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2011年4月20日 (水)

『終末のフール』

なんとなく未読のままとっておいた伊坂幸太郎の『終末のフール』(集英社文庫)を読む。
八年後に地球に小惑星が衝突する。そして地球は滅亡する。そう政府から発表された人々はパニックになる。そして5年が過ぎた。あと、地球上の生物の寿命は3年という時の物語。
まず、この本を震災前に読むのと、今読むのとでは受ける感覚が違うだろうなと思った。 そういうことは起こりえるかもしれない。未曾有の大震災のように、そこに住んでいたから、旅行していたから遭遇してしまった。というように地球に住んでいたから遭遇してしまったのだ。 こういう想定の物語よりも、近く感じた。 映像で津波の恐ろしさをみたから
人類が絶滅するというのに、その前にパニックで殺人がおきる。家族のためにと誰もが必死で物資を奪い合う。ニセの情報に踊らされて逃げるところがないのに、どこかへ向かって逃げ大混乱を引き起こす。
その後、混乱を通り過ごすことができた人達が、あきらめや落ち着きや希望をもって毎日をみる。終わりの日が決まっているから、仲たがいした人がお互いに向き合おうとする。終わりの日が決まっているから、おなかの子供の未来が必要かどうか悩む。「終わりの日」という揺るがせることのできない決まりに、人は狂い、そして人は幸せをみつける。
物語の中でも、現実でも、決まっていることは人には寿命があるということ。終わりの日が必ずくる。今は、わかっているけれど実感がない。でも、それが目の前にせまってきたら、「普通」ってなんてすばらしいことだと気づく。隣に人がいるのってなんて幸せなのだろうと胸が暖かくなる。 大震災のあと、被害のなかった私の暮らしでも、「普通」の素敵さが身に染みる。普段のくらしがあたりまえにできるということが、ありがたい。 とても小さいことだけど、買占めとか、人が少しおかしくなる様子もみた。 人の死は、運が悪かったなんて思えない。でも運命の力は恐ろしい。今できること、今決断すること、人を大事に思うこと、そんな身近なことだけど、何よりも大きな幸福について考えた。
終末にむかっているのに、この本は希望にあふれていた。じっと踏ん張った人がみることのできるあたたかい希望に、よしっと思った。

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