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2009年10月 5日 (月)

HENRY DARGER'S ROOM 851 WEBSTER

友人より、「知人が携わった(←すごい) 本」といって貸していただきました。ヘンリーダーガーの部屋の写真がメインの本。
その部屋にとりこまれることはあっても、でていくことのない紙。 40年過ごした彼の部屋には、大量の紙でうずもれていた。
彼の絵は、一見ポップだが、妙に噛み合わない変な感じがある。でも、あとをひく。怖いものみたさのような。
創作のために集められた写真というより、ゴミ捨て場から 集められた新聞や雑誌の写真やものが、現実と混ざりあい、物語になっていったよう。
紙で、あふれた部屋は、それなりの秩序がある。
くしくも、自分の部屋の大掃除をしていて、「なぜ部屋を片付けようとしたか」と自分のことを考えたりもした。 
あまりモノが溢れると、大事なものの順序がつかなくなる。ちょっと似たところがあるかと思い、怖くなったりもした。ためる行為、そこにある安心感のようなものがわかるから。
彼の才能はすごい。後をひく落ち着かなさがある。
彼の作品に驚いた後、彼の部屋をみることは、彼の世界を想像しようとするのに、最もよい材料であろう。だが、彼が40年間過ごした部屋を全てを保管し、その空間を ありがたがるのは違うと思った。
誰かに見せるものでなくただ書き綴った作品。それは、自分の家族のようなもの。実存しようとしまいと。自分の世界の全てではあるが、彼はそれを評価されることを知ったらどう思うのであろうか。ほっておいてくれ。とでもいうかもしれない。
ヘンリーダーガーの研究者の文が寄せられている。 老人施設に移ることになった彼の部屋を、家主であるネイサンが掃除する。部屋中の紙を処分する。トラック2台分捨てたところで、ヴィヴィアン・ガールズの物語が出てくる。そこで、この掃除を中断される。 ネイサンなくして、彼の作品が世に出ることはなかった。 ネイサンが彼の部屋を保管しつつも、一部変更したり、取り外したりしている。そのため、資料は残っていないという記述がある。 ここに妙にひっかかった。
あの部屋を見て、廃棄しない家主はいないと思う。
芸術は尊い。
しかし、生活あってのことではないだろうか。 芸術家にとっての身を削り、犠牲にしてつくりあげる作品の価値を、一般にくらす人に押し付けるのはどうかと思う。 
文で、ネイサンを責めているわけでは決してない。 
この行先のわからないモヤモヤは、ヘンリーダーガーの作品や、映画をみたときに感じたものに少し似ているかもしれない。
彼は、部屋を出る時、何も執着しなかった。 視力の衰えが、心を奪ってしまったのだろうか。つくることのできなくなった今、なにも意味がなくなったのか。
あんなに執着した、紛失したピンナップの時とえらい違いだ。彼は、シカゴタイムスの記事に載っていた写真を宝物にように大事にした。ある日それを失くし、神にすがった。返してくれない神を恨むほど。 そのピンナップすら、部屋を出た彼には不要だったのかもしれない。
静かな写真に、ややかき乱された。


HENRY DARGER'S ROOM 851 WEBSTER

編集;   小出由紀子、都築響一
デザイン; 下田理恵
写真;    ネイサン・ライナー、デヴィッド・バークランド、北島敬三、ジェシカ・ユー
文;       キヨコ・ライナー、ジョン・マクレガー、小出由紀子
翻訳;    ポニー・エリオット、小出由紀子、アルフレッド・バーンハイム
IMPERIAL PRESS

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