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2009年7月18日 (土)

我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか

金曜日は、8時まで!東京国立近代美術館へ行ってきました。楽しみにしていた、ゴーギャン展。 ポール・ゴーギャンの作品は、荒いタッチのイメージがあったのですが、それは作品の持つ激しさで、実際には、きれいな線で描かれていました。
日本初公開をうたい文句にしている『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』。すごかった。大きさと思いの迫力に驚く。これを描くために、苦悩し、波乱に満ちた茨の道を歩いてきたのかもしれない。そして、これが描けたら死も怖くないかもと、ふと思った。 本物をしっかりと自分の目に焼き付けた後、戻り映像による説明をみて、また本物をみました。たっぷりとスペースがおってあります。相当の混雑を予想しているのでしょう。今日はまだ2週間目なので、少し佇んでいれば、一番前でゆっくりと鑑賞できました。
とにかく、ゴーギャン・ゴーギャン。約50点もの作品。こんなにきれいな色彩だったのかしら。頭の中とのイメージのギャップが楽しい。
展示の最後の方は、晩年の作品。あの大作を描いたあと。『浅瀬(逃走)』という作品に目をひかれた。前の青い馬に乗るのは「死」を意味するものらしい。その「死」に先導されて続く馬の上には、若い勇者。 足元にはきれいな水をたたえた川がある。とても美しいい色の水。死というものを、絶望でも恐れでもなく悲しげにでもなく 描いているようで その死をイメージする川が魅惑的ですらあった。 展示の最後には『女性と白馬』が飾られていた。 激しさは息をひそめ、自然の揺るがない大きさを感じる。絵の上の方、山の中腹に白い小さな十字架が描かれている。ゴーギャンは、この絵が描かれた年になくなり、その白い十字架のもとに埋葬されたそうです。これも、また印象に残った。
画家というものは、激しい人生を生き、人生をけずって作品を作るものなのだ。穏やかに、のんびり暮らすことを放棄し、変わりに生涯、作品のために戦うのだ。彼のもとめた「楽園」というのは、普通のおだやかなものではないのだろうと思った。
満足。

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コメント

こんにちは、染めものをしております小倉です。先だってはありがとうございました。その後、楽しくブログ拝見しております。
ぶしつけながら、この場をお借りしてお知らせを。
本日18(土)~26(日)まで練馬の白瀧呉服店のイベントに下駄の展示で参加いたします。長唄三味線、歌舞伎、能、落語など、興味深い催しも色々ありますので、よろしければお出かけください。
詳細は白瀧呉服店HPでご覧頂けます。
私は19.26に顔を出すつもりでおります。もしお会い出来ましたら、ふらふらしていますので、是非ひと声おかけくださいませ。

投稿: 小倉充子 | 2009年7月18日 (土) 04時50分

うわぁ。
びっくりいたしました。
お知らせいただき、とってもうれしいです。
さっそくHPをみてみました。
ありがとうございました。

うれしいなぁ。

投稿: マイチィ☆ | 2009年7月18日 (土) 10時16分

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「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」 旧約聖書 ヨシュア記 1章9節 "Have I not commanded you? Be strong and of good..... [続きを読む]

受信: 2009年7月18日 (土) 09時29分

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