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2011年1月31日 (月)

ハイブリッド刑事

世界征服を狙う悪の秘密結社・鷹の爪団の総統こと小泉鈍一郎でなく、ハイブリッド刑事こと小泉鈍一郎が主演の映画「ハイブリッド刑事(デカ)」をみてきました。 上演時間たった40分。 しかも無料!(本当は、「トヨタ店のハイブリッドを1枚」と言う合言葉があった模様)。 1月22~28日の期間限定で公開ということを知り、知ったその日にあわてて駆けつける。 結構な人が入っていて驚く。 若い女子2人組が異常にはしゃいでた。キーキー声がちょっと気にさわる。うれしくても周りの目はちゃんと意識せねばならぬな。
国が財政対策のため省庁を統廃合し、公務員を刑事として警視庁に送り込む。そこがハイブリッド課。 最高裁判所刑事とか、家庭裁判所刑事(←意外と家庭的)とか、いろんな刑事がいる。常勤非常勤あわせると総勢2800人だそうです。子猫刑事(←ふるえてる)とか、もはや公務員ですらないのも。いい感じに脱力させてくれました。 実は、事業仕分けやリストラなど、切ない事情で集められた刑事達(刑事ではないと思うけど)なのであった。 それを率いるのは、定年まぎわのハイブリッド刑事 鈍(ドン)さん。鈍さんは手柄をあげ最後は警視庁捜査一課に戻りたいと暗躍している。しかし最後には仲間の刑事たち(2800人)と力を合わせハイブリット課でがんばるという感動もの?!
各所に、「TOYOTA」の宣伝を組み入れる。あからさまで楽しい。 クラウンを買うのが夢というクラウン刑事もいました。 トミーとマツとして、松崎しげるさんと国広富之さんがものすごくちょびっと声で出演したり、大臣のわがままで高慢な娘として神田うのが声の出演をするなど、どことなく豪華。いいアンバランスさ。
終演後、FROGMANが登場。スリムなおしゃれメガネ男子でした。挨拶の最後に、総統の声を出し やっと本物だと思うことができました。

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2011年1月29日 (土)

『ウォッチメイカー 下』

引き続き読む。『ウォッチメイカー 下』ジェフリー・ディーヴァー(池田真紀子 訳)文春文庫。
震撼 実ハ 驚愕。
なんてこった。  えぇ、と驚く。と思うとまた、えぇ。そして、えぇ。 あー面白かった。よくできているなぁ。911というのは、世界中を驚かせたけれど、アメリカに住む人に与えた影響の大きいことをまた感じる。 忘れることができない事は起きる。そして時が経ち人の記憶から薄れていってしまう。 アメリカにとっての911は、いまだ薄れず、色濃いようだ。
テロでも殺人でも人は死ぬ。とにかく犯罪をくいとめる。手をくだした奴を逃がさない。サックスや、ライムの正義   彼らは、聞き込みをかさね、コツコツと地道に執念深く事件を追う刑事達とはことなる。すばらしい判断能力を持つ。最新の技術を駆使し、権力も持っている。現場100回という泥くさいものではないのだけど、気合は同じである。こういう世界もあるのだな。
父にこんな怖い本を買うなんて文句を言ったのだが、とても面白かった。ちぇっ。訂正しておかねば。 最後の1章。惚れました。ここがあるのとないのとでは、大違い。 構成力のすばらしさに驚いたけど、ここが一番心に残った。
解説は、児玉清。清も好きになりました。また、「めっちゃ」というワードを使用。それが清の遊び心? とても待ちきれないと原書で読んでいらっしゃるそうです。そして、池田真紀子さんがいかに名訳か披露して下さいました(スカペッタも訳されている方でした)。 知的で素敵なおじさまです。あなたの勧める本ならなんでも信用します(でも小さい本しか読まないの)。
なんと、シリーズものだったらしい。どの1冊を取り上げて読んでも完了するようになっているので影響はない。 清が言ってました。「この本の面白さにしびれを感じたら、前6冊の宝が待っているのだから、あなたはラッキーこの上ない。」と。 気になるシリーズです。

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2011年1月27日 (木)

『ウォッチメイカー 上』

父が読み終わった本がおいてあったので、読んでみようかと軽い気持ちで読む。『ウォッチメイカー 上』ジェフリー・ディーヴァー(池田真紀子 訳)文春文庫。
震撼。
殺し方が怖すぎる。人に苦痛をあたえ徐々に殺害するほんの2行くらいのくだり。夜道とかでつい思い出しちゃう怖さ。さらっと方法を書くだけ。その方がよほど想像力をあおる。
人物設定が面白く、とても魅力的。なのだけれども、いかんせん殺し方が怖い。読むのやめようかなとついついページが閉じぎみになる。でも読みかけたからなぁ。(本当は面白いから)
上巻は、火曜の午前零時分からはじまる。そしてその日のことで1冊。登場人物の描き方がうまい。そのため、新しい人が出てくると、あー助かりますように願ってします。くたびれながら読む。面白い。でも、怖い。下巻に続く。

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2011年1月26日 (水)

『ザ・万歩計』

そういえば、これ去年読んだなぁと思いつつ。万城目学『ザ・万歩計』(文春文庫)をもう一度読む。オモチロイ。
前に読んだときは、人類代表としての選曲のところで吹き出しました。あと渡辺篤史のトコ、見事とうなる。面白おかしい自分自信の作家への道が興味深かった。感心しました。京大生活とか、小説のようでした。放牧民族へのあこがれを、実行に移し、あまりの過酷さにへこたれるところに、物書きになる人の凄さをみました。実行に移すって できることではない。そういう若気のいたりの行動が、プロとしての血となり肉となるのだなと思った。だからこそ、普通の暮らしの中にある、ちょっと普通でない変テコさの世界がうまれるのだと。
風が吹いたら桶屋がもうかるの章もすき。学校生活で、進路を変えるような出来事がある。でも、それはみんなの身に起こっている。それを自分自身で自分の心に響かせることができるかどうかの違いだけなのだ。与えられるのを待っているだけの人は、自身の心に響かせることはできない。なるほどなぁと思う1冊。面白く、そして大いに感心しました。

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2011年1月25日 (火)

狂言の会

先週の覚書
とてもシンプルな題の会。先週 国立能楽堂へ行ってきました。国立の企画公演「狂言の会」。 大蔵流から2番。宝の槌と栗焼。どちらも、太郎冠者が失敗しちゃう。まぁだいたいの曲がそうですが。後に、和泉流から1番。鬼丸。和泉流にだけ伝わる稀曲中の稀曲だそうです。
とにもかくにも、「栗焼」の東次郎さんに魅了されました。あー面白かった。声を出して笑っちゃった。万作師もそうですが、東次郎さんぐらいの方になると、おかしくしようとしない。大袈裟でないのにどうして、こう味があるのだろう。すごいなぁ。お客にだすものを用意したいう主に、それはお饅頭か羊羹ではないですかと訊ねるだけなのに、なんだか妙にうれしそうに聞くのでおかしくなる。栗を40個用意した。どう出すか相談するだけでおかしい。いよいよ栗を焼く。もう、栗が見えるほどリアルでした。リアルなのに型どうり。すご技。
国立主催の公演なので、前の座席に解説画面がでる。つけていたところ「太郎冠者は栗と会話をはじめる」って出てきました。そして、まさに会話をしていました。
あまりにもおいしそうで、ついついひとつふたつと食べる。「ひとつ食べて叱らるるも・・・」 もう会場中いったいになって太郎冠者の味方です。食べちゃえ食べちゃえ。みな喰うていました。楽しかったなぁ。
大蔵流と、和泉流の違いも面白かった。考え込む時(「なんとしたものであろうか」の姿勢)とか、道行のまわりかたとか。
「鬼丸」、豪華でした。親を養うために山賊になる鬼丸。親のためという大義名分があってもいけないこと。自らだけでなく親の身にも報いがあるといわれ、えええとびっくりする鬼丸が愛らしかった。単純なのがいい。鬼丸が襲った旅の僧は、実は鬼丸の父が信心していた清水の観世音であった。観世音に変わって出てくる僧。おお、豪華。ありがたくなる。
鬼丸には石田師。父には万作師。僧には萬斎師。僧と父が会話をはずませて、山賊しようとした鬼丸がやきもきするなど、物語感もおもしろかった。

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2011年1月24日 (月)

四天王御江戸鏑

1月歌舞伎の見納め。今月はあれこれみることができました。最近、演舞場で昼夜歌舞伎がかからない月があるので、ちょっと物足りないときもあります。 昨日は、国立劇場初春歌舞伎公演『四天王御江戸鏑』に行ってきました。
菊五郎劇団による復活狂言。196年振りだそうです。様々な趣向が少々凝りすぎで、やや筋がわかりにくくなってしまいました。
序幕、良門一派が竜宮城で恨みをつのらせ報復を決意する。将門といっているから、願いは きっと源氏調伏だろうと想像しつつみる。 一条戻橋とか茨木婆とか、蜘蛛とか、源頼光とかキーワート゛が沢山あり、「土蜘」と「戻橋」「茨木」だろうということはわかる。
一条戻橋で渡辺綱が鬼の腕を切り落とすのが「戻橋」。鬼が姿を変え、綱のところに腕を取り返しにくるのが「茨木」。頼光の四天王の一人が渡辺綱なので、こっちは源氏。最初の青い髪の菊五郎さんは良門だから平家。江戸っこの鳶頭の綱五さんは実ハ渡辺綱だから源氏。 うーむ。
しかも、頼光と茨木婆の2役を時蔵さんが演じる。うーむ。 対象的な2役を演じる楽しさはあるが、菊五郎さんも、時蔵さんも対象的なお役となると、複雑すぎる。 ヒントが転がりすぎているので、ついついこれは・・・とつながりを考えてしまう。 
筋をきちんと把握しなくても、みせどころがしっかりしているので 部分部分しっかりと楽しむことができる。
菊之助さんは、ほぼ 「女郎花咲 実ハ 葛城山の土蜘蛛の精」なので、わかりやすい(最後にちょっとだけ一条院にも)。 とにかく土蜘蛛の精。このややこしいなか、大助かりです。ありがとう。 すっきりしてかっこいい。迫力があり、キレがある動きが美しかった。きちっと決まる。 花咲という女郎のときでも、芯の強さがかっこいい。 目的のためなら、簡単にじゃあ好きよという。単純さが愉快。かわいらしさがちょっと残酷でいい。面白みがでていてよかった(まじめ過ぎの印象なので)。 宙乗りなど見せ所がいっぱい。 大袈裟なところよりも、七三で止まって決めるというような、基本的な所作の美しかった。そちらの方が印象に残っている。そこが流石だなぁと思う。
菊五郎さんの江戸っ子っぷりが、いなせでした。 実ハ 綱 という場面が気に行った。これは江戸っ子っぷりがきちんと板についていないと、面白さはでないと思う。すご腕。 時蔵さんの頼光と茨木婆、どちらもキリっとした強さがあって品もある。歌舞伎らしいなぁ。見事でした。
松緑さんは、こしらえがよく似合っていた。 格好いいのだけど、誰?と人物像的に一番わかりにくかった。話のせいだけどね。もったいない。
松也くんがずいぶん男前だったとか、梅枝くんが 菊之助さんと互角に菊五郎さんを取り合う度量があったのが見事だなと思ったり。右近ちゃんの天才ぶりに「ほう」と呻ったり(前に出てくるだけで威厳すらありました)。
個々は、楽しかったのだけど、ややこしすぎた。 個性が強すぎるので ついつい筋を追ってしまい こんがらがってくるというのが なんだかもったいなかった。面白かったけどね。
「茨木」がみたくなった。

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2011年1月21日 (金)

『ある日、アヒルバス』

今日、会社帰りに電車に乗っていたら、海老蔵さんそっくりの男子が乗ってきました。おおお、ものすごく似ている。観たい気持ちが起こした幻なのでしょうか? 電車になんて乗るでしょうか? しかもおひとりで。 違うとは思うけど… 似ていました。 綺麗なお顔でした。 ああ驚いた。

山本幸久『ある日、アヒルバス』(実業之日本社文庫)を読む。この人の本を読むと、文句ばっかりいっている人のことが、全然気にならなくなる。一瞬でも。仕事なんて問題があってあたりまえ。人も事も。文句言って否定ばっかりしている人よりも、文句いいながらもがんばった方がずっといい。
月島にあるアヒルバス。観光バスガイド・デコちゃんが主人公。前向きな女子達がおこそうとする仕事場での革命は、派閥に別れ 相手を蹴落とすことでしかのし上がろうとしない男達よりもずっと格好いいのでは。女子万歳小説です。(人間万歳なのだけどね。)
バスガイド付きの観光バスなんて、古臭いなぁと思っていてごめん。泣いたり、自信なくしたり、奮起したり、へこんだり、はりきったり。 先輩も後輩も、助けたり助けられたり。本気だした人だけの知るキラキラした世界を満喫しました。元気いっぱいですよ、もう。

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2011年1月19日 (水)

『モーニング Mourning』

小路幸也『モーニング Mourning』(実業之日本社文庫)を読む。
冒頭は、親友の葬儀。久しぶりにあった大学時代の親友たち。斎場を後にするとき、仲間の一人がこのまま帰りに自殺すると告げる。空港までタクシーで行ってくれ。自分はレンタカーで一人で死ぬという。じゃあといって別れるわけにはいかない。その上久々の再会とはいえ、親友なのである。
卒業から二十数年ぶり。大学時代と異なり、大人には沢山の事情がある。仕事、家族。そういうものにしばられつつ、しばられた大人になったことを実感したり、別れられないからこのままレンタカーで帰ろうと飛行機をキャンセルしロングドライブでそれぞれのところけ変えるという、懐かしい暴挙に出る。
車の中という、独特な空間が、今まで思い出さなかったことが不思議なくらい沢山の沢山のあのころを思い起こさせる。青くさく、ロマンチックでノスタルジーあふれる世界。 心を動かす大小さまざまな青春の出来事がまぶしかった。
自殺を食い止めるという大事業をなしえなければならない割には、すこしのどか。 うわべでないつきあい。本気の友達っていい。 最後は、ええっ!  終わりあたりには、センチメンタル過多だなと思った。けれどもそこも愛おしい。

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2011年1月18日 (火)

これは特別展か?

一昨日、浅草歌舞伎の帰りに東京国立博物館へいってきました。「平常展」を「総合文化展」と展示名を改めたそうです。平常展でいいじゃん。(もしくは常設で。)
本館リニューアル記念 特別公開として、2011年1月2日~16日まで「 これは特別展か?」とタイトルをつけ名品を公開していました。最終日だったこともあり、平常展とは思えないにぎわいぶり(やっぱり総合文化展とは言わない)。 とはいうものの、平成館のようなバカげた混雑はありません。光琳の『風神雷神図屏風』以外は、ゆっくりと鑑賞。おたからが沢山ありました。
国宝室では、雪舟等楊筆『秋冬山水図』。 国宝室だけあって国宝。右に秋、左に冬。趣がわからず。まだまだです。
宮廷の美術の部屋では、 『古今和歌集(元永本) 上帖』こちらも国宝。 古今和歌集の仮名序と20巻を完存する最古の写本が,この元永本だそうです。平安時代のもの。両親は、自分が読めるところだけ勝手に読んでいました。
茶の美術の部屋では、『熊野懷紙』(重要文化財)がありました。飛鳥井雅経筆。 後鳥羽上皇が熊野三山に参詣した道すがら開催した歌会の時に各自が詠んだ歌を書いて提出した和歌懐紙を熊野懐紙と呼ぶようです。風流なことです。
屏風と襖絵の部屋。ここには、狩野永徳の『檜図屏風』がありました。国宝。 永徳の最晩年作と考えられているこの屏風は、すばらしかった。 茶の美術のような部屋では、残念ながら ふーん貴重なものなのかという程度しかわからず、そのしきたりに感心することしかできませんでしたが、こちらの迫力はドーンと心にうったえてくるものがありました。 木の幹のもつ迫力。檜の葉なんか必要ないような幹のうねり。全体をかかない豪快さ。描かれていないことにより、より想像をかきたてられる。 晩年になって、豪放さが出てくるというところが面白かった。 欲をいえば一番精力的に仕事をしていた時代の永徳もあわせてみてみたかった。 『檜図屏風』は、正面からみるよりも、左横から1枚おきに見る構図が個人的に気に入りました。
この部屋では、 対青軒印 の『松図屏風』がとても気に入った。対青軒印という 宗達の印が押されているので俵屋工房作品という考えになるらしい。 金雲の林の中で松の枝が浮かび上がるようにみえている。 不思議な気持ちになる。
土佐光起筆『源氏物語図屏風(初音・若菜上)』もありました。 土佐光起といえば、傾城反魂香 吃又がいただいた名前だなと思った。歌舞伎の世界ですが。
安土桃山・江戸の時代を、屏風と襖絵の部屋と書画の展開の部屋にわけて公開。 書画の展開の部屋の目玉は、光琳 『風神雷神図屏風』。  東博の常設では、割と多くの作品を写真に撮ることことができます。光琳の風神雷神図の前では、ひっきりなしに携帯電話のカメラ機能を利用して写真をとる人がいました。一瞬たりとも静かにならない。イラっとする。 非常に残念。うっかり、光琳のことを嫌いになりそうなほど。 めげずに作品をじっとみる。 元となった俵屋宗達のものとの違いのひとつ、雲の描き方をみてみようとじっとみる。 カシャカシャカシャカシャとシャッター音が鳴り続ける。うるちゃい。   通常、たまに撮影している人をみかけますが、カメラを使用しています。 ましていわんや 人の鑑賞の邪魔にならないよう配慮するというマナーを持ち合わさない人はみたことがない。 この作品について研究しているのであろうか、レポートでもかくのかなと思う程度のこと。 今回の撮り方はひどい。君たちはどれだけ光琳が好きなのか。 端から順にその思いを述べてみよと心の中で毒づく。 「常識」という二文字が頭に浮かぶ作品。(光琳のせいではない。)
気の毒な光琳の隣には、若冲の『松梅群鶏図屏風』。この屏風がすばらしい。動き出しておかしくない鶏達。表情ゆたかな様子。声くらいならしてきそうである。左端の梅と、右端の松や石灯籠がきいている。これがあると鶏達のいる場所が風景になる。センスというのはこういうことなのだな。若冲に救われました。ありがとう、若冲。
この部屋でもうひとつ気に入った作品は、住吉具慶筆『中洛外図巻』 。細かい。そして面白い。身分のある家の中はもちろん、御供が門前で待つ様子。控えの間にいる侍、御簾ごしにみる女達。反物をひろげる店先や、反物に描きこみをしているもの、仕立てをしているもの、織るもの、糸をつむぐもの、そのうちの賄をつくるもの。いろんな職種の人がこまかく描かれている。みな連れと指さしながらじっくりとみていました。楽しかった。
リニューアル特別展の最後の部屋。浮世絵の部屋。ここの目玉は、葛飾北斎筆の冨嶽三十六景。なんと20点もでていました。(ここは1/12~16)あの『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』も公開。印刷ではわからない青のうつくしいこと。 北斎肉筆の『羅漢図 』の迫力もすばらしい。 面白かったのが、鍬形蕙斎『近世職人尽絵詞』。生き生きと描かれている。魚やの店先で魚の頭をかじっている犬など、みあきない。
じっくりみて、クタクタになる。 胃が痛くなるほど見ました。 まさに「これは特別展か?」でした。
毎年恒例の干支にちなんだ新春特別展示もみてきました。兎の兜って。つよいんだかよわいんだか。狂言の肩衣『黒麻地波兎牡丹唐草州浜笹模様』。デザインのすばらしいこと。 新春のイベントとして、いけばなというのもありました。正門の門松から、本館の入口、噴水のとこと、階段の両側、階段踊り場のすばらしい扉のところなど、沢山のおおきな作品。真生流家元 山根由美氏によるものだそうです。最終日なのがもったいない。すばらしい状態。近くでみても、階段の上からと離れてみてみても、正面からも横からもすばらしかった。 がんばっているなぁ東博。(でも、呼び名は平常展でいいじゃん。)

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2011年1月17日 (月)

新春浅草歌舞伎 2部

今月は、歌舞伎が沢山かかっていてうれしい。あとは、浅草1部と国立が残っています。昨日 両親と一緒に、ほくほくと浅草1部を観にいってきました。先週、おさると発見し、驚いたスカイツリーの大きさにまた驚く。浅草は、まだまだ大賑わいでした。
浅草公会堂の前のスターの手形。富十郎さんと高峰秀子さんの手形の上には、献花がありました。あぁ。
冒頭のお年玉ご挨拶は、愛之助さん。休演ときいていたのにうれしい驚き。インフルエンザだったとのこと。2~3日で復帰とは。大丈夫なのでしょうか。大熱演でした。(挨拶がでなく、舞台が。)
最初は、三人吉三巴白浪。ずいぶん昔、。大川端だけ浅草歌舞伎でかかったとのをみました。あのときは寝ました。うつらうつらして、席の横の壁に音がするほど頭をぶつけたことをよく覚えています。翌月歌舞伎座でみたらうまいなあと思ったのに。有名な台詞もあり、みばえのする場面なのに 若手だけだと、どうしてぼんやりしてしまうのだろうと印象深く覚えている演目でした。 時は流れました。なんと立派になられたこと。もう寝ません!お嬢・お坊・和尚は、七之助・亀治郎・愛之助。七くんのお嬢は貫禄がありました。(かわいこちゃんではないところで)。 亀治郎さんのお坊は、いいとこの子が悪事の道に走ったというどこか鷹揚さがあった。愛之助さんの和尚は、3人の吉三のなかで、兄貴というなら、もう絶対に和尚という 大きさがありました。何の因果か、同じ呼び名の悪党が三人というめぐりあわせを感じました。(大歌舞伎だと、ご本人の個性が強すぎて そういえば同じ名前だった・・・程度になります。)
序幕の大川端から、巣鴨吉祥院本堂、裏手墓地、元の本堂。最後に大詰の本郷火の見櫓まで。吉祥院もよかったです。愛之助さんの和尚の、事情を全てのみこみ、俺にまかせろという腹づもりがすばらしかった。 たのもしい。 お嬢とお坊、仁左衛門・玉三郎によるお嬢とお坊は怪しさがあった。その色気もよかった。 七之助・亀治郎の2人は怪しさはないが俺とおめぇの2人の死で、大事な兄貴の恩に報いようという純粋な思いがでていて、これはこれでいいものだなと思った。 おとせの新悟くん。ずいぶん娘さんらしさが出るようになていてびっくり。十三の亀鶴さんのやさおとこぶりもよく似合っていました。 観客に、ものすごい集中力をもたすまでではないが、この組み合わせもなかなかいいなという色の出ていた面白い三人吉三巴白浪でした。
休憩後、猿翁十種の内 独楽。明るい踊りでぱっと幕開け。いいねぇ。独楽売萬作に亀治郎さん。おひとりで登場。独楽売のこしらえをすると従兄弟さんにそっくりでした。
なめらかな動きがうまいねぇ。うまい人がとことん努力して、それをさらっとみせてくれる。(以前は、とても御上手なのですが 自分のうまさを前面にだしすぎていたのが少し気になっていました。) 吉三の芝居の台詞のたっぷりさ、この踊りのようにきちっと踊っているのにどこか余裕があるように感じる ゆったりさ。これがいい。 こういう鷹揚な空気が好きなので、歌舞伎が好きなのだろうなぁと、そんなことを考えた。
江戸時代の物売りの風俗を写した踊りだそうです。独楽売が独楽を回す。独楽を回していますよという工夫がニクイ。最後に自分が独楽になり回るというその発想。楽しかった。
そういえば、浅草のチラシって、名字から書いてある。珍しい。 ここも、若い人に門戸を広く開く工夫なのでしょうね。300人以上歌舞伎役者がいても、名字って15個くらいなのでは。同じすぎて書かないものね。 ( TVで 釣瓶が、松也くんのことを「尾上」って呼んでたけどね・・・)

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2011年1月14日 (金)

第53回野村狂言座

宝生能楽堂にいってきました。恒例の野村狂言座。
「筑紫奥」で幕開け。年貢を無事に納めることができたお百姓。持ち田の数を笑ってしめせといいつかう。最後には奏者も含め大笑いしてみせる。無駄なくはっきりすっきり笑う。シンプルで難しい。おめでたく終了。
続いて「伯母ヶ酒」酒好きの男。酒屋の伯母がいるが、一度も酒をふるまってもらうことがない。甥に遼太くん。伯母に萬斎師。本物の甥! 甥のしつこく酒をねだるところと、何をいわれても冷たく拒絶する伯母が好対照。妙案をおもいつく。殊勝に鬼が出るらしいから気をつけるように伯母にいいにもどる。そして、鬼になって引き返す。怖い伯母が一転 鬼におびえる。調子に乗り酒を飲む甥。酔いつぶれてねていくだらしない様子がよかった。へべれけを型に乗せるというのがいい。きちんと酔いきちんと寝てしまう。無駄のない動きはきれいだなあ。師は伯母は初役だったとか。まだ初役のものがあるということに驚く。
次に、万之介師・石田師で予定されていた「文山賊」 石田師と深田師で演じられました。この曲のよさがよくわかりました。再確認。すばらしい。 伯母ヶ酒で「やるまいぞやすまいぞ」と追い込み、続いてすぐ 文山賊で「やるまいぞやるまいぞ」と登場。いかしてます。 山賊2人。勘違いで旅人を逃がしてしまい内輪もめから果し合いへ。もめながらも、後ろがイバラなら痛かろうと、背後がガケなら危なかろうと気遣うマヌケっぷりがいい。真剣に喧嘩し、きちんと心配する。観客がいないことを惜しがったり、妻に書置きを残そうとしたり、その書き出しを推敲し吟味したりする。あくまでも真剣なのがいい。大げさな動きがなくテンポよくすすみ魅せる。動き・言葉のきれのよさにより美しい。とぼけた魅力をたっぷり楽しみました。
休憩をはさみ、素囃子 「神舞」。5列目。ちょど屋根の延長線上やや後ろの席。ここより前の席のほうが囃子の音の響きが身体によくつたわり迫力が増す。
最後に「麻生」。麻生の何某である万作師が鬢をつけて登場というとても珍しい曲。昭和じゃなくて平成の世の中ではないようでした。ああ、本当にこういう髪型のときの芸能を、きちんと守っているのだなと思った。すごいことです。師は若々しくみえました。麻生の何某という主に仕えるのは藤六(萬斎師)と源六(深田師)。元旦に出仕するにはそれなり仕度が必要という主に、烏帽子は用意済みですと源六。髪の結い方をならっておきましたと藤六。藤六は舞台で主の髪をゆいつつ 台詞を交わす。高度テクニック!みごと結いあがる。その間ものんびりした空気を魅せます。さて、烏帽子屋に烏帽子をとりにいった源六。なんと、家がわからなくなる。驚きの展開。まじめに家を探し、まじめに迷う。帰りがおそいと迎えにきた藤六。そして2人で家がわからなくなる。 「お使いに出たら、家がわからなってしまった召使い2人」この恐ろしくシンプルな設定。無駄にわらわせようとせず、素直に迷う。ここだと帰り、その家は主の家ではない。その繰り返し。すばらしい。余計なことのない美しさのもとのどかに楽しませる。狂言ってすばらしい。この日の公演は、ひさびさに原点の楽しさをおもいださせてくれました。楽しかった。
困った藤六と源六は、謡にのせてはやすことで主の麻生の何某にみつけてもらおうとする。それをききつけ、主である万作師が徐々にうきうきする。扇の骨のところから、みてみる型がとてもきれいでハッとした。 謡の最後に藤六・源六が主の頭にちょんと烏帽子をのせる。そのみごとさについ拍手しました。会場中が拍手してました。ひとつにまとまった瞬間。(猪木が1,2,3と言った後のような一体感!) 感動しました。 あー楽しかった。


一昨日、万之介師の訃報を知りました。 なんともいえない味わいの妙。大好きでした。縄綯や萩大名をみる度に いつも師の妙を思い出しています。狂言座のロビーに写真が飾られ、そのことが告げられておりました。
かれこれ10年近く狂言を愛好していると、披きの舞台を観ることができたり、次世代が誕生し、初舞台や披きの場に立ち会うことができたりと、楽しみが増えていくものだなと思っていました。 その反面、こういう日が訪れ 悲しい思いもするのですね。 沢山のいい舞台を見せてくださり、更に その舞台から 狂言の味わい深さを教えていただきました。ありがとうございました。

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2011年1月13日 (木)

『阪急電車』

有川浩の『阪急電車』(幻冬舎文庫)を読む。
去年、ニノのドラマ!と熱心にみていた「フリーター、家を買う。」完了記念に読んでみようと思って読む。 有川浩は男性で、しかも実話だと思っていました。一個もあっていなかった。 初の有川浩作品と思っていたが、『レインツリーの国』 (新潮文庫)がわたくしの本棚にはいってました。この人だったのね!
さて、本題。名作。
宝塚と西宮北口 間を走る電車。阪急電車今津線。ひと駅進む毎に、ストーリーがある。ああ、もう着いちゃうと思ったら、「そして、折り返し。」となるのがニクイ。さっきのあの娘があの人がとリンクするのもニクイ。うまい展開だなぁ。
まっとうが全編を通じている。芯があるかないかが大切。そうそうそうと、うなづきつつ、ジーンとしたり ハッとしたり、ほんわかした恋があったり。恋っていいな。
枯れ草がワラビと判断できるのも、死ぬような想いを討ち入りという恨みであれ強さに持って行ったのも、行きずりの人として相手の心の奥にあるに真実を見て 毅然として告げたり、そういう人からの声を「だってしょうがない」ですまさずちゃんと聞く。ギリギリ自分を保ち顔をあげ、背筋を伸ばす少女に 一人の人と扱いカッコよかったわと声をかける。 どれもこれも心に響きグワングワン心の鐘をならしましたことよ。
「だってしょうがない」ですましていたことを、ちゃんと聞く。ちゃんと考えてみる。いいわけないってわかっているのは誰よりも自分だから。
堂々と生きていきたいものであります。
解説は、児玉清さん。めっちゃと書くとは思わなかった。好きになりそう。
有川浩さん、好きになりました。いっぱい読みたい!!

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2011年1月12日 (水)

新春浅草歌舞伎 2部

一昨日、おさると一緒に浅草へ。人でごったがえす浅草寺をぬけ、浅草公会堂にいってきました。新春浅草歌舞伎 2部を鑑賞。

壺坂霊験記は、たった2人きり(観音さまの登場はあったけれど)。もう若手なんかかではありません。上手い。 沢市つぁんの愛之助さんと、お里さんの七くんは、どちらも立派で若手が力の限り挑戦という感じはなく、もう立派に普通の公演のようでした。
なぜ疑うかなぁ、なぜ身を投げるかなぁ沢市つぁんと お里ちゃん目線でみる。七くんがあまりにもかいがいしく優しく完璧すぎるからであろうか。 愛之助さんは、疑ったり落ち込んだり反省したり思いつめたり喜んだり。小さい動きで大きく表現してました。 場所こそ家→崖上→崖下と変わりますが、2人だけでよくこれだけ魅せるなあと感心。
続いて、猿之助四十八撰の内 黒手組曲輪達引。忍岡道行より三浦屋裏手水入りまで。とにかく、楽しそうでした!亀治郎さん。亀治郎アワーだぜ!といった感じ。楽しそうな様をみて楽しくなる。上手いし、かっこいいのも決まるし、おとぼけの味もうまい。「俺をみろ!」っていう感じが好ましい。思ってたよりも、小柄なことにやや驚く。早変わり前に、いかにも「さぁ 変わりますぜ」っていう雰囲気が面白い。期待させるだけのテンションで変わってくれるのがいい。上手いからねぇ。安来節の泥鰌掬いすら上手かった。笑わせたがりぶりが、ちょっとギリギリまできています。越えないでね。鳥居新左衛門の亀鶴さんはイメージよりも、大きくみえました。 白玉には春猿さん。きれい。揚巻には七之助さん。貫禄&綺麗さを手にいれたなぁ。姐さんの言うことなら仕方ないと言わせる揚巻さんでした。水入りまでかかるとは。
白玉を置いて去っていった牛若伝次とはどういう人だったのでしょう。話が途中途中丁寧に展開し、あちこち膨らで、それで?という感じが多かったからかな。 助六縁江戸櫻と比べてしまうと、展開が少々 急だったり まどろこしかったりします。 いちいち、「あちらと比べると」ということわりの台詞がはいったりと、助六縁江戸櫻の影響力を感じました。
最初のお年玉ご挨拶は笑三郎さんでした。大人でした。
この座組みも安定の期を迎えました。若手だけで もちっとも舞台の広さが気にならない。みはじめた(10年くらい前だか5年くらい前だかの)ころは、先輩方の中で演じるとしっくりとくるのに、若手だけだとなんだか舞台が広く スカスカした感じがするもんだなぁと思っていました。 そろそろ若手世代交代の時期かもしれないなぁと思いつつ浅草公会堂を後にする。

終演後、文豪池波正太郎の愛したという尾張屋へ。緊急対応中の女子店員のまっとうな働きぶりをみて、感心する。 天セイロ・天麩羅そば と 卵焼き と ビールで新年会。ささっといただいて、さっと去る。ちょっと粋な気がした。

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2011年1月11日 (火)

壽 初春大歌舞伎 昼の部

土曜日は初泳ぎ。日曜日は初歌舞伎。月曜日も歌舞伎。3連休を満喫しました。

一昨日、新橋演舞場にいってきました。昼夜通しで歌舞伎三昧。今年の初歌舞伎となる大歌舞伎を楽しんできました。くたびれるほど歌舞伎をみて満足。おもしろかった。
1月演舞場は、3階Aと2等Bが同料金の5000円という設定。お年玉かしら?2階左袖より終日鑑賞。よくみえました。
昼の部は、母と。まず、御摂勧進帳。これがとびっきり面白かった。芋洗い勧進帳。番卒どもの首を投げ込んだ天水桶を、二本の金剛杖で掻き回す弁慶。ものすごい。なんだかおめでたく、お正月らしいとまで感じてしまう勢いがありました。明るくていいです。加賀国安宅の関の場なので、設定は なじみの場面。彌十郎さんの、斎藤次祐家がいじわるく義経一行を詮議する。いかにも憎らしそうでした。義経一行は8人と聞いている。人数もぴったりと怪しまれる。勧進帳のときは四天王。こちらは6人。それでもどちらも怪しまれる。臨機応変に怪しむ。
安宅の関で番をして活躍するのは新十郎さんと三津之助さん。最初は調子よく弁慶をいじめ、義経主従一行が逃げおおせた後は弁慶に首をはねられていました。おかしみの役は腕がいりますな。人の権力でいばっている様がかわいかったです。
武蔵坊弁慶は橋之助さん。隈がよく似合う。でっかかった。義経のためならという本気さ全開の弁慶でした。いいねぇ。かっこよかった。
続いて、妹背山婦女庭訓。三笠山御殿。お三輪ちゃんをみるたびに、玉さまの操るおだまきは、本当に糸にひかれているようにクルクルと回っていたなと思いだす。今月のお三輪ちゃんは福さん。いじめられていました。このいじめの場は、長いしひどいので少し単調に感じる。嫉妬に狂い逆上した時はけっこうな迫力でした。福さん。 芝翫さん休演のため実は藤原淡海にまたまた橋之助さん。御兄弟、はりきっておられました。 橘姫は芝雀さん。少しふっくらされたかしら。あいかわらずの姫っぷり。品があり、かわいい。
漁師鱶七は、團さま。かわいい暴れん坊でした。急に槍をさされても、毒酒をすすめられても、へっちゃら。全てお見通しのスーパーマンぶり。 実は金輪五郎今国になってからは、お家のためにとお三輪まで刺す、屈強の男として登場。でっけえ。
昼の締めは寿曽我対面。この演目は好きですし、三津五郎、梅玉の五郎十郎に吉右衛門の工藤とくれば盤石なはずなのにちょっとのんびりしてました。吉右衛門さんの声にあまり力がなかったです。どうされたのかしら。 歌昇さんの小林朝比奈がきびきびしてすばらしかった。ドーンとしたお声。種太郎くんも芋洗い勧進帳に引き続き、きりっとしてました。立派になったなぁ。一言だけでも、腹からの声が劇場隅々に響いたのが松江さん。対面はこうでなくっちゃ。五郎の三津五郎さんは若々しかったなぁ。10代の子より、若々しさの表し方をしっている。おさえる十郎の梅玉さん、上品でした。 なのに、すこしもったりと感じたのは、工藤の存在が大きいからなのでしょうか。

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壽 初春大歌舞伎 夜の部

引き続き観劇。こんどは一人で。
寿式三番叟から。幕があがりかけたところから、「天王寺屋」「天王寺屋」と沢山の大向こうがかかる。がんばれーと胸厚くなる。いつもは「若天王」ってかかっていたのにね。がんばるんだよと力いっぱい拍手。 附千歳の鷹之資くんは面箱を持ち、翁の梅玉さん、千歳の魁春さん、三番叟の三津五郎さんと一緒に大セリで登場。劇場中の応援の心を感じました。 丁寧にしっかりと、気合をいれてがんばってました。「天王寺屋!」富十郎さんも、翁としてさぞ登場されたかったことでしょう。
三番叟の三津五郎さんをみて、やっぱり踊りがうまいなぁと再確認。
続いて、源平布引滝。実盛物語。 海老蔵襲名時に、ずいぶんみたなあ。 團さまの斎藤実盛はキュートでした。三津五郎さんといい、立派な大人の方がかわいらしさを出すことができる。そのすご腕が歌舞伎のいいところ。九郎助に 市蔵さん。瀬尾十郎に段四郎さんという顔ぶれ。お二人ともどの役でも大丈夫なのですね。 魁春さんの小万は、一瞬の生き返りの力がありました。かよわそうなのに。
馬に乗るところは、やっぱりいいなぁ。格好いいし、雰囲気もいい。観ていて ついつい笑顔になる。大きくなったら敵を討ちに来いよというセリフと、その裏の感情があって好きな場です。郎党として種太郎くんと巳之助くんがまたまた登場。一日中がんばってます。悪党の甥に、新十郎さん。おにあい。小よしの右之助さんのおっかあぶりが、あたたかくすばらしい。
最後にもうひと演目。浮世柄比翼稲妻。浅草鳥越山三浪宅の場と吉原仲之町の場。
これはみたことがないと思っていたら、ありました。しかも三津五郎さんの山三で。あーこれ、金毘羅の!と思いだす。今月は全て再見でした。前はどなたで観たかしらと反芻しつつ観る。ちなみに金毘羅の時の鞘当の不破は、海老蔵さんでした。
名古屋山三と、不破伴左衛門の鞘当の場は、よくかかるので何度も観ています。山三浪宅の場が追加されただけでは、まだまだ山三を応援できないないなぁ。全貌はどうなっているのでしょう。鶴屋南北ならではの味がまだわからなかった。
三津五郎さんの名古屋山三は、浪人となったとは思えない鷹揚さ。現実がわかっていない男に、そんなに皆尽くさなくても・・・でも三津五郎さんの山三なら、尽くされるかも。 下女 お国は自分の着物を売ってでも山三さま大事と尽くす。 そんな家賃も払えない貧乏なくらしをしている長屋に、花魁がみあがりで訪ねてくる。こののんきさ。 尽くす下女お国ちゃんも、訪ねてくる花魁 葛城太夫も福助さんだからまぁいいか。再び侍として仕えたいと策を練る父やら、のんきにみせかけ実は父の仇を討とうとしている山三らの暗躍の中、お国ちゃんは誤って飲んだ毒のために虫の息になりそして刺されて息絶える。今月の福助さんは刺されっぱなしです。

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2011年1月 6日 (木)

12夜

今年の初芝居。シアターコクーンに12夜をみにいってきました。7時開演9時50分終演とたっぷり。
オンシアター自由劇場贔屓には、楽しみの顔ぶれ+串田演出。楽しみにしていたのですが、いい意味ののんびり感が、いい方向にむいていなかった。もう少しピリっとしていたらなあ。ちょっと凡庸としていました。みんな地のいい人さがでていて、いい人が乱暴にしているようでした。松たかこさん本来の品のよさがその中に混じってしまって。他のときはもっとハっとしていたのに。衣裳もいいし、舞台美術もいいし、音楽もいいのにもったいない。
石丸幹二さんをみて、こいういのが四季なのかなと思う。なんだか豪華でよかったです。りょうの細さと気品すごい。スリムなのだけど華奢とは違うかっこよさ。荻野目慶子さんの女優魂は恐ろしいほど。懐かしのオンシアターのみなさまの元気な様子を楽しみました。
12夜といえば、蜷川演出の歌舞伎の12夜がすっかり染み込んでしまっています。大森さんをみて、あぁ左團次さん役ねと思う。菊五郎さん役には笹野のおじさまと串田さん。時蔵さんが りょうがで、錦之助さんが石丸幹二さん。團蔵さんは内田さん。亀治郎さんは荻野目慶子で、松緑・翫雀さんに亀蔵さん?! 亀三郎さんが真那古さんだったねと、同行のおさるにいうと、それは権十郎さんと教えてもらう。亀三郎さんは小西さんでした。なんのこっちゃ。
菊之助さんの2役は、言うまでもなく松たかこさん。2役を衣裳などで無理に変えず、個人の力量で演じ分けているのが新しかった。ちょっと落語?って思った・・・

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2011年1月 4日 (火)

さようなら お正月休み

_crop今日で、お正月休みおしまい。今年は、ほんとうに のんびりしました。
〆に武士の家計簿を見にこう!と拙宅近くの映画館にでかけたら、なんと満席!ここで満席なんてこともあるのね。昨日の忠臣蔵は1/4くらい埋まっていて驚いたのに・・ 残念やら びっくりやら。 地元繫栄を喜ぶことにいたしましょう。

今朝は、富十郎さんの訃報に驚きました。
歌舞伎を夢中になってみはじめたころ、雪だるまの踊りをみて、うまいなぁ、かわいいなぁと感心したことを思い出します。最後に溶けちゃう雪だるま。ほろにが。 趣向の華の時、休憩中のロビーで椅子に座っていたら近くにチョコンとお座りになり、ドキマギしたことも思い出しました。おおきい声でしたね。踊りもうまかったなぁ。舞台をみて楽しませていただいたことに感謝。合掌。

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最後の忠臣蔵

「最後の忠臣蔵」をみてきました。拙宅近くの映画館にはめずらしく1/4くらい人がはいっていました。年配の方ばかりなり。
赤穂浪士討ち入りの後。生きるという命をうけた男の武士としての生き方。余計な説明をしない男の生き方に武士をみました。最後の花道として「死」がある姿は、今の生ぬるい現代人からみると、どうしてもそれしかないのかと思ってしまう。
大石内蔵助の命により、寺坂吉右衛門(佐藤浩市)は、真実を後世に伝え、浪士の遺族を援助する。それに16年もの年月を費やす。彼は、何もなしえていないという思いを背負いつつも、この使命の意味をひとつひとつ考える。これから、忠臣蔵の七段目の平右衛門とおかるのじゃらじゃらじゃらつきあって・・のくだりをみたときに、お供を許されたあとの彼の人生は・・と考えてしまうかもしれない。
内蔵助の隠し子を託されたのは、瀬尾孫左衛門(役所広司)。素性をあかすことなく、立場を重んじ、守りぬく。昨今の映画に欠かせない派手な爆発など一切不要の、肝でみせる男。まござ、これが武士なのね。可音(桜庭ななみ)、好演でした。微妙な心を16らしく演じていました。もう、2人の物語のようでした。天下の豪商、茶屋四郎次郎の地味そうで豪商というのがきいてました。きいていたといえば、人形浄瑠璃。「曽根崎心中」。お初・徳平衛の形とは違うのですが、説明のいらない想いが重なってよかった。最後のテロップの桐竹勘十郎という文字をみて、うれしくなった。
大石内蔵助には、仁左衛門さん。この人の命ならと思わせる器でした。かっこいい。

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2011年1月 3日 (月)

pen キリスト教とは何か。

Photoあけましておめでとうございます。

久しぶりに観劇のないお正月休み。海老蔵さんの復活を待って、のんびりとしたお正月となりました。待ってますよ。 初売りをちょっとのぞき、賑わいぶりに驚いたり、まんまとひっかかって お買い物したりしました。

お正月にのんびり読もうと思っていた 「pen キリスト教とは何か。」「pen キリスト教とは何か。Ⅱ」を読む。西洋美術を鑑賞するにあたって基本的な事柄が紹介されている。勉強会の講義でとりあげらられた絵画が沢山登場。これこれと思う一方、これ、何の説明を受けたのだったであろうか・・・ と思いだせず首をかしげることも多々。 今年も、しっかり学んでいこうと思うのであります。
旧約聖書と新約聖書の系図が特に面白かった。カインとアベルの弟。アダムが130歳のときの子。という注釈はたまらない。ミケランジェロ、マザッチョ、カラバッチョ、ティントレット、ダ・ヴィンチ、フラ・アンジェリコ、ボッティチェッリ などなどそうそうたるメンバーの作品で解説というのは面白い。絵画をみるだけでも、これだけ集めてもらうというのは、なかなかありがたい。
教会の紹介も面白かった。名だたる建築家の設計した教会は奇抜でなく美しい。 森美術館のアーキラボ展やル・コルビジェ展でみた教会の模型は、これだったかしらと考える。ちゃんと記憶しておけないことが残念。今は、「とにかくみてみよう」期間なので、とにかくみにいこう。
キリスト教とは何か。に関しては はっきりとした解答は得られませんでした。まだまだわからない。でも、面白そう。 

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