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2009年3月31日 (火)

『三人の悪党 きんぴか①』

浅田次郎 『三人の悪党 きんぴか①』 (光文社文庫)を読む。一時、これでもかこれでもかと浅田次郎を読んでいたら、おなかいっぱいになっちゃいました。しばらく遠ざかっていましたが、久々に読むと やっぱり面白い。いかすぜ浅田次郎。
やくざが、つとめ(13年!)を終えてでてくる。頭に思い描く出向いの風景。現実には出向いくる者は 誰もいない。
自衛隊員の軍曹。自衛隊の海外派遣に対してもの申す。長いものに絶対にまかれない正義感ゆえに、組織からはじきだされる。
政治家秘書のヒデさん。暗躍の犠牲となる。義理の父を敬愛し、家族を愛す。だが、寡黙であるがゆえに相手の心が離れていく。
どう考えても、正しい まっとうな3人。その正直さゆえに 変わり者扱いされる。 曲がってるのは、どっちだいと思いつつ熱くなりつつ読む。解説にうまいこと書いてあった。個性的な3人の行動のバカバカしさに、救われると。 正しいことをつらぬくために、自分を正当化したりしない。とにかく、まっすぐブチ当たる。突拍子もなさがいい。
バラバラの3人が、不器用な方法で仲間を思う様がいい。
この3人を、集めたの ちょうど定年退職となった刑事 向井の旦那も、いい。うまれた時代が遅かったなというの。時代が時代なら、押しも押されもしねえ大親分であり、金鵄勲章ものの軍曹であり、大政治家だと。 でも、そのいい時代に生まれても、同じように時代に合わなかった、遅かっただの早かっただの思ったり、言われたりするのだろうな。 時代が変わったのだから 仕方ないなんて あきらめて暮らしちゃあいけませんぜ。
ちょっと口にだしてみたくなるような文体がいい。特に、ピスケンの口調がたまりません。 登場人物の心もちもいい。いうことなし。解説にうまいこと書いてあった。”実に演劇的である” なるほど。イキイキしてる。大袈裟だけど、わざとらしくない。
強いてひっかかるところと 言えば、「六方 ふんで花道に飛び出したとたん、お客がひとりもいなかったという不祥事である。」という台詞。 六方をふみだすような時には、役者には客がいるかどうかわかっているでしょ。 だって 六方ふみだす時は舞台からだし。 「暫と言って花道に出てみたとたん、お客がひとりもいなかったという不祥事である。」でどうでしょう。 これ、難癖? 

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2009年3月30日 (月)

『モップガール』

おさるのトコでみかけて、気になった 加藤実秋の『モップガール』(小学館文庫)を読む。気に入りました。こういうの好き。読みながら、銭形平次の主題歌が頭を駆け巡る。 ♪男だったぁ らぁ ~ ひとつにぃ かぁ けぇ るぅ ~ 銭形平次は、大川橋蔵さんで 一つお願いします。
モップガールってTVドラマ。アタシ、気に入ってみてたわ。確かに桃子って名前だったわ、北川景子。かわいかったわ。あれから、北川景子好きになりました。 ん?ヒロインは、時代劇色強かったかしら? 何より、設定は掃除屋じゃなくって葬儀屋だったような・・・ 不思議な能力もあったけど、遺品に触れると 時間を遡ってしまったはず。過去にいる間に、その事件の路線変更を試みるの巻、というような話だったような。名作っていうより、B級ぽさが好きなドラマでした。北川景子は、かっこつけの谷原章介と毎回やりあい、結局助けてもらうというパターン。きっちりワンパターンが好みでした。
本は、違う話。でも、桃子は北川景子で読みました。 面白かった。 解決することが目的じゃない展開がいい。犯人がわかれば、殺された人、残された人が救われるわけじゃないし。 時代物マニアっていう設定にグッときました。 (有)クリーニングサービス宝船で働く人達の、ヘンテコだけど芯のある人柄もいい。気が合わないようで、絶対に信頼できる間柄。ベタベタとするのだけが仲間じゃない。 気にいりました。
この人の本 もっと読んでみたいわ。

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2009年3月27日 (金)

敗れたり

マイチィ☆敗れたり
俳優祭とれませんでした。あぁ。 
歌舞伎の神様がご褒美を下さるかもと淡い期待をいだいたのですが。 
今日で、気に入っていたお洋服やさんが、閉店になりました。 
俳優祭のお高い切符代と、ついつい購入してしまうお洋服代をつかわずにすむようにってことかしら。お金を大事になさいっていうことなのかしら。 
今日のところは、おさると おいしい鳥とお酒に舌づつみをうつの巻。(結局、お金をつかってる・・・)

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2009年3月26日 (木)

俳優祭や ああ俳優祭や 俳優祭や

字余り。
明日、発売ですね。みたいなぁ。 こっそり がんばろうと思います。取れる気がしませんが、気弱にならずにがんばろうっと。  
あぁ みたいなぁ。

ケンミンショー!をみて、名古屋の予習。ナポリタンはお皿にのっているのではなく、鉄板にのっているらしいですぞ。「鉄板イタリアン」というらしい。 来月が楽しみだがね。

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『人形はくちほどにものを言い』

『~赤川次郎の文楽入門~ 人形はくちほどにものを言い』(小学館文庫)を読む。氏の、朝日新聞に、オペラ・演劇・歌舞伎・文楽などの観劇記を面白いなと思って読んでいたことと、最近とみに興味を持つ文楽ものの本なので。文庫には桐竹勘十郎さんとの対談も納められているし!!
ところが・・・ むむむ。
こんなに、文句をつけながら読んだ本はありませんよ まったく。 もう。 ずっと辛口です。
批評家がみる目でなく、素人がみる視線で書いた本。別の視点で、「文楽」の面白さを紹介したいという考えはいいと思う。そういうものを読んでみたいと思う。 何もかも肯定しろとは言わないが、でもねぇ。 まず、歌舞伎役者への文句のつけ方が鼻につく。 伝統芸能が伝統にあぐらをかいていては、人々から見捨てられるという警鐘はいいが、そのならすポイントに腹が立つ。 読んではムカつく。一瞬ふーんと思ったかと思いきや またムっとする。 なんで これ、よまなきゃなんないのと思いながら読む。読みたくて取り寄せた自分を責めるよ、バカ。 
本の最後の〆を読み、ええーーって声がでそうになりましたことよ。なんだ そのまとめ方。  新聞に記事を寄せているのは、別人なんじゃないの??
巻末の勘十郎さんとの対談は面白かったです。蓑助さんのすばらしさの紹介は成功してました。次にみるときがとても楽しみになりました。(住太夫さんのすばらしさのくだりは、普通だったけど。) 
今回、この本から学んだこと。素人が、素人なりに魅力を紹介するって、ものすごく危険な道だということ。 見巧者になると忘れちゃう新鮮なポイントというのは、確かにあると思う。そこを紹介したものには、とても興味がある。 見始めたばかりの人の面白かったところを聞くのは楽しいことだし、書かれたものがあれば ぜひ読みたい。ただし、素人という立場に甘えないものを。プロの物書きなのだから。 好きだからこそ、伝統芸能の先行きを心配する気持ちはわかるけど、ほどほどに。素人だけど素人だけどと ことわりつつ、批判ばっかりってどうなの。 芯にあるはずの、伝統芸能への愛情すら 感じられなくなりました。
対談での、勘十郎さんのお話 素敵でした。大阪弁なの(あたりまえですが)。 今でも、師匠である蓑助さんのことを、目をキラキラさせてみていらっしゃるような気がします。 5月も観にいくぞ!おー!

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2009年3月25日 (水)

春分漫画祭

この間のお休みに、プチ漫画祭開催。おさる、いつもサンキュ。
黒娜さかきの『青春♂ソバット(2)』(小学館IKKICOMIX)。ゲイでもなんでも青春はややこしくていい。
これこれ、まってましたー。黄島点心の『くままごと(2)』(徳間書店)。やっぱり面白いよ、クマ。おバカで残酷で。策士のクマもたまらん。フワフワの容姿にだまされるな。牡丹灯篭はさすがにイイね。パンダ=悪って図式が、すんなりしてきました。
さて、最後に。大切に読みますですよ。清水玲子の『秘密(6)』(白泉社ジェッツコミックス)。こんなことができたらそりゃいいですよ、と言えない。人の頭の中をみるってことと引き換えの代償の大きいこと。でも、みる。他の人にはできることではないから。事実は一つでも、個々の感情が入るとどれだけ視点が異なることか。 自分の見た物を、他人にみられたくない。それは、私が自分をさらせないからかな。 自分が殺されたら、それを見てまでも犯人をあばいてほしいのか。それとも、見られたくはないのか。わからない。 どうにもならないヘヴィな話でした。すごい。ものすごい。

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元禄忠臣蔵(みじかく)

とても、よかったです。 でも、実は だーーーい好き♪という感じではないの。なぜかなぁと考えてみた。
まっとうなのよね。全て。 心情の機微を見事に描いているの。 じーんとしました。 でも、そこには 展開に、えええーっていう驚きが全く無い。 どうも、私は「歌舞伎」の突拍子もない世界を愛しているみたい。圧倒されるのが好きなのね。
歌舞伎座にかかれば、絶対にみにいくわ。(元禄忠臣蔵の悪口を言われたら、何をーって いいところを語っちいます。) 観に行くけど一度かな。同じ月にもう一度いこう!っていうことはないかも。 
そんなことを考えてみた。(好きですよ。)

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2009年3月24日 (火)

元禄忠臣蔵(ながながと)

一昨日歌舞伎座にて、元禄忠臣蔵通し狂言を、昼夜通しで観劇してきました。思ったよりくたびれず、元気に観劇。こちらは、観ているだけですけれどもね。元禄忠臣蔵について、ながながと。だって、観ていた時間も長かったのだもん。

<昼の部>
『江戸城の刃傷』
はじめてみました。これ一番好きかも。我慢の限界を超えてしまった浅野内匠頭を、梅玉さんが。ぴったりでした。 もう後は負わぬ。武士の情けじゃ 頼むと、自らのいでたちを直すことを願う それなのに許されない。 小坊主め、その刀を抑えた腕を離しておやり と思いながら、力をこめてみる。そこへ目付の多門伝八郎登場。彌十郎さん。このお役は、ヒーローですね。かっこいい男です。 評議を勤める、男女蔵さんがすっきりとしてしゃきっとして、なかなかでした。萬次郎さんのおじさんぶりにびっくり。
田村右京太夫の屋敷に移され、切腹となる浅野内匠頭。その検死役として、多門(おかど)が見守る。喧嘩両成敗なのに片方のみ切腹とは何事、庭先とは何事と 正義を訴える。聞き届けられることなく、切腹となる。駆けつけた片岡源五右衛門を、桜の木の下に立ち合わせてやるように計らう多門。最後の時に、浅野内匠頭に月が綺麗だと庭先をみるようにいう。「明日は満月…見事な月ではござらぬか」。視線の先には、平伏し、見上げる片岡源五右衛門。松江さんのひたむきで、切ない姿もよかった。ううう。泣けました。多門かっこよすぎです。
辞世の句をよむ浅野内匠頭。風流を解さないので、私が腹を切ることになっても句を読めないとか 句の思いをこめられても理解できないと 毎回心配になる。すまぬ、内匠頭。今回もわからなかった。 
『最後の大評定』
いつの間にか、歌六さんのとりこに。昔は歌昇さんとどっちがどっちかわからなかったのに。かつて赤穂藩に仕えていた井関徳兵衛、歌六さん。紙の着物をきて大威張りしていました。3階から双眼鏡でみると、あの紙の着物は江戸の地図のようにもみえました。歌六さん、足の形がいいですね。  
大石内蔵助は、ここから後 ずーーと真意を、仲間に疑われ、世間から仇打ちを たきつけられたり、腰ぬけと 嘲笑されたりし続けるのね。はぁ。 
歌六さんが、屋敷のものを相手に、門前で酒をのむ。 内蔵助のことを あえて「喜内」昔の名で呼び 大きなこという。酒のお相手する蝶十郎さんもいい。 あまりの暴言ぶりにハラハラする倅。「父上」と止めては、逆に怒られる倅には種太郎くん。 歌六さんは、武士の心を忘れたかと愚弄しながらも、その実 懐かしさでいっぱいの思いがちゃんと受け取れる。すばらしい。 でもあんなに激しやすい男には、心の内はあかせられないなとも思う。 藩士に加わることを許されず命を断つ親子(歌六・種太郎)。その場に立ち会う幸四郎内蔵助の苦悩ぶりもよかったです。
息せき切って詰め寄る家橘さん(岡島八十右衛門)とか、この先は何があろうともお取次ぎ致しませんと毅然と立ち向かう妻おりくの魁春さんもよかった。次男・娘の子役ちゃんたちのお行儀よく、けなげなこと。長男松之丞には、巳之助くん。少年らしい真っ直ぐさがよかったです。
『御浜御殿綱豊卿』 
よくかかりますね。それなのに、見るたびに今までどこをみていたのだろうと発見があります。今回は、綱豊卿って 後に六代将軍になる人だとやっと理解しました。
仁左衛門さんの綱豊卿と、染五郎さんの富森助右衛門。この組み合わせは以前にもみたことがありました。今回、バージョンアップしてました。しっかりと男の誠をみせていただきましたぞ。お互いの心をしっかり確かめた後、笑いながら去っていく仁左衛門さんの後ろ姿を見ながら泣きましたぞ。 傍らで心配そうに見守る芝雀さん、よかったです。

<夜の部>
『南部坂雪の別れ』
次にこれが好き。久々の歌舞伎座でみる團さま。1月の国立劇場のときより、ずっとお元気そう。といいますか、そういう心配はすっかりいらないようにお見受けしました。よかった。
成田屋のお弟子衆が老け役で登場。新蔵さんより新十郎さんの方がヨボヨボっとしてみえるなんて… 本当の年寄りのようでした。團さまがいて、みんながでていて。いいなぁ。成田屋贔屓的には、この点も うれしくなる。
赤穂の仲間は仇討ちに走ろうとするもの・逆に脱落する者が多く、世間の風あたりも強い。どこもかしこも、内蔵助の動向を噂する。辛抱の2文字しかないような内蔵助。團さまの内蔵助は、大きい男にみえました。でっけえ。
内蔵助と並んで座っているだけなのに、落合与右衛門の東蔵さんは 全身から不満そうな感じにみえる。大袈裟じゃないのにうまいなぁ。名残に殿の大切にされていた、仏像を拝したいというの團十郎内蔵助の願いを、瑤泉院 芝翫ちゃんは、はねつける。 殿もお喜びにはなるまいと言い残し去っていく時のあの迫力。 みているこっちも、内蔵助気分でダメージを受けました。
瑤泉院の住む屋敷を後にする内蔵助。 後で 瑤泉院へお渡し下さいと、託した冊子から内蔵助の本位を知る東蔵さん。門から転びながらすっ飛んできて、両手をついてわびる。じーんとしました。 窓があき「内蔵助」と声をかける芝翫さん。 二人から、無言のあついあつい思いを感じ、一歩づつ屋敷から離れていく團さま。かっこいいー。 ああよかった。いい話だなぁ。
高麗蔵腰元のはしゃぎっぷりがかわいい。やっぱり、本心をあかしたら、あっちからもこっちからも漏れるなとしみじみ思いました。我當さんもアツイ男でした。俺が俺がと手を貸そうとし、断ると 仇討ちをしない内蔵助を批難しまくってらっしゃいました。 必要以上に吉良さま憎しの風潮というのも、世間って恐ろしいなと思う。
『仙石屋敷』
びっくり。休憩が終わったら、仇討ちも終わってました。わたくしが売店なんかウロウロしている間に一大事が。あぁ。 なんだか、お軽といちゃいちゃしている間にに一大事が起こってしまった勘平の気分(←間違っていますけど・・・) あの辛抱に耐え やっとかなった思いをこめた エイエイオーの声がききたかったなぁと やっぱり思いました。そういう表わし方をしないのが、ねらいなのだろうとは思うけれども。
本懐を遂げた内蔵助の一行。彌十郎さんと染五郎さんが 口上書を持ち、仙石伯耆守の屋敷へ。あつく 浪士たちから話を聞く仙石伯耆守は、梅玉さん。 (梅玉さん、さっき殿だったじゃんとちょっと思う。) それでどうしたどうしたと聞いていく様がよかった。 こうやって、事実を聞き出していたのでしょうか。聞き役の技量によって、その先のことは雲泥の差が出るななどと思う。「詰め開き」というらしいです。内蔵助の言葉がいい。元禄忠臣蔵は、台詞の芝居なのですね。
やがて浪士たちは諸家へお預けとなる。内蔵助どのっと周りを取り囲む浪士たちを見回す仁左衛門内蔵助の顔つきのいいこと。こちらの内蔵助も、大きい男でした。 大石主税にとって、内蔵助はまた父でもある。巳之助くんは、なすべきことを懸命につとめようとがんばっていました。言わない言葉も、しみる芝居でした。 
『大石最後の一日』
それぞれの家にお預けになってからの日々も長かったのですね。細川家にお預けとなった幸四郎 内蔵助一行。手厚い対応をうける。華を活ける磯貝十郎左衛門(染五郎さん)。 華道って精神統一にもなるのね。(また遠のいている自分を反省。) 細川家のご子息、内記殿が御通行になると知らされる。内記は、米吉くん。 ガチャピンだかムックだか緑の方にちょっと似てらっしゃるような。堂々としてました。若殿っぽかったです。 (仙石屋敷の梅丸くんは、賢そうでした。)
吉良の同行をさぐるために、乙女田杢之進の娘 おみのと一緒になる約束をする磯貝十郎左衛門(染五郎)。それは、いつわりの関係だったのか、真実の心があったのか。男装に身をかえ、確かめにくるおみの。おみのは、福助さん。正体をあかした後、ものすごく女でした。一日中辛抱している人ばかりみていたので、少々過剰なような気もしました。何も知らぬと、ただ突き放す 染五郎の苦悩っぷりがよかった。 実は おみのの琴の爪を大切に懐にもっている染五郎であった。 本心から思う心があるのならば、喜んで本懐を遂げるための犠牲になりましょうと、笑顔で自決するおみの。あなたまで。死ぬことが美徳なのかなぁと思うわたくしは、現代人なのでしょうか。 乙女田杢之進(おとめだもくのしん)って、ちょと口に出してみたくなる名前ですな。

堪能しました。

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2009年3月23日 (月)

岡村桂三郎展

覚書
ギャラリーって、自由に入っていいらしいけれども なんだか敷居が高い。思い切って行ってきました。銀座のコバヤシ画廊にて、「岡村桂三郎展」を開催していたのですもの。
地下の細い階段を降り、地下の入口から入る。薄暗い部屋の中に、蛇のようにクネクネと屏風が横たわっている。その屏風を起こさないようにという感じでそっとみる。得体のしれないあやしさがいい。ウロコのような皮膚感、ドキッとするようにこちらを見つめる目。これはなんだろう。魚か、龍か。迷路のように立てられた屏風を、少しづつみながら、奥に進む。一番奥に、こじんまりした事務所(事務机)がありました。ちょっと緊張したけど、大丈夫でした。
杉の板を、すのこのように仕立てた屏風仕立て作品。岩絵の具で描いたあと、ひっかいたような模様の日本画。そこに描かれた、象や魚、迦楼羅など。かっこいい。 岡村作品のかっこよさは、実際にみてみないとピンとこないだろうな。みたことのない友人を誘って、みにいけばよかったなぁ。あのインパクトを是非体感してほしい。今回の不思議な 魚のような作品もかっこよかった。

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2009年3月22日 (日)

元禄忠臣蔵マラソン

175_3 去年、偶然 東京マラソンの日に歌舞伎座観劇していました。ちょうど、ランナーが通っていてなんだかうれしかった。 実はその前の年も、東京マラソンの日に観劇してました。 ならば 今年も!と思い 意図的に東京マラソンの日に、歌舞伎座へ行って参りました。 終日観劇。元禄忠臣蔵マラソン。
昼の部開演前、ちょうど車イスのレース選手が 歌舞伎座前を駆け抜けていくところでした。演舞場よりの横断歩道のところがゆるーい上りの坂道になっているのですね。気が付きませんでした。がんばれー。
178_2 江戸白の刃傷をみた後の幕間に、応援にでてきました。ガンバレー。ちょっと小雨のパラつくなかランナーががんばって走っていました。従兄と友人が参加しているのですが、そう都合よくみること かなわず・・・ (あたりまえですね) 扇雀さん、今年も出られたのかしら。 ランナーのみなさまつらそうでした。どちらかといえば、ゴールに近いあたりのようなので疲れているのでしょうね。
最後の大評定を観た後の幕間にも、応援にでてきました。今度は歩いている人が多かったです。頑張れー。歩道から沢山応援の声が。いいなぁ。死ぬほどきつそうですが、出てみたかったです。 元気にこっちに手を振ってくれるランナーとか、ヘトヘトでトボトボ歩いている人とか。 TV中継だと マラソン等ほとんどみることがないのですが、目の前のランナー達はなんだか魅力的で 去りがたかったです。
御浜御殿綱豊卿を観た後、道路はもう車が走ってました。みなさま、お疲れさまでした。
引き続き、南部坂雪の別れ、仙石屋敷、大石最後の一日を観劇。 マラソン気分で。観ているだけなので疲れません。でも、大石内蔵助は とにかく辛抱 辛抱なので、辛抱しすぎてぐったりしました。みんな なかなか腹の内をわかってくれないしね!? 後、ずっと客席が暗いの。明るかったのって御浜御殿ぐらい。 あんまり暗いとよりぐったりしちゃうわ。暗くなくても、ちゃんと集中して観ることができるのになぁ。
見ごたえありました。いい台詞がいっぱいありました。ジーン。

昼の部開演近くまで、歌舞伎座前で東京マラソンを応援。 お芝居の前にお手洗いに・・・と お気に入り?!の売店奥のトイレにいったら、使えませんって。 東京マラソンランナーに貸すのかしら?なんて勝手に思い込み、3階に駆け上がる。すると、そこも使用禁止。 今日は、歌舞伎トイレの水の具合が悪かったらしく、昼の部の開場時は1階1箇所しか使用できませんでした。 どうりでみたこともないほど、長蛇の列ができていたわけです。大騒ぎ。 2000弱も座席があるのですもの、1箇所ではカバーしきれませんね。 トイレが壊れて大騒ぎになっても我慢するから、やっぱり建て直ししないで欲しいなぁ 歌舞伎座。ちょっとずつ直して、なんとかお願いしたい。いちいち、「歌舞伎座さよなら公演」って書かれたり 記念グッズが出されたりするのをみると、さみしくなるの。

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新皿屋舗月雨暈

覚書
この舞台は、立ち会っておきたいなと思い、先日 国立劇場にいってまいりました。 「通し狂言 新皿屋舗月雨暈 四幕六場 -お蔦殺しと魚屋宗五郎-」 松緑さん初役の魚屋宗五郎。どうでしょう、もしかして まだ早いのかなと思いつつ観劇。これが、よかった!このぐらいの若さなのでしょうね、宗五郎って。 お蔦殺しのところから お芝居がはじまったので、話がよくわかります。 宗五郎が、お蔦の戒名を懐に 悲しげに 家に帰ってくるところが、とびきりよかった。家の近く(花道の七三)で、若い鳶(萬太郎くん)に逢う。沈んだ様子の宗五郎に、若い鳶があれこれいう。宗五郎の、年に一度のお祭りだけれども、妹が死んだとなると そんな気分になれませんのさ というくだりが、とてもよかった。鼻がツーンとしました。ウルっときました。 ここの松緑さんは、これまでみてきた どの宗五郎よりも、とびっきりよかった。あと、とっつぁんと2人で お蔦のことを考えてしんみりしちゃうところも、ジーンとしました。大きな目でじっと悲しさをこらえている様がとてもよかった。
片口や茶わんなどの小道具は、二代目譲りのものだそうです。じっとみつめてきました。そういう思い入れを聞くと、より大切に舞台をみつめます。
休憩30分を挟んで、1時間くらいの幕が2幕。ほどよい長さで わかりやすい。(私のように、ずーーっと長くてみているのに慣れちゃった人には、もうちょっと長いことみていたいなと思いました。) このような有名な演目 かつ 若手健闘の舞台というものが、これからもっとあるといいなと思う。(上演時間が短いのだから、時間にもう一工夫いただけたら、仕事帰りにいかれるのにな)。
失礼ながら、そんなに座席が埋まっていないかもと思いつつ出かけました。そんなにガラガラでなく一安心(余計なお世話)。座席の会話から、藤間流のパワーを感じ、ちょっと面白かったです。(一人でみていると、周りの会話が けっこう耳にはいってくるのでね。)

「魚屋宗五郎」は、歌舞伎座でもよくかかります。最初っから妹が死んだって悲しむ。 でも、この通しでは その事件の発端から始まる。お蔦ちゃんが、策略にはまり 殿のお手打ちにあってししまう。 あんな、絵に描いたような悪党(亀蔵さん)の仕業にひっかかるなんて・・・全く殿はデコすけです。 妹の名前も、お蔦ちゃんとちゃんと覚えました。 おなぎちゃんが、何故 宗五郎さんのうちにくるのかも、よくわかりました。通しでみて満足。孝太郎さんは、白いお顔での妹 お蔦ちゃんも 肌色のお顔での宗五郎女房 おはまも、どっちもよかった。 亀寿さんの小奴三吉も、そそっかしくて憎めなくてよかった。 梅枝くんのおなぎちゃんは、うまいのだけどうますぎてちょっと貫禄があったかな。 

この若手公演、なかなか素晴らしかったです。

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2009年3月16日 (月)

やられても やられても なんでもな~いない♪

昨日、実写版「ヤッターマン」をみてきました。実写にする必要があったのかどうかという、本質的な疑問に目をつむれば、「面白かった!」です。
子供のころ見たとおりの言葉がでてくるだけで、ちょっとニンマリしちゃう。少々甘い点をつけてます。だって、「説明しよう」とか、「ブタもおだてりゃ木に登るブヒ」とか、3人乗りの自転車キコキコのシーンとかみると、そうそう そうだったわ!とうれしくなっちゃうので。
どうやら、ヤッターマンは週一で働いているようです。だから「今週のびっくりどっきりメカ」なのね。(放送が週一だったのですが・・・)
細かく忠実なのが面白かった。みんな深キョンのドロンジョさまにくわれてました。あれには勝てないよ~ ま、子供の時分から、正義のヒーロー(ヤッターマン1号・2号)よりドロンジョ・トンズラ・ボヤッキー を楽しみにみてたけど。深キョン なかなか かわいかった。イバリがたりないけど、おまぬけさがかわいい。
わりと、お色気でした。子供がいっぱいきてたけど。いいの?最後に泣いてる子もいました。
人にすすめりことはできないけど、面白かった♪ 櫻井くんに文句はないけど、1号は、相葉くんでどうでしょう。(なんだか相葉くんにみえてきました。) まったぁ らぁいしゅー♪


わたくしどものみた回は、日本語字幕付きでした。誰のため? 
ドロンジョ「やっておしまい」  ボヤッキー「ぽっちとな」
とか、ずーーーっと出てるの。いちいち出てるの。
(トゥー)とか、(爆発音)とか、効果音まで。もー必要ないよ。最悪なのが(荒い息)。 まったく・・・
どういう方を対象にした字幕サービスだったのでしょうか。(丸の内ピカデリーでは、この土日 全部日本語字幕付きでした。)

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おやじカフェ

昨日、山の手線を半周まわって、おやじカフェというのに行ってみました。舞台芸術の祭典「フェスティバル/トーキョー」一環。 池袋の東京芸術劇場前の広場に、半円の謎の物体が登場。その中がカフェになっていました。
おやじカフェですが、割と若めのおやじさん達でした。ほんもののおやじさんも いらしゃいました。楽しそうでした。別次元のこと、普通に生活していたら ありえない状況って、いい。自分の自由な時間はなくなるけど、望めば特別な時間って得られるのですよね。 そういうのを楽しんでいる感じがしました。 でも、もっとギャルソン「おやじ」達に、自由気儘に踊る機会を提供してもよいのではないかしらん、店長どの。みんな もっと~ってウズウズしちゃうのかもなって印象をうけました。(なんて、1パフォーマンスしかみていない客に言われたくないでしょうが。) メンバー間に、ふんわりした感じの「おやじ」友情を、ちょっこっと感じました。そこはかとなくね。 梅酒ロックをオーダーしてみたら、景気よく梅酒が入っていました。にっこり。

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2009年3月12日 (木)

『彼女について』

昨年の本屋さんのイベントのときに、いしいしんじさんが絶賛なさっていた一冊。よしもとばなな『彼女について』(文藝春秋)を読む。
少し、地から浮いているような気持ちになり読み進めていると、最後にグラっと揺れがきてドーンと衝撃が起こった。おどろいた。
子供は生まれるところを、自ら選ぶことができない。 毎日を積み重ねることによって、自分なりの暮らし方、落ち着きどころを探し出す。 幸せにも、のんきに過ごしてくることができた私には到底想像がつかないような重みを、しょって暮らしていくことになっても、自分で自分の生きる所を見つける。
何も心が折れる事と出会わない人なんていないし、それはそれで幸せではないような気がする。 けれど、重みにも限度がある。そこまでのものを、生まれながらしょわされてしまった主人公 。悲劇の人物でなく、ちゃんと淡々と暮らしている。こういう方法で収まることになっていたのかと、おどろいた。あまりの衝撃に読んでいる途中に読み直しはじめた程だ。姿勢を正して、読みみ返した。  
よかった。

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『鴨川ホルモー』

文庫化記念に、再読してみました。万城目学『鴨川ホルモー』(角川文庫)を読む。前回読んだ折、大層面白かったという感想をもったわりには、結構 新鮮に読む。オニ(式神)を操る戦いなんて 突拍子もない話ですが、それに巻き込まれていく様がうまい。ありそう。パッとしないかげんとか、こだわり具合とかがいい。 面白いなぁ、この本。 これ、映画化されるそうです。
儀式とかが好きで、代々続いてきたものを おろそかにできない日本人、そこがいいねぇ。目先の得に走ったり、コンビエンスなものばかり選択していると、大事なもの忘れちゃうぞ。
最近、京大生のモノを読むことが多いかも。貧乏でもてなくてという生活なのですが、語る事が結構 哲学的であったりして、京大生はやっぱりちがうなぁと思いますことよ。冬はどこまでも寒く、夏は耐え難く暑い。移動は自転車。そんなくらしの中に、鴨川(加茂川)がしっかり根付いている。等間隔にいちゃつくカップルに毒づいたり、涼んだり、凍えたり。なんかいいなぁ。京都の上の方の地理が、なんとなく わりとわかるので(←変ないい方)、より楽しい。
あぁ、京都に行きたい。

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2009年3月10日 (火)

『柳に風』

古田新太『柳に風』(新潮文庫)を読む。新太ちんと呼び、かっちょいいと思っておりましたが、ご本人は古チンとおっしゃっていました。ふふふフルチン。
おでぶさんなのは、わかっているのですが、どうしてもかっこよくしかみえない。かっこよさを無理強いさせる力のある新太ちん。極悪人なのもおバカさんなのも、ものすごくイカしてます。自分のこと、おいらと言うのもぴったり。
この本を読むと、自分がクソまじめな人間なような気がしてきます。飲むなら徹底的に飲め。明日のことなど憂うな。はいっ。
面白いものに貪欲で、つまらないものは情け容赦ない。切り捨てだ。いさぎよい。迷ったりしない。だからかっちょよくみえるのだな。人をよくみている人だな。
オチのない文章を書いてどうするとか、ちょこちょこ真実をつく言葉にハっとしつつ、たっぷり楽しみました。オチのないこと書いてすまん。

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少年よ大志をいだけⅦ

覚書
先週末、西洋美術史 勉強会開催。ホクホクと参加。
前回に引き続き、講義前に聴講側にいた生徒による発表。 ずいぶん立派で、面白そうな卒論だなと感心しきり。
その後、いつもどおり先生による講義。「神話画(恋愛がらみ)」
ギリシャ神話が浸透していた時代。絵の中には、ギリシャ神話のモチーフが沢山描かれている。キリスト教の布教が進み、ローマ公教に広がってから、倫理感が広がる。描き方に規制が入ることにより、いかにして盛り込むか、折り合いをつけるか、新たな方法が生まれる。そこを踏まえて眺めると、ますます面白くなる。入口に立ったかどうかぐらいのところにいるのだろうな。奥が深そうな世界である。
子供の時に読んだ、ギリシャ神話が読みたくて、探しているところ。どこで借りて読んでいたのだったかしら。学校の図書館かしら?近所の図書館かしら?岩波文庫のものも、手に取ってみたのだが、断然あの子供の時に読んだものの方が読みやすい。大きな本の全集で、赤い表紙だったはず。割と小さな字だったような。あれが、読みたい。
再び、ボッティチェルリのプリマベーラについて講義があった。ネオプラトニズムの回になるほどと思ったところで、またなるほどと思う。この間でなく、今回やっとわかった気がする。面白いなぁ。こんな沢山の想いをこめて描かれたものなのだなぁ。

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生誕100年記念「土門拳の昭和」

覚書
先週、日本橋三越新館に、「土門拳の昭和」を見にいく。デパートの展示くらいの気分でいったら、結構な数がありました。見ごたえがある展示でした。
生誕100年を記念した回顧展。仏像写真といえば、土門拳。こういわれるだけのことはあるなと感心しました。冒頭は、「室生寺」シリーズ。大きなパネルでの展示なので、よりありがたい。
その後は、年代を追い かつテーマ毎の展示。早稲田大や東京高等女子師範の卒業アルバムの写真なども撮っていたそうです。これが卒業アルバム?!運動部のあつい部活風景とか、あつく思いを語りあう様とか、学生服を着て木に登っちゃう青年たちとか。思い出というより作品です。Wの文字のコーヒーカップに、ポットからそそがれるコーヒーというのも、どこか違う。決して雑貨やっぽくならない。感心しました。
夜の銀座や、戦後の日本の街角という時代を感じさせるものもきれいでした。何より面白かったのは子供たち。ふんどし一丁で川遊びなんて、むちゃくちゃ楽しそう。本当にふんどしで生活していたのですね。ゴムとびとか、お使いとか。カメラを向けられて、目をキラッキラさせて覗き込む顔がいい。江東区の子供達というくくりもいい。子供たちの足は、いかにも 走りまわっているというしっかりした足。暗くなるまで、外を走り回っているこどもたちは、活き活きしている。
土門拳の写真は、違う。
自分の目ででみた仏像より、写真の中の仏像の方がすばらしくみえるものがあって驚いた。中宮寺の弥勒菩薩像は、記憶の中よりも柔らかに微笑んでいた。仏像(日本美術史)を学ぶ際に、必ず最初に出てくる 法隆寺の釈迦如来像。あのほほえみをアルカイックスマイルと習いました。古式微笑と言われてもわかったようなわからないような。あのなんとなくわかった気になっていた微笑みは、コレだったのですねと納得しました。すごいなぁ。
著名人の人物写真も、すばらしかった。ニヒルな川端康成の写真から始まる。作家、画家、俳優といろんな世界で名をはせた方の写真。九代目海老蔵丈の写真、格好よかった。今の海老蔵丈に似ているなぁと改めて思いました。梅幸丈の写真もまだ そう ふくよかになられていないころのもの。いづれも楽屋でのショット。我々 観客が目にすることのない表情に惹かれました。志賀直哉氏のもすてきでした。藤田嗣治氏の頑固そうな感じとか、とても興味深く面白かった。面白かった。
すごい方だったのですね、土門拳。

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田淵俊夫展

覚書
先月、横浜高島屋ギャラリーにて、「田淵俊夫展」をみる。田淵俊夫画伯は、東京藝術大学副学長をされている方だそうです。
真言宗智山派総本山である、京都 智積院の講堂(僧侶の修行道場)に奉納された襖絵。5年あまりの年月をかけて60面もの襖絵を書かれたとか。真っ白な襖に、墨の銀色で 春夏秋冬が描かれていました。雪がぽっぽ ぽっぽと落ちてくる音のしそうな雪山。 葉の音のしてきそうな夏草。枝垂れ桜の見事なこと。この、胎蔵の間のために描かれた「春」という名の枝垂れ桜が めっぽう気に入りました。 8面を使った壮大な作品や、2面を使った小ぶりで親しみを感じる柿の木の作品など、美しい作品でした。
襖に描かれた水墨画。それでも、田淵俊夫さんの作品は、現代人だなと思う。墨の濃淡というより、銀の濃淡。きらめきもあるように受け取りました。 奇をてらったりすることは一切ない。自然をよくみて、その音なり温度なりを感じる作品である。それでも、現代を感じる。江戸のころと、自然が変わっているということもあるのかな。

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2009年3月 5日 (木)

『まほろ駅前 多田便利軒』

三浦しをんの『まほろ駅前多田便利軒』(文春文庫)を読む。直木賞受賞なさいましたのに、購入を文庫まで待ってゴメンなさい、しをん大先生(←心の師)。
舞台は、東京か横浜かという微妙な境目の位置にあるタウン、まほろ市。都会すぎず、田舎すぎず、微妙な位置。 そんな街で、主人公 多田は 一人で便利屋を営んでいる。裕福ではないけれど、まぁなんとか暮らすことのできるギリギリな位置。 大事件はおこらないけれど、そんなに静かでもない街の頼みごとを引き受ける。便利屋って、商売で、季節感を感じる仕事なのですね。 人が片付け物をしたくなる時期とか。 
一人で、一見きままに仕事をしている多田の目の前に、突然 高校の同級生が転がり込んでくる。その頃のモヤモヤやら、今の仕事っぷりやら、言いたいことはごまんとあるのに、なんだかうるさんだけじゃなくなってくる。 友達というか、仲間というか、微妙な距離感の2人が、かかわることによって 人の暮らしが変わってくる。正解はわからないけれど、暮らしに変化が出る。 さぁ、進むかって気持ちになる。
よっれよれだけど、愛すべきヒーローである2人。それをとりまく人たちもいとおしくなる。 傷だらけになって、かっこ悪くて、でもいとおしい登場人物たちが大好きになった。

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『凸凹デイズ』

山本幸久の『凸凹デイズ』(文春文庫)を読む。 山本幸久を読んで元気にならないことはない。 今回も元気になりました。
デザイン事務所・凹組のお話。スマートで派手なところでなく、たった3人で、始終バタバタしていうところ。天才だけど、時間は自分勝手な黒川さん。あっちもこっちも気持ちがわかりすぎて、優しい男 大滝さん。そこに、なんとかもぐりこめた凪海。仕事を得るって大変なことなのよね。毎日働くのが当たり前の暮らしで、つい忘れちゃうけれども。 若い女子がむさい男子2人と、ぎゃあぎゃあ働く。 大手との違いをみせつけられたり。がんばれ、弱小デザーナー事務所。
大手で修行することになった凪海。そこで、いろんな人を見る。凪海の人の本質を見る目がいい。 こぎれいで、人あたりがいいけれども、どこか違うおじちゃんがいる。「ほどほどの地位と、ほどほど豊かな生活を送ることができるようにうまく立ち回って生きていく。そのために誰かが犠牲になっても仕方のないことである。」そういう人のことを、全然幸せじゃないと大きな声で、心から言える。そんな素直な気持ちになれる。 人の力で得た成功の上澄みを保つために、そーっと生きていく。そのために次に波にのりそうな人を探すことに長けている。 そんなこに嗅覚をつかうなんて、もったいない。もったいない人生だ。 これは面白そうな本かも とか、わたしの好きそうな舞台では とか、変テコだけど気になる人かもしれないわ とか、そういうことに嗅覚を使いたい。もちろん仕事にも。
どんなことでも、仕事は面白いばかりじゃない。でも苦労も乗り越えたときは、断然うれしいし、仲間とのつながりって、大切。いいとこばっかりじゃないけど、いいとこを知っている仲間って大事だなと思う。
その上、解説は しをん大先生。すばらしすぎる。

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2009年3月 3日 (火)

三三三三三 "三"三尽くし

167 ひなまつりの今日、三月三日に三三さんの落語を聞きにいってきました。ちなみに、お値段は三千円でした。 "さん"尽くし。
またもや、にぎわい座へ行ってきました。帰りが近くていいわぁ。今日は、両親と おさると 楽しんできました。
一昨日は、上方落語。今日は、お江戸風というのかな?クールな感じの 粋なひねりって感じがしました。「背伸びの十番」 三三、十人の先輩の胸を借りて大勝負に挑むという会だそうです。3月から毎月3日、10ヶ月連続公演。今日は1回目。
最初の前座の人は、子ほめでした。これ、米團治さんのときの吉の丞さんと一緒だわ。1日置きに子ほめをきくことになろうとは・・。ちょっと違ってました。これは、上方に軍配があがりました。そのあと、三三さん。小三治一門で、スキーにいったとか。下手っぴで、毎日スクールにいれられたそうです。想像して笑っちゃった。 柳屋喬太郎さん。お肉たっぷり詰まってました。正座で足しびれないのかしら。 枕のとこの[ある人の失敗談}に笑わせていただいた。どうやら、ご本人のコトみたいです。 落語は、清水の次郎長一家 のちの小政の子供のころの話。こういうのも落語なのね。生い立ち話みたいでした。 休憩後、三三さんの花見の仇討ち。 この仇討ち、どうやって終わらせるのだろうと思ったら・・・ 「~勝負は五部 五部だぞ」に対し、「~六部が来ません」でおさまりました。なるほど。 面白かった。どの話も 知らないので なかなか面白い。
落語は、内輪できびしいことを言い合って面白がるという風潮なのかな。上方の方がストレートな気がします。東京(江戸)の方がシビアな感じ。ちょっとひねった言い回し。 落語って、笑点で得たぐらいの知識しかないの。今日の東京の感じは、楽太郎っぽいわねと言いうことで落ち着く。それでいいのかしらん。
来月分の三三さんの切符も購入済み。来月も楽しみ也。

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米團治襲名披露

昨日の覚書。
にぎわい座に、米團治はんの、襲名披露落語会を見にいってきました。ききにというのかしらん。
歌舞伎の襲名は 数々みて参りましたが、落語は はじめて。口上も、正式な中にもカジュアルな雰囲気があって、その違いが面白かった。祇園で遊べるのも、あれもこれもできるのも、みんな米朝という名前があればこそ ということを、堂々と本人にいう。 みな、一つ二つ へなちょこのところを披露したり、まだまだというお話をする。それでも、その言葉には、しっかり やりなはれよ という愛情がありました。辛口の部分もなるほどなぁと思えた。「ダメなとこもあるけど、まるごと愛してね」という感じが、とても気に入りました。
吉の丞さん、吉弥さん、米二さん、南光さん。中入(←休憩のことをこういうらしい)口上(ご挨拶?)、最後に米團治さん。どれも面白かったなぁ。上方風というのは、すました感じがしなくて、大声でアハハと笑える感じ。周りの人もおなかから、アハハハとよく笑っていました。楽しかった。
今回、沢山きいてぐっときたのが、うまいこと言って一杯奢ってもらう方法。いかに相手をいい気分にさせるかという「よいしょ」具合が、とっても気に入りました。これよこれ!意地の悪いことや、気の強いことを言っちゃうと、後で自分がいやになる。 なにくそ!と思ったときは、この「よいしょ」で持ち上げたらいいじゃない。うまいこといって、動かしちゃうという手があるじゃない。いいものみつけたわって気分になりました。 
米團治は、二枚目さんでした。米朝さんの挨拶、うれしかったなぁ。どの方も、落語の最初に(枕に というのかしらん)、米朝さんのお話をする。こんなこと、言わはるんでっせ っていうのだけど、嬉しそう。愛されているお方なのでしょうね。私も好きです。米團治さんの、親子茶屋は、難しそうな落語でした。こんなズブの素人に、これ難しいのだろうななんて、思わせちゃうのはちょっといけないかも。しばらくたってから、またきいてみたいな。代々の米團治さんの十八番の演目だそうです。

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少年メリケンサック

「少年メリケンサック」をみてきました。クドカンの映画♪ パンク、すごかったです。パンクって、音楽のジャンルじゃなくて、生き方のジャンルだったのですね。
中年度合いのすごいおじちゃんたちの、息ぎれ加減とか、匂ってそうな感じとかの表現が 独特でした。弱ったり、強がったり、あきらめたり、ダメなのにやめなかったり。頑固で暴力的できちゃないけど、なんだかひっかかるものがあって なんでか離れられない。きたないし、ひどいのに。 痛面白かった。
宮崎あおいちゃんは誠に細く華奢でした。雑で荒っぽい動作も、これだけ細かったらかわいい。 おっちゃん達相手に心底やな顔をしたり、食ってかかったりするとこが、よかった。本気な女。かわいいぜ。
おっちゃんパンクすざましかった。キングofすざましいは、田口トモロヲ。すごかった。佐藤浩市のきたならしさっぷりも、激しかった。主役をはれるダメ男ぶり。キムキム兄やんの突っ立ちぶりと、こんなお年で下っ端な三宅弘城。すごいな。クドカン。すごいな。パンク。

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濱っ子日和

昨日は、地元で落語をきいて 米團治さんって無駄に?!かっこいいわと 若干ぽーっとする。次から次へときく落語は みーんな面白い。襲名おめでとーございまーす。
172 おめでとう続きに、かまわぬ横浜店(小粋)2周年を祝う。冷やかそうと思って行ったのですが・・・ 復刻版のてぬぐいなんてあるのですもの。手ぬぐいを買うことは辞めているはずなのですが、これはお祝いに購入。ご祝儀がわりってことで。 記念てぬぐいをいただきました。2の形をした波。波頭が、4つ 1つ と表されていて、ヨイ波に乗れますようという判じ物になっているそうです。おまけに、溺れたら助かるようにと浮き輪まで。キュート。
横浜美術館のグランドギャラリーへ。ひびのかつひこ号みたいな船を3艘眺める。横浜開港150周年記念のプレイベントの一環だそうです。アーティスト日比野克彦氏による「種は船」造船プロジェクトで生まれた3艘の船を見学。Y150丸、莇平丸(あざみひらまる)、明後日丸(あさってまる)ですって。どの船で出航するかと取り合う。ダンボール製かと思われる船は、細かいこだわりと、ダイナミックさがまざって、大人なのに子供のような自由さが魅力的。小さな女の子がお父さんに中をみたいからダッコしてくれとせがんでいました。おさるもダッコと頼んでみれば?と提案する。こんな大きな船も、らくらくと収容し、まだまだたっぷりとした空間がある。横浜美術館の入り口のホールは、いろんな可能性のある空間だなぁ。ここで、こんなことをやったら!という気分になるところだと思う。
桜木町から横浜までいったりきたり。てくてく散歩する。ちょっと腹ごしらえをしましょうと リニューアル記念のレストランに並んでみたら、今日はバイキングのみですと。入る前に教えてくれたまえと、心の中で 40人の盗賊なみに難癖をつける?! 別のお店でビールを男らしく飲み満足する。「ぷふぁーうまいっ」と飲み、隣の席のちびっこを驚かせる程男らしかったわ?! 。 桜木町から横浜までいったりきたり、てくてく散歩する。そんな幸せな日の〆に映画。最後に映画「少年メリケンサック」をみてきました。余は満足じゃ。横浜万歳。

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2009年3月 2日 (月)

手も足もでません

ストイキツァ教授の講演を聴講する機会を得たので、先日参加してきました。ちょっとでもわかればいいなと。そのぐらい慎ましやかに参加したのに、全く歯が立たなかった。うーむ。「集中そして/あるいは蒸発-肖像・自画像・<近代生活>」という公演。タイトルからたじたじ。
ヴィクトル・I.ストイキツァ教授は、注目される気鋭の美術史家だそうです。スイスのフリブール大学で近現代美術史の教授だそうです。ストイキツァ著『影の歴史』を読みかけつつ、出席。フランス語で教授が語ったあと、日本語で説明が入る。その繰り返し。 ちょっとわかるところがあり、むむむ?と引っかかっていると。次に進む。基本的な知識にかけるところが敗因マネとドガの肖像と近代生活というテーマだったので、面白かったのですが すぐに 本質をつかめていない気がしてくる。これ、しかるべき人がきいたら、相当ありがたい講義だと思う。もしくは、未来の(賢くなっている)私が。 でも、上の段階にいった授業を垣間見ることができたことは貴重な体験でした。
いつもは、泳いでいる時間。あれ?泳いでいた方が私のために(身体のために)なったかしら・・・と弱気にもなりましたが、自分自身を描くということでも、視点によりそんんなに違ってくるというところは興味がでた。 

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