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2010年10月28日 (木)

錦秋十月大歌舞伎 昼の部

この間の日曜日、昼夜 演舞場にこもってきました。昼はおさると。夜はひとりで。 もうおでんが食べたい季節ねといい、お昼は大好きな(かっぱやのだと思われる)おでんをいただく。 演舞場内は結構な人出で、3階席は 終日熱気であつかったです。
「頼朝の死」から。冒頭、ひげむじゃの男っぽい右之助さんに驚く。源頼朝の三回忌法要。父の死の真相に疑いを抱く源頼家。梅玉さんは、熱い性急な若殿にぴったり。もうちょっと大人になればわかるのになぁと大人目線で梅玉さんの熱さをまぶしくみる。最初の独り思い悩む場面はきれいでした。 悩む若武者 畠山重保には錦之助さん。わかりすぎるぐらいストレートに悩みまくる。錦之助さんを想う、孝太郎さんの小周防の若さゆえの浅はかさとか、若さ祭りの演目。 それを、何も語らず じっとおさえる魁春さんの尼御台と、左團次さんの大江広元。真実をつげればそれだけ辛くなる。誰も何もすることのできない辛い真実。 どんよりと重くなるところで、魁春さんが「家は末代、人は一世」と言い放つ。ひえー。もう手も足も出ない。耐えよっていうことですね。この言葉の重みをずしずしと感じ、押しつぶされました。激怒する梅玉さんが、素敵でした。男っぽい右之助さんの中野五郎さんの存在が大きかった。
次に、お楽しみの「連獅子」。ロビーに飾られたの三人の三津五郎さんの写真をみてきました。今の十代目さんは、九世によく似ていらっしゃいますね。(九世は今の三津五郎さんと秀調さんを混ぜたようなお顔でした。)七世の五十回忌・八世の三十七回忌・九世の十三回忌 追善狂言だそうです。三津五郎さんと巳之助くんの連獅子は、楽しみにしていた気持ちを軽ーく上回る いい連獅子でした。巳之助くんの真剣さがまぶしく、三津五郎さんの達者さにほれぼれ。うまい人の動きって、みていてウキウキする。要所要所、みごとに決まる。必死についていく巳之助くんも美しかった。止まると決まるのだけど、そこにもっていくまでが何かひとつ多い余分なような。それが若さなのかな。獅子ものは、長唄と囃子方をみるのも好きなので、あちこち忙しく堪能。かっこいいなぁ。僧蓮念・遍念には、秀調さんと門之助さん。家によって宗論が少し違うのですね。連獅子も。
昼の最後は、「加賀鳶」。盲長屋梅加賀鳶。これは、本郷木戸前勢揃いがとにかく格好いい。3階席からは花道に並ぶ鳶が3人しかみえない。あとは、声をきいてこれは誰か想像。薪車さんがあてられなかった。仁左衛門さんは、声だけでもかっこいい。久しぶりにみる進之介さんが我當っぽいお顔になってきていて驚く。花道から舞台へと移動すると、勢揃いした鳶は2列に。おさると後の列をキャアキャアいいながら(心の中で)、じーっと見る。鳶の拵えは本当にかっこいい。こんなにかっこいいのに、ここは15分だけ。アンコール。
一転して汚い按摩さんに。團さまの道玄は、(たぶん)はじめてみました。目をぎょろぎょろさせた悪党ぶりはかわいらしかった。かわいいというか・・・面白すぎるとことろも。これ、なんか知っている感じと考えたら、それは 笑ウせぇるすマン でした。おんなじ声としゃべり方!指差されるかと思った。 山深い田舎道で、持病に苦しむ百姓を介抱する振りをして、道玄は、金子を奪い殺害する。そのど田舎は、御茶ノ水。職場だ!と思う。 はすっぱすぎる福助さんのお兼と團さまの道玄 悪党2人組は、つかまっちゃいそうな2人組だなぁと思いながらみました。道玄は、ぬけめない悪党というより 鷹揚で大物の悪党でした。相棒のお兼がもう少し抑えた感じがいいなぁ。ちょっと面白くなっちゃったので。 悪事を働かされそうになるお店の旦那さんは家橘さん。厳しくつっぱねており威厳があるなぁと思った。松蔵親分のおかげで悪事が露見。さすが仁左衛門さん。いいとこは全部持っていっちゃう。そして似合っちゃう。
最後に 赤門捕。ドリフみたい。ドリフがまねしたのだけど。御用だっとか、俺だ俺だ と言うと、捕り手たちが手を離しちゃう。単純なんだけど、すごくおかしい。團さまの声は特徴ありすぎて、あきらかに違うのに。捕物のお頭は新十郎さん。捕物のところもすき。 
冒頭の、加賀藩お抱えの大名火消加賀鳶と 旗本配下の定火消との間の大喧嘩っていうくだりをたっぷりみたいなぁ。

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2010年10月26日 (火)

ゴッホ展 こうして私はゴッホになった

先日、国立新美術館へ「没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった」をみにいってきました。人気でした。ゴッホの展覧会は、以前にも他の美術館でみたことがあります。ここは特徴のあるゴッホ展でした。
アルルの寝室を再現しているのも面白かった。そんなに広くない部屋に、絵画でよくみなれたベットやイスがおかれている。どこからみて描いたのか考えながら部屋をみるのは楽しかった。
何度も驚いてしまうのは、27歳で画家になることを決意したということ。この展覧会ではそれまでは自分探しをしていたと紹介していました。自分探しをしている人は全世界に数多かれど、本当にこうやって転身するするのはすごい。こんなにすごい作品を作っても、世間からは認められず、芸術家仲間とはすれ違う。情熱の行き先をもてあましながらも、その強い何かを現すために、沢山の作品を造り続けた。家族だけでなく、兄までも支え続けた弟テオもすごい。そんな激しい葛藤があることを感じさせない絵もすごい。
初期のオランダ時代のゴッホの絵が面白かった。ちょうど写真というものがはいってくる時代だろうか。それまでの絵画の常識であった筆跡を残さないという基本的な描き方で作成されている。それでもゴッホの絵はどこか違う個性がある。『籠いっぱいのじゃがいも』という作品が印象深かった。じゃがいもの存在感が強く面白かった。
パリの時代になり、写真という簡単に「その場」を写しだす機械が開発される。画家たちは、絵というもののもつ意味や表現方法を考えざるをえなくなった。スーラの色彩を点描で現す方法、時間の経過を表現する方法など、その時代の変化とゴッホ自身の変化を考えながらみた。最晩年の『アイリス』が、一番印象に残った。近くによってみると、花が中からどんどん湧き出してくるよう。日本画の絢爛な屏風をみた時にような要素も感じた。やや離れてみると、アイリスにもどる。浮世絵と出会った驚きや、色彩理論を学んだ冷静な色配分など、いろいろなことがゴッホの中で混ぜられ、こんなすごいものができたのかと驚いた。  「ゴッホがいかにして『ゴッホ』になったか」という流れで展示してあるこの展覧会は、ところどころに多分な影響を与えた別の作家の作品もあり、見る人にいろいろ考える要素を提供していた。ゴッホ自身が所蔵していた浮世絵も、面白かった。梅の枝を効果的に使おうとした作品をみて、「浮世絵」と出会ったときの興奮を思い描いたりした。 熱烈に愛す。そのめちゃくちゃ大きな愛情は受け止められなかったりする。拒絶と悲観したり、絶望したり、その感情の揺れはすごいものなのだろう。そのように心が折れてしまうほど揺り動かされる人だけに、才能ってあるのかもしれない。
自らの耳を切り落とした「、ゴッホはサン=レミの療養院へ収容される。そこの窓からみた景色を描いた作品のみずみずしさに驚いた。絵を描くことが抑えきれなかったのだろうか。一心に学びはじめていたころの作品も、精神を病んでしまったころの作品も、どのゴッホも面白かった。

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2010年10月25日 (月)

十三人の刺客

ギョエー グエー ドビャー
先日、みてきました。十三人の刺客。ものすごかった。あまりに残忍なとこは目をつむったりして鑑賞。前半の殿の仕打ちのところはけっこう目を閉じちゃった。もう充分ですよぉ。ヒエー。残忍の場面はすごいけれど、面白かった。
主に忠義を尽くす武士道を全うしようとする侍、武士として生きる道を捜し求めていた侍。どちらも私利私欲とは無縁の己を信じる道を貫こうとする。今ではもう感じることのない武士という生き方をキラキラ描いていました。そこへ「侍 侍って偉そうに。侍がなんぼのもんじゃい。」というこれもまた まっとうな言葉を伊勢谷くんが吐いたりする。 なかなか面白いかった。
我慢ばっかりじゃなくて、人力的なスペクタクルも面白かった。辛抱とはちゃめちゃが両方あっていい。
松方さんの殺陣は、文句なしにすごい。恐れ入りました。山田はちょっとやぼったい(そこがチャームポイント♪)着物のあわせかたをしているとことか、井原くんの袴が少し長めなのがかっこういいとか、細かくセンスがいい。
稲垣ゴローちゃんの悪い殿ぶりはすごい。あの人、残忍な人なのねと思いこまれるね。残忍なことが好きだからするのではない、退屈なんだよね。という常人には、全くないあの感覚の現しかたがすごい。ゾー。 
伊勢谷くんの山男っぷりがすごかった。殿は、伊勢谷くんが仕留めちゃうの?!と何度もあったチャンスの度におかしくなった。新太ちんをしのぐか!と思うほど面白かった。彼もあんな男なのかも思わせるものがありました。
幸四郎さん、さすがだったなぁ。現代人じゃなくあの時代に生きている男でした。
男の世界の映画。こんな骨のある男子を求む。

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2010年10月23日 (土)

井上道義の上り坂コンサートVo.10 前夜祭

覚書
先週の金曜日、会社帰りに「井上道義の上り坂コンサートVo.10 前夜祭」に駆け付けました。
先日、文楽を観た際にもらったチラシにひかれて。文楽もこのコンサートも、当日券でふらっとみてきました。どちらも1500円也。お安く、すばらしい。しかも地元。 紅葉坂には、青少年ホール・音楽堂・能楽堂など いろいろの会場があります。 どの会場も、けっこうな坂を上らないとたどりつかない。 上り坂コンサートには、えっちらおっちらと紅葉坂を上ってくるという意味と、上り坂にある若き演奏家の魅力を紹介という2つの思いにより名付けられたそうです。今回の10回目をもって終了とのこと。第10回本公演ではなく、その前夜祭だけ出かけましたが、とても楽しかった。フィナーレを迎えるのがもったいない。
以前、サントリホールで狂言とクラシックというような公演があり、そのとき「井上道義さん」のトークにひきよせられました。なんだ、この指揮者は!?と。 あとは、矢野沙織さんも気になっていました。JAZZ・アルトサックスという単語が並べば興味深々。あの若さで巨匠たちに一目置かれているという紹介をテレビでみたことがあり、どんな娘さんなのかなと思っていました。 「クラシック」というと、敷居の高い気がして二の足を踏んでしまうのですが 今回はふらっと楽しみにいってみました。
面白かった!!とにもかくにもかっこいい。 よくわからなくとも、すごいことはピーンと伝わる。才能のある人ってすごい。これだけ、人を集中させるってすごい力。美しい音だけだとたぶん眠くなっちゃっていたと思う。 魅力って残酷。 矢野沙織さんは、はなすとちょっとすっとぼけていているのですが、サックスを吹くと急に色っぽくなる。吹きながら右手をサックスから離してカウントをとったりするのもかっこいい。席から乗り出しそうになるほど気になった。バンドネオンの三浦一馬さんは、若者なのにちょっと哀しげで濃厚な音。バンドネオンっていうのもいいものだなあ。次に コントラバスの黒木岩寿さん。コントラバスのソロなんて珍しいそうです。弾着方のテクニックをお話して、それを駆使したとても短い演奏という方法。メタボなカモシカって感じとか、松茸でなくエリンギのスープというわかったんだかわからないんだか不思議なたとえも面白い。金髪な細身の強面さんのようなヴァイオリニストは石田泰尚さん。弾き始めると、あれ?!情熱的でかっこいいぞ。襟を立て、かなり胸元を開けたシャツで 緻密な感じ。 ピアニストの松本あすかは美人さんなのに、ダイナミックなタッチのピアノ。マエストロの井上さんは、はちゃめちゃだし、勝手なおしゃべりを続けます。堅苦しさが全くなく、個性豊かっていうより、変わり者ばかりが集まって、とても面白い会でした。でも、この変わり者さんたしは、天才!ちっともあきない。わからないのに、面白い!ってことはよくわかる。かっこよかった。 
19:00~20:00 という案内でしたが、会場の張り紙には19:00~20:40。 終了したのは、21:20ごろでした!たっぷりと楽しませていただきました。 
ガーシュインからはじまり、ガーシュインで終わりました。一番しびれたのは、ラプソディ イン ブルー。思い出すだけでもゾクゾクする。
とても音のよい会場でした。壁と天井は木。月日のしっかり経ったところがたのもしい。会場の上の方で、いい響き方だなあと感じた。歌舞伎座の3階のことを考えた。全体の音は1階よりも3階がよかった。いい感じで全体がまざりあうためではないであろうか。月日が経つことも必要なのかもしれません。 地元、紅葉坂に注目です。 

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2010年10月22日 (金)

進行中

先日、友に連れられ青山のスパイラル・ガーデンにて開催していた ミナ ペルホネンの展覧会「進行中」をみてきました。今年はミナ ペルホネン創立15周年だそうです。おめでとうございます。
友がここの洋服を溺愛していて、その溺愛ぶりを実感しに行く。そしてどれだけ愛しているかを目の当たりにしてきました。愛があふれすぎなほどでした。
名ガイドを独りじめして、贅沢に鑑賞。ひとつづつの作品の前で、皆川さんの思い入れを教えてもらうという鑑賞。勉強した知識を、私のために惜しげもなく披露してくれました。
説明がなくとも、みただけで そのすごさ・細かさに圧倒され、かわいらしさにニッコリしてしまう服たち。 さらにミナ ペルホネン 皆川さんの熱い思いに感心しつつみる。 技術をもった職人さんの手を借りることにより、こんなに凝ったものができるのかと感心。
そのすばらしい職人技には、 人々が大量生産や、安価なものに走ることにより、すごい技術が引き継がれることなく、消えていってしまうという現実も知りました。 織・レース・刺繍 いろいろなすごい技術者に、ミナ ペルホネンが高度で緻密な要求をする。その勝負のような工程を経て、できた作品はキラキラしていました。丁寧にみながら、こういう大事なことをなくしていいのだろうかと疑問に思う。
気の遠くなるような工程を経て、造られたものたちなのだなあ。同一の卵型に揃えられた沢山のテキスタイルが重ねられ、青海波のように並べられた小部屋がかわいらしかった。とても沢山の色が使われたその部屋は、派手とは違う迫力があった。あったかくて、想いのこもった空間。
服や写真 布やバックなどだけでなく、作品が生まれるまで何度も何度も書いたスケッチや、業者とやりとしたメモのような、普通絶対にプロがみせてくれることのない宝物が展示されていました。太っ腹。 そして、一つの作品が生まれるのに、どれだけ力を注ぎ込んだのだろうと気が遠くなった。
「進行中」というタイトルがいい。 まだまだって自分の可能性に貪欲なところ。  「物を書くときには、締め切りがなければ一生書きなおしていると思う」というような事を言った、マツコ・デラックスの言葉を思い出した。 minaでマツコ・デラックスを思うのも変だけどね。この言葉 結構印象深かったので。中途半端を嫌悪しているところにガツンときた。 プロ意識をみました。

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2010年10月16日 (土)

東大寺展

覚書

先週、東京国立博物館 平成館に「東大寺展」を観にいってきました。「東大寺展」 初日で、東博年間パスポートの期限がきれちゃう。 ちょうどいいので観に行こうと 同じくパスポート保持者の母と一緒に。 平成館の入口のエスカレーターに乗っているときに、「そもそも、何故 東大寺展が見たかったの?」と質問されました。 ここまで来てから、その質問?
東大寺展ときいて、もしや大仏が東博にいらっしゃるのでは!?と驚きました。そんなことはありませんでした。 母は頭だけ来るのではないかしら?と不謹慎なことを言っていました。奈良に胴体だけ残すところを想像すると・・・
大仏はこなくとも、沢山のお宝が来ていました。 バーチャル大仏というのが目玉のようです。 12分ほどの映像。ちょっと宗教法人っぽいところもありましたが、『華厳経』に説かれた世界観を表した 台座の蓮弁の説明が面白かった。天平時代のものだそうです。 以前、大学の授業で、特別に台座に乗せていただいたときに見たことを思い出す。 バーチャル大仏、案外いい出来でした。手を合わそうと思う人もでるかも。 立体感というより、大きさ重視のバーチャルぶりでした。
バーチャル歌舞伎ってどうでしょうと思う。シネマ歌舞伎より見たい。 精密に再現というより、大袈裟感重視の映像なんていいのではないかした。 バーチャル歌舞伎座があったら、泣いちゃうかも。
実は、この展覧会は そんなに期待せずにみにきました。そんなテンションでみてみると、割と面白かったです。
国宝の「誕生釈迦仏立像」。天上天下唯我独尊のアレです。プヨプヨ感がかわいらしかった。小難しそうなお顔つき。
釈迦は、摩耶夫人の右脇下から生まれると直ちに七歩あゆんで天と地を指し、「天上天下唯我独尊」と唱え、九龍が香水を灌いで祝福したそうです。そんなことも、ありそうと思える像でした。この故事にのっとり4月8日の仏生会は、本像に水をかけて仏誕を祝うそうです。
大仏殿前の八角燈籠(国宝)を、この展にもってきていました。大仏殿前にあるときよりも、ずっと大きいものに感じました。東大寺にいくと、大仏がみたくて ついこの燈籠を素通りしていました。立派なものでした。こういう機会がないとしげしげと見つめることはなかったかもしてません。
まずは、大仏造立のときの苦労のコーナー。聖武天皇と光明皇后は、夭逝した皇子の菩提を弔うためだけでなく、天然痘大流行など 多くの人々が亡くなくなる世を憂い、皆が幸せを感じる世界を願って巨大な仏像を建立という大事業を発願したそうです。大仏造顕の詔 「一枝の草、一把の土を持って、像を助け造らんと請願する」 人々が工事に自由に加わることができ 日本の隅々まで「ほとけ」の教えを行き渡らせ、理想的な世界にすることをめざしたそうです。 願うよりも、それを実行する人の努力たるやいかなるものか。まずは、行基(ぎょうき)の苦労に思いをはせる。 
大仏の開眼供養会の豪華さを現す展示も面白かった。セミの形の銀製金具の精密さに目を奪われる。花の彫刻の中の鍵穴に、鍵を差し込みあけると、一部分がはずれ扉が開く。一部分が蝉の形をしていました。鍵穴もみえないほど小さなものなのに。展示物の横で画像説明がありわかりやすかった。
次に、平重衡による東大寺・興福寺を焼き尽くす大火のあとの復興の苦労のコーナー。今度の苦労人は重源と公慶です。 以前授業で東大寺を訪れた際にみた 重源の、苦労の多い姿の坐像を見た印象が強く残ってます。 今回の展示でも 重源最晩年の肖像彫刻のこの像がきていました。やせ細り、背は曲がり、目は落ちくぼんでいるものの、力強い像。大きな手に鋭い眼つき。 少年時代に、露座で雨に濡れる顔を銅板で修復された大仏を見て再興を志したという公慶上人が、8年の歳月が費やし勧進し成就したという苦労がつづられていました。 「勧進帳」ってコレのことだったのね!!!!!と東大寺で驚いたことを思い出しながら鑑賞。
東大寺グッズも、シックな色あいで中々いかしてました。海洋堂制作のフィギュアもありました。今回は母と一緒なのでひっかかりませんでした。けっこう面白かったわねと話つつ帰路につきました。
美術館のチラシをもらってきて帰りの電車の中で眺める。来年の東博の「写楽」が楽しみ。夏には東寺の密教軍団がいらっしゃるらしい。ええ! 12月の日生劇場の歌舞伎公演のチラシもありました。なぜ???「達陀」の東大寺つながりね。なるほど。

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2010年10月14日 (木)

『4TEEN』

新潮文庫の100冊の時に買っておいた 石田衣良の『4TEEN』(新潮文庫)を読む。直木賞受賞作。
14歳は永遠だ。4人の少年の話。しょっぱなから病気のことが出てくるとは思わなかった。しかも重病だ。病気も恋も性も親の事も友達づきあいの事も、みんなそれぞれ悩みがある。そして子供の時代はズケズケと人の悩みを直視する。違うということに敏感な年。面とむかっていじめたり、身体をはってかばったり。ひたすら我慢したり。 空気を読んで、なんとなくやり過ごすとか、触れないでおく残酷さとは違う。 大人とは違う、無骨な対処の仕方に教わることがおおかった。
まじめなことをちゃんと話すってことの大切さを、うまく描いている。下手したら、道徳の教科書になるギリギリの線のようでもある。「相手のことを思ってする」ということは、「よかれと思って」という 一種の いい人になりたい私 というイヤらしいものではない。自分のしたコトに、持てないなりにも 必死で責任を持つ。必死で考える。周囲に、これでよかったよねと同意を求めて、自分の責任を軽くしたりしない。 必要以上に自分一人で抱え込んじゃう不器用さ。そういう、強い力をいいなぁと思った。
友達って、似ているから一緒にいるのではないのだ。好きだから一緒にいるのだ。違って当然なのだ。

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2010年10月13日 (水)

『ルームメイト』

今邑 彩の、『ルームメイト』(中公文庫)を読む。 本屋さんで大量に平積みにし ポップにも力を入れているので読んでみた。帯にも「ミステリー好きはぜひ!」とか意外性を強調。 大袈裟な宣伝が逆効果な一冊でした。
大学入学のために上京した女子が、新居を探す。快適な家をみつけたが家賃が高い。初めて逢った春海と麗子。2人は、干渉しない約束でルームメイトとなる。麗子の失踪から、春海はルームメイトの何を知っていたのかと悩むようになる。 
思うに、現代は刺激の強い作品が多過ぎのため、1997年に書かれたこの作品は もはや生ぬるく感じられるのだろうか。いや、まだそんなに月日は経っていない。春海にあまり感情移入しにくいからか。実はこうでした!と言われても、特に何も思わなかった。 
古臭い感じでした。 本屋さん、薦めすぎ。 自宅本棚の奥の方にあった本を、あれ?これなんだったけという軽い気持ち出読めば失望せずに読めたかも。 悪くはないけど、よくはない。 私が本屋勤務なら、薦めないな。

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2010年10月12日 (火)

曽根崎心中 巡業公演

昨日、オダジョー主演のドラマをみて大泣き。 今朝、眼が腫れていました。 心にしみるドラマでした。わたし、がんばって生きていきます。しっかりします。 今日は 超前向きで働きました。

昨日の覚書
文楽巡業公演を発見。なんと我が町にもやってきました。国立より近いし、国立よりお安い。C席1500円也。やっほう。9月の文楽公演では、勘十郎さんのお顔がみえなかったので、仕方なく?!文楽をみてきました。 昼は勧進帳+釣女、夜は曽根崎心中。夜の曽根崎心中をみてきました。当日券でふらっと観てきました。
いつもの国立劇場の文楽公演では、一番前の席が入手できたら観にいくというマイルールを定めているため(道楽過剰のための制約)、くいいるようにみつめる舞台。今回は当日のため、遠くから。オペラグラスでじーっとみつめてきました。
曽根崎心中は、国立の文楽公演で観たことがあります。吉田蓑助文化功労者顕彰記念公演。あのときは、蓑助さんのお初に、勘十郎さんの徳兵衛。今回の巡業では、蓑助さんの徳兵衛に、勘十郎さんのお初。 はじまって あっ逆と気が付きました。行ってよかった。すばらしかった。前回、蓑助さんのすごさをまざまさと感じました。今回もまた感じました。徳兵衛が、お初の膝に手をおく仕草にドキっとした。お初の髪をなでる様子にはうっとり。徳兵衛は、25歳の若く 熱く いい男でした。 勘十郎さんのお初は、19歳で、もうこの恋が実らなければ生きていたって仕方がないという思いつめた 年若の娘さんでした。19歳だったら、大人になったらなんてそんな先の世界は信じられないだろうなと思った。やっぱり、お顔が出ている人形遣いの方が、格段と感情移入します。 床下で足先をのどに押し当て、覚悟を知らす場面 も、流石の名場面でした。
今回、一番心に響いたのは道行の場面。死に行く2人。橋の上から川を見下ろす。そして徳兵衛が、お初の手をとる。その手を握った場面に、ハッとしました。あの若い2人は、もうこの道しかないのだと。悲しさを超えたものがあった。若さゆえの熱情がうらやましくすらありました。  

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2010年10月 9日 (土)

『スタンド・バイ・ミー-東京バンドワゴン-』

小路幸也の『スタンド・バイ・ミー-東京バンドワゴン-』 (集英社文庫) を読む。東京バンドワゴンの第3弾。愛すべき、「お茶の間」の世界の第3弾。
うーむ。面白いのだけど、ちょっとうまくいきすぎ。なぜ隣の空き地をこっそり借りて、貸してくれるの?とか。丸くおさまりすぎなところがありました。1冊目のパワフルさとか、2冊目のほろ苦さとかが、ちょっとパワーダウン。でも、日常って波があるものだから、いいのかな。 すずみちゃんが、京都の古本の集まりで啖呵をきったりとか、勘一じいちゃんの言うこととか、台詞のもつ力は存在。勝手なコトばかりして暮らしているくせに、こういう制約の多い大家族の窮屈さにあこがれたりするワタクシなのであります。 

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2010年10月 7日 (木)

『シー・ラブズ・ユー-東京バンドワゴン-』

先日、歌舞伎座前をとおりかかったら 工事中の幕の向こうの歌舞伎座がなくなっていました。あぁ。

小路幸也の『シー・ラブズ・ユー-東京バンドワゴン-』 (集英社文庫) を読む。東京バンドワゴンの第2弾。愛すべき、「お茶の間」の世界の第2弾。 
今回も大家族 堀田家では、いろいろな事がおこる。親子も恋もままならない関係になるのは仕方のないこと。それを何とかしようと奮闘。家族のことも近所の人のことも、できる限り、いとおしむ。うまくいかないことの受け入れ方もいい。ほろ苦いのも人生だ。大勢の人間が出入りし、ちょっかいを出す。それは面倒くさいようで、その存在が生きる力になる。 「よかれと思ってしてあげた」的な、おしつけがない。おせっかいは百も承知、ここの登場人物には無償の愛がある。父親 我南人の言う「LOVEだねぇ」は、大袈裟なようですが、ごく普通にみなの心にあるもの。この小説の世界にはいっぱい転がっている気持ち。 甘えず、頼らず、コツコツ生きる。まっとうな彼らはいいなぁ。基本的なコトをちゃんとしなくっちゃと思うワタクシなのであります。

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2010年10月 6日 (水)

島根旅行 <手のなかの空 奈良原一高 1954-2004 >

覚書

宍道湖畔にある、島根県立美術館にて 「手のなかの空 奈良原一高 1954-2004」をみる。作品数約500点。奈良原一高はすごい。
SECTIONは8つに別れていました。一つめの「人間の土地 1956」は軍艦島の写真。ここで驚き圧倒される。 二つめの「王国 1958」。これは、男子修道院と女子刑務所という閉ざされた孤独な世界を題材としたもの。 ここですっかり夢中になった。 これは何だと驚いた。奈良原一高自身のコメントもいい。写真を見、コメントを読み、また写真をみる。こういう、本物の写真家の手による写真というものは、みため 眺めを写すだけではない。まいりました。 
「人間の土地 1956」
1956年の個展「人間の土地」で、全く無名だった青年が、ひとりの写真家として日本写真史上に確固たる地位を築いたそうだ。それもそのはずだと思う。
長崎沖の軍艦島。生活に必要な基本的なもの全てが揃っているが、それしかない。余分のものが場所が何もない。炭鉱・集団住宅・学校・病院・商店 よくもまぁ、この小さな島にこれだけのものが収まっていると感心する。 生活に必要な基本的なもの全てが揃っているが、それしかない。余分のものが場所が何もない。 写真をみているうちに必要なものしかない ということを考えるようになる。 息苦しさであるとか、逆に 寄り添い合う強さとか。炭鉱から真っ黒な顔をして出てくる働き手たち。一服する様や、みなでお風呂にはいる様。ビールを手にうれしそうに笑う顔。 そんな働き手を待っている妻や幼い子。 高層にならざるをえない生活体系のため、沢山の階段を元気に飛びまわる子供たち。父の帰りを首を長くして一心に探す子。 この元気な子供達は生まれてから土の原っぱという存在を知らないという。 荒い波が打ち寄せる軍艦島。 刑務所ではないのだが ここしかない居場所。 自分の中で考えがグルグル駆け回る。 常に集団で作業する。生活も。独りになりたくても、余地のない島なのだ。
「外界から隔絶された極限状況の中で人間が生きることの実存的な意味を問いかけた」大きな反響を呼んだという。
軍艦島の作品と共に、熔岩に埋もれた桜島・黒神村の作品も並ぶ。 
「王国 1958」
1958年の個展「王国」で、心理的な極限状況といえる修道僧と女囚の世界へと分け入り、日本写真批評家協会新人賞を受賞したそうだ。
女子刑務所の様子。トラピスト修道院の様子。服役というここにしかいてはいけない女性だけの世界。ここで修業するという道を自ら選んだ男性だけの世界。孤独という単語でも、その意味合いが異なる。共通点と対比にすっかり惹きこまれた。
刑務所の中で生まれたばかりの赤ん坊の世話をする女性。貴重な運動の時間。実際には知らないの世界への興味という気持ちを超えるものがあった。 
修道士の中でもその修業の段階によって階級がある。自分たちの集団の生活のための世話の時間に多くをさく者。神への祈りにほとんどの時間をさく者。 コメントを読みながら写真をみる。写真ってすごい。
2つのセクションをみて1時間くらい経ってしまった。時間の関係で残りがややあわただしくなった。集中しすぎたので、時間があってもすこしぼんやりしてしまったかもしれない。
その後も、「ヨーロッパ・静止した時間 1967」「スペイン・偉大なる午後 1969」「ジャパネスク 1970」「消滅した時間 1975」「ヴェネツィア 1980’S」「空/天/円 」と続く。マタドールのものも強烈でした。 ゆっくりとみたくて図録を購入。友も購入してました。 すごかったねと、強烈さを共有しつつ 島根美術館を後にしました。 これ、もう一回みたい。巡回してくれないかなぁ。 次回は常設展も、じっくりとみてみたい。奈良原一高は松江出身だそうです。

帰ってから写真展が好きな父親に図録を薦める。 父が子供の頃 祖父の仕事の都合で、転校が多かったと言っていました。それは鉄鋼関連の仕事だったからだと聞き驚く。なんと、軍艦島の近くの島に住んでいた時期もあるとか。この島よりゆとりのある住居だったようだ。こんなところでつながるとは。驚いた。

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2010年10月 5日 (火)

島根旅行

覚書

9月はじめ、学友と島根へ出かけてきました。勉強会でお世話になっている先生を訪ねてみよう! ただそれだけで島根へ出かけました。 あと 一度は出雲大社にいってみたかったので。漠然と島根へGO!と出発。私の方が家であれこれ取り込みごとがあり、作戦会議が一切できなかったため、漠然とGO!になってしまいました。結果、予定に縛られないのんびり旅行となり、それがまた楽しかった。よく飲みよく食べよくぶらつきました。
島根へは飛行機で。出雲空港に下り立ち「縁結びパーフェクトチケット」という少々照れくさいものを購入。バスや電車に3日間乗り放題で3000円。島根での足は、ほぼこれで まかなえました。「ご存分に!」な切符。 街中を走るバスはもちろん、空港と市内を結ぶバスも、出雲大社へ1時間程コトコト揺られる一畑電車も、この縁結びチケットで乗車可能。太っぱら! 出雲空港に下り立った時から、吉田くんグッズを発見♪すばらしい。さすが、本場。たぁ~かぁ~のぉ~つぅ~めぇ~。
先生が、3日間とも付き合ってくださったことに感激。

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島根旅行 <壱日目>

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先生も一緒に松江めぐりしてくださいました。ありがたい。友と3人で松江城の堀を巡る船に乗りました。橋ゲタを通るたび船頭「タモっちゃん」の指示に従い頭を低く下げる。大層にぎやかな船頭さんでした。 タモっちゃんはみなくていいから、後ろもみてね~と。堀の周りは木々が生い茂り、ちょっとしたジャングルのよう。 古風な橋を船で巡るのは、なかなか風情があって楽しゅうございました。 船を降り、お城へ。 立派なお城。黒っぽくて渋い。みんなが歩くことで磨きこまれた木の階段をひたすら上がる。 とても暑い日に、汗をかきかき 天守閣へ。 そこは、東西南北見晴らしのよい 気持ちのよい風が吹き抜ける爽快な場所でした。 山々を眺めたり、宍道湖をながめたり。とにもかくにも、気持ちのよいのは風。私が殿なら、家来どもへここへ麦酒をもってくるようにいいつけるのになぁ。
武家屋敷や、小泉八雲文学館など、きっちり観光。
友の友人(島根在住)も加わり、4人で夕食。のどくろのお刺身とか、李白とか♪ おいしものと おいしいお酒をたらふく頂く。幸せなり。

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島根旅行 <弐日目>

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今日も先生につきあっていただいて、出雲大社へ。出雲大社へは一畑電車にコトコト1時間ほど揺られていきます。駅に足湯がありました。2両くらいのかわいらしい電車。RAILWAYという電車は、ここのことを描いたものだそうです。テツが乗っていて、熱心に写真をとっていました。キュートな車掌ちゃんもいて、テツならずとも楽しい。テツさんたちが動くと、見どころ?と社内で注目しました。スイッチバックの時に、ぱっと位置を替えてカメラをかまえたりね。 眼の前は、宍道湖。緑の中、海のようにおおきな水辺を眺めるというのんびりした世界。昔京王線で使用していたとかいう 古めかしい車内という雰囲気もいい。外をながめたりおしゃべりしたり。のどかでよかった。 
出雲大社へ。ここの駅舎もなかなか風情がありました。ステンドグラスがはいっていてハイカラです。竹内まりあの実家の旅館とか、眠気もさめるようなものすごい昭和のドレスが飾られた写真館、ぜんざい屋(ぜんざい発生の地らしい)などを通り過ぎ、出雲大社へ。鳥居をくぐり、静かな気持ちで本殿にむかう。灰茶色の鳥居。しずかな境内。 ここから全てがはじまったのですね。 赤い鳥居に、売店が並ぶ境内というような神社と異なる。さすが出雲大社。
平成の大修繕とやらで、残念ながら本殿など、かなりの部分が幕におおわれていました。仮御殿に神妙にお参り。あの巨大な〆縄で有名な神楽殿へ。ちょうど結婚式をあげていました。間違いなく私も良縁を得るであろうと、とてつもなく思う。信じる者は救われるのである。幸せが訪れる予感に満ち溢れ、出雲大社を後にしました。
松江にはコーヒーチェーンが、はいってきていないとか。喫茶店が充実の町だそうです。 日本でもかなりおいしいという先生お勧めの珈琲をのみました。喫茶店でおいしい珈琲を飲むというのも、この旅でしたかったこと。おいしかった。
また昨日のお友達にきていただいて夕食を。けっこう イケル 口 の女子3人。けっこういただきました。幸せなり

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島根旅行 <参日目>

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最終日。
島根県立美術館へ。ここはすばらしい!海のような宍道湖に面していて いいところしかない。夕焼けが美しいらしいです。どの時間でもすばらしい。企画展「奈良原一高」をみてきました。ちょうど、ここへ訪れる前の日曜美術館のアートシーンでみたばかり。すごい人でした。すばらしかった。湖側に面して全面ガラス張りのロビー!がすばらしい。

この旅でしたかったこと。それは大学にいくこと。先生の職場を訪問。 キャンパスをブラブラ歩き、学食でカレーを食べました(200円代!?)。その上、先生の研究室にもお邪魔してきました。ここが出雲で一番面白かった! 大量の書物にあふれたお部屋は、すこぶる興味深かったです。にんまり。 最後に大学のそばの、先生おすすめの喫茶店で珈琲をごちそうになりました。 こんなにかまって下さって、うれしいかったねと友とありがたく思う。
飛行機の予約から、ホテルの手配、先生と連絡をとり、友達とも約束し、この旅を全部面倒みてくれた友に感謝。 この人は そりゃ人に好かれるなぁ と魅力的な人のパワーを真近で感じました。
あくせくしないのに、とてもいろいろな体験ができました。のんびりしているのに濃厚。 天守閣できもちのいい風に吹かれたこととか、妙に良縁の訪れを確信した神聖な出雲大社の神楽殿前とか、先生の研究室に足を踏みいれた特別感とか、そういう場面がとても印象に残る旅でした。 おいしいものを、みんなで ゲラゲラ笑いながら食事をしたことも楽しかったなぁ。 幸せなり。

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少年よ大志をいだけⅨ

週末、友人の出演する狂言発表会へ。難しい演目でした。すごいなぁ。面白かった。

友人の出番までみて、恒例の西洋美術勉強会に出席。遅刻して出席。すみません。
途中からでしたが、今回も「ほほう」と感心しきり。今日の講義は「マネからピカソへ(絵画の革命)」。展覧会でよく眼にする機会の多い印象派前後の絵画の流れが面白かった。いままでに、なんども講義していただいていると思うのですが、今回やっと あーそういうことか!とカチっと腑に落ちた気がした。気がしただけでないといいけれど。
絵画として描く対象が天使・神・王など地位のある人物以外に移ってきた変革期のことはわかったつもりになっていたけれど、絵画の中の女性の視点をあわせて考えると、名をなした画家たちのすごさがなお一層わかった。自分がどう描くかということでなく、時代や、その時代の絵画の常識とも戦っていたのだ。すごい。
ますます、絵をみるのが楽しくなった。
終わってからは飲み会。貴重なお話をきいて興味深々となった後、先生と仲間と飲み会。幸せ。(昔は緊張して休憩時間に胃薬飲んでいたというのに。)楽しかった。

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第51回野村狂言座

先週金曜日、宝生能楽堂へ行ってきました。職場から歩いて能楽堂へ。便利。第51回野村狂言座を観てきました。
まずは「雁大名」。野村小三郎さんのシテ。雁が買いたいが銭のない大名。なんとか雁を手に入れようと、ニセお国なまりで話す。狂言の発声方法は独特。その上、なまる。ヘンテコで面白かった。
続いて深田師 シテの「伊文字」。おおまじめに「イ」から始まる国の名を万作師・遼太くんとみんなで考える。おおまじめで面白かった。
休憩後、万作師の語「定家」。定家蔓と言ふいわれ。ほーっと感心して聞く。
最後に、万之介師の「博奕十王」。念仏を唱えれば極楽浄土にいくことができるため、地獄が飢饉となるという設定。ここからしていい。博打打ちのため地獄へ行くが、その博打の腕前のおかげで賭けに勝ち、なんと地獄から極楽へ。芸は身を助く?

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2010年10月 2日 (土)

訪欧凱旋 海老蔵奮闘公演 昼

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やっぱり行って参りました。南座。
九月大歌舞伎 訪欧凱旋公演通し狂言 義経千本桜市川海老蔵 忠信・知盛・権太三役相勤め申し候
こういう立派な外題に見合った、奮闘公演でした。ものすごい体力と集中力。恐れ入りました。
通し狂言での義経千本桜は、いいですね。そりゃバラでもいいけれども。物語の流れがよりわかって、なるほどなぁと思いました。鳥居前で義経が、大物浦へと言っていたことに気がついたり。 あと、しっかりした大人が沢山いて、見ごたえがありました。座頭奮闘しすぎのところ、ゆったりと鑑賞できる。大人相手に体当たりっていうのはいい。
義経は、通しで狂言で翫雀さん。これが、よかった。翫雀さんは風格があるので、義経を中心に動いていることがしっくりきました。重要なのだなぁ義経。
海老蔵さんは、鳥居前では、火焔隈で佐藤忠信実は源九郎狐。この拵えがよく似あう。かっこいい。 壱太郎くんの静御前は丁寧。なまめかしさとかがなく清潔な静御前。壱太郎くんらしさがありました。義経との別れを悲しむところは、愛しい人というより お父さんとの別れみたいにみえて、なんだかかわいらしかった。
渡海屋は、花道を入ってくる銀平さんのところが好き。みんな好きだと思うけど。縞の着付けに蝦夷模様の厚司という海の男の姿(←番付けで勉強)が格好いい。この場面の舞台写真を出してほしいなあ。玉三郎さんの女房お柳は、キリっとしてかっこいい。こういう女房がいると、銀平もどっしり落ち着いてみえます。 相模五郎・入江丹蔵に、亀三郎さん・亀寿さん御兄弟。手堅い。こういうコミカルなのは上手くなくちゃ。魚づくしもしっかりきかせていました。 翫雀さんの義経は、ちょっと姿を現すだけで、ちゃんと位の高い人が登場したという感じがでます。
南座のお楽しみは、知盛と権太でした。 知盛よかった。今回、心に残ったのは血まみれでなお、義経に向かっていこうとする知盛が、安徳帝に 今救われしは義経の情け 仇に思うな と声をかけられ ハッとしたところ。 ここで気持ちの流れが変わったことがはっきりとわかった。 そして同時に典侍の局の玉三郎さんの周りの空気もスッと変わった。この瞬間がすごかった。 少々情熱多可のところはあるけれども、海老蔵さんの魅力は 深く人に印象づける一瞬を出すことができるところかもしれないなぁと考えた。時々、忘れられないほど強い印象を植えつけられる。そこが、いいのだなと。もちろん顔も好きなのだけど、顔だけではいつまでも惹きつけられはしないのである。 あー、ここ、こういう一瞬がすごいなぁと、血まみれの知盛が碇を抱えて海に身を投げる姿をみつめました。 ものすごい集中力。この人は一日中、このペースを保つのかと思うと驚きです。
休憩のあとは道行。一転してあでやか。最初に義太夫。静御前も狐忠信も登場する前、大迫力の義太夫軍団を堪能。注目の長一郎さんや愛太夫さんや蔵太夫などずらっと6人。ありがたい。
静御前登場。玉三郎さんは最近義太夫での道行。花道からでなく、舞台から登場するとき、あの桜満開の吉野山から見下ろすように眺める姿が美しい。別格の存在感。美しかった。屋島での戦いを聞かせるところが、またいい。 その戦で忠信の兄・継信が命を落とし、それを悼み 涙するのかと、改めて驚く。なんでもすぐに忘れちゃう。南座の番付けは、義経千本櫻の物語が丁寧に説明してあって、読み物としてもなかなかでした。 神戸の歌舞キチかわいこちゃんと2人で鑑賞。狐忠信は、子狐なのに 景清のこととか忠信・継信のこととかよく知っているわねと話かけると、千年生きた親狐がついているるからねと答えてくれました。鼓だけどそうかと納得。幕間もひっきりなしに歌舞伎のことばかり話してました。
あー面白かった。予は満足じゃ。 こんなに楽しいのにまだ夜の部に続く・・・

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訪欧凱旋 海老蔵奮闘公演 夜

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夜の部は、大阪在住の叔母と鑑賞。昼の部に引き続きまた最前列で鑑賞。叔母も喜んでいました。引き続き海老蔵さんはものすごい体力と集中力で大奮闘。
木の実。團さまの権太に新之助さんの小金吾の時の国立のカレンダーをいつまでも貼っています。あの小金吾が、立派な権太になって・・・
いがみの権太の海老蔵さん。悪い男をさせたら、絵になること。悪くて愛きょうがある。花道すぐの席でしたので、木の実を取ってやろうとか、何かとものすごく近くにあらわれて、とてもドキドキしました。 悪い時の権太は、活き活きしていました。あの白黒孔子の着物の裾を、これでもかとまくりあげて登場するのとか、権太は決まるなぁ。小せんの吉弥さんも、うちの人のことが好きそうで、よかった。吉弥さんがいると時代感が出ていいです。
お里ちゃんは梅枝くん。まぁ、うまい。恐ろしいほどうまい。そして若々しい。最強ですね。弥助は門之助さん。おっとりして身分が高そう。親バカな母親の右之助さんは、かわいらしかった。鮓屋弥左衛門の市蔵さんは手堅い。頑固おやじっぷりでよい。 
悪人づらして、内侍親子の変わりに、妻子に縄をかけて戻ってくる。押し隠した悲しさに、またみせられました。下手からそっと妻子に送る視線。心の中で手を合わせてる気持ちが痛いほど伝わり、涙が出ました。梶原平三景時への引き渡しのところが、すばらしくよかった。筋を知らなくても歌舞伎は楽しい。でも心情を全てわかった上でみると、所作に込める想いの大きさにドーンと胸を打たれます。心にしみました。
もうひとつ驚いたのが、男女蔵さんの梶原平三景時。 悪人代表のように登場し、維盛の首を差し出せとせまる。しかし梶原は全てわかった上で、維盛の首と認めていた。それはすし屋の最後に陣羽織を裂くことでわかるのですが、梶原が花道の七三で立ち止まったときに 一度眼に涙を浮かべ、とても切ない表情をみせた。ツケが入りまた表情も悪人にもどし、花道を去っていった。ふとみせた切ない表情がとてもよかった。
川連法眼館。玉三郎さんの静御前は、義経に近寄るときに本当にうれしそう。どこかおっとりしたところを残して、姫御前だなと思う。子狐海老蔵ちゃん、まだまだはりきっていました。
今回初めて蔵王堂をみました(たぶん)。おかしくなっちゃうほど、盛大な立ち廻り。いいねぇ。やんややんや。蔵王堂だけ上演すればいいのに。何の事やら わからないでしょうが・・・ もう一回みせて!と思うほど面白かった。蘭平のような大立ち廻り。この蘭平の立ち廻りをつけた立師の人の才能はものすごいなぁ。今回の立師は新十郎さんと番付けに名前がありました。 蔵王堂は、佐藤忠信が登場。もちろん海老蔵さん。川連法眼館の忠信しか観る機会がないので、リアル忠信 大活躍で楽しかった。 見事な立ち廻りでした。花四天軍団すばらしかった。 
あっぱれな奮闘公演でした。 予は大満足じゃ。

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プチみやこ巡り

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南座へいったおり、プチみやこ巡り。昼の部を、神戸在住の歌舞キチかわいこちゃんと鑑賞。夜の部は、関西在住の叔母と鑑賞。 そのまま叔母と京都へ泊まり、翌日午前中 2人でうろうろしてきました。 いつも、おさると巡るようなお店をぶらぶらしお買いもの。変わっていると喜んでくれました。sousouで叔母が気に入って購入していたストール”ももんが”の色違いを母に購入。姉妹だからね。 母とでなく叔母と一緒というのが新鮮で面白かった。 イノダ本店で朝食もいただきました。
叔母と別れてから、1人でぶらぶら。細見美術館でじっくり鑑賞。ここはいいなぁ。作品が厳選されていて 全てが面白い。作品一つづつ じっくりと味わう。売店アートキューブの品揃えもすばらしいし。苦手なのは、あの外階段だけ。足元が開放的すぎて怖いよ~。 念願のスフレ専門店にもいってみました。厨房から「スフレ出ます」という声がかかり、看護婦さんのように厳しいウェイトレスさんが運んできます。なんだか大げさでした。フワフワスフレを一番いいタイミングで食べるために、きびしいまなざしが飛んでくるだけあって、フワフワでした。
モリカゲシャツにもいってみました。権太記念にストールを購入。 職場の友の大好きなおようふくやさんで眼福したり。父のリクエストのタワシを指示どおり三条タワシ屋さんで購入したり。 いい感じの喫茶店・おいしいパン屋さんも教えてもらいました。京都を訪れる度にいかねばならないスポットがまた増えました。 翌朝のパンを購入し、いつもの六盛のお弁当をもって新幹線にのりこみました。行きも帰りもN700系。広くて快適。 とっておきの本 『対話編』 『映画編』 を持ち、読んで胸をあつくしました。涙が出て困りました。
"ところどころ1人旅"を楽しんできました。 やはり みやこはいいなぁ。

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細見美術館アートキャンパス2010-日本美術の見方 京都(みやこ)編-

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細見美術館で、「細見美術館アートキャンパス2010-日本美術の見方 京都(みやこ)編-」をみてきました。どうやら、毎年夏季にアートキャンパスという試みがあるらしいです。美術館をキャンパスに見立てた「アートキャンパス」というのはわかりませんでしたが、「みやこ」に焦点をあてた展示は面白かった。京都の名所を描いた絵画と京都出身作家の作品。 
まずは、京都を描いた作品から。屏風と、そこが京都のどこにあたるのかをあわせて展示。 『四条河原図巻』をみて、これはここかなと考えたりする。狂言を演じている場面があって、持ち物から演目名を想像したりする。場所がわかるとみていてなお面白い。お寺などの造りは現在とあまり変わっていないなぁなどと、一つ一つ楽しい。
小沢花嶽『蝶々踊り図屏風』。江戸後期の作品。庶民が踊り狂う様がかかれている。10cmくらいの身長で人間が描かれているので、着ているものがよくわかって1人1人が面白かった。町人の中には、扮装しておどっているものもいる。犬も猿も十分ユーモラスなのだが、一番惹かれたのは石灯籠マン(勝手に命名)石灯籠をきて踊っているのです。灯篭に手足。デフォルメされた描き方ではなく非常に写実に描かれているので、あっけにとられました。すごい!この場面の乗った絵葉書が欲しかったなぁ。入手した絵葉書は、なめくじ男とガマ男、トカゲ音尾がいます。芸人のきている動物きぐるみのようなチャチいものじゃない。衣裳みたい。すごい踊りだ。とにかく、ラブ・石灯籠マン。
次に京都出身作家の作品。 本阿弥光悦 俵屋宗達 尾形光琳 池大雅 円山応挙 伊藤若冲 錚々たるメンバー。 若冲の『虻に双鶏図』 が印象的。虻をみる二匹の鶏の眼つきがいい。やや上空をにらむようにいぶかしくみている一瞬を、なんでこんな風に描くことができるのでしょう。あっぱれ。
平日に訪れたせいか、館内では青年と紳士と私の3人しかいませんでした。なんとなくゆずりあいつつ、ぬきつぬかれつ鑑賞。各部屋に鑑賞イスというものが置いてありました。(今回初の試みだそうです)。丸イスを好きな作品の前において座ってじっくりみることができるようになっています。 今回の企画だけ何回も入館できるチケットや、おもしろそうなトークショーなど、凝った企画があれこれ。リピーター限定参加企画のように参加にハードルをあげているものも。さすが。やるなぁ、細見美術館。

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