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2009年10月29日 (木)

『松井今朝子の晩ごはん 忙中馬あり篇』

今日は、「お通夜」と「お手洗い」を聞き間違えました。昔は、聞きまつがいに夢中だったな。

乗馬を趣味にしている人っているのね。私がプールに通うにように馬を乗りにいく人がいるのね。松井今朝子さんはそんな人。3冊目『松井今朝子の晩ごはん 忙中馬あり篇』(ポプラ文庫)を読む。
舞台を観に行って、役者や演出家に対して厳しいコメントをのせる。ブログに。そうとう面倒くさいことなのだよと言いつつ毅然としている。感想すべてに同意する訳じゃないけど、その見方も面白いなと思う。悪口じゃなくて批判になっているのが大きな違いなのね。 祇園の老舗の「川上」鍛えたのは、舌だけじゃなくて腕もということがわかり尊敬。ちょっとした会席料理を作ることができるのです。カメ溺愛ぶりとか、変で、シャッキとして面白い。外食のおいしそうな料理の数々の中、燻製家 Nube に興味津々。おいしそ。わが魂は輝く水なりの舞台への意見が面白かった。

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『松井今朝子の晩ごはん 嵐の直木賞篇』

今日は、勘太郎さんの結婚式だなと思いつつ働く。おめでとうござる。披露宴会場には、どんなに沢山の歌舞伎界の人がいるのかしらんと、やじうま的な想像をしました。
そういえば、昨日は歌舞伎座でジャズなんていうフェスティバルがありました。応募したのに、はずれてたのね。

2冊目『松井今朝子の晩ごはん 嵐の直木賞篇』(ポプラ文庫)を読む。祇園の老舗の「川上」が御実家なだけあって、継承ということにきびしい。老舗にも役者にも政治にも。安部前首相なんて、メッタ斬りに。このままでは、私の御贔屓?!の福田前首相への苦言も相当なものたるやと思うが、この2冊目ではさほどではなかった。
松井さんがみた舞台は、わりと観たものなので、厳しいコメントがまた面白い。プロのコメントだなと唸りつつみる。堂々とした人だ。
晩ごはんというだけあって、食べ物がおいしそう。下味をつけてスープを加えるなんていうのを読み続けると。ふむふむおいしそう、作ってみようかと まるで料理ができる人になったかのような生意気なことを思う。きちんと家でごはんを食べて(外食やお弁当も度々登場するけど)、政治にも関心をもって、自分から言葉を絞り出し、創作して生きていく。24時間を自分で切り分けて暮らすって、こういうことかと改めて思った。平日の昼間は会社なんて、縛りがない。自由って精神力がつよくないと、ダラダラ溶けだしたような暮らしになりそう。名の通った作家ってすごい。あと、プロの書く日記って違うなと、あたりまえのことも思う。

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2009年10月28日 (水)

『松井今朝子の晩ごはん』

演舞場の初春花形歌舞伎が発表になりました。8月に観たっきりの海老蔵さんの舞台情報はうれしいのですが、なぜ猿之助十八番なのかしらん。成田屋さん。沢山みることができるのはうれしいけれど、もうそうろそろ座頭でないものが観たいよお。大人の歌舞伎にでることって、とても大切な財産になる気がします。10月のしっかりとした歌舞伎座の舞台をみて、しみじみ思いましたことよ。まぁ、はりきって観に行きますけれども。

本やさんの平積みで、この本の第4弾を発見。大好物の日記。しかも松井今朝子さん。とびついて読む。松井今朝子『松井今朝子の晩ごはん』(ポプラ文庫)。
晩ご飯を中心に出来事やら観劇したものの感想。特に観劇部分がたまらない。厳しい批判にも愛を感じる。ああ、それみましたというのも多い。私は役者と知り合いなのよと友達ぶりをアピールしているだけで、なんだか逆に寂しい気分になるような人が多い中(見巧者でもね)、彼女の本は全然違う。おお、そうきましたか、厳しいですな(でもうなづける意見だ)なんて思う。褒め方も気持ちいい。自論は感心するものばかりでなく、愉快なものが多い。
幼いころから、伝統という世界に身をおいた人は、全然ちがう。知り合いのすごさに驚くだけでなく、すごい知り合い達が、厳しい目を持って、作ってきた世界みたいなものをなんとなく感じた。作家となり、老舗旅館を継がなかったからこそ、外の目も持ち、また、どっぷりつかっていただけに、厳しいことをいわせたら、気持ちいい言葉がでてくる。
ご飯がおいしそう。QP教(キューピー3分間クッキングを愛し活用)のところが、なんかいい。石原都知事にもの申すところもなんかいい。
はぁ、住む世界が違うなと思うところと、わかるわかると思うところと、ひぇー甘くてすみませんと思うところがある。いいねぇ。私好みの種類の中のひとつ( one of my favorite type)の日記でした。あと3冊ある。うしし。

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2009年10月27日 (火)

芸術祭十月大歌舞伎 夜の部

千穐楽の歌舞伎座夜の部を観てきました。通し狂言 義経千本桜。今回は、渡海屋・大物浦にやられました。素晴らしかった。
義経千本桜といっても、義経が主役の段はない通し狂言。ところが、この「義経」の存在がいかに大切か、はじめてわかりました。富十郎さんの義経のよかったこと。だからこそ、典侍の局が、知盛が、安徳帝の守護を託し、最期を遂げることができたのかと、納得することができた。なるほどなるほどと、感心しつつ観る。そうかっ!と思うのって楽しい。これから先の観劇にも力が入ります。
渡海屋。船問屋の銀平夫婦に姿を変え、源氏に復讐する機会を窺っている。女房お柳の玉三郎さんが、うちの人自慢 「洗濯のしゃべり」をする。それに耳を傾ける義経の姿がとてもよかった。真摯であった。不思議と印象に残った。出船となり 渡海屋を辞する義経も、丁寧で品位があった。
大物浦。血まみれになっても、義経の姿をみると一門の恨みと太刀をふるう知盛。弁慶が数珠をかければ、断ち切って投げ捨てる。怒りに命がつきてもなお戦いを挑みそうな知盛に、安徳帝がいいきかせる。「これまで自分を解放してくれたのはそちの情け、いま自分を助けたのは義経の情け、かならず仇に思うな」と。周りのすごい大人達の力を借りたとはいえ、この小さな帝は立派であった。辞世の句も、意味がわかっていて詠んでいるのではと思うほど。
ここでまず、玉三郎の局が、託すことを選ぶ。これは、あの義経だからかとハッと気づいた。ここで、義経の大きさがどんどんわかってきた。局は自害を選ぶことを知り、その道を貫かせたのかと。 安徳帝の言葉・局の決意に、知盛もまた壮絶な終わりを選ぶ。 そうか、とまた気づく。義経自らも、兄に自分のまっすぐな想いが疑われ、都を逃げ落ちている所だったのだと。その中で安徳帝を引き受けたということは、そこに付随する大きなものも引き受けざるを得ないということか。戦いだけにむけるのでない義経の大きさにはじめて気がついた。 知盛の最後。壮絶なのだが、おれをみよといわんばかりの見せ場にするのでなく、他の人よりもさらっと感じるほど、すっと岩を登っていった。吉右衛門の知盛には腹の大きさがあった。 捕り手たちを薙刀で払うところも、動きを少なく、そして存在は大きかった。傷ついて弱っている様をリアルにする必要がないという表現力に、うなった。
最後に、段四郎の弁慶が花道で法螺貝を吹く。それが鎮魂を表すということはものの本で読んで知っていたが、今回はじめて心に染みた。
玉三郎の局は、渡海屋で夫 銀平のそばによるだけで、子供として身を隠していた帝の隣に座るだけで、風格がある。相手への思いが伝わるのがすごい。 歌六・歌昇の兄弟で登場したので、心がはずんだ。魚尽くし、さすがだった。うまいねぇ。 これだけ渋いと、初々しい四天王(萬太郎・巳之助・右近・隼人)がまた よいです。
富十郎 義経、吉右衛門 知盛、玉三郎 典侍の局、段四郎 弁慶 という豪華な顔ぶれ。役者が揃うとすごいことになるのだな。驚いた。ものすごく面白かった。
以前みた海老蔵 知盛は、戦国の世の無常みたいなものが面白かった、どうしても納得いかない様とか、心を決めて最後を選ぶとかが、面白いほどわかりやすかった。リアルすぎなほど。年を経てリアルに走らないもをみてみたい。 渡海屋・大物浦って、冗長に感じてしまうことが多かったが いいものは、すごいのだな。
ノックアウトされた後、吉野山 、川連法眼館を、素直に楽しく鑑賞。菊之助さんは、赤い着物の姫がよく似あうこと。声もきれい。吉野山は優雅で好き。
川連法眼館の菊五郎狐は、とてもマルマルしてました。動きは俊敏ではないけれど、初音の鼓に惹かれる様や、思いを断ち切って立ち去るところ、鼓をいただきとびあがらんばかり喜ぶ様をみると楽しくなる。この人は、きっちり歌舞伎になる人だなぁと思った。 菊之助さんの狐もみたいなと思った。
正真正銘の芸術祭でした。満足。

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2009年10月24日 (土)

『太陽がいっぱいイッパイ』

昨晩の女殺油地獄、面白かった。ありがとう3ch。生の舞台と、テレビでみるのとは随分差があるものですが、テレビでも面白かった。今日もう一回見直しちゃった。
あぁ 博多座も、もうすぐ千穐楽。どうだったのかなぁ。

三羽省吾の『太陽がいっぱいイッパイ』(文春文庫)を読む。これ、タイトルがすばらしくいい。 扉の字は池田進吾(67)。丁寧な手書き文字(縦書)。どういうご関係なのでしょう。 細かいところまで、なんだか愛くるしい本。三羽省吾のデビュー小説だそうです。
大学生の主人公が、海外旅行にいかないなんてありえないという彼女のために、肉体労働のバイトを始める。直に、稼ぐことより ヘトヘトになるまで働き、飲んで倒れるように眠る日々の繰り返しにはまっていく。 肉体労働という道で生きていく仲間たちと同じようで、同じでない。 オダジョーのドラマの千原ジュニアが、下水道のマンホールから顔を出したときのシーンを思い出した。なんとなく。
本当のイッパイイッパイが、小難しくなく、哀れでなく、必要以上に意味をもたさずに描かれている。すごい。
現代のプロレタリア文学といってもいいのではないでしょうか。蟹工船も読んでみようかと ちょっと思った。

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2009年10月23日 (金)

東方彩夢 森田りえ子展

日本橋三越本店の展覧会をみてきました。三輪休雪に引き続き、パリ・三越エトワール帰国記念。「東方彩夢 森田りえ子展」
生きている日本画家の展覧会だなというのが、一番の感想。金閣寺本堂の杉戸絵を描かれたそうです。大きな作品は、美しいのですが、なんだか生々しかった。もう少し、時代を経ると、みなれた日本画の雰囲気がでてくるのかもしれない。あくまでも、「私の」見慣れた日本画ですが。「私の」心が、古いものをありがたがるとセットされているところに問題があるような気もする。現代風美人というのがすんなりはいってこなかった。悪くはないのですよ。粧Ⅱという舞妓を真正面から描いた作品は、好きでした。真正面というアングルは、とてもインパクトがある。

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2009年10月22日 (木)

『ボクは悪党になりたい』

久しぶりに泳いだら、関節が変な感じ。なんだか、生まれたてのピノッキオみたいな気分。人間の子供になりたい。

笹生陽子の『ボクは悪党になりたい』(角川文庫)を読む。タイトルがいい。
母子家庭、猪突猛進に働く母親に、暴れまくる小さな弟。世間では充分に大変と言われるような状況。家事をこなし、家計を心配し、弟の世話をこなしつつ、高校に通う。見た目の大変よい幼馴染みの友人(男子)にも手こずる。それでも、そんなに大変なことじゃないさと、淡々と切り盛りしていく。自分でも、気がつかないうちにたまっているストレスが、あるきっかけで爆発する。もう歯止めののきかないウツウツとした感じがよくわかる。『ボクは悪党になりたい』っていうぐらいの気持ちがうまいことでている。日頃、ちゃんと暮らしている人間には、絶対に手が差し伸べられるのだな。この中で悪党とされる、美貌の幼馴染クンも、愛に生きるお母さんも、なんかいい。主人公のボクの真面目ぶりも、いい。
たまには、はみだすことも大切だな。

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2009年10月20日 (火)

万作を観る会

一昨日、国立能楽堂に行ってきました。いいお天気なので着物で。先週の歌舞伎座では襟がク゛ス゛ク゛ス゛になってしまったので、気をつけて着る。今度は、おうちまで無事でした。

万作師の「釣狐」。準備万端(前の日早く寝る、開演までゆっくりして寄り道しない)で向う。袴狂言で「釣狐」前という、本来とは異なる上演方法。あっというまの1時間でした。
こんなに集中して舞台をみつめたのは久しぶり。心にしみました。もう、しばらく舞台をみなくていいと思うほど満足した。
あれもこれもと沢山みたくてついよくばって切符を取ってしまうが、結果散漫になってしまうという事実も否めない。一つを大事にみる。よく反芻し楽しむ。そうして深く記憶に残していくことも贅沢なものであるとしみじみと思った。

シテは百歳に余る老狐。仲間の狐を釣られ絶滅の危機となる。猟師の叔父である白蔵主に化け、これ以上仲間が狩られてしまうことのないよう説得に向う。
鼓の響く音がして、急に狐が現れる。 決意しながら橋がかりを進む狐。 気配が人でなく、 けもののそれであることに大いに驚く。 微妙に床についていない杖の位置や、その杖を握るのでなく持つところにも人間でないものを感じた。 「ものも案内も」と猟師の家を訪ねる狐。猟師が現れ「えい、白蔵主」と答える。  ”えい” という返事に胆を冷やす狐。 ”白蔵主” と続く言葉に我が身を左右と見下ろし確認し安堵する様に鳥肌がたった。一つ一つのやりとりに無駄がなく、意味がある。 相手の言葉に震える様や、説いて聞かしていくうちに興に乗る様子、餌のにおいに野生みが抑えられなく様、一つ一つの動きが素晴らしい。 写実的であるが、生々しくない。至芸というもの、本物というものは、こういうのものだというのをしっかりと味わった。びっくりした。
人化け 人前にでようとする狐。その緊張感。百歳に余る老狐であっても、老狐だからこそ、人というものは残虐な敵なのだ。その想いは、一挙手一投足からどんどん伝わってくる。じっと立つ姿の時が、何よりも訴えてきた。 面をつけていないとか、装束をつけていないとか、そういう違いを全く感じない。すごい狐であった。
狐を受けて立つ猟師。 萬斎師の演じる猟師は、人間らしさが引きたった。このお二人の組み合わせだからこそ発する関係・かけひきに引きこ込まれた。 叔父の話を聞き、もう殺生は止めましょうと同意する。罠まで捨てろと息巻く叔父に これみよがしに ほらと罠を差し出す様子の あの人間くさいこと。 いつの間にか狐側に立って観ていたようだ。 
罠を捨てさせる際に、狐は餌の匂いを嗅ぐ。 安堵し帰る道すがら、捨てられた罠をみて葛藤する。老狐であれ獣。罠を目の前に、どうしても立ち去ることができない。鳴き声をあげ、人に化けたこの身を元の姿に改めてこようと 一度この場を立ち去る。その野生は、どうしてこんなにも美しいのであろう。
万作師の狐をみることができて、よかった。萬斎師の狐、深田師の狐を観、その味わいを少しは理解できるようになった今、万作師の狐をみることができて、とれも幸せであった。

連吟  「鳴子」
素囃子 「安宅」瀧流
袴狂言 「釣狐」前
狂言  「止動方角」

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2009年10月18日 (日)

ぐるっとはしご

覚書
そうそう、これもみましたシリーズ<美術館編 part 3 > またまたぐるっとパスを使って、こんどは3館めぐり。三井美術館→ニューオータニ美術館→ミュゼ浜口とはしご。
三井記念美術館へ。経済学者があつめた浮世絵コレクションというようなコピーをみて気になっていました。「特別展 慶應義塾創立150年記念 夢と追憶の江戸 -高橋誠一郎浮世絵コレクション名品展」という大袈裟なタイトル。高橋誠一郎さんは、慶應義塾塾長代理や文部大臣を歴任した経済学者だそうです。 作品の展示の仕方がいい。明るさを抑えてはいるので落ち着いてみることができる。一つづつにやや丁寧に注釈がそえられていて、より興味がわく。この位の混み具合なら、少々立ち止まって読んでも邪魔にならない。歌舞伎役者がでてくると、俄然興味がわく。着物に描かれた紋から、これは・・と一人クイズ大会をしながら楽しむ。油絵の絵画をみた明治のころの日本人も驚いただろうが、この浮世絵をみた西洋人もさぞかし驚いたことであろう。思いをはせつつ一緒に驚く。歌麿、写楽、北斎、広重。そりゃ後世に名をなす人だ。すごい。印刷などではちっともあらわすことのできない本物の色あい、繊細なラインにうっとりする。
浮世絵繋がりということで、三越前から永田町へ出てニューオータニ美術館にいってきました。「肉筆浮世絵と江戸のファッション」という展示を開催。これで美術館というのは少々厳しいのではないでしょうかと辛口な感想。展示の数の少なさだけでなく。浮世絵は面白いものもあったのでうが、微妙にみにくい。展示の高さが微妙に低い。親世代の身長にあわせているのでしょうか。少々ものたりなかった。
では、もう一軒。水天宮前に出てミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションへ。「浜口陽三生誕100年記念銅版画大賞展」をみてきました。ほら、点数が少なくてもこんなにワクワクする館もあるのだ。国際公募のコンクール、世界中から公募があったそうだ。(世界62ヶ国から908名がエントリーし、応募作品は合計1517点,)すごい。まず地下におり、入賞作品をみる。なかなか面白い。1階には大賞作と準大賞作品。さすがの作品でした。 それに浜口陽三の作品。美しい。ここは、品のある美術館です。

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併設 仙涯展

覚書
そうそう、これもみましたシリーズ<美術館編 part 2 > ぐるっとパスを使って、出光美術館へ。芭蕉 <奥の細道>からの贈りもの 併設:仙涯展 をみてきました。.
芭蕉よりも、併設の仙涯展にひかれて。俳句をたしなまないものには、この良さがわからない。筆跡の美しさとがわかるといいのにな。一点一点じっくりみつめる方が多い中、挿絵や、紙を眺めてきました。
それにひきかえ、仙涯はわかりやすい。単純な線の描きだすその絵は人の心をふわっとさせ、ニヤっとさせ、にっこりさせる。単純な線の描く、大きな世界に 参ったという気持ちになるのは気持ちのよいもの。禅というものは、そういうものかもしれない。

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皇室の名宝―日本美の華

覚書
そうそう、これもみましたシリーズ<美術館編 >
これは、この間。 東京国立博物館 平成館にて開催の 御即位20年記念 特別展「皇室の名宝―日本美の華」 1期をみてきました。会期最初の金曜夜間公開デーというマイルールにのっとって。結構人は入っていましたが、なんとか目の前でみることができました。
平成天皇の御即位20年を記念。(今、平成21年だけど。)皇室が所蔵する名宝とはおびただしい量なのでしょうね。Ⅰ期は絵画ものが中心。Ⅱ期は正倉院宝物が登場のようです。
若冲の動植綵絵30幅がズラリと並のよと両親を誘い一緒にみにいきました。いかんせん相国寺でみた動植綵絵30幅の印象がすばらしすぎて、もう驚くことができませんでした。丁寧にひとつづつみる。実に繊細に描かれているのに迫力のある画像。緻密と大胆と簡単にまとめたうない感じ。色が美しい。宮内庁の保存技術にも驚く。
<唐獅子図屏風> 狩野永徳・狩野常信筆。永徳と孫の常信筆によるもの。右左の獅子をみくらべるが、どっちもすごい。周りの作品がみんな大きいのでいくらか迫力が抑えられているような。 <萬国絵図屏風>桃山時代なのになぜ世界をこんなに把握しているのでしょう。これサントリー美術館のBIOMBO展でみた気がします。 <源氏物語図屏風> 伝狩野永徳筆 6曲1双。これも 安土桃山時代。人物が大きい屏風なので、着物の柄にも季節を感じうっとりする。
今回、とびっきり面白かったのが<小栗判官絵巻>岩佐又兵衛筆とのこと。父が、岩佐又兵衛の本物がみれるとはと興奮してました。ここは、こんでいました。だって、理屈ぬきに面白い。字の読めない庶民も絵巻ものにはとびつくのがよくわかる。第1・11・13という3つの巻のが一部づつ展示。全部で15巻あるそうです。展示が終わった先のの丸めてある部分がみたい!閻魔大王の御裁きの図が、いかしてます。クリアフォルダーを購入!
円山応挙筆の≪旭日猛虎図≫は、足が太く短く もうかわいらしくすらみえる猛虎。大猫みたい。 母が、竹内久一の<明治天皇像>をみて男前というのでみにいくが、男子の趣味があわないと思った。(すみません、恐れ多いことでした。) 葛飾北斎<西瓜図 >をみる。これ、みたことがあります。北斎展かな。みずみずしく気持ちのいい、きれいな絵。川島甚兵衛(三代)作<春郊鷹狩・秋庭観楓図壁掛>にびっくり。おおお大きい。よくこんな大きなものが展示できました。近寄ると織物でまたびっくり。 川島甚兵衛とは、あの川島織物の方だそうです。壺やら何やら、みんな大きい。巨大。しかも2つセット。どこに置くのとつぶやきつつ鑑賞。
なかなかの見ごたえだったのですが、昨年の「対決」があまりにすばらしかったのでちょっと大人しく感じました。皇室のものなので上品というべきでしょうか。作品の大きさに圧倒の展覧会でした。こんな大きなものを飾ることのできる空間を持つのですね、皇居は。
皇室におさめるということは、買取でなく贈答ということになるのでしょうか。廃仏毀釈の波に襲われた相国寺では、若冲の動植綵絵30幅を手元に置くことが難しくなり皇室に献上するよう説得されたとか。金1万円の下賜金があったそうです。  皇室に納めることの名誉は金で買えないということでしょうか。そんなみみっちいことも考えました。

一口メモ;11月12日(木)は天皇陛下御即位20年を記念して入館無料だそうです。(ただし来場者多数の場合は、入館できないこともあるそうです。)

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2009年10月17日 (土)

プール

覚書
そうそう、これもみましたシリーズ<映画編 part 2 > TVでパスコのCMを見るたび、これみたなと思う。 
美味しい食べ物映画シリーズ。 高価で貴重な食材でなく、旬の美味しいものを、正しく味わうという美味しさ。
大袈裟なことがおこらない。大事なことを普通にはなす。素直に心にしみてくる。
「死ぬ気がしないの」には、笑った。泣着たい気持ちと笑いたい気持ちが一緒になった。
母である小林聡美に、やっと気持ちを言う娘  。それに対する母の答え。 あくまで静かなのだけど、その言葉の大きさにやられて涙がでました。とはいえ、あまりに、淡々としていて、もうこういう世界を描く映画も打ち止めかなとも思った。

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ココ・アヴァン・シャネル

覚書
そうそう、これもみましたシリーズ<映画編>
先月の「ビフォアーアフター」~連休6日間大掃除大会~ 直前に、自分を勢いつけようとみてきました。どうやら、初日にみたようです。
若いころのココ・アヴァン・シャネルの環境にもびっくりしたけど、何よりも貴族の毎日におどろいた。退屈するほど遊ぶ毎日って、こういうのなのね。財力に満たされた貴族の、空虚な心というものに、今ひとつ肩入れできないけど 雰囲気がよく伝わった。 庶民を拒絶する、あのなんともいえない貴族社会の空気にヨーロッパ特有の文化が生まれるのだろうなと感じた。
強いな、ココ・アヴァン・シャネル。かっこいいなココ・アヴァン・シャネル。
あれだけ、自分風をつらぬいて頑張った人だからこそ、これだけ人の心をつかむ「シャネル」ができたのかと面白かった。若い人が持っちゃいけないとはいわないけど、もうちょっと 日本におけるシャネル好きの成金っぽさみたいなものがなくなるといいな。 
アメリは、みたことがないのですが、 は、しゃきっとして、気が強そうで好き。 フリルいっぱいのビラビラした服を着るレディしかいない中、胸を張って 男装姿で登場したココ・アヴァン・シャネルは、かっこよかった。着てみたい。

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九月文楽公演

覚書
そりゃ九月文楽公演ですもの。覚書です。いつのまにやら、もう10月半ばに。あぁ。
先月観に行った、文楽の覚書を残しておこう。そうそう、これもみましたシリーズ<文楽編>
松濤美術館に幟旗を見に行き、その後国立劇場へ。小劇場にて開催の「九月文楽公演」へ。国立小劇場での上演月に、どれか1部だけ鑑賞というマイルール破れたり。今月は、2部と3部の切符をとってしまった。ツルカメツルカメ。歌舞伎だけで手一杯なのに。
天変斯止嵐后晴(てんぺすとあらしのちはれ)を楽しみにしていました。9月は3部にしますか と思いきや、大阪公演をみた友から「顔がでていなかったよ」と連絡が。文楽初心者のわたくしは、人形遣いの顔もみたいのですよぉ。それも勘十郎さんの。 やむなく?!沼津を追加。父はこちらの方がいいそうなので、2人でみにいく。
まずは、第二部。
伊賀越道中双六。沼津の段です。綱大夫さんに住大夫さんという、国宝づくし。 でも、今はまだ人形にしか目がいきません。
「沼津」気に入りました。いいわぁ。
旅姿の若い男が、荷をおろした供に用事をいいつける。それをみた老いた男が、荷運びをさせてくれと懇願する。 荷をかつぐ力がないのに、その日の銭をかせぐために必死で持とうとする。もしかして、大袈裟なのかもしれないが、面白かった。フラフラする平作は勘十郎さん。荷物を持つ若々しい十兵衛に簑助さん。この後、親子とわかる重い場面になるのがわかっているので、ここのすかっと晴れた場は、愉快な方がいい。簑助さんをみる機会が余りなかったのですが、すごいことが なんとなくわかりました。わからないなりにも、何かが違う!ということはわかる。
親子の名乗りや、父の最期をうけとめるところは、ジーンとした。歌舞伎でみているものは、見どころポイントがわかtっているので見易いのかなと思った。
休憩をはさみ、艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ) 酒屋の段
これは、筋がわからないので物語をよく聞く。あまりにもかわいそうになってくたびれちゃった。吉田文雀さんが、若返ったように思いました。
一人で第三部もみてきました。
天変斯止嵐后晴(てんぺすとあらしのちはれ)。感想。シェイクスピアの話は、あっけらかんとしてる。人がいいの。17年も追放した人も、ちょっとこらしめたら許してあげる。心広すぎです。えええーいいの?と思いつつ、楽しくみる。
こんなにおおらかでいいの?と思いますが 歌舞伎でも、荒唐無稽なよさがあるのでこれでいいのでしょう。夕霧の話を思いだしました。最愛の太夫夕霧と死別した後に、別の太夫を身請けし、2代目夕霧と呼ぶ。実は先の夕霧は生きていた。2人とも、おじゃ。だんない、だんない、大事無い。その上、勘当もとけました。めでたしめでたし。 
ものすごく細かい心のひだを描くかとおもえば、おもいっきりよく楽しませてもくれる。伝統芸能の底力をみました。
舞台があいたときに、三味線がずらっと舞台に。琴もいました。嵐のようすをかきならす。かっこよかった。何かがはじまるというワクワク感がいい。びっくりして、目をまるくしてみつめちゃった。

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京乱噂鉤爪

歌舞伎座で興奮しすぎたのか、ちょっと弱ってました。存分にゆっくりしました。復活!

復活記念に国立劇場へ。社会人のための歌舞伎鑑賞教室『京乱噂鉤爪(きょうをみだすうわさのかぎづめ)』をみてきました。昨年の江戸宵闇妖鉤爪に続き第二弾となる乱歩歌舞伎。すでに見にいった友人から、梅玉さんがキモかっこいい(気持ち悪い役なのにかっこいいという褒め言葉らしい)と聞き、そこを楽しみにしてました。市川染五郎宙乗り相勤め申し候とのことですので、飛んでくる3階より鑑賞。
今回は、梅玉さんが主役のようなどっしり感。どうして、こんなにエロじじいぷりがうまいのでしょう。上品なのに。 梅丸くんの人形ぶり、可愛らしかった。じっとしているのも、きれいいでした。
今日一番の注目は、優男さんです。翫雀さんの優男な公家ぶりがグッド!もう石田純一かと思うほど。今日もきれいだよって。出てくるたび夢中になっちゃった。歩くだけで公家らしさをだせるのはさすが。
染五郎さんの宙乗りは、シルク・ドゥ・ソレイユ?みたいで、少々心配に。耐久性とか。あと黒いし、暗いし。派手なんだか地味なんだかわからない、不思議な(でも忘れがたい)宙乗りでした。人間豹の最期ということは、これでエンドですね。よかった。哀しさとかは感じなかったけど(失礼)、変わった歌舞伎を楽しみました。ガォー(←富士サファリパークな音で) 

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2009年10月14日 (水)

芸術祭十月大歌舞伎 祝・初お目見得

体育の日に、10月大歌舞伎 昼の部にいってきました。 一か月ぶりの歌舞伎座。 ひさしぶり、歌舞伎座。 帰ってきたわ、歌舞伎座。 おなつかしい。 はりきって着物でいきました。ひさしぶりなので襟がグズグズに。練習あるのみですな。
蜘蛛の拍子舞にノックアウト。 すごい、玉三郎さん。すごい人って知っていましたけど、なお驚く。 面白かった!1階最前列の真中で、幸せをかみしめつつ観劇。
まずは、「毛抜」から。歌舞伎十八番なので、衣装にも三升が。でも、成田屋さんの時とところどころ違う。衣装の柄や、刀の鞘、粂寺弾正が待っている位置も左右逆。室内のところが室外になっていたり。驚き方も違いました。首もはねちゃうし。 いろいろ違いがあるのですね。
三津五郎の粂寺弾正は、大きくみえました。つけ鼻?かと思うほど鼻が高くみえました。おおらかでイヤらしく、正義の味方でした。 絵に描いたような悪モノの團蔵さんもいい。小原万兵衛には、錦之助さん。こんな汚く悪い人も板についてきたような(以前はどうしてもいい人にみえました)。梅枝くんの錦の前は完璧。うまい。今までみた錦の前の中で、一番 姫の奇病に同情できました。 團さまや、海老蔵さんの粂寺弾正は、のんきでおおらかでワハハと解決していくような感じですが、三津五郎さんの粂寺弾正は、戦法でやりこめる正義の味方でした。
次に「蜘蛛の拍子舞」
いかにも物怪が出そうなボロボロの花山院空御所。不釣り合いの綺麗な近達、源頼光に菊之助さん。ひさしぶり。凛々しい。目玉ギョロリの貞光、松緑さんと酒をくみかわす。蜘蛛が出たかと思うと失神。すっぽんより白拍子妻菊 玉三郎さん登場。花道でるっと一周する。それだけで空気が変わる。自分の足で周っていると思えないほどなめらかにまわる。人じゃないような美しさ。妖しい。  赤い衣装なのですが、通常の赤姫の赤と違う。朱でもなく、なんともきれいな赤。 気がつくと、美しい白拍子が自分の隣に座っているなんて。怖い。 病の慰みにと妻菊が舞う。そして頼光、貞光と3人で拍子舞を舞う。ここが見事。みとれました。
本性を見抜かれると蜘蛛に姿を変える。大蜘蛛、ゼエゼエいってました。がんばれ蜘蛛。糸を出したり大活躍。この大立ち廻りも魅力的でした。
最後に女郎蜘蛛の精となった玉三郎さんは、景気よく蜘蛛の糸を撒き散らす。美しい軌跡を描く蜘蛛の糸。 あたくしの足にもあたりました。からめとられるかと思いました。 糸の描く線もみごと。すばやく取りはらう後見もみごと。 美しく、派手で、最高でした。品もあり面白いなんてすごい。続けて3回みたくなりました。
加勢に加わる 渡辺綱に萬太郎くん、ト部季武に天才・尾上右近ちゃん。右近ちゃんの足の運びはすごい。最後に強力な味方の声が聞こえる。花道より駆け付けた坂田金時。三津五郎さんの声がしたので、さっきの粂寺弾正が出てくるかと思った。三津五郎さんは本当に大きくみえる。不思議。
続いて「河庄」。 太兵衛、善六のいじわるコンビが出てくるたび、今は亡き吉弥さんがしのばれます。亀鶴さん、お若いのに健闘。寿治郎さんもいいですね。ほな、いにまっせの丁稚に萬太郎くん。萬太郎くんは、八剣数馬・渡辺綱・丁稚三五郎と大活躍。腕をあげてきましたね。 藤十郎はんの若さはどうなってるのでしょう。異常な程お若い。翫雀さん扇雀さんと兄弟にみえるのを通り越し、お孫さんの壱太郎くんと兄弟にみえる日も来るやもしれませぬ。 藤十郎はんの治兵衛は、兄 段四郎さんに心配かけても、恐ろしいほどのマイペース。もう、何を言っても心根は治らないよと段四郎さんを慰めたくなりました。花道の出のところが、すばらしい。あのツツツとあるくところ。脱げた草履を履き直すだけで、あんなに魅せるとは。すごい。 小春の時蔵さんは、我慢我慢。きれいな形でヨヨと泣き崩れたままでいるのは大変でしょうね。裾に梅がはいったきれいな衣装でした。すっきりとしてよく似合う。
谷太夫さんのおつむが、ツルっとしていてびっくりしました。次の「音羽嶽~の大薩摩に、巳吉先生(心の中だけの師匠)がでると聞き楽しみにしてました。巳紗鳳さんが随分とほっそりされていて心配になりました。
最後に「音羽嶽だんまり」。 藤間大河くん初お目見得。小さい。こんなに近くでみているのに、ちいちゃい。ちいちゃいのに、元気にがんばってごあいさつしていました。沢山のお客さんがわれんばかりの拍手を送ったことを記憶に残していくのですね。歌舞伎役者はこうやって小さいときから身体にしみ込んでいく何かがあるのでしょう。だからこそ、こんなにワクワクする空気を作ることができるのだろうと思う。
取り手が、白旗を 全員に渡すところもちょっと面白かった。丁寧に渡すのねと。 理屈を超えた豪華なだんまりでした。じゃあ僕は地雷也っぽいの わたくしは滝夜叉っぽいの とか言って衣装に決めるかしらと無駄な想像をした。 あれ、玉三郎さんは?三津五郎さんは?と思いましたが、これ以上舞台にはのりきれませんね。 大満足で帰路につきました。 
神戸の歌舞キチちゃんとお茶を飲み、歌舞伎界のいろんなこと(主に余計なお世話なコト)に思いをはせる。

帰り道に、具合が悪くなっちゃった。久々の歌舞伎座にやられてしまったのでしょうか。刺激が強すぎたのかしらん。寝込みました。トホホ。

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2009年10月 8日 (木)

図書館の神様

台風でした。幸せなことに雨風の被害は、ありませんでした。 大きな台風直撃のため、動かないなら仕方ありません。いつも平常運転、いつも振替を引き受ける 元気な京急が、はりきって振替輸送を引き受けえらいめにあいました。 会社まで5時間以上かかりました。勤務先は京都かっ。 こういう大変は日は、本当に移動しなくちゃならない人だけ電車に乗ることというルールにしてほしい。翌日、ツケがまわって仕事がちょっと大変になるくらいの人は、自宅待機すべしと、きっぱりきめて欲しい。 こうまでして、会社に来ました!なんてことを現すために行った気すらしました。何だその変な忠誠心は・・・

瀬尾まいこの『図書館の神様』(ちくま文庫)を読む。「まいこ」という名にはずれなし。デルフィーヌ麻衣子シアンピ(岸恵子さんのお嬢さん)とか。とか。
こどもの話かとおもいきや、大人のはなし。垣内くんは子供だけど。
最近、正しさの暴力について考えた。正しいことなら、どこまでも主張していいのかと疑問に思うことがあった。 それとちょっと違うけれど、弟の忠告した、「正しいことが全てじゃない。 ~ 正しいと思うことが、世の中の正しさと一致するわけではない。」というくだりに、うなずいた。 のんきそうな人間がさらっという事には、ドキっとさせる力がある。
クールで、ある出来事のために周りより少し早く大人になってしまった垣内くんは、滅法かっこよかった。「黙るべき時を知る人は言うべき時を知る」ということは、私の正義に真似させていただこう。 でもとつい余計なことを言って後で、後悔することが少なくなるかも。
主人公の私は、のめりこむ真っ直ぐな気性で、その上のめりこむものの才能がある。ある出来事で、プツンと折れる。なげやりなようで、かたくまじめ。自分と全然違うのに、とてもよくわかる。この主人公の私のことが好きなのは、あこがれだ。 教師だから、大人だからと、自分をガードせず、ストレートに生徒にものを聞くような姿勢だ。 聞いてみて、試してみて、自分の中で発見だったことをストレートに伝える。 周り道をしたからこそ、私がある。 真剣万歳。 
最後には、泣かされた。
文学万歳。 生徒を読むと、夜中に一人で読んだ時よりずっと面白い。 ~ 単純に楽しい。 というくだりがすてきでした。

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『男は敵、女はもっと敵』

山本幸久の『男は敵、女はもっと敵』(集英社文庫)を読む。読んでしばらく経ってしまい、何をおもったかすんなり出てこない。読みなおし。最近そんなのが多い。
山本幸久にハズれなし。今回も間違いなし。短編仕立て。最初は藍子が主人公で、その時でてきた相手が次の章では主人公になる。そうやって、いろんな目線からみていくと、誰もかれも憎めない。特に女子がいい。あーあーって思うほど一生懸命で。かわいい。女子という人間がいとおしくなる。特に、藍子のいさぎよさにやられた。
歯車がずれたけど、うまくいかなかったことが、即失敗というわけじゃない。回り道をして、違う道にでちゃったけど、こっちの道も悪くないじゃんって感じ。
元気がでた。
山本幸久って男子なのよね。不思議。

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2009年10月 5日 (月)

HENRY DARGER'S ROOM 851 WEBSTER

友人より、「知人が携わった(←すごい) 本」といって貸していただきました。ヘンリーダーガーの部屋の写真がメインの本。
その部屋にとりこまれることはあっても、でていくことのない紙。 40年過ごした彼の部屋には、大量の紙でうずもれていた。
彼の絵は、一見ポップだが、妙に噛み合わない変な感じがある。でも、あとをひく。怖いものみたさのような。
創作のために集められた写真というより、ゴミ捨て場から 集められた新聞や雑誌の写真やものが、現実と混ざりあい、物語になっていったよう。
紙で、あふれた部屋は、それなりの秩序がある。
くしくも、自分の部屋の大掃除をしていて、「なぜ部屋を片付けようとしたか」と自分のことを考えたりもした。 
あまりモノが溢れると、大事なものの順序がつかなくなる。ちょっと似たところがあるかと思い、怖くなったりもした。ためる行為、そこにある安心感のようなものがわかるから。
彼の才能はすごい。後をひく落ち着かなさがある。
彼の作品に驚いた後、彼の部屋をみることは、彼の世界を想像しようとするのに、最もよい材料であろう。だが、彼が40年間過ごした部屋を全てを保管し、その空間を ありがたがるのは違うと思った。
誰かに見せるものでなくただ書き綴った作品。それは、自分の家族のようなもの。実存しようとしまいと。自分の世界の全てではあるが、彼はそれを評価されることを知ったらどう思うのであろうか。ほっておいてくれ。とでもいうかもしれない。
ヘンリーダーガーの研究者の文が寄せられている。 老人施設に移ることになった彼の部屋を、家主であるネイサンが掃除する。部屋中の紙を処分する。トラック2台分捨てたところで、ヴィヴィアン・ガールズの物語が出てくる。そこで、この掃除を中断される。 ネイサンなくして、彼の作品が世に出ることはなかった。 ネイサンが彼の部屋を保管しつつも、一部変更したり、取り外したりしている。そのため、資料は残っていないという記述がある。 ここに妙にひっかかった。
あの部屋を見て、廃棄しない家主はいないと思う。
芸術は尊い。
しかし、生活あってのことではないだろうか。 芸術家にとっての身を削り、犠牲にしてつくりあげる作品の価値を、一般にくらす人に押し付けるのはどうかと思う。 
文で、ネイサンを責めているわけでは決してない。 
この行先のわからないモヤモヤは、ヘンリーダーガーの作品や、映画をみたときに感じたものに少し似ているかもしれない。
彼は、部屋を出る時、何も執着しなかった。 視力の衰えが、心を奪ってしまったのだろうか。つくることのできなくなった今、なにも意味がなくなったのか。
あんなに執着した、紛失したピンナップの時とえらい違いだ。彼は、シカゴタイムスの記事に載っていた写真を宝物にように大事にした。ある日それを失くし、神にすがった。返してくれない神を恨むほど。 そのピンナップすら、部屋を出た彼には不要だったのかもしれない。
静かな写真に、ややかき乱された。


HENRY DARGER'S ROOM 851 WEBSTER

編集;   小出由紀子、都築響一
デザイン; 下田理恵
写真;    ネイサン・ライナー、デヴィッド・バークランド、北島敬三、ジェシカ・ユー
文;       キヨコ・ライナー、ジョン・マクレガー、小出由紀子
翻訳;    ポニー・エリオット、小出由紀子、アルフレッド・バーンハイム
IMPERIAL PRESS

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2009年10月 1日 (木)

ビフォアーアフター・破れたり

わたくしにアフターの日々は来ませんでした。
9連休の最初の6日間は、大掃除。 捨てた捨てた。 ゴミの日に、家族総出(3人)で1人3~4往復しましたぞなもし。 どれだけ親に迷惑をかけつづけるのかと、申し訳なく思いました。 でも、まだ完了せず。 あと、週末2回ぐらいかけ 10月11日にアフターをむかえる予定。 がんばるぞ!!
嬉しかったコト。文庫本専用本棚が完成しました。やったぁ。 早くここにいれた本を、いろいろな順序に並べ替えしたいわ。ワクワク。 組み立てるのは、本棚実物以上の作業スペースがいるのね。考えもしなかったわ。 とにもかくにも、考えなしに、ためこむのは、こんりんざい止めにします。 たぶん。
わたしの部屋より、映画「花よりもなほ」の長屋の方がもっとひどかったわ。うん。
9連休の最後に、軽井沢へ。アウトレットへも。 そして風邪をひいて帰ってきました。避暑地に行っている場合じゃなかったと おしおき かも。 ( 6日も片付け続ければ、余裕で終わっているだろうと思ったの・・・) 親とでかけたのですが、孝行どころか また迷惑かけて帰ってきました。 ま、孝行は おいおいと。 たぶん。
軽井沢は、いいところそうでした。散策したかったな。 おいしいフレンチをたべて、温泉にも行って、アウトレットに高揚してと、風邪をひいたわりにはゆっくり楽しみました。
9連休の最終日は、熱を出して寝てました。おバカさん。
これだけ(9日間)お休みすると、休んだぁって気分になります。 最近、海外旅行をしないので まるまる1週間おやすみしていなかったので、ひさしぶりの長期休暇。(ちょこちょこ休んでいますけど。) 満足。(まだいろいろ残っているし、風邪もひいているけどね。)

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