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2010年12月18日 (土)

その名は蔦屋重三郎

昨日、サントリー美術館にて「歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎」を見てきました。いいタイトル。
その名は蔦屋重三郎。恰好いい。蔦重とは、何者という説明から、彼が仕掛けた江戸文化を彩る花形スターの紹介という展示。サントリーらしい、まじめさがいい。これは、貴重だとか素晴らしいだとか有名だとか、そういうことだけを切り取ってアピールしないところが品があり好き。悪くすれば目立たないぐらい。TV局とタイアップしてイメージキャラクターを設定したり、歌を作ったりするのは、もっての他。ああいうのはイヤ。
浮世絵は面白かった。 写楽の黒雲母摺の役者大首絵は、色がなんともよかった。 『くはんおんきやう』という経本があり、絵が入っていた。お経は、すべてひらがなで書かれていた。絵は仏像だけれども 絵がはいるなんてと驚いた。 歌麿の青楼十二時は、吉原の女たちの一日の様子が時間により描き分けられている。 絵の美しさはもちろん 生活の様子が面白かった。 草や虫を写生したものもすばらしかった。
歌麿、写楽、山東京伝、大田南畝と、おんなじ時代にいたのですね、すごいなぁ。彼らが、人々の人気が出るように仕向け、まんまと人気ものになり、お上に睨まれ、苦しい立場になったり、巻き返したり。すさまじい才能を持つ彼らと、天才的なセンスをもつプロデューサー蔦重と、作品を楽しむ民衆、恐れをおぼえる時の幕府と、その攻防戦についてもっともっと知りたくなった。
今、人々が驚愕するほどの出版物を出す名プロデューサーが現れたとする。その人のプロデュースした人が人々を魅了し、そこに便乗した商売が爆発的に売れたとする。 そういうことがあっても、現代では 3年くらいで過去の人となってしまいそうである。 サントリー美術館でみた作品は、今でもその感覚は魅力的である。 どうしてこう捉えることができるのだろうと驚く。 古びないどころか、逆に斬新に感じる。何がこんなにも違うのであろうか。
狂歌が流行っているとき、人々はこういう形態のもので読んでいたのかと面白かった。紙に墨で書いたものでも、出版となれば沢山の人の手にわたる。黒一色とはいえ、自分のものにできるというのは復旧したことであろう。 狂歌に浮世絵を合体させた豪華な狂歌絵本には、どれだけびっくりしただろう。 豪華とか裕福な人だけが求めることができたのであろう。その特別なものが、現代でも同様に特別なものであることが すばらしい。
狂歌の作品のところで暫のような衣装の絵があった。三升だと思ってよく見てみた。五世 團十郎の狂歌でした。なんだか、すごくいいなと思った。すっかり気に入った。 

たのしみは
はるのさくらに
あきのつき
ふうふそろって
さんどくうめし

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