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2010年1月26日 (火)

壽初春大歌舞伎・夜の部

97 日曜日の覚書
ああ、とうとう2ケタになってしまいました。カウントダウン時計
押戻し付きの道成寺。3階左袖からみる。演目と顔ぶれを考え、席をとる。正面席とどちがよかったかなと直前までアレコレ思ったけれど、今回は花道七三がたっぷりみえてよかった。上手は、みえないので聞いて想像。3階の安い席の中で、今回のベストな席を模索するというのも、お楽しみのひとつなのかもしれない。 あと、田中傳左衛門・傳次郎兄弟の歌舞伎座・演舞場のかけもちぶりに驚く。こっちに出たかと思えばあっちへ。
勘三郎さんの道成寺が好きなので楽しみに。團さまの押戻しつき。くしくも今月は、成田屋親子で押し戻し。おとっちゃんの方が大きくみえました。勘三郎さんのぶんぶん踊る花子は可愛らしくて好き。玉三郎さんの涼やかで美しいものもいい。お二人とも情念の出し方が、すごい。今回も鐘をみるキッとしたところがゾクっとした。本物の鐘を見るのでなく鐘をみる。そのまなざしがすごい。 踊りは可愛くて楽しかった。 若い所家さんたちが、とにかく3階にてぬぐいを投げようと張り切っているのが面白かった。ぎゅうぎゅうに固くしばっちゃって 遠投に命をかけているようにはりきってました。本当に、2コくらい3階まで届きました。蝶十郎さんのかな。 
夜の部最初は、「春の寿」 雀右衛門さんのためにかかれた踊りなのだなと感じさせるものでした。王朝風で気品があって。残念ながら、雀右衛門さんは休演されていました。代役の魁春さんは、京や結びの紋の扇をつかっていました。短くて優雅でいいおどりでした。久々に米吉くんの姿をみました。ガチャピンだかムックだかに似ててかわいい。
続いて「菅原伝授手習鑑」 車引。芝翫さんの桜丸のいでたちに驚く。ああこうなるのかと。もう芝翫さんから目が離せない。あのバランス。そして隣の吉右衛門の梅王丸のおおきさ。どこかの劇場の入口に飾られていそうな大きさ。おふたりとも歩くときにはちょっとダラっとゆっくりぎみで あれと思ったのですが、動きを止めた形がいちいちきれい。止まると型になるってすごい。松王は幸四郎さん。梅と松が対決しているような感じがなかった。芝翫さんの桜丸に気をとられていたせいか。最後に、藤原時平の富十郎さんが登場。空気がかわりました。やっと物語が始まった。妖力でなく、威力で 相手を恐れ入らさせる。ものすごい力がありました。富十郎さんの顔の拵えは、隈をとらないもので、公家眉がかかれたもの。今回の顔ぶれにとても合っていました。富十郎さんの時平と、芝翫さんの桜丸にもっていかれました。こんなに桜丸をみた車引はない。
続いて「京鹿子娘道成寺」道行より押戻しまで 勘三郎さんの花子のかわいらしさと、團さまの押し戻しにほれぼれ。昼の勧進帳の義経と弁慶といい、今月は このお二人の顔あわせを楽しみました。前日、演舞場で終日観劇していたので、歌舞伎座の広さも実感。音がいい。1階よりも、3階で聞く音が好きです。そこも楽しむ。鱗四天の花道勢ぞろいもあったしね。先頭は左十次郎さんでした。
最後に、「与話情浮名横櫛」見染と源氏店。与三郎の染五郎さんが意外と(失礼)よかった。ぼっちゃんぽさが似合ってた。蝙蝠安の彌十郎さんとの相性もよく、おもしろかった。羽織落としのところで、海老蔵さんの与三を思い出す。すすすと落ちてました。 彌十郎さんの蝙蝠安は、背が高く迫力があるのに卑屈でもあるというなんともいえないバランスがいいあ。上手がよくみえないので福助さんのお富があまりみえませんでした。あまり高い声でなくよかった。安に、今日のところはお断りしますよと言うところは迫力あった。多左衛門が歌六さんだったので にっこり。
一月の観劇はこれぎり。芝翫さんの桜丸、あの拵えは驚いたなぁ。こうなるのか。

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初春花形歌舞伎 昼夜通し観劇

土曜日の覚書
はりきって着物で観劇。昼は2階袖から、夜はまたまた1階最前列からじーっと鑑賞。すこぶる面白かった。やっぱりひと月の中で進化する男だなぁ。 今日は、千穐楽。あぁ、みたかったなぁ。
昼は「寿曽我対面」から。獅童五郎の「でぇーもー」が90度首を振りつつ言うので、おかしい。右近さんの祐経をはじめ、みなさま とても丁寧。お行儀がいい感じ。もうひと波あってもいいような。そんな中ひときわ元気だったのが梶原 この声は!新十郎さんでした。いい声。写真も売り切れてました。 猿弥さんが休演されてました。でていらしたら元気な声がもうひとつあったことでしょう。猿弥さんの変わりに必死に朝比奈をがんばっていた猿四朗さんを心の中で応援する。判官びいきか。
次に「黒塚」はじまったころ3階からみたときよりも、ずっとずっと面白かった。薄の海から出てきたところから、どんどん面白くなった。自分の影をみつけ、その影と踊るように舞うところ(←という風に感じた)のひとときの楽しそうなあと、約束をやぶり 覗くなと言われた閨の内を見たことを知り豹変したところの迫力もいい。足さばきが独特で案外面白かった。見る方の集中力も必要だと思った。(くたびれているときには、入ってこない演目かもしれない)
昼のお楽しみ。海老バカですもの。「新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子」ほっそりした弥生ちゃんでした。2階袖と少し離れたところからみたためか、大きさもちょうどいいような。あの男らしい女子の顔、好きなのだなぁ。獅子になってからは、もう圧倒的な迫力。袖の席から花道を通る獅子をしっかりみました。美しい。きれのよさで魅せます。魅せられました。非常に景気よく頭を回してました。 あたくしには、かわいい弥生ちゃん・カッコいい獅子にみえました。
ひとやすみ
夜の部。「慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ)」伊達の十役。しかも 市川海老蔵十役早替り宙乗り相勤め申し候。十役だけど、5時間近い舞台の間47回だかの早変わりとか。かわりすぎ。 変わるために芝居しているみたいと感じたところもありましたが、最初のころに比べて、メリハリがついてよくなった役もありました。 とても楽しかった。 長くても、ちっとも くたびれなかったです(観ているだけだけど)。
後ろの席の方々が、どうして?どうして?と 早変わりの度に ずっと不思議がっていました。ありえないって。結構簡単な しくみのところもあるのだけど。あんなに不思議がっていられて、ちょっとうらやましくなったほど。 不思議がる人にも、そうでない人にも、変わって変わって変身ショーは面白かった。 はじめてみたときには、これは相当「自分のことを、みんなが観たいと思っている」というものすごい自信がないと、成立しない芝居だと思いました。 楽近くにみて、そこはもう、乗り越えていると思った。こういうスター人生ってあるのだな。 
これは、夏に主だった役者が休暇をとるのというときに、24歳だった7代目團十郎さんが、じゃあ自分一人であれもこれも演じる芝居を作ろうといって、作り上げたものだそうです。 そういう、俺さま魂を観にいく芝居かも。 「俺をみよ」という、ものすごいパワーで面白かった。
やはり、義太夫の政岡のところが、すばらしかった。また、みれないだろうか。正岡。 心意気がよかったなぁ。 
さっきまで仁木だったじゃん(悪ものだったじゃん)、と思うのだけどその颯爽とした正義の味方っぷりがかっこいい勝元もよかった。調子いいのだけど、どうしても憎めないのよね(かっこいいし)という男の役ですね。仁左衛門さんみたいな。 仁木弾正は文句なくかっこいい。これはもう大人の歌舞伎の域。 
それをサポートする、ありとあらゆる人たちの必死な姿も美しかったです。赤松満祐の場でネズミをチュウチュウ動かす黒子さんたちの必死さとか。緊張感があって、しまった舞台でした。 ああ、今日は本当の千穐楽だったのね。今日も観たかったなあ。(欲張り)
仁木が巨大な鼠になるところ。追ってを振り切り、去るところで、手で印を結ぶ形が、キャア~と言いそうになるほど格好よかった。ちょっとカモンに似たかんじから入って印を結ぶの。もう、ついていってしまいそうでした(どこへ)。 
大きな高尾太夫とか、どうしても大女になっちゃう腰元累とかにも、情がわきます。土手の道哲の小悪っぷりから仁木の大悪までいい。 頼兼ののんきな感じも似合ってた。あなたのせいでこんなはめにと言うのに、どこ吹く風なところ。 正義の味方の勝元は目立っていい。 お山の大将から、命をなげうってでも主に仕えるという けなげな 絹川与右衛門までいい。ガーガーゴーの男之助も似合う。 とはいっても、全部っていうのは、やっぱり欲ばりだなぁ。でも、たまにはいいわ♪ ほめすぎ。変テコなとこも、楽しかったのですよ。 
なんだかんだいって、すこぶる面白かった。 おつかれさまでした。

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2010年1月21日 (木)

覚書三昧

なぜかしら。どんどんたまってしまった観劇記録 (それは、書かないから)。 先々週末から先週末の観劇覚書を、いくつかかいてみました。
Photo 演舞場3階から、夜の部 伊達の十役をみてきました。一家全員 イヤホンガイドをかりてみました。私は、2回目ということもあり 話がよくわかった。 仁木の宙乗りは、上から見た方がいいかも。 しずしずこちらに歩いてくる忍術使いは、変に迫力ありました。怖くて、近寄ってきても手と振れるような気分ではありません。それでも、こちらに近づいてくると すこぶる嬉しい、こちらに歩いてくるという かっこうの席でみていましたので、より楽しかった。
今週末には、演舞場の個人的千穐楽をむかえます。あと歌舞伎座夜の部もあります。1月の舞台は、どこも面白いなぁ。 欲をいえば、能楽堂で三番叟をみたかったです (欲ばり)。

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第49回野村狂言座

覚書
宝生能楽堂にて恒例の野村狂言座にいってきました。今年 初能楽鑑賞。
今回は、上演が稀なものシリーズのようです。聟ものはよくあるけれど、上演回数の少ない聟ものの『音曲聟』。悪太郎の原型である『悪坊』。能「白髭」の替間で単独での上演されることが稀な『勧進聖』。最初2つの狂言は、よく知っているシリーズだが あまり見ないパターンが面白く、最後の狂言は、能舞台上に作り物や囃子方や地謡が出てギュギュウに。この大袈裟感が面白かった。
『音曲聟』
野村遼太くんの聟に、万作師の舅。昔(どのくらい?)は、結婚しておちついてから、聟が妻の実家に挨拶にいくという決まりがあったそうだ。初対面となる。それが聟入。 その作法を、ものしりの知り合いに習いにいくと、「全て、謡節で語る」と教えられる。 会話は全で はなさず、うたうということ。 迎える舅。初めて聟が訪ねてきたかと思えば、いきなりミュージカルのように謡いだす。その様をみて、あっけにとられたように目をまん丸にして驚く万作師。 その驚く姿に、多いに驚く。 大きな動作はまったくないのに、驚いている様子がよくわかるので。 大袈裟でなくじっとしているのに、何の動作なのかはっきり伝わる。 どうなっているのだろう。 大真面目に謡う聟をみて、舅は、誰かにだまされて偽りの作法を教えられたなとすぐに気がつく。聟をからかうかと思いきや、舅はそのニセ作法に付き合うことにする。だまされたとわかったら聟が気の毒だからという。こんな優しい展開もあるのかと驚く。いいなぁ。舅の万作師は、自分も謡って応えることにしよう。太郎冠者に笑うなという。下々の者にもよく言い聞かせるようにと命じる。あたたかいことだ。 先ほど 謡う様をみて、あんなにあっけにとられた舅も、聟に負けず劣らずおおいに謡う。2人で謡い舞う姿は、おかしくなく むしろ かっこよかった。万作師の舅が、わざと大袈裟に動くと、とても大きい動作に感じる。なんで、あんなに気持ちが動作に乗るのだろう。 すごいなぁ。 おおいに驚き、堪能した。
『悪坊』
橋がかりを、酔った悪坊の萬斎師がよろめきつつ登場。この登場の仕方が迫力であった。
このあと、浅草で、歌舞伎版の悪太郎をみる予定があったので、能舞台での悪太郎の原型である悪坊を、より興味深くみた。長刀の使い方(おどし方)が、すごい。冒頭の酔っ払いが長刀を手にヨロヨロ登場する姿は、おかしさより 迫力あるそのかたちの美しさを見せる。狂言は一見のどかなようにみせるが、動作の鋭さが美しいと改めて思う。
素囃子『神楽』
『勧進聖』
勧進(寄付)を求めるが、持ち合わせがないとばかりいう道者たちに、腹を立てる聖。自らが乗った船から、行きかう船に乗った者に 石田師の聖は、あっけらかんと寄付を強要。ひしゃくに銭を入れろと差し出す。断ると怒って、鮒を呼び出す。鮒(萬斎師)におどかされ、着てい着物を脱ぎ聖の船に投げ込む。脅された道者たちは清水の観世音にお参りにいく途中で路銀さえ苦しいほど持ち合わせがないといっているのに。聖は、強憑くばりといような陰湿感がない。なによりも鮒の元気なこと。船の周りをとび跳ねる。おおまじめで美しい。でも頭の上には、リアルな鮒をのせた冠。このセンスがいい。枠だけとはいえ、能舞台に2艘も船が乗るのをみるのははじめて。新年初(←個人的) 能舞台は、豪華でした。

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壽初春大歌舞伎・昼の部

105 覚書
歌舞伎座で歌舞伎鑑賞。まずは昼の部から。
昼の部は、とにもかくにも勧進帳。すばらしい。3階Bというかなり後方より舞台をみましたが、ゆるがない緊張感がありました。 救うための機転とはいえ 義経を打擲する弁慶。そのあとのお互いへおもいを強く表す場が秀逸でした。 團さまの弁慶に、勘三郎さんの義経。この2人だからこそ出る暖かい味がすばらしかった。主従の信頼ぶりにジーンとした。弁慶役者ってこういう大きさを持つ人のことをいうのかと、しみじみ思う。義経の温かさもいい。長唄の「ついに泣かぬ弁慶も…」で、一緒に泣きましたことよ。あぁ。 勧進帳は、なんどもみてるのに、こう思わせてくれる舞台は多くはない。
梅玉さんの富樫は、性急さがあって 味のある富樫でした。よし通れと一行を通すときの表情の男気がよかった。個人的に新鮮でした。 問答で弁慶と富樫が はっしと睨みあう様子をみて、あぁ このお2人は同い年なのだなと思った。筋とは無関係ですが。やっぱり勧進帳は面白い。
幕開けの演目は、「春調娘七種」。曽我五郎と十郎の2人に赤姫。姫が出ると五郎の柔らかさを出すのに不利だと思う。鼓を持って登場する曽我十郎五郎の兄弟。仇を討つ変わりに鼓で我慢という趣向かしらんと思いつつみる。そのうち姫に宥められ広げた扇を打つ真似をする兄弟。むむ?鼓だけでなく太鼓を打って辛抱か。終演後、答えあわせにチラシを読んでみたら、姫は静御前で、扇は太鼓にみたてたのでなく七草粥の支度だったらしい。長袴の裾のさばきがきれい。これは3階からでないとわからないでしょう。
勧進帳に続き、梶原平三誉石切。幸四郎さんの梶原。横の俣野の歌昇さんが、のびやかに赤っ面を演じていていいなと思う。せせこましくない悪。いい声だ。六郎太夫・梢 親子は東蔵さんと魁春さん。間違いなく手堅い。この親子は、表現を押さえ かつ 愛情深さを出してもらわないと、話がわからなくなるもの。いい親子でした。一度娘を帰すくだりの東蔵さん、よかった。はっきり発声して深さを出す方です。だから好きなのねと再確認。
最後に、吉右衛門さんの松浦の太鼓。大高源吾は、梅玉さん。勧進帳でも思ったけど、この方の 硬さで表す正義感はいいなぁ。 吉右衛門さんの松浦の殿さまは、くったくのなさがいい。近習達のyesマンぶりも、こういう可愛げのある殿でないと成立しない。吉右衛門さんは、高揚すると少し台詞が聞き取りくくなった。ちょっとショック。満点でいて欲しいから。
Photo_2 大賑わいの歌舞伎座。 おやつに目出鯛焼き。 好例の福袋が出ていました。中身が知りたい。「100円だすので中身を見せて下さい」と心の中でつぶやきました。

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新春浅草歌舞伎

Photo_2覚書
浅草歌舞伎、今年は第2部をみることにしました。両親と一緒に。親孝行しているという自己満足。
3時30分開演の前に、ブラブラと。本所吾妻橋の駅で降りて歩いてみる。作りかけのスカイツリーがありました。
Photo_4 浅草寺へお参り。まだまだすごい人出。猿廻しがでていました。小梅ちゃんだったかな、おさるちゃんが 竹馬に乗り、超跳躍してました。べっ甲やら銀細工やら、あちこちのぞいて歩く。
浅草公会堂へ。こちらもなかなかの人出。お年玉の年始ご挨拶は鶴亀さんでした。あえてくだけるところが、手慣れてる。
まずは、「奥州安達原」袖萩祭文。これがみたくて2部にしました。まだキチガイのように歌舞伎をみる前のころ、猿之助さんの袖萩祭文をみました。スーパー歌舞伎の時代で、毎年12月には歌舞伎座で歌舞伎興行に出ていらしたころ。(12月歌舞伎座は、必ず 團さまと玉三郎さんと猿之助さんと勘九郎さんだったかと思う。) あぁ、猿之助さんってうまいんだ(失礼)と強く印象に残ってました。そして、猿之助さんの袖萩は、勘九郎さんによく似ているなと思った変な記憶があります。 お君ちゃんは、永田晃子ちゃんだったはず。けなげで泣かされました。子供なのに、ものすごいうまさ。 とても入り組んだ ややこしいお話なのに、よくあんなに感情移入し 記憶に残っていたなと改めて驚く。自分に!? とにかに、ものすごく記憶に残っている演目です。
勘太郎ちゃん、熱演でした。声のかすれ具合まで、声が 勘三郎さんそっくり。うまいのだけど、この役も難しさをしみじみ感じる。まだまだ伸びる要素があった。三味線の難しさは、残酷な程。勘太郎ちゃん、あんなにうまいのに。袖萩って難しい。そして、ものすごく面白い。この日も、ポロポロ泣きました。今日の子もうまかった。目の見えない母親と一緒に雪の中、駆け付けた館の門前で三味線を引いて語る。勘当された身で中には入れないのだ。目の見えない母が倒れる。ちっちゃい子なのに、寒かろうと 自分の着物を脱いで母にかけ、暖めようとする。エーンエーン。 屋外である下手の木戸の外は、白い。木戸をはさみ、上手は、柱や階段などの黒が目につくすっきりとした館内。あんな小さな木戸ひとつなのに乗り越えられない。こんなにも思いあう親子をはばむ。そんなに立場が大切なのか。大切なのだ。 切ない設定だ。
母親であった袖萩の勘太郎ちゃんは、後半 父親である安倍貞任で出てくる。公家を装っても隠しきれないギラギラとした思いが迫力あり、面白かった。弟の宗任には、愛之助さん。手堅くうまい。 八幡太郎義家の七くんは、気品があり頭脳明晰に本性を見抜くところがさすが。声のきれいさがいい。男女蔵さんの傔仗は、もう一つ肝が欲しい。老け役って難しい。歌女之丞さんの浜夕が舞台に重さを与えていました。難しいけれど、とても面白い舞台でした。環宮明御殿の義太夫は愛太夫と淳一郎さん。いい声。義太夫狂言が好きなのかもしれない。後半、幹太夫に変わりましたが三味線はかわりませんでした。気迫があった。
浅草歌舞伎なので、もう少し 詳しい説明があってもいいのではないだろうか。
Photo ずっしり重い演目のあとは、悪太郎。「悪太郎」は、私の中ではすっかり狂言の演目に定着しているので、あまりの歌舞伎舞踊っぷりにびっくり。亀治郎さんは、大酒のみで、飲むと暴れるので悪太郎と呼ばれるという男。長刀をもって暴れて登場。もう酔ってます。花道を登場し、最後まで突っぱしってました。メリハリとかじゃなく、メリメリ。そして乗り切っているところがすごい。踊りも難しければ、難しいほど、燃えるというかんじで 観ていておかしかった。うまいからいいね。まきまれる僧に亀鶴さん。あんなに張り切って踊る亀治郎さんの横で、しっとりとした動きで、なかなかの存在感。やるな。絵にかいたような腕白小僧ぶりの亀治郎さんをみて、楽しく帰宅。

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2010年1月14日 (木)

『松井今朝子の晩ごはん 環境チェンジ!篇』

昨晩、泳いでいる途中 おなか周りがモゴモゴするので 「あれ?服 脱いだわよね?」と立ち上がり見てましたが、水着だけでした。 腹巻を脱ぎ忘れたのではないかと思ったの。何かしら、このモコモコ感。 お正月に身につけてしまったのでしょうか。 去年つけたゼイニクちゃんかしら。 怖いわ。ニクイわ。

もう一冊(4冊目)残っていた松井今朝子さんの人気を読む。『松井今朝子の晩ごはん 環境チェンジ!』(ポプラ文庫)を読む。
松井今朝子さんの出演されているTV番組「知る楽」で男伊達について解説している回をみて、堂々としていて話が面白いなぁと思った。なるほど、こういう風にしっかり、男らしく解説できるのは、こういうバックボーンがあったからだなと納得する。
夏に軽井沢でしっかり仕事をし、日曜はどこにいても乗馬をする。優雅なくらしというより、自分のするべきことを絶対にする暮らし。うらやましいとか、そういう気持ちはわかず、ほーとひたすら感心して読んだ。
舞台を見た上でのコメントの小気味よさ。その舞台を観たものはもちろん、観ていないものも、興味深い。毅然とした人にあこがれるのです。
カメ溺愛ぶりの変なとこや、料理のおいしそうなとこ等、楽しく読んだ。政治の話が沢山でていて、月日的に、わたくしの贔屓の福田前首相の時代にあたるので辛口ぶりにドキドキしました。福田さんがましという、いい扱いでホッとしました。 最新の日々を読むことができる本家のブログをみみたが、私には本(しかも文庫本)で読む方がぎっとくるみたい。早く続きを!

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『陽気なギャングの日常と襲撃』

伊坂幸太郎『陽気なギャングの日常と襲撃』(祥伝社文庫)を読む。いと かっこいい。
ひとつひとつの章が、とても好きで終わっちゃうのがイヤで毎日ちょびっとづつ読んだ。最後は我慢できすに読んじゃったけど。ああ。すばらしい。変わっているようで、生き方がきちんと定まっている人間の口から出ることって、いかしてるなぁ。心がフラフラしないのって、一番かっこいいことだ。
わが道をいく彼らが、頼まれもしない周りの人たちに手を貸す様子が、とても面白かった。手を貸すなんてレベルの協力じゃないほどのことを、サラっとおこなう。 私の特技ってなんだろう。 おかしな言い方で非常に深い哲学的なタイトルがじわじわとしみてくる。章の冒頭の、広辞苑的語句解説がいい。特に例文には毎回クスっとさせられる。大変な時も洒落のめすぐらいの彼らのどっしりとした自分がステキでした。
最後の最後までかっこよかった。

ロマンはどこだ。

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2010年1月12日 (火)

祝成人・漫画祭

わりとのんびりした3連休でした。夜中に漫画祭開催。 おさる君、いつも いいマンガを 拙宅までお届け貸しして下さってどうもありがとう。 ユー、親切ね。
まずはじめに、デビッド・宮原&たなか亜希夫『かぶく者(6)』(講談社モーニングKC)から読む。
今回もすごいね。とてもわかりやすく「型」と「表現」という難問に挑んでいて、すばらしい。(1)で感じた やりすぎ感をだんだん感じなくなる自分がいます。本身の刀がでてきても すんなり受け入れるとか。 舞台は東海道四谷怪談。 梨園の陰謀のすごさより、型と表現の方がすごい問題な気がします。 ドェー グォー なのに繊細でもあるのである。 3連休中に、ちょうど 寺島しのぶさんが桃井かおりさんにインタビューするTV番組をみていて、桃井かおりさんが ”型どおりやっても仕方ないし、表現なしきゃいけないと思うわけ (←ものすごく意訳) ” というような事をコメントしていて、そこが歌舞伎と演劇の違いだなと思った。 繰り返しの上演に耐えられるかということとかについて考えた。
続いて、二宮知子『のだめカンタービレ(28)』(講談社コミックスKiss)
グランド・フィナーレを迎える日がきたのね。芸術家は、「この喜びのためなら、地獄の苦しみも あえて受けよう」という姿勢を含めてかっこいいのだな。さようなら千秋さま。
最新刊を、いつも貸していただいているシリーズ。磯谷友紀『本屋の森のあかり(6)』(講談社コミックスKiss)
就職時に、なぜ本屋という職を選択肢にいれなかったのであろうかと、毎号思う。今回の登場の田才さんの葛藤にちょびっと涙がでました。
「あきらめようと思ってもあきらめられないし 忘れようと思っても忘れられない」 
夢とか 恋とか 仕事とか いろんなことでジーンとくるフレーズでありました。
西炯子『娚の一生 (第一巻)(第二巻)』(小学館)
最初の自分の居所がつかめない、主人公のつぐみに 気持ちを同化させグングン読む。が、彼女は家事も仕事も なんでもきちんとどころか ものすごくできるのであった。その上、よってたかって世話を焼かれるけど、一人でなんでもできる女子ではないか。同じ要素がいっこもない。ちえっ。 どこ吹く風なのにグイグイ心に入り込んで切る海江田教授にも首ったけだ。 松苗あけみの描く小田島教授のことを久し振りに思い出した。学生じゃない立場の女子と教授ものって、とてもよいではありませんか。
ねむようこ『午前3時の無法地帯(1)(2)(3)』(祥伝社)
おさるの書いていたように山本幸久の小説と似た感じの味わいがありますな。寝るのを惜しんで仕事して、迷って、笑って、泣いて、とにもかくにも仕事して。徹夜して働く。ももちゃんかわいいし、なにより多賀谷さんがいいね。かっこいい。不幸になってもいいかもと柄にもなく思いましたことよ。読んでいて多賀谷さんのタバコのにおいがしたような気がしたときには、病んでるかもと自らが心配になりました。
あー読んだ読んだ。 漫画もすごい。 こんなに読んだのに、まだ『ピース オブ ケイク』が5冊がわたくしをまっているのだよ。未読のいいものが手元にあるのって嬉しい。うしし。

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2010年1月 6日 (水)

『陽気なギャングが地球を回す』

『陽気なギャングの日常と襲撃』を購入。読む前に前編である『陽気なギャングが地球を回す』伊坂幸太郎(祥伝社文庫)を読みなおす。いと かっこいい。
ギャングって犯罪者なのだけど、何か思い入れがある。幼少時につちかった、ギャングに対してもっている「かっこよさ」が、みごとにここにある。
普通なのだけど、何かが備わっていない登場人物たち。でも、体裁を整えるための「まっとさ」なんて、どこか欠けているぐらいの方がいいのだ。一応 ほぼ整えているということより、これはってものを持っているほうがいい。正しいことを、あきらめない強さ。
成瀬に響野、久遠、雪子が、発する言葉にグッときた。祥子も慎一もタダシもね。章立ての仕方や、キャプションのいいこと。やるねっと思うフレーズに、ニヤっとした。
銀行強盗を通じて、ロマンと人としての在り方にハッとする大層面白い読み物です。
ロマンはどこだ。

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2010年1月 5日 (火)

音羽屋祭

今日まで、職場はお休み。お正月休みはあっというまにおわっちゃった。最後の日にも 芝居見物。 国立劇場へいってきました。初春歌舞伎公演「通し狂言 旭輝黄金鯱(あさひにかがやくきんのしゃちほこ)を鑑賞。
天明三年に初演され、大正時代には上演が途絶えてしまったものの復活狂言。復活とか新作のものは、どうしても説明にひっぱられるところが多いように思う。通し狂言としての役割の大切さなど考えた。乗り越えられる何か余地のようなものがあるのではないだろうかと。
人間国宝みずから大凧に乗りと、スペクタクル要素も多いのですが少々おちついた展開。最後の菊之助さんの本水の立ち廻りがすごい。すばらしいというべきだろうが、もうすごい。ちょっと海老蔵さんの石川五右衛門を彷彿させるところもあり、もうむちゃくちゃ盛り上がりました。あー歌舞伎をみた!という感じがしました。 とてもとても凛々しく、美しかったこと。
下女おふくの男寅ちゃんの、ものすごい存在感に 舞台が沸きました。お元気そうな権一さんのお姿もみれてよかった。
とにかく、あの菊之助さんと金鯱の場のすごいことったら。水もしたたるいい男でしたと古典的にしめておこう。

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2010年1月 4日 (月)

海老蔵祭

Photo_2わたくしの初芝居見物は、演舞場から。
早慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ)。冒頭の口場で、一人で十役するので、みなさんも十倍声援してほしいといわれ、はりきって声援をおくる。頼まれなくてのも、あんなに奮闘したら、熱心に応援したく なります。The 海老蔵 ショー でした。
早替りしすぎ。もう早変わりのために、全てがまわっているような芝居。そんなに変わらなくても・・・と しまいには、おかしくなりました。
これって、みんなが自分をみにきているとしっかり信じることができる人でないと、できませんね。自分祭。島田正吾かっ。 きっとこれを主演した七代目團十郎は、皆が自分をみにきているというだけの人気があり、その自信のある人であったのだろう。(自分さえ観ることができれば皆は満足するというほど人気と自信) 160余年もたってから復活させた猿之助さんと言う人も(昭和54年の猿之助さんも)、みなが期待しているものに応えることのできるのは私だという自信がある人だったのだろう。 そして、海老蔵さんも、同様に、強大な心意気があるのだろうな。 俺はできるという自信(ストイックに努力し、自分の立場への責任感を持つというような)があるのだろうな。 むちゃくちゃなパワーを感じましたことよ。この舞台には。
伊達の十役という芝居は、伽羅先代萩がよくわかる芝居。通し狂言でみた伽羅先代萩のつながりが よくわかり、「なるほど」となんども一人言をいいました。一人で十役やらずに、大勢の花形役者で じっくりとかけると面白いかもと思った。 最初の幕は、早替りしすぎで、何の話かわかりにくい。早変わりパワーで台詞も早くなっちゃってました。 とくに、仁木弾正が花道をひっこむとこなんて、以前みたほうが すさまじい妖力を感じました。 そこが 一人何役もやることで、逆にもったいないと感じた。
あわただしい序幕のあと、竹の間が、よかった。政岡のくだり。義太夫ってすばらしい。葵太夫さんと長一郎さんのコンビ。目をつぶって聞きたくなるほど心にしみました。目はつぶらないけど。音がドーンってぶつかってくる感じがすばらしい。 政岡は、難役ですが、案外(失礼)よかった。一番よかったかも。
最後は、ゴーガーゴー祭り。やっぱり荒事はいいわ。仁木弾正になって、暴れたり脅したりするのが、とてつもなく似合う。 海老蔵さんは、一役一役の個性をだすためか、声や台詞が 少々聞きにくかった。彼のことですから、月末までに変貌をとげるでしょう。 最後まで、引っこむごとに、みんなに「変わるんでしょ?」と ワクワクさせ続けることができるのって、すごいことだわ。
こういう、すべてが一人にかかっている芝居ってそれを成立させる時代背景というものが必要なのではと考えた。一人で演じることの良さとリスクも。年明け早々、興味深い男 海老蔵丈なのであった。

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2010年1月 1日 (金)

あけましておめでとうございます

Photo あけましておめでとうございます。

松竹歌舞伎達磨。歌舞伎座にありました。まゆげが寿になっています。めでたい。

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