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2010年4月10日 (土)

『大人の水ぼうそう―yoshimotobanana.com 2009』

よしもと ばななさんの『大人の水ぼうそう―yoshimotobanana.com 2009』 (新潮文庫)を読む。
毎年、出版されるプロの作家による日記。一年分。2009年度版。 日々におこったこと そして出来事を明確にせず、感じた想いとか、大切にすべきコトとかを綴るスタイル。こういうのも好き。
プロの日記が好きということもあるが、最近 胸にモヤモヤしていたことがあり、それはコレをしっかり持てばいいのかと思った。
どうやっても、世の中には悪意がある。その影響から、完全に逃れることは不可能である。でも、そのなかでも、うつむいて生きるか・文句ばかりいうか・前をむいて生きるかは、自らが選ぶこと。言うのは簡単。そう、うまくはいかない。でも、毎日マイナス気分のまま暮らしていたくない。 時には、いい人がいて、その人の陽の力に救われる。 いい人って、人により基準も異なる。 でも、その人から受ける温かくなる気持ちはそう差のあるものではない。 大袈裟な変革がおこるとは思ってない。  毎日をフレッシュに生きている人をみて、よしやるぞ!と思った。 ちょっとでいい。 いい風が吹いている人とつながるとうれしい。 自分も風を運びたい。 どんよりに押しつぶされないぞ。
いかに、自分がブレないかというのは、一生の課題。毎日毎日そういうことを考えているのは、ご苦労なことのようだ。 でも、「ん?」と小さくても 不快な疑問を感じない日はない。 大袈裟なことをしようというのでない。自分の思う大事なことからブレないでいようと思う。 されてイヤなことは人にしないとか。簡単なこと。 個人的には、うらやましがったり、卑屈になると 自分に負けた感が大きい気がする。 大物(おおらか)でいよう。
家にかえること、家族のことを、大事にする思い方が好き。親が年ととり(自分も)、弱っていくこと、その先にあることを受け入れ、今の、普通のことをいとおしく思う。
根底に、人生の大きなことを考えつつも、チビちゃんがこんな生意気なことを言ったとか、こんなかわいいこと言ったをとかと、子供の動向を喜んで読んだり、ばななさんの社交界ぶりを読んだりと いつものように楽しく読む。 時折のぞかせる、なめんじゃねぇ的なものも好き。 ばななさんのおねえさんの肝っ玉ぐあいには、毎回ほれぼれする。かっこいい。

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