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2009年2月28日 (土)

『声だけが聞こえる』

山崎マキコの新刊を発見し、はりきって購入。そして内容に愕然。
山崎マキコの『声だけが耳に残る』(幻冬舎文庫)を読む。顔をしかめるけど、目が離せない。というか目を離してはいけない。アダルト・チルドレンってなんだ。なんでカタカナなのだ。ごまかされている感じがする。
子供への虐待。子供の心に刻まれた傷、そのおよぼすもの。辛い記憶を、こんな口調で描くとは。天童 荒太(と言っても『永遠の仔』しか読んでいないが)が描くものと、山崎マキコが描くものの違いをみました。
現実に立ち向かうことも、そこから逃げることも、人を踏みつけることも、手をとりあうことも、全部入ってる。どれもが混じっている。ものすごい状況なのに冷静だったり、前向きだったり、感謝さえする。顔をしかめちゃうのに、まっとう。 自分を救うのは、笑うことのできる自分だけだな。くたびれるけど、うまい。そんな本でした。

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『KAPPA』

カッパだからね。やっぱり読んでおこうかと。『TENGU』に引き続き、柴田哲孝 『KAPPA』(徳間文庫)を読む。とても雰囲気の似たカバーの文庫なのですが、『TENGU』は祥伝社で『KAPPA』は徳間書店。
"カッパ" でふと美波を思い出した。浅草パラダイスで、勘三郎さん(うのさん)にだまされて見世物小屋に売られ、カッパにならされる娘。それなに、うのさんと会った美波カッパは、 「ありがとう」と言う。 村のお祭りで、カッパの役をすることができた子供は、村長さんやお役人のうちの子供だけ。「あたしは 小さい頃からカッパになりたかったんです。」ですって・・・うう。 うのさんには こたえる言葉。泣かせるなぁ。
もちろんこの本は、そんな人情ものの話ではありません。ザ・男祭り。大薮春彦大絶賛と帯に書いてありました。
牛久沼でスナック主催の釣り大会を開催。そこで殺人事件がおきる。とて人間技とはおもえない方法で。だいたい本のタイトルがKAPPAですし。うむむ。カッパって人を食べるの?シリコダマだけじゃないのぉ。 捜査にあたる地元の警察 阿久沢。上の命令には納得がいかない。そこへ、河童の記事に興味を示す 裸一貫 自分だけを頼りに活きているフリーライターの有賀雄二郎。この方、TENGUにも登場していました。 はたして河童の正体とは。 自然体系を狂わすのは、人間。 罪をおかした人を憎んで 害魚を憎まず?! 心を閉ざした少年や、老年に差し掛かった漁師。地元警察に、県警のお偉方。年配の法医学者。男達は、魂で語りあい、知らず知らず強い信頼関係を得る。うーむ。木を切り倒し、薪を作り、釣った魚をダイナミックかつ繊細に料理し傍らの犬と分け合う。むむむ。男のロマンだなぁと思いつつも、ぐいぐい読みました。ハラハラしたしね。今なら、川に入って 手づかみで魚を獲ることができそうな気すらします。

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2009年2月26日 (木)

屋島・奈須与市語 ~万作十八選~

昨日の覚書
「万作十八選」と銘打たれたSAP主催の公演。日本各地での公演も今年で3年目だそうです。万作師の奈須与市語があるので、久しぶりに足を運びました。国立能楽堂へ行ってきました。狂言「柑子」、能「屋島」大事 奈須与市語 と休憩なしの公演。観客は、年配の方が多くも男性も多い。シーンとした客席で、静かな気持ちで観賞。
まずは、狂言「柑子」。土産物にいただいた三つ成りの柑子(みかん)を、持ってくるように主(石田師)から言われる太郎冠者(万之介師)。 道中すでに三つとも食べてしまっているので、持って行くことができない。鬼界ヶ島に取り残された俊寛の話を引き合いにして泣く。 それを聞いた主が、一拍おいて泣く。ここがいい。すぐに「で、柑子はどうした?」という運びになるのであるが。あぁ、俊寛は悲しかろうと自分も悲しくなる単純さがいい。この微妙な「間」は難しそうだなぁ。白すじまでとって、丁寧にみかんを食べる万之介師はキュートでした。
次に、能「屋島」。万作師の奈須与市語が一番のお楽しみ。前シテで、源平合戦の様子を語る折り [悪七兵衛景清と三保谷四郎との戦いの様子 錣引]を語る部分がある。前日世田谷パブリックシアターでみた「景清」の中にも謡われている場なので、注目していたが さらっとすぎてしまった。後シテの地謡の[かたきとみえしは群れゐるかもめ、ときの声ときこえしは浦風なりけり。]のところを、じっくり聞いてみようと思った。ここも さらっとすぎてしまった。ちょっと下調べしてお能にのぞんだのですが。自分で思ったほど言葉が聞き取れず 体感できませんでした。まだまだだなぁ。残念。 
「間」は、しっかり観賞しました。万作師は、所の者として 都の僧と対面する。都のものへの丁寧ではあるが、へりくだらない様子なのだなと 思いました。 那須与一が扇の的を射抜くときの模様を、源義経・後藤実基・那須与一 一人三役で語る。一つづつのきっかけを、丁寧に重厚にはじめているところにひきつけられた。声の力強さといい、無駄な動きの一つもないことといい、見事でした。戦の最中なのに、両者がその矢の行方を 息を呑んで見守る。その緊張感のようなものが心地よかった。 近寄り難い 清らかなものを感じました。

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2009年2月25日 (水)

MANSAI◎解体新書-その拾四-

覚書
昨日、世田谷パブリックシアターに行ってきました。MANSAI◎解体新書 その拾四 『ひとがた(人形)~自己と他者のディスタンス~』をみてきました。感激しちゃった。
解体新書とは、野村萬斎芸術監督 自ら企画・出演、毎回ゲストを迎え、トーク&パフォーマンスを繰り広げるものとのこと。うーむ ちょっと小難しそうなところがたまりません。もう14回目だそうですが、はじめて足を運びました。今回のゲストは、桐竹勘十郎さんなので。ウフ。
ものすごく姿勢のよい萬斎師と、数日前の壮絶なドラ息子(油屋の与兵衛)を遣っていらした勘十郎さん。この組み合わせにワクワク。ワクワク?そんなものじゃ、すまないぜというすごいものでした。圧倒されました。
お二人ともう一人 福岡伸一さんという生物学の教授の3人。この方が、またなんといえない空気。松尾ちゃん(松尾スズキ)みたいにフラフラしてる立ち姿。お話することが難しく、???今なぜこの話を?と思うのですが、聞いているうちに 不思議にちゃんと話がつながる。そして、ほーっと感心する。そして「つまり~」と言ってまとめだすと、また難解になる。「動的平衡」という単語が沢山でてきました。なんだか面白い。
濃い紫の着物に袴姿の、萬斎師。スーツ姿の福岡教授。勘十郎さんはというと、出語りの時と異なり、黒子姿でした。人形が3体舞台に置かれ、実演を交えて話が進みます。主遣い、左遣い、足遣いの3人にで人形を遣ってみせてもらう。主遣いの腰と足遣いの腕が密着して、意思を伝え合っているところがよくわかる。左遣いは蚊帳の外のようにみえるが、背後から 常に空間を読んで動いているそうだ。醜女の人形と、萬斎師の実演で釣女の退場部分を見せてもらう。人形の方が動きがオーバーで面白い。その人形のことを、勘十郎さんが 醜女ちゃんと呼んでいらっしゃいました。 狂言の乙(女)の退場は、萬斎師一人でも表すことができますが、人形の場合、動きはわかるが声(音)がない。無言で動く人形に、違和感があるのがとても不思議だった。とても驚いた。 4人(人形本体+3人の人形遣い)でなく、6人(+太夫、三味線)で初めて成り立つのだなぁ。 
ここまでで、満足していたらもう大変。浄瑠璃がでてきて(豊竹咲甫大夫と三味線の方) 渡海屋の知盛を見せて下るとのこと。人形だけにスポットをあて、能舞台のような真四角の舞台中央で知盛だけが生きている様。
その後、「エアー人形」でと言って、人形なしに同じ振りを。エアー知盛とでも申しましょうか。本体なしに3人の人形遣いと浄瑠璃で演じる。魂がなくなっちゃったのに気がつかず動いている体のよう。なくても人形がみえるというようなものではなく、なんとも奇妙で、何が間違っているのかわからないものをみているようでした。ものすごいものをみました。
この後、福岡教授が これをみて「花粉症」について考察したとコメントがありました。???。難しかったので ちゃんとわかったかどうか自信がないのですが、元来 戦う必要のないスギ花粉に対して、体が戦いを挑み その結果鼻水を垂れ流してるそうです。(薬で鼻水を抑えることは、一時しのぎにすぎない。いかに「スギ花粉」と戦うことから 自分を ごまかすかということが治療であるようです。) 細胞は、固体では何をすべきなのか理解できていない。それを結びつけることにより活動する。人形をみるとそれがよくわかる。指令をうけ動くということをつきつめていけば、固体本体がなくても動作に繋がるのでは。 うーむ。難しい。けれどなんだか面白い。
休憩をはさみ、最後に景清の小舞。紫の着物に袴という人形が登場。萬斎師の着物は、その人形と お揃いとなるように企まれていたのですね。 小舞「景清」の説明。この小舞は知っていたのに、あーそういう意味だったのと、今ごろ知る。部分部分の動作の意味はわかるが(しころを掴む、とか遠くを見るとか)、全体の物語がわかっていなかったとは。 まず浄瑠璃にのって「景清」を 人形が舞う。初の試みだそうです。 その後、浄瑠璃にのって狂言小舞「景清」を萬斎師が舞う。三味線が入ると、別ものになる。不思議。景清の小舞をみるのは大好き。キリッとして美しい。(この後、福岡教授が「萬斎さんはかっこいいですね」と素直なコメントをされました。) それだけでも充分に特別なのに、この狂言小舞「景清」に人形が加わる。仕方話のような部分を景清と三保谷四郎とに分けて、人と人形が舞う。 あまり、違和感がないのが不思議だった。なぜだろう。 萬斎師も人形のようであったのかもしれない。
実験的な、舞台に感激しました。いいものをみました。 
そういえば、お話されている勘十郎さんをみるのは初めて。もっとバリバリの大阪弁かと思いました。(住太夫さんの本みたいな。)ソフトでした。人形を持たず立っているときの控えめなこと。両手を前で揃えていらっしゃる様は、かわいらしくさえみえました。よーく考えて静かにお話されていました。誰に話すか、どこを向くかということが重要なのかなと見ていて思いました。 萬斎師はキリっとしてかっこいいし、福岡先生は変テコで面白いし、とにかく勘十郎さんから目が離せません。ハァト。感激&興奮の一夜でした。

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A Woman's Murder and the Hell of oil

覚書
先日、文楽「女殺油地獄」をみてきました。びっくりしたぁ。 番付けの英語解説をみると、”A Woman's Murder and the Hell of oil ”って書いてありました。 壮絶でした。あぁ。
今月の文楽は3部制。6時30分開演というのがうれしい。開演前に特別に開催された呂勢太夫さんのレクチャーも出席してきました。写真では、ハーフっぽいのですが、実物は純日本人でした。トークなれしてらっしゃるごようす。よどみなくスラスラと進行。何も使わず(資料とか)、マイク一本で40分話続けてらっしゃいました。これから舞台で 浄瑠璃をたっぷりと語るのに。時代から、いまどきのお若いの人の修行は変わってきているそうです。ご自分もお若いのに。楽しかった。 
「女殺油地獄」は、歌舞伎ではみたことがありました。観終わったときに 口をあーんぐりとした記憶が。こここコレでおしまい?と。文楽での与兵衛は、歌舞伎を上回る、悪いヤツでした。いいとこなし男。驚いた。薮原検校のような、絵にかいたような悪人とも違う。その場をしのぐことができればいいのか、与兵衛よ。こんな お役がぴったりな勘十郎さん。好きっていいのでしょうか。そんな私は変態かしら。と思うほど、与兵衛は ひどいヤツです。
豊島屋油店の段。お吉が逃れようと、お店の油の樽を倒す。歌舞伎では、ここでドバーっと油(らしきもの)が流れる。文楽では何も流れません。エアー油?! 油に足を取られた与兵衛が、ツーっとすべる。どうなってるのかわからないほど、景気よくすーっとすべる。ドリフのコントのような設定なのだけど、笑うどころのさわぎじゃない。すごい迫力。逃げ惑うお吉を追い詰める与兵衛の恐ろしいこと。かっこいいのか怖いのか、もう訳がわからない。すざましい。は油で足をすくわれつつ、刀を床に突き立て身を起こそうとする様のカッコいいこと。静止したときの威力はすごい。狂気の塊が静止すると、それはもう恐ろしく決まります。 特に、最初に刺したあと 人目をきにするのか、訳のわからない高揚感からか、入り口にもたれ 柱に足をかける与兵衛の姿に驚きました。この場面が一番印象に残った。美しいと言ってよいのかよくわかりません。わすれられないほど決まってました。ドラ息子なのに。他のものが一瞬みえなくなるほど輝きました。
この演目は、やたらと現代の人たちにも通じるわかりやすい作品と紹介されています。小悪人だけど、悪人よりたちが悪いと思う。憎しみとかでなく、つい犯罪に走る。しかも、自分によくしてくれる同業者(油屋)の家に金を借りに行き 殺してしまう。一度刺されてしまったお吉。子供らを残して死ねない。お金をあげますからどうぞ助けてと懇願する。お金がいるのだと追い詰める与兵衛。お金を出すって言ってるじゃんと、最前列だったので臨場感があふれ みていてたまりませんでした。あの狂気。人形と人間と一体化してすごかった。
仁左衛門さんをの与兵衛には、色気とかわいげ(どうしようないぼんぼんぶり)があった。勘十郎さんのには、色気はあるけどかわいらしさはない。ふてぶてしさは最高。どっちも通しでみてみたくなった。(松竹座までいったのに、海老蔵さんでてこなかったあぁなんて思い出しながら帰りました。)
河内屋内の段。床は(←とか言うらしい。)呂勢太夫さん。お隣には人間国宝の鶴澤清治さん。この段が終わったときに、父が「大変、一の糸が切れている。」と教えてくれました。弾き方が細かかったとか。3本しかないのに。ド素人には、何が何やら全然わかりませんでした。涼しい顔でひいていらしたところが、またかっこいい。ものの本によると、文楽をみていくうちに、浄瑠璃の方に引き込まれていくものらしいです。今は人形遣いラヴのわたくしです。(どんどんお顔を覚えてきました。) そんな日がくるのかしらん。

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2009年2月23日 (月)

妙心寺

覚書
161_2東京国立博物館 平成館の「開山無相大師六五〇年遠諱記念 特別展『妙心寺』」をみてきました。
159 東博は紅梅・白梅が咲き綺麗でした。河津桜が咲いていました。小さくてもしっかりものと言う感じの花でした。樹木に丁寧に名札がついているので、何かしらとついつい近寄ってながめてきました。法隆寺館前が素敵でした。ガラス張りの建物のをバックに、水をたたえた広場の前の大きな白梅。鶯のような鳥が止まっていました。春だなぁ。
『妙心寺』 第二会場の白隠が、印象深かった。すぅーっと太い墨の線。真似できそうで、絶対にだせない線。白隠慧鶴筆「達磨像」。こんな大きな「達磨像」が愛知県のお寺(正宗寺蔵)にあるのですね。お寺でもみてみたい。頭上には、狩野探幽の「龍図」の垂れ幕(レプリカ)が頭上にある。手をたたいて、龍を鳴かせようとする人がいるかも?!この展示方法は面白い。
映画『禅』の影響で、ああいうストイックなものを期待してみにいっちゃった。間違っていました。(あの世界では飾るものがないなぁ。飾るという必要はないなぁ。)自分の中の禅寺のイメージとなんだ?! そもそも禅ってなんだ?! ???? 自分のわかってない度がよくわかった。 わからなくても、すごさは伝わる。でも、わかってみたら みえてくるものがあるのだろうなぁ。
156_2 第二会場が特に面白かった。狩野山雪「老梅図襖」。梅の枝って、なんてかっこいいのでしょう。自然の力って、モダンアートなんか目じゃないぜって感じの斬新さだなぁと思った。157_2

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国宝 三井寺展

覚書
サントリー美術館へ行ってきました。国宝 三井寺展。頭に「国宝」とつくのが、ありがたい。8時まで展示している日が多いのもありがたい。 天台寺門宗総本山 三井寺 園城寺(てんだいじもんしゅうそうほんざん みいでら おんじょうじ)。名前も長くてありがたい。
会員特典であるイヤホンガイドをきいて、丁寧に観賞してきました。琵琶湖ホールに見に行った折に、訪れたお寺だなぁ。そんなに大きな方ではないお寺のイメージだったのですが、いろいろなお宝をお持ちだったのですね。
智証大師円珍の像が、沢山ありました。沢山あり、おまけに面影に統一感のあるので、かなり似ていらっしゃるのだろうなと思いました。
黄不動尊が迫力ありました。

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2009年2月19日 (木)

なぁに、よろしいんでございますよぉ ~ 二月大歌舞伎・昼の部 ~

152 昨日、お休みを取って 歌舞伎座にいってまいりました。「節分」行事予想はやぶれましたが、「二ノ午」行事予想は的中。歌舞伎座のお稲荷さんにお参りの好機を得ました。その後、お稲荷さんの前の床机で おぜんざいをいただいて参りました。ごちそうさま。歌舞伎座で行われる ひとつひとつの行事が、いとおしいです。
歌舞伎座さよなら公演 二月大歌舞伎。昼の部を鑑賞。おおいに期待していったところ、その期待を大きく上回るすばらしさ。なんて面白いのと身もだえするほど。奮発し、その上一番前。まばたきする暇さえ惜しいほど、ぜーんぶ面白かった。
まずは、菅原伝授手習鑑。「加茂堤」桜丸・八重は、橋之助・福助兄弟。のんき。能天気な程明るく、この先のことを知っていながらも、のーんびりした気持ちになる。いいわ。清行の松江さんにびっくり。なんでこんなに、いい感じに悪いのかしら。よわっちいのにいばってる様がステキでした。
「賀の祝」芝雀さんと扇雀さんの、うちの夫自慢がかわいい。そこへ帰ってくる松王丸 染五郎さんと梅王丸 松緑さん。お二人とも年上好きなのね・・ このケンカものどかでいい。歌舞伎らしいケンカっぷり。たのしいのはここまで。さっきまでののどかな桜丸が、一転する。さっきのケンカもそうだけど、状況を何も知らない妻が、必死になってとめる様がより悲しい。せっかく白太夫の賀の祝いに集まったのに。松王が頭巾をじっと眺めるさまとか、八重が白太夫の顔をのぞきこんで哀願する様とか、なにも言わずうつむいたままの桜丸とか、ジーンとしました。ちょっとわかってきたかな。通しをふくめ、何度も何度も 菅原伝授手習鑑 をみた甲斐がありました。
休憩。お参りにGO!ものすごく沢山の人が列をなしている!と思いましたら みな地下食堂へ。祠に手を合わせて お参りしてきました。とにかくよろしくお願いしますとお願いする。
さぁ、一番のお楽しみ「京鹿子娘二人道成寺」道行より鐘入りまで。 ちょっと衝撃でした。2人揃って踊ると、玉三郎さんの動きのすごさが強調される。ほんの少し 体の動かし方が異なるだけなのに。恋しさとか、鐘への恨みとかどんどん伝わってくる。この違いがショックでした。一方、この2人の組み合わせの力も感じました。歌舞伎座、松竹座と このお2人の顔合わせでの「京鹿子娘二人道成寺」を観てきました。菊之助さんが、玉三郎さんに向かって必死においかけているイメージはもうありません。 花子と櫻子でなく、白拍子花子と白拍子花子で演じる京鹿子娘二人道成寺でした。1人が2人になり、また一つになる。そういう意味を感じました。鐘をみるときに、玉三郎さんの花子は、最初から憎さでキッとみる。菊之助さんの花子は、じっと鐘をみている。じわじわと思いがこみ上げてくる感じ。解釈の違いが面白かった。一つ上のステップに進み、観客は2人の花子の動作に気がいくようになったような気がした。最初の出のところなんて、凛として立派でした。そこへ玉三郎さんが出てくると・・うーむ、なんでしょう これは! 次のときには、どんな菊之助さんをみることができるのか、更に楽しみになりました。 自分が沢山みることによって、見えるようになったものもあるかもしれない。とにかく魅せられました。 
もう十分幸せ。その上 最後に、「人情噺文七元結」。菊五郎さんの世話物はいいねぇ。博打で負けた長兵衛さんの、動作ひとつづつがなんともいえない味。怒ったり心配したり。 お久ちゃんが、うまくてねぇ。かわいそうなんだけど、とにかくうまくて。貫禄があるし(体型でなく)。「わかったねぇ」とおとっちゃんを諭すところなんかもう。 達者すぎて面白かった。尾上右近襲名のお披露目のときより、すっきりして、更にうまくなりましたね。あまりにうまくて初々しさが足りないけど、そこも逆に好き。角海老で、芝翫さんを前に恐縮しまくる長兵衛。お前のなりも褒められたもんじゃないよとか、そういうやりとりが実にいい。角海老女房には、威厳がないとね。女房 時蔵さんからひっぱがして借りてきた女ものの着物を着た長兵衛のだらしない着崩れ感がいい。女ものは着丈じゃないから だらだら長くなるとか、袖の縫い方で女ものとわかるから脇の下に挟みこんで隠すとか、そういうおもしろさがわかるから面白い。時代物ではこういうところで、まだまだ見逃している面白さがあるのだろうなぁ。この先も自分のステップアップが楽しみです。 手代文七、ステキ~。世捨てっぷりがたまりません。最初の台詞「いたいじゃごさいませんか。(キッ)」っていうのがよかったわ。トンチンカンで。 長兵衛さんに 話してみなと言われ 子犬のようなウルウルした瞳で見上げる様もステキ。 人相の悪い人に突き当たられましたエチュードとか たまりません。すてきな親子競演dした。(いつか世代交代するのよね・・)ニマニマしてみているのに、最後 「親方ぁ ありがとうございます・・・」というところではジーンとしました。「人の命は、金ではかえねぇ」って言ってました 長兵衛さん。そのとおりです。 最後の長兵衛宅では、なにもかも うまくことが運びます。 これでもか(三津五郎 和泉屋旦那)、これでもか(吉右衛門 鳶頭)と最後まで豪華。あー面白かった。 
153 おさると2人、張り切って着物をきて歌舞伎座の空間を大満喫。 終演後、さりげなく散財しあったあと?! やっぱり、一杯いただく。(一杯かな?)ツマミは、今日の舞台や舞台写真。菊之助さんはご自分の文七姿がお好きなのかしら。いろんな表情のショットが発売になってました。こっちにしたのね、私はこっちよなんて見せ合いっこしながら飲む。海老蔵さんも座頭ばっかりでなく、今日の松王みたいなののでみたいのよねと、いいつつ飲む。シメは蕎麦で。しあわせな一日でした。

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2009年2月16日 (月)

立春 漫画祭り

おさるから貸していただいた漫画、職場の同士と一緒に貸してもらった漫画を楽しむ。周りの人のおかげで、いい思い。この世の春だわい。
よしながふみ『愛がなくても喰ってゆけます。』(太田出版)を読む。「YながFみ」という仮名や、仕事中の容貌の描きっぷりに いさぎよさを感じました。
おいしいものへの執念に近い愛情は、読んでいてとても楽しい。そしておいしそう。行ってみたい。 おいしいものを食べにわざわざでかけるってことを、そんなには したことないなぁ。おいしいもの大好きだけど。(嫌いな人はおるまい。) 自立してないなぁ。おいしものは家でって感じなので。 おいしそうなものをみて反省。
安さに挑戦みたいな飲み方も楽しいけれど、ここに載っているお店 1ヶ所くらい足を運んでみたくなった。なんてったって おいしそう。おいしいものを食べたときの同席者の反応って大事だなぁ。倍もおいしくなったり、ケチがついた気分になったりするもの。
稚野鳥子『クローバー(1)~(4)』(集英社文庫コミック版)一気読み。まぶしいというか、別世界。こういう青春をすごしている人もいるのね。いろんなことに一喜一憂する様を、最初はドキドキしていたのだけど、どんどん祖母になった気分で見守りムードで読む。いかんいかん。 こんな華やかな世界・・ ちぇっ とか思いつつ、ぐいぐい楽しむ。ベタなパターンがまたいいのじゃ。
おさる、いつもサンキュ。
続いて、一条ゆかり『プライド(1)~(9)』(集英社クイーンズコミックス)。これも、まだ続いてます。続きが気になる。プライドっていうから、染五郎丈と今井美樹がでていたドラマかと思いました。染さんが茶道のなんかだったもの。違いました。。(←訂正します。プライドはアイスホッケー的なドラマでした。キムタクさんのでてるもの。染&美樹は、ブランドっていうドラマだったらしいです。)
オペラ勉強中の才能ある2人女子が己をプライドについて自問しつつ、とにかく力強く歌いあげつづけるの。まぁ、みごとに強気。読んでいて、意図しないところでも笑っちゃう。見事なんだもん。音楽の才能ある母と、財力を持つ父から生まれ、端からみると苦労の意味すら知らなさそうなゴージャスな史緒。 すさんだ家庭、だらしのない母親し虐げられ、どろどろの中から這い上がってきた萌。お嬢さん VS 。という図式が見事。よくあるパターンなのだけど、見事に面白い。ドロドロ最高っていうおかしな気分になります。くじけてもくじけても、失敗をバネに、失敗したからこそステップアップしていくの。読んだら、なんだかんだ言いたくなるけど、夢中で読んじゃう。 一条ゆかりさんの絵って、今でもなおちゃんと綺麗なのがすばらしい。昔と少し違う感じもまたいい。

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2009年2月14日 (土)

続々 オールド パンチ ~カルメン戦場に帰る~

今日は麹町へおでかけ。案外、内気な自分を発見。

去年のバレンタインのころ、TVで、パラダイス一座の『オールド パンチ  男達の挽歌』をみました。夢中になって最後まで見ちゃった。せっかく、東京にいるので、ふらっと公演を 突然見に行ってみました。最終公演だそうです。 当日券あるかな?(ありました。しかも4列目。)
おじいさんたちが、ヨロヨロ大騒ぎ!そんな芝居。観客も頭が銀色の方ばかり。男性もたくさん。ほぼ還暦すぎの方々の中に、10代みたいな子もチラホラ。しかも終演後 熱心にアンケートに記載していました。

舞台は、お葬式。ゲイバーのママ、弁天ローズが亡くなった知らせをきいて、昔の仲間が集まってくる。実はママは生きていた。おっかさん!と駆け寄る七福神たち。ビルマの捕虜収容所の仲間であった。中尉どの慕うおじいさん達。 今、ゲイバーを任されている社長が何をいっても、すぐ横道にそれていってしまうおじいさんたち。おどしても、いばりちらしても、聞く耳をもたない。まっとうな方が愚かで、おじいさん達が可愛らしく思える。今回も、やっぱり ヨロヨロのおじいさんたちの見方をしながらみる。
話は、戦争のことになる。前回も心に残った、「あったことを、なかったことになんかしちゃいけねえんだ」とうったえる言葉は、今回も胸に染みた。 死ねずにもどってきたんじゃない。死なないで戻ってきたのだと。こういう話をする人がいなくなってはいけない。おじいさん達の会話は、すぐに本筋を離れ、昔のことばっかり話すけど、その横道にそれた言葉には、いいことが混じっている。戦争を起こしたおろかな男性に愛想がつきて、ゲイになった。おじいさんたちのとっぴな言葉のいいこと。
必要なことだけ、空気を読んで会話できる人だけと話す。そうすれば、物事はすんなり進むけれど、それじゃいけない。まっすぐばっかり進んでいちゃいけない。 横道にそれたり、やり直したりしないといけない。 ウソが混ざってこそ、いいんだな人生は と ニヤっとしたくなる気分になった。 正解かもしれないけど、それだけじゃダメ。強くそう思う。 まっとうなら、いいってもんじゃない! 私は、こういう年代の人々とあまり接することがない。つい敬遠してしまっていた。いかんいかん。
ずっといてほしい。どうかお元気で。
オールドバンチは、歌をうたうのが、恒例だそうです。お客さまも一緒にといわれ、みんなちいちゃく歌ってました。一緒にって言われていない曲でも、小さく歌ってました。楽しそうだなぁ、みんな。  客席はほのぼの。 上演中に「私最近、耳が遠くって」とか聞こえてくるし。やさしい気持ちになりました。

ゲイは、男なんだって。男の部分をみせながら 女を演じ、芸をみせる。 みた目が、女にしか見えないのでは、それは女なのだそうだ。 妙な説得力。 なぜか芸披露コーナーになる。演歌、シャンソンに交じり、では講談をといい忠臣蔵を語りだしたり、新内を語ったり。三味線がでてきましたことよ。 ま
じめで、トンチンカン。愛すべきメンバーである。
笑ったり、シュンとしたり、ジーンとしたり、ハッとしたり。 ゆっくりした気持ちになりました。
流山児さんの呼びかけで、3年限定で組んだパラダイス一座。 開演前は、パラダイス銀河がかかってました。ようこそココへ~♪だって。 演劇界の重鎮の演出家が役者で登場。わたくしのお気に入りは、中村哮夫さん。恵比寿・リリー。愛くるしい。お鼻のまぁるいところまで、よくみえました。折口信夫の最後の弟子。ラ・マンチャの男等の演出家。 弁天・ローズは最年長92歳の戌井市朗さん。文学座創立者でもある演出家。 よくしゃべるなぁと思ったのは、布袋・さくら の肝付兼太さん。演出家であり声優(スネ夫)。ミジンコについて熱く説明してくれたのは、ふじたあさや。寿・すみれ。 毘沙門・銀次の瓜生正美さんと、大黒・メロンの本多劇場の本多一夫さん(劇場経営者)は男っぽい言葉づかいのままですが、あとの方は、おねぇなの。言葉が。キュート。今回もビデオ映像で登場したのは、ドイツ文学者・演出家。ブレヒト研究の第一人者 岩淵達治さん。アンジェラ・福寿。マリイAの思いでを歌っていました。この歌には、弱い。TVのときはマック ザ ナイフがかかっていたなぁ。若い女子とのんきに登場というところまで一緒。やるなぁ。

今日のバレンタインデーも、また ご老体達に想いをはせちゃった。間違ってるかしら、アタチ?

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NODA MAP 第14回公演 パイパー

りえちゃん、おめでただそうです。めでたいめでたい。

覚書
今月はじめ、ひさしぶりに演劇を見てきました。りえ好きなので。この芝居は、宮沢りえ&松たかこの2枚看板。看板に偽りなし!といった舞台でした。これは、人によって 好き嫌いが別れる芝居かもしれません。みる人によってはベタな現代への警告 に映るかもしれない。 私には、ぐっときました。驚いた。
舞台は1000年後の火星。希望をもとめて応募に当選した者たちが、地球から火星にやってくる。輝かしいフロンティアであった 火星の地が、時を経て なぜか衰退している。その地から見える、青く光る星が地球。 火星の背負ったものを知る姉(りえ)と4つしか違わないが、それを知らない妹(松)。 勝気で、言うことを聞くのは死んでもイヤという姉、素直で無垢で、どこか残酷な妹の組み合わせが絶妙でした。 野田特有のシャウト系の芝居の中、松たかこさんと橋爪さんは、叫んでる感じがなく、すばらしかった。本物って思った。 りえちゃんは、細いのに肝の太い人になっていて、驚いた。 ボク8歳ですという大倉孝二の子供っぷりと、絶対に考えていることがわからない橋爪功さんの父親のうまいこと。 野性的なのですが、今ひとつ聞き取りにくいところのあるけど気にならない北村有起哉さんも、哀しげでよかった。 8歳の大倉君をつれ、子連れ再婚しようとするのはサトエリ先輩。あの人は、~だっちゃ って、ラムちゃん言葉になっても違和感なし。あれは自前のボディなのであろうか。すばらしい。役名はマトショーシカ。そりゃ男性陣は、マトショーシカと叫びたくもなるなぁ。
どこかずっと面白い台詞劇の中、ちゃんとゾーっとする真実が忍ばせてある。 この星を食い尽くしたら、また隣の星にいけばいい。想像の世界で起こっていることとは思えない、テーマがジワジワと心にしみこんできて、なんとも重たい気持ちになった。
父親である橋爪さんは、娘に問う。もし自分の身体がウエストから半分に切れたらどっちの方に走り寄るかと。 この問の深さは最後にわかる。ヘンテコなことばかり言うので、このセリフは埋もれてしまっている。でも、家にかえってから思い出しドーンと響く。 地球なんてとうの昔にほろんでしまっている。では、地球から送られてきていると信じられている この人口食糧は何でできているのか。生物の育たないこの地で。 顔のない方をとれ、そして生きよ。
便利さをもとめて、機械に頼る。機械がいつまでも言うことを聞くと思うなという永遠のテーマや、生き延びるために人はどこまですべきかという重たいテーマ。人として生きるために、してはならないことを、何がとどめるのか。この問いがとても心にのこった。
かつて、便利さ与えてくれた機械 パイパーは、コンドルズが演じる。ダンスの知識はないが、印象に残る動きだった。アンサンブル60人と大人数の舞台ですが、隅々まで計算されていて見事でした。上(コクーンシート)からみたので、全体がみえてよかった。(観客もよく見える。勘三郎丈夫妻と糸井重里さんをみかけてプチ幸せ。)
家を出て、一人で活きて見るべきなのかもとフト思った。そうしなくては、見えないこと 知ることのできないことがあるなと。 その気持ちは、早くも もはや薄らいでしまったが、旅立つことでしか得られない希望もあるのかと ちょっと思った。衰退という絶望のなか、ちゃんと希望があった。メルヘンでなく、ウソくさくない希望。あの、ちょっとだけ暖かくなる感じがウマイなと思う。

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浅草パラダイス

覚書
もういいかなぁと思いましたが(ラサール演出が、肌に合わないので)、勘三郎&直美ちゃんという顔合わせにひかれて 母と見て参りました。「帰ってきた 浅草パラダイス」。久世光彦さんの4回忌という記念の意味もあるみたいです。写真とお花が飾られていました。仰々しすぎないところが、心がこもっているようでよかったです。
幕明けから、「リンゴの木の下で」が流れる。この曲、弱いんです。 オンシアター自由劇場フリークなら、誰しも胸があつくなります。 休憩をはさみ、1時間くらいづつ、3回の舞台。最初のところは、勘三郎さんの浮き草みたいなところが、役の上でフラフラしているのか、やる気にちょっと問題があるのか。台詞をいっちゃ笑っているので。本気だしたらすごいのにだしてないような。そういうのはみていて あまり気分がよくない。 ところが、どんどんすごくなりました。しっかりした芸を身に着けたのに、それを捨てた女房と、芸らしきフワフワしたもので器用に切り抜けてきた男の悲哀なんて、もうすごかった。くやしいんだか情けないんだか。行き場のないイライラがすごかったです。
柄本さんの、訳のわからない動きはすごい。勘三郎&直美という、ものすごい間を持つ2人の横にスッと立っている。無理な感じもなく、鼻につかない無駄な動き。やるな。
直美ちゃんは、すごい。ふすまをあけて、柱に顔を打つとか、ちゃぶ台にひじをついていてひっくりけるとか、古典的な動きのキレのいいこと。間のいいこと。どうなるかわかっている動き。その通りになるのに、おかしくってたまらない。 笑って笑って、そしてやっぱり泣かされました。8年ぶりの浅草パラダイス。何度も上演されており、何度もみにきたのに。やっぱり、泣かされた。
最後になおみちゃんは赤と黒の太いストライプのラメの着物で登場。りんごの木の下でを歌い踊る。 キャー。もし、あの舞台に天童よしみが現れたとしても、私の目には なおみちゃんしか映らないわ。かわゆい。どうして??とびっきりかわいらしかった。 もってかれました。

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20世紀少年-第2章-最後の希望

覚書
建国記念日イヴ祭、おさると国の礎について考えてみようと企画。大袈裟。実際は、地元で映画『20世紀少年-第2章-最後の希望』をみて、それからちょっと一杯という企画。久々に同士と邦非映非連活動ですし。
見終わってすぐ思ったコト。怖かったよぉ。第1章をみたときには、原作漫画を1冊読んだ状態でみた。先がわからなくても怖かった。わかっても怖い。暗闇&大音響効果もあるけど。あの子供じみた考えに、なんで操られるのか。
全般的に、漫画に非常に忠実でありましたが、なかでも小泉響子役の木南晴夏は、すごい。驚いたときの目の丸さまで。足の角度とか。声もそっくりな気がするほど?! けれども、あまりにも漫画に忠実すぎて、だんだん過剰に感じてきました・・・ そのとおりだけど、せっかく人が演じているのに・・・と。すごいけどさ。
すごいはなしだなぁ。
見前回の予告編でみた、新太ちんはすばらしかったです。でも、アレ これだけ?って感じ。もっと新太を。我々にアラタを。次のアラタに期待。

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2009年2月 9日 (月)

『春のオルガン』

湯本香樹実の『春のオルガン』(新潮文庫)を読む。
『夏の庭』でもそうだが、この人の本は「死」というものを、いろんな側面から学ばせてくれる。頭で考えてもわからない、体験してみてはじめて感じるものがある、人の気持ちに気がつくことができる。特に子供のように、自由なようで親の庇護のもとでは何もできない頃の視線には、ドキっとする。まっすぐで、すぐ傷つくのに、みることをやめない。心を説明することの下手であるが、思いは強い。 この人は、どうしていつまでも、この子供の気持ちを覚えていることができるのでしょう。
家族のはなし。小学生の姉と妹。祖父。どこかくたびれた働く 母が住む家。猫がキーになるのは、橋本紡の『猫泥棒と木曜日のキッチン』と同じだな。猫と死。全然違う空気だけど。 姉の気持ちも弟の気持ちも母の気持ちもわかる。でも、うまくかみ合わない。そのづれがいい。 特に 少女の、手も足もでない立ちつくしてしまう気持ちが、よくわかった。
家族というのは、血のつながりだけでなく、一つの家に胃一緒に住む人々のつながりなのだな。うちの中で、いつもはなんにも言わなくても みんなのことをじっとみているおじいしゃん。困ったとこにもなんにもいってくれない。でも、じっとみていてくれる人がいること、もうどうにもならなくなったときに、じっとそばにいてくれること、その いつもいるという大きさがよかった。
鼻がツーンとしてくる言葉が多い。ジーンとする場面は、ジーンだけではすまなくなる。ポロっという涙でなく、エーンと泣きたくなった。この本は、電車で読まない方がいいと、忠告しておこう。(誰にだ?)

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ドッドドドドウド 堂島ロール

150_3151_2 ドッドドドドウド 堂島ロール!
いただきもの。手間暇かけて入手して下さったのねと、うれしい。わたくしを 好きって言ってくれる人にありがとうといいたいわ。そんな気分。
おいしかったわ。こんなにクリームたっぷりなのに くどくないの。買うための行列はよく見ていますが、食べるのははじめて。 しかし、おいしさが出ない写真だなぁ。我ながら 残飯フォトグラファーであります。

土曜日、250歩くらい離れた友の家で、酒盛り。調子にのってのみすぎて日曜日はヘロヘロでした。だって、楽しかったのだもーん。でも、まだ本調子にもどりませぬ。うううっ。 ほどほどってことを学びたい今日このごろ。キドニーに命じて覚えておこう。

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2009年2月 7日 (土)

これって♪

148 今ひとつ元気の出ないこんなとき、力強いお菓子を発見!
その名も「バリバリ大将 海老の助」
どことなく違うというか、あってるというか… ちなみに亀田製菓の超本格えび煎餅です。

さぁ、あえばにっこりさせてくれる友のトコに遊びにいってこよーっと。

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2009年2月 6日 (金)

『閉鎖病棟』

『閉鎖病棟』
帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)の『閉鎖病棟』(新潮文庫)を読む。山本周五郎賞受賞の感涙の名作らしい。トホホ泣きたいよ気分なので、包みこむような優しさというポップの出ていた この本を手にとってみた。一方、「涙涙の一冊です!」という うたい文句の時には逆に冷めちゃうこともあるので、どうかなと危惧しつつ読む。
感染列島という映画効果か、そういう閉鎖かと思った。ところが、この本は静かに静かに語られる。閉鎖病棟とは、精神病院のことであった。病名というくくりでは、精神分裂症か、精神薄弱に分けられてしまうようだ。人は一人づつ違う。精神を病んだ登場人物たちは、うまく適合できない。けれども、人をじっとみている。余計なことを言わないが、じっとみている彼らの視点は、正常だと思って暮らしている我々と そんなに違うだろうかと思った。 人を静かにみている点が、とても心に残った。それぞれ苦しみを背負っている。そんな他人を 何もせず、けれども ただ見ている。 忙しい忙しいと言っている、普通と思っている我々は、こんなに人を見ているであろうか。勝手にこんな人と決め付けて暮らしているなと思った。
心が折れてしまうかどうかなんて、ささいなことだ。精神病院の病棟にいる患者たちは、とても偏屈だ。気持ちに従うかとをやめない。この病院生活という状況から現実に出て行くことを恐れるものがいる。よくわかる。読んでいくにつれ、患者に好意をもっていく。たとえ犯罪者であれ。 周りの「普通」の人間の方が、よっぽど変だ。精神病院入院患者を家族にもつ人間の疲れや哀しさもよくわかる。ひどいと、簡単にいうことはできない。 変とか、きめつける必要はないのだ。 患者仲間は、それぞれが病気になる前のことを知っている。それは興味本位ではない。知っていれば相手のことがわかるから。気味悪く思わないから。
ずっと、淡々と進む口調がいい。
最近の犯罪に走ってしまう人と、この本の人たちの違いは何かなと思った。

帚木(はははぎ)。歌舞伎でみた名前と思う。浮かれ心中で、最後一緒に心中(のまねごと)をする花魁の名前でした。去年4月の勘三郎さんの浮かれ心中の、七之助さんが演じていました。 帚木は、源氏物語五十四帖の巻のうち第二帖らしい。こういうのが さっと頭に浮かぶようになりたいわ。

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『水族館に行こミーンズ I Love You』

内田春菊の『水族館に行こミーンズ I Love You』(角川文庫)を読む。北海道から九州まで、すばらしいのからしょぼいのまで、いろんな水族館の紹介の本。 それなのに、水族館の紹介は2の次と思っちゃう程、春菊節を楽しむ。 そんな一冊です。 おじちゃんのつぶやきとかを聞いて、メッタ斬ったりしたりする。爽快也。 そうそう!周りの会話って 興味深いのよね。ついつい聞いちゃう私は同感しつつ読む。 同意もしますが、逆に自分の甘さに これはイカンと思ったりもする。 魚の絵の横の自筆コメントの字の汚さとかも、気取ってなくていい。(読みにくいけどね。)
水族館の紹介で、こんなに面白いもの読んだことない。 しょぼいところにまで、ちょっと行ってみたくなる。 サカナくんみたいなテンションで紹介してないので安心です。
館の紹介ですが、今は改装したらしいとか 古い情報も多く、ガイドとしては、実は そんなに役にたたないかもしれません。 これは、読み物として面白いので 古い情報で 結構毛だらけ ネコ灰だらけです。
アマゾン系の魚LOVEの春菊女史の、全編を通して 「ショーがなんぼのもんじゃい」という姿勢がここちよい。

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2009年2月 4日 (水)

月も朧に ~二月大歌舞伎・夜の部 ~

節分の今日、午後から会社をお休みしてプチ休日。
まずは、「廾(そう)」で、京野菜のランチ。女子のようだわ?! 市松模様の器にはいったおかず、八穀米、白味噌の汁物。野菜の甘みに、いちいち感動。器の軽さに驚く。おいしゅうございました。
銀座をブラブラ。はじめてH&Mにも入店。圧倒されて何も買わず。

146 さて、本番。歌舞伎座 夜の部をみてまいりました。今日は、節分。三人吉三 大川端があるので、きっと「豆まきは夜ね」と予想し、切符を購入。残念ながら、今年は 昼の部だったそうです。道成寺あとに豆まきがあったとのこと。はずれちゃった。それでも、歌舞伎座にいると幸せな気持ちになります。大人の歌舞伎は見ごたえがありました。3階最前列にて鑑賞。
倭仮名在原系図 蘭平物狂。
蘭平は三津五郎さん。繁蔵には、宜生くん。博多座で松緑さんの蘭平をみたこと、歌舞伎座で三津五郎さん、松緑さんの蘭平をみたこと、いろいろと思いだしました。大勢の捕り手の方々が、大人っぽく 立派になったなぁとしみじみと思いました。
物狂いのあと、網代幕があく(おちる)。楽しみにしていた大立ち回りです。舞台の上の大勢の捕り手達から、この舞台に対してどんなに大切に思っているか伝わってきて、胸があつくなりました。(もちろん、どの舞台も大切ですが。) あの緊張感。蘭平は囲まれているのですが、蘭平を中心とし、蘭平とともに築きあげている、捕り手達の厳しく美しい世界がそこにありました。丁寧で、ピンとはりつめた空気。ここにいることを誇りに思っている大勢の捕り手達は、いつも注目して応援している人ばかり。気迫のこもった動きは、ひとつづつ丁寧であり、かつなめらかで意味がある。息をとめて魅入ってしまいました。なんて格好いいのでしょう。あの真剣さ、気迫はすばらしい。歌舞伎座で演じることに、さらに意味があるのでしょうね。舞台の上の人にもいろいろな思い入れがあるのでしょうね。一人残らず格好よかった。
歌舞伎十八番。の内 勧進帳
弁慶は吉右衛門さん。富樫に菊五郎さん。いい勝負です。なんといってもよかったのが、四天王。染五郎・松緑・菊之助・段四郎さん。こういう揃いでみる勧進帳は、格別です。主君を思うのは弁慶だけではないのです。四天王だって命がけ。そんな気持ちがよくわかる。こういった顔ぶれ(染五郎・松緑・菊之助さんのような顔ぶれ)が四天王に並ぶのは、昔の(もっとお若い頃の)舞台写真でしかみたことがありませんでした。とてもよかった。海老蔵さんも、この並びにいたらどんなによかったかと そんなことまで考えました。強力 義経を見咎めた富樫一行に対して、4人がなんとかしようと力む。金剛杖で それを抑える弁慶。ここもよかった。特に、菊之助 駿河と、段四郎 常陸坊は、本当に飛び出していきそうでした。義経の梅玉さん、上品でよかったです。打擲した弁慶に手を差し伸べるところもよかった。吉右衛門 弁慶は、台詞でみせるところは、ちょっと乗ってこれなかった。義経に対して全身で詫びているところがよかった。言葉を超えた想いがありした。それを見つめる四天王の視線もよかった。菊五郎 富樫が相対しているので、バランスがよかった。
最後に、三人吉三巴白浪 大川端庚申塚の場。
以前(2007/11)歌舞伎座夜の部、最後にこの演目がかかりました。その時は、もう時間も遅いし 25分なんて、どこか割愛しているのではと感じた。ちゃんと全部みせてと、無理な設定にひどいと思いました。 ところが・・・これは25分の演目なのですね。 失礼。その上、玉三郎マジックに はまりました。面白い!
夜鷹おとせは、新悟くん。お嬢玉さまとの台詞のやりとりは、今まで一番うまいと感じました。かわいらしかった。 和尚 松緑さん登場の台詞も、最近の松緑さんの中で、飛びぬけてよかった。お坊 染五郎さんとのところも、ゆったりとした台詞回しになっていていい。玉さまは、特別!ゆったり、のんきに人から金をまきあげる。しかもかわいらしいお嬢吉三でした。自分の台詞まわしは、もちろんいい。その上 相手のことも、引き上げる。とても面白い大川端だった。黙阿弥の七五調の名台詞の響きは、他の方の方がいいと感じるかもしれない。でも、玉三郎さんとの台詞のやりとりをしているところは、全部よかった。全体に及ぼすいい緊張感のようなものがあるのだろうか。面白かった。 簡単に人のものをとっちゃうし、急に 生きるか死ぬかの争いになったかと思えば、三人吉三として義兄弟の契りを交わす。すごいなぁ、黙阿弥のはなし。すごいなぁ、玉三郎さん。
さようなら歌舞伎座って、てぬぐいにまで書いてうっているせいかしら、ありがたくってしかたないわ。 内容もしっかりすばらしい。堪能しました。ビバ歌舞伎座。ビバ歌舞伎。

145 今日の夕食は白魚天ぷらそばにしました。季節ものかな。(写真写りが、悪いだけでおいしいです。)以前は、3階でおそば食べていたのにな。今は地下の食堂です。

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2009年2月 2日 (月)

禅:ZEN

映画の日の昨日、「禅:ZEN」をみてきました。坊主まつりでした(不謹慎)。 127分。(←誕生日12/7と一緒!?) 時間の長さは感じませんでした。
禅、宗教をテーマとするため、どうしても説教くさい面が少々出てしまいました。が、勘太郎が払拭しました。すごい。 カリスマ性がありました。この映画は、勘太郎でなければ成立しなかった。それほどの存在を感じました。
映画は、中国の場面から。留学僧として修行の場を求める道元。若さゆえのまっすぐさ。この場のころは、普通の映画でした。 道元は、この人こそ 我が師という人と出会う。人との縁で。 一心に修行を重ねる。座ることで悟りを開く座禅“只管打坐”にたどりつく。 ここらへんから、静かにひきこまれていきました。日本に帰る。強い信念を持つが、けっして強く語らない。名演技というのとは違うよさがあった。勘太郎には、大袈裟でなく淡々と 伝えたいものを、感じさせる力があった。
道元という人物に、京の人々は感じるものがでてくる。  徐々に普及が広まると、それをやっかむ比叡山の襲撃や、戦乱の世 自分が殺めてきた亡霊に惑わされる武将など いかにもありそうなシュチエーションとなる。この場は、ややしらじらしく感じた。音響とか、CGとか、そういうものは逆にいらないと思った。 亡霊に悩む北条時頼には、藤原竜也。この人狂わせたら日本一のうちの一人と思っているので、これはよかった。ただCGはノーサンキュー。 
権力にわずらわされるのならば、道元は、山奥にこもり 修行に打ち込み 現世との交わりを絶ち、ただ己の修練の道で生きていった方が幸せなのでは、と考えながら観た。それは間違い。自分のためだけにあるものは 教えではないから。
勘太郎演じる「道元」には、寺をまもるために役人にあうとか、民に救いを差し伸べるとか、自分のおかれた立場では、こういう行動をおこさなくてはならないというジレンマがない。迷いを生じる必要がなくなるところまで、己と向き合っている。 年齢を重ねた人でない 若者であっても 人がついていきたくなるであろう まっすぐな人であった。道元に、禅に、圧倒された。 中村勘太郎という人は、こんなにすごかったのか。映画の始まりの若い道元のまっすぐさと、映画の終わりの晩年の道元。成長により異なるものもあれば、かわらないものもある。 その人の芯にある”まっすぐさ”は、中村勘太郎という人のなかにもあるのだろうと思った。
おカタイところが、いい映画。

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『阿修羅ガール』

舞城王太郎『阿修羅ガール』(新潮文庫)を、にぎわい座で読む。
横浜(桜木町)に落語の常設小屋があります。そこが、にぎわい座。毎月1日は、翌月の切符の発売日。年配の方々にまじって並ぶ。落語も人気があるのですね。年配の方にもやさしい懇切丁寧な販売方法でした。なるほど、これでは時間がかかります。ということで、来月は落語!
こんなシチュエーションで読む舞城王太郎、なかなかズドーンとくる読後です。めちゃくちゃだけど、正しいなと思う。それが一番の感想。自分のことは、結局自分でしか なんともできない。気がつくことができるかどうか。愛は、めちゃくちゃな女子のようで、めちゃくちゃなだけでない。
ネット社会、とか匿名性の怖さとか、息苦しいほど正直にかかれている。軽く表現してすましちゃう。
なんだか、便利さを全部放棄してもいいような気持ちになった。タイトルの阿修羅ガールの意味の重さにもおどろく。ドーンと疲れるけど、すごい本だった。

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草月いけばな展

覚書
横浜高島屋ギャラリーで開催している「神奈川支部 草月いけばな展」をみてきました。
師範 準なんとかという段までお稽古したのですが、最近はお稽古の機会を失いそれきりに。年末にお正月用の華を活けたりするとヘタクソと思う。継続は力です(逆の意味で)。 
沢山の大きな作品をみる。こういういけばな展では、出品したおばさまと、その御友人連中が作品の前でしゃべったり、写真を撮ったりして、鑑賞しにくいのが定番。今回も同様。それでも、作品が大きいので楽しめました。竹を使ったものも多く草月ってかんじ。植物以外のものと融合とか。家元 勅使河原茜さんも出品。古風で美しかった。ちょっと活けたくなりました。

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