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2010年2月16日 (火)

かいじゅうたちのいるところ

覚書
先週 映画をみてきました。めずらしく洋画。かいじゅうたちのいるところ。
モーリス・センダックのあのすばらしい絵本を、どうやって映画にするのかなと思ってみにいく。 あの原色ではないすてきな色づかいが どうなるのかも気になった。
ファンタジーではない仕上がりで、とても気に入った。
あーわたしには、こういう映画がいいのだ。 3Dのアバターみたいなものより、ずっと。 (比べる必要なないけど)
自分の思うことをうまくいえず、暴れたり ギャーっていっちゃたりするMAX少年。 ママは家のたまにお仕事が忙しく、おねえちゃんクレアはお年頃。話をきいてもらえない。自分だけいらない人になっている。あのモヤモヤって、子供だけのものでない。大人にも、ある。口のうまい人にだってきっとある。
あの もぉー という気持ちと、大人になるとなかなか爆発できないあの気持ちと、かいじゅうがうまいことかみあっていておもしろかった。
かいじゅうたちのすてきなこと。色も 形も 大きさも てざわりのイメージも。気になるけど、知り合いになるほどの勇気がもてない。 まさにかいじゅうでした。そして彼らの住むところは、まさに、かいじゅうたちのいるところでした。
MAX少年は、心の動きを実にみごとにあらわす。かわいいし、うまい。少年のにおいがした。
人に腹をたてたとき。言われたことがとっても悲しかったとき。悲しそうな顔をさせるようなことを言っちゃったとき。引っ込みがつかなくなっちゃったとき。
子供のときにできなかったことは、大人になってすべてできるようになっているとは限らない。言い訳が上手じゃない分、いいと思い込もうとする理屈を思いつけない分、子供のときの、思うよういかない様は、悪いばっかりじゃないのだな。
太陽は、いづれなくなるって学校でならったとき、小学生の私にも それは相当ショッキングなことであった。母親に意気込んで説明したところ、近所のヒトにも説明してごらんといわれ、何度も話しているうちにどんどん怖くなった事とか なんだか、いろいろ思い出した。

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