもしろい漫画を貸していただく。メルシー。
またまたものすごいことになっていそう。デビッド宮原&たなか亜希夫の『かぶく者(4)』(講談社モーニングKC)。舞台潰しと役者潰しが、連獅子でぶつかりあう!もうこれじゃ両方つぶれちゃうよ。毛振りがそんなに揃いますかっと思うけど、ものすごく面白い。あんな苦労があるなら、気振り揃わなくてもいいわ。死なないでほしいもん。マンガ万歳のトレーニングが実におもろー。役者の方はマネしないでね。(あぶないあぶない)
磯谷友紀の『本屋の森のあかり(4)』(講談社コミックスKiss)。これは、恋愛と書店員の毎日と、一粒で2どおいしい漫画。あー10代のころ、なんで本屋さんでバイトをしなかったのでしょう。アタチのバカ。
小玉ユキの『坂道のアポロン(2)』(小学館フラワーコミックスα)も読む。お国言葉が、よりいいの。うまくいく恋より、うまくいかない恋よね。(みてるなら。) 恋だのなんだのに うとい少年が、恋をしたときの切なさ。ちょっと古めかしい感じの空気がいいの。
よしながふみの『大奥 第四巻』(白泉社)。男女逆転の大奥という設定。しっかりした構成。読み応えある漫画です。これ、大河ドラマにしてもいいのじゃないかしらってほど奥深い。おみごと。

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名せえ由縁の ~ 初春花形歌舞伎 夜 ~ 

覚書
143 お正月休みのしめくくりに新橋演舞場へ。初春花形歌舞伎を観てまいりました。夜の部観劇。
幕があいたら、面をつけて立っていました。海老蔵丈。一つ目の演目は「舞伎十八番の内 七つ面」ずっと面をつけたままだったりして。しかも七つも面がありますし・・・・大丈夫でした。短くて、華やかで、明るくて。お正月の幕開けによいですね。 もうちょっとすっきりできそう? 工夫してまたどこかでみることができそうな いい感じの踊りです。
次は「封印切」。和事、関西の言葉、とハードルが高すぎでは。 胸を借りて奮闘というには、周りも若手すぎですしね。ちょっと酷ではないでしょうか。 必死でしたし、真剣さは伝わりましたけど、でも・・・ ちょっとなよなよっとした、甘えん坊に近い愛らしさというものは、難しいものなのですね。ちょっと方向がずれると吉本新喜劇もどきのようになっちゃうのね。難しさを実感。 猿弥さんの八右衛門は、いい雰囲気でした。憎らしさのうまいこと。テンポのよさといい ねばりっこさといい。おみごと。笑三郎さんの梅川、耐えに耐えていました。そんなに好きなのね。今回は八右衛門さんの方がよいかも。 全体的にみなさまお若い。もうすこし年季の入った方々いるといいのになぁ。 ちょっと ぐったりしましたことよ、忠さん。
ぐったりが、ぬけないまま最後の「弁天娘女男白浪」がはじまりました。
弁天は娘さんのところが、ちょっとキツそうでした。冷たくて気の強そうな娘さんという設定なのかしら?と思いました。もうちょっとかわいらしいといいなぁ。
正体を明かしてから、活き活きしていました。地なの?って感じのやんちゃぶり。脅すところなんて怖いわと思うほどの迫力。細いのになんだかマッチョだし。 ポンポンポンと活きのいい台詞が続き、やっとすっきりしました。カラっと明るい気分になりました。ありがと。  弁天・南郷 2人共台詞のテンポが早く、ちょっと普通風。この芝居にでてくる人の心情は、よーくわかる。設定は、こんな感じの若者なのだろうと思う。ぴったりである。 場面の状況は、わかりやすく、意味もつかみやすい。 でも・・・  ここで、私が歌舞伎に求めるものは何だろうと考えた。芝居味が欲しい。ウソくささ。客にこびるどころか、逆に訳がわからなくなっちゃうほど勝手に進行する あのなんともいえない雰囲気。これを型としてもっているのが歌舞伎なのだと思う。そのおおらかな味が もっとほしい。と、浜松屋の場でおもいました。実は、男と正体を現すところとか、見せ場があまり目立たなかったので。 でも、のびのびといちゃもんつけて、個性だしまくりで 面白かったです。 市川右近さんの鳶頭は、貫禄ありました。よいですね。 幸兵衛の右之助さんや、日本駄右衛門の左團次さんがでてくると安心します。急にやりとりが生きてくる。大人世代の役者さんの効果を大きく感じました。 144_3 稲勢川勢揃いの場は、さっきの話はどこ吹く風という場面。大袈裟でよかった。 大詰の極楽寺屋根立腹の場の大立ち廻りは、速かったです。危ないわ。 ここは若手ぶりを見せたかったのかなと思い楽しみました。どんどん盛り上がりました。楽しかった。 「華」で押さえ込むという大技ぶりも含め、海老蔵さんのでている舞台はみていて楽しくなる。飽きない。 でも、もうちょっと味も出てほしいなぁと贔屓としては期待するのであります。
ちょっと辛口風な感想になってしまいましたが、たっぷり楽しみました。
また、みにいく蔵。


演舞場は、「花形歌舞伎」を もう少し謙虚な 値段設定にして 若者奮闘を応援するようにしてはいかがでしょう。

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2009年1月 3日 (土)

象引 ~ やっとこ とっちゃ うーんとこな ~

139_2 いざ初芝居へ。2座で御出演となると、成田屋贔屓としては迷うところ。今年は、まず團さま復帰記念の舞台にかけつけました。親孝行を兼ねて、家族でゴー。 国立劇場初日は、鏡割りがありました。芝翫さん、團さま、三津五郎さん、福助さん、橋之助さんの挨拶&鏡割り。樽酒のふるまい。曲芸、囃。獅子舞。おめでたいこと大集合でした。137樽酒の横に、升が積まれており、中にサインいりのものが入っているとのこと。近くにいらしたご婦人の升に福助さんのサインが入っていました。 あたりいいなぁ。やはり初日に駆け付けた友と、「一人5個づつ全員が書いたらいいのに。もちろん巳太郎さんも。」「わたし、巳紗鳳さんのがいいわ。」「そうしたら、全部あたりなのにねー」と妄想し続けました。どうでしょう国立劇場さん?かなえてくださったら、行列をさばくのが上手くないことは口外しませんことよ。
138最初は「象引」。團さまと象しか出てこないのかと思ったら、25人もでてきました。團さまの登場は暫のよう。タンポポのようなかわいらしい色あいの衣装なのに、強そう。とてもインパクトある出に、みな大喜び。おかえりなさーい。以前の方が元気だったな・・と思うところもあるのですが、舞台でみる團さまはうれしいものです。お役は、箕田源二猛。ご自分のことをタケルといってました。今どきの女子のようだわ。お話は、結構めちゃくちゃで、無理やり、楽しかった。みんなが楽しみにしていたであろう象引の場面。びっくり!ケラケラ笑っちゃった。本当に、象をひっぱりあっていました。そりゃ、しっぽのほうがひっぱりやすいわ。ずるいわ。無理やり五穀豊穣にもっていっても、なんだか納得しちゃうのは、團さまの力です。やっとこ とっちゃ うーんとこな と象をひいきていきました。浪人なのに象をどうするのでしょう。あー楽しかった。
次に「十返りの松」天皇陛下御即位二十年記念の踊りだそうです。でも、芝翫さんのお祝の踊りみたいでした。お弟子さんたち、孫3人、子供2人、おおとりは、芝翫さん。あーお幸せですねと素直に思いました。橋之助さんのとこのお子さんも個性的で、結構面白く踊りをみることができました。
最後は、「誧競艶仲町」。世話物。話もちゃんと噛み合うし、うまいこと演じていらっしゃるし、なんの問題もないのですが、なぜか味方しようという気分のおこらない不思議な演目でした。すみません。 内容は、きちんと辻褄があいます。複線もはられていてつながっている。なのに。あまりにきちんと組まれているので、ややシチュエーションコメディのようでもあり・・・ まっとうすぎるのかしら?歌舞伎には、どこか「えーーーって」思いたいのかもしれません。 そうそう、橋之助さん かっこうよかったです。
お正月気分満喫の一日になりました。

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2009年1月 2日 (金)

歌舞伎座さよなら公演 古式顔寄せ手打ち式

134 歌舞伎座さよなら公演 古式顔寄せ手打ち式。
この輝かしき響き。
行ってまいりました。ウフフ。 熱が下がってよかった。
130_2 歌舞伎大明神の思し召しです。ありがとうございます。3階の一番後ろでしたが、ここにいるだけで幸せ。熱気で劇場中が暑かったです。
司会は、葛西アナウンサー。実に感じのいい司会でした。3階の観客は、招待の歌舞伎会会員とのこと。60倍の倍率を勝ち抜いたツワモノどもらしいです、わたくしども。 この定式幕が、あいたら、みなさんびっくりしますよとのこと。なんせ200名もの役者が、ずらーっと並んでいるとのこと。お好きなところをご覧下さいですって。ワクワク。 ざーと幕があくと、本当に ひな壇にズラーっと並んでいました。おかしくなっちゃうほど沢山の役者が、ぎっちり並んでいました。すみからすみまで、見ても見ても見ても楽しくってしかたない。音羽屋親子(菊)だけ、袴の色が目立っていました。あのこは、モジモジしてるとか、あのあたりはあいているのに、こっちはギュウギュウだわとか、見どころいっぱい。あの並びを30分ずーっとみていることができたことは、歌舞キチにはたまりません。友とあれこれ反芻して何度も楽しみました。みんなを並ばせる役目を仰せつかったら、どんなことが起こるか想像(妄想?)しあいました。こっちあいてるよとか言って大御所が順番かえちゃいそうなのですもの。 実にうまいこと並んでいました。 古式顔寄せ手打ち式は儀式めいていて、神妙な気持ちになりました。芝翫さんのお話には、ジーンとしました。この歌舞伎座がなくなるなんて切ないです。本当に。 最後に藤十郎さんによる手締め。
休憩。一緒に当たった友と、興奮しながら話しました。ここにこれてよかったねと。 休憩後、「歌舞伎座を彩った名優たち」という歌舞伎座の歴史の映像をみる。最後に舞踏「老松」。芝翫さん・富十郎さん・藤十郎さんによる素踊り。 ここで幕となりました。あー楽しかった。おみやげまでいただきました。貴重な会をみることができて幸せです。

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『夜は短し歩けよ乙女』

141_2 あけましておめでとうございます。
(←自宅からみた富士山)

まいりました。大晦日に紅白をみていたら、発熱しました。なぜかしらん。元旦は寝ていました。寝正月?
元旦は、うつらうつらしたり、本を読んだりしていました。こういうグッタリのときには、とっておきの一冊。森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』(角川文庫)を読む。あーこれを年末に買っておいてよかった。
黒髪の乙女と、知られずに見守る先輩の物語。いままでの森見作品にでてくる愛すべきメンバーが顔を出す、なんとも幸せな気分になる本。なによりも乙女がいい。凛として素敵。まっすぐ前を向き、人の話に耳を傾け、自分で考える。知らず知らず主役になっている。 その乙女を見守るけど、見事にうまくいかず、うまくいくと知らん顔をする。願わくば彼女に声援を。なんて言うロマンチックエンジン全快の先輩。 たまらなく楽しい4章の物語でした。 ひねくれた心と、乙女のようにまっすぐな心と、美しい言葉を愛する心に揺さぶられました。ブラボー。
羽海野チカの「解説にかえて」も、ワンダフル。漫画で大好きなシーンと言葉がつづられていました。そうそう、その言葉 私も好きと思いつつ眺めました。
今年は、黒髪の乙女でゴーよ。 異風堂々と、美しく調和のある人生をめざすのよ。 きっとオモチロい一年になるわ。なむなむ。

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