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2011年5月31日 (火)

『プリンセストヨトミ』

おおお。万城目すごい。
万城目学の『プリンセストヨトミ』(文春文庫)を読む。なんだこの壮大な物語は。こんなに込み入った設定を、丁寧にかつ興味深く読ませる筆力もすごい。こんなに奇抜で面白い設定を考え付くのもすごいけれど、惹き込むことのできる詳細な説明かつ 根底にある魅力に恐れ入る。
物語中盤になり、どんどんこの『プリンセストヨトミ』の世界が明らかにされてくると、次から次へと 今まで出てきた固有名詞の意味がどんどんどんどんわかってきて、「ええ!」と声を出しそうになった。普通の人には当初からわかるものであったりして。なるほど、それで、ははーんと、やられた感を楽しむ。 こんなことって・・・と思うけど、こういう気持ちを持った人達で構成されていて欲しい。日本国が。 
最近、映画の予告編がどんどん流れる。なるべくみないようにして本の読む。映画もみたいから、画面もみないよう避ける努力をし続ける。明らかにしすぎなんですよ予告は。 それでも、堤真一と綾瀬はるかと岡田くんの3人が会計検査員ということはわかりました。ん? 小太りじゃないの?鳥居。ゲーンズブール調査官に身長的に上から見下ろされなくていいの?こうなったら映画化ではゲーンズブール調査官を男にして岡田くんの方にしたらどうであろうか。だめだ。いろいろとつじつまがあわない。なんて、物語の展開にも映画化にも検討しながら読む。
真田大輔くん(ちゃん)の、静かで強い自分との戦いぶりにほれぼれする。小中高って、何でもないことですら 世の中の一大事ってほど深刻な問題に思えた時代なのに、よくがんばった。エライ。周りの人のかける言葉もいい。周りの状況にあわせて生きることって、大人になると絶対に必要。でもそれは心の芯をちゃんと持っていることが前提だな。いろいろな背筋ののびた生き方にはっとし、あこがれ、応援し、楽しみました。
繋がりっていうものの強さにジーンとした。

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2011年5月30日 (月)

『鹿男あをによし』

そういえば、未読であった。万城目学の『鹿男あをによし』(幻冬舎文庫)を読む。ドラマを観てから原作を読むという順番になった。綾瀬はるかはどこ?ドラマ化って恐ろしい。 でも堀田イトの田部ちゃんはぴったりだなあ。
奈良という土地が後押しする歴史的深みとかをどっぷり感じながら 重くならず面白い。のんびりしているようで、時間的制約に追われたり緩急もいい。出てくる人が魅力的で、いいところだなぁ。住んでもいいかもと思った。
解説は児玉清さん。読書家として有名だったそうです。つい最近そのことを知りました。児玉清さんの解説がとても好きです。訃報に接し、読みながら寂しくなる。上品で、いい本と出会ったときの嬉しさがいい。そんなに褒めている本を読んだのねと こちらまでうれしくなる。そんな人柄にあふれた解説文でした。合掌。

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2011年5月28日 (土)

役者は揃った 「特別展 写楽」

役者は揃った。なんて書かれてはたまりません。楽しみにしていた写楽展、震災の影響でひと月遅れで開催。先週末 ギュウギュウの混雑覚悟でいってきました。かなりの混み具合でした。
寛政6年5月、江戸大芝居三座に取材した豪華な大判雲母摺りの役者大首絵28図を一度に出版し華やか人気者となった東洲斎写楽。翌年正月に忽然と姿を消す。それを5月1日から東博で紹介っていう巡り合わせも面白い。その濃厚な約10ヶ月(寛政6年は、閏11月が含まれるそうです)を堪能してきました。
こんなに写楽をいっぺんに見ることができるのは爽快。展示のスタイルはバリエーションにとんでおり、中でも 芝居毎にまとめて展示というスタイル部分が一番気にいりました。展示前に、物語を説明するパネルがある。そこを読み、芝居の一場面を想像しながら観る。2期の全身を描くようになってからの作品は、芝居中の気配が伝わってくるようで、とても面白かった。重の井の子別れの物語の全容も理解できました。無精ひげがはえ、月代もぼうぼうと生え、みすぼらしい様子の悩んだ姿も、物語のどの部分を担う人物かわかってみると月代までもよくみえてくる。刀の鞘に片手をかけ、片手に提灯を持ち、前方をうかがう侍。隣の絵は尻っぱしょりをした男が頬かむりをしている最中の男は、侍の父の敵であった。でも侍はまだそのことを知らない。なんて緊張感あふれる浮世絵を並べて展示してある。これがとても面白かった。
1期の大首絵のスタイルは、奇抜で面白く江戸っこも現代人も飛びつく気持ちがよくわかる。今回の個人的大発見は、2期の全身像の面白さ。今よく購入している舞台写真でも、こういう気配というものはなかなか感じられない。じっくり、くたびれるほどみてきました。
版の比較という展示も、興味深かった。同じ作品でも、初期に摺ったものと繰り返し摺られた後のものとの差が面白い。配色により紋が見えなくなったため、紋の部分を彫り直したなど、どちらが完成品かというものでなく、好みの問題の気もした。現実には、片方だけ重要文化財指定となっているのであるが。
浮世絵の作品をみるというより、歌舞伎の世界をみる楽しみがあった。人気役者や、芝居の一場面を想像しながらじっとみる。寛政のこの年の歌舞伎の世界をみる。 夜が曾我の対面の場面で工藤祐経の衣装は今のように「庵に木瓜」だらけではない。いつからあんなヴィトンのモノグラムみたいな衣装になったのであろうかといろいろ考えながらみる。
他の絵師、豊国や勝川春英の作品も展示されていました。すごい作品しかない展覧会。この個性の差もいい。この場面は写楽がいいだの、豊国の方が好きだの言って買っていたのかなと楽しくなる。大判錦絵は、当時のだいたい1枚20文程度だそうです。かけそばが一杯16文、上等のお酒一合が40文程度だとのこと。普通の錦絵は今の舞台写真ぐらい、豪華な大判や3枚つづりですと4~6倍といったところかなぁ。町娘さん気分で楽しんできました。
_crop_2 売店も、心惹かれる品揃え。惜しむらくはTシャツ。東博ならば もっとがんばれたはずだと思う。信三郎頒布の写楽バックには しばらく悩まされた。 目元だけいくつも集めた図柄のブックカバーが気に入りました。 勝手ですが、写楽グッズ最優秀作品を決めさせていただきました。東博売店以外のところでしたが、この「市川鰕蔵の竹村定之進 アイロンプリント」とさせていただきます。

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オグラカタビラ 「ケ」

Gallery S.c.o.t.tというところで開催の、竹ノ輪 × 小倉充子 「オグラカタビラ」展にいってきました。
以前、展覧会に伺い格好よさにほれ込んだ 染色家 小倉充子さんの浴衣の展覧会。
ここぞ!という時用の「ハレ」と、いつも気軽に着て欲しい「ケ」という分け方だそうです。手染め絵羽模様が「ハレ」、注染着尺模様が「ケ」。前半3日は「ケ」からスタート。
「ケでは、」洋服の上から白い着物をはおり、そこにプロジェクターで柄を投影。展示の柄をいろいろと羽織ることができるという試みが楽しかった。 早替わりより、すばやく衣裳替え可能です。 いろんな方の着ているようすをみるのも楽しい。人により、雰囲気が随分変わるものです。
少し、小倉充子さんとお話ができました。うれしい。エネルギーを感じる方です。 ギャラリー訪問に慣れず、どうしていいかわからないかなと思っていましたが、気がつくとアットホームな雰囲気に混ざっていました。いごこちのよい空間でした。 感激したり、感心したり、楽しかった。
赤がはいることのかわいらしさとか、あのシックな格好いいのに派手な帯をしたらどうだろうなどと、浴衣のことを考えつつ帰路につきました。 「ハレ」も楽しみ。

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オクトーバーフェスト

_crop 昨晩、職場の友人と、「日比谷オクトーバーフェスト 2011」という催しに行ってきました。年に一度だけのみにでかけるという変わった仲の友人がみつけてきました。どうやら1810年のルートヴィッヒ1世結婚の祝宴が起源のビール祭のようです。
日比谷公園で開催。入場料 無料。1杯目にグラスデポジット費用1000円を追加支払。最後に返却するとデポジット費用が返却されるシステム。いろんなビールといろんなソーセージとかプリッツェルとか。友人が見つけ出してきたこの集い、有名なのかものすごい人出でした。こんな雨が降りそうで寒い夜なのに。ステージでドイツ音楽が演奏されるとあちこちで乾杯が始まったり、テントの周りをグルグル周ったりとノリノリ。びっくり。おかわりとかできないほどの行列。みんな元気だなぁ。なかなか楽しかった。また来年!
ビールはなかなかおいしかった。案外お高い(グラスも重いほど大きいけれど)。でも雰囲気にのまれて購入しちゃう。これで暑かったらもっとごきげんだったのですが。飲みすぎず楽しめてちょうどよかったかも。いいお天気のお休みの日に昼間からいただくというのがベストかな。

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2011年5月23日 (月)

文楽襲名披露公演

先日、父と国立劇場で文楽公演を観てきました。文楽の襲名披露をみるのは初めてです。
竹本綱大夫改め 九代目竹本源大夫
鶴澤清二郎改め 二代目鶴澤藤蔵
親子同時襲名披露公演。4代にわたって大夫と三味線を交互につとめてきた家が、同時にそれぞれ祖父の名を継いだという特別な襲名のようです。ありがたさとかがわからないのですが、華やかで緊張感のある雰囲気を感じてきました。真剣にみて、ぐったりくたびれる。座っていただけなのに。
早めに劇場入り。襲名なので、見どころがあれこれあるのではと思って。ロビーには、襲名披露のお祝いが飾られていました。歌舞伎では見かけない飾り方でした。米朝さんだ、観世銕之亟さんだ、井上八千代さんだと興味深くみる。ゑり善、一力亭というのもありました。 震災の寄付を募っていました。和生さんが赤姫の人形と一緒に募金活動。寄付しましたら、姫もお辞儀をして下さいました。嬉しかった。一緒に写真も撮って下さいました。 上演前の舞台では三番叟が演じられました。これも襲名だからでしょうか。
昼の部は、「源平布引滝」。矢橋の段、竹生島、糸つむぎの段、瀬尾十郎詮議の段、実盛物語の段。重厚で濃厚。歌舞伎でよく観る演目なので、筋はしっかりわかります。
矢橋の段。文楽で義太夫が御簾内というのは、はじめてだったような気がします。矢橋と竹生島の話は、小まん大活躍。アクティブで面白かった。琵琶湖を泳いで、なんとか忠義を尽くそうと必死。家にはととさまも かかさまも、わが子もいる、死ぬわけにはいかないとがんばる。小まんがこんなに活躍し、実盛がどんな思いで腕を斬り落としたかがわかると、その後の瀬尾十郎詮議や、実盛物語の段の思いいれがよくわかる。
住大夫さんが、瀬尾で大笑いをし、拍手喝さいがおきた。この場の重大さはわからないけれど、ハハハハ と繰り返し笑うだけなのに 何だかすごいものを感じた。笑うって 上手くないと違和感がある。上手いとすんなり場が動く。人間国宝と言われる人のすごさを感じた。
勘十郎さんは、瀬尾十郎。憎らしげさがよかった。人形だから取れる言われればそうですが、首が本当に斬り離される。己で己の首をはねさせる姿がすごかった。清十郎さんの葵御前は、きれいで品がありました。
たっぷりと「源平布引滝」を鑑賞。くたびれたと思ったら、まだもう一幕ありました。傾城恋飛脚。新口村の段です。すごくいいのだけれども、いかんせん集中力が途切れてしまった。もったいないなぁ。別の日にみたいなぁと思いつつみる。梅川と忠兵衛の人形がきれいでした。衣装も。八右衛門が新口村にまで出てきて驚く。歌舞伎では出てこなかったと思う。玉也さんの親 孫右衛門。我が子かわいさと、養子先への申し訳なさの間で必死に耐えているようすがよかった。自分が元気な時に、またみたい。
襲名の口上は、「源平布引滝」の間にありました。ご本人達は何もお話ししないのですね。竹本住大夫が紹介及び挨拶をしたあと、鶴澤寛治、鶴澤清治さんと続く。人間国宝だらけ。緊張感がありました。少しくだけたトーク部分ですら、緊張感。特に清治さんはピリリとしていました。
文楽襲名披露公演は、とても面白かった。そしてくたびれました。翌々日、熱をだしました。どうしてこんなにくたびれるのでしょう。歌舞伎なら昼夜通しでも大丈夫なのに。不思議。

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2011年5月18日 (水)

『鴨川ホルモー』『ホルモー六景』

読まずにとっておいたのだったと本棚から取り出し、万城目学の『ホルモー六景』(角川文庫)を読む。そうそう、この京都の香りがいい。 うごめく若者の感じと、不思議なことが起きても そういうことも起こりえるかもしれないという街の感じがいい。 より楽しもうと、まず『鴨川ホルモー』(角川文庫)を読む。ストーリーはよく覚えているけれど、何度読んでも面白い。 直後読んだ『ホルモー六景』に ぐっとくる。 一人ひとりに物語がある。それが微妙に係わりあったり、からみあっているのが面白い。本人たちも気がついていないようなことも、読んでいるこっちには その奇妙な縁がわかる。 知らずに結びついている 関係が面白い。 この話を読んだだけでは 鼻もちならない奴と思ったあの人。他の話を読むと 別の一面があることがわかる。 気に入っていた ぶっきらぼうのあの娘には、もっともっと愛らしい面があった。 ひたむきに生きているのって、うまくいこうといくまいと愛おしい。 そつなく生きている大人になっちゃったかも。あたりさわりない日々におさらばしたくなった。 特に「ながもちの恋」には、参りました。全力投球で生きて、くたびれ果てたくなった。また読もうっと。

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2011年5月17日 (火)

演舞場 五月大歌舞伎 昼の部

5月の歌舞伎収め。週末、新橋演舞場にて五月大歌舞伎 昼の部をみてきました。昼夜、通し狂言の月。昼は、敵討天下茶屋聚(かたきうちてんがぢゃやむら)。天下茶屋は、以前国立で観たことがあるのに、どんなお話だったかしら。芝居の進行にあわせて驚きながら観る。 浮田館・四天王寺・東寺貸座敷・福島天神の森・天下茶屋聚 とたっぷり。
5月、各座の歌舞伎のポスターで一番格好いいのは、演舞場 昼の部の特別ポスターです。 お芝居の方は、あまり起伏を感じなかった。 つまらないわけではない。 結構楽しかった。 何故でしょう。少々大人しいといいますか、お行儀がよすぎる感じ。それが不思議でした。 冒頭、物語の展開が登場人物の台詞だてで展開するので、ちゃんと聞いていないと 何のことかわからなくなりそう。 でも、ちゃんと聞いていると、結構面白い。 小声で、ええっ と呟いたりしながら楽しむ。
西国の大名の忠臣 早瀬家。お家横領を企む悪者からお家を守ろうとする忠義者の一族。 ところが どんどん どんどん難題が降りかかる。 父に降りかかり、子にも降りかかり、つれあいにも降りかかる。 いいものがんばれ! いいものに、エールを送りたくなる。健気で、忠義心にあつく、正義の味方である。  でも、どうやら悪者の方が主役らしい。 悪者に有利になるよう芝居は展開する。 でも、どうしてもいいものを応援したくなる。 ここが、盛り上がりが微妙になる原因だと思う。 お行儀がよすぎるのだけれども、筋はものすごい。 驚きの展開。なのに おだやかに展開。 不思議でした。
悪者は一人二役。幸四郎さん。悪党ながら愛橋のある安達元右衛門と、悪の首領である東間三郎右衛門。うーむ。悪の愛嬌はなかった。でも魅力がない訳ではない。型はしっかりしている。なぜか現代風。 こしらえは、悪の美をいかしたもの。だが、あまり目だたない。 
いいものチーム。父 早瀬玄蕃頭に段四郎さん。冒頭、悪者をこらしめ大活躍。 この立ち回りがものすごく面白かった。文句を言わせずに強い。 もう絶対に斬られてしまいそうなのに、素手で相手をのしてしまう。 個人的にワクワクし、盛り上がりました。 どう考えても危なげなのに、ゆったりと相手を倒す。 妙に説得力がある。 父も主役にはかなわない。 その後 息子達の活躍。 兄 梅玉 と 弟 錦之助。しっかりものの兄と、前髪の若々しい弟。ぴったり。錦之助さんは前髪が似合う。やや頼りなげなところが美しい。この兄弟には、気の毒な程難題がふりかかる。もうやめてと思いつつ応援する。  この兄弟を支える奴に彌十郎さん。頼りになる。いれば一安心。たとえおちぶれても、一安心。たのもしい。  歌六さん、歌昇さん、魁春さんと 手堅いので話が面白かった。 再演をかさね 展開がもう少しすっきりしたら 面白いのになぁ。見せ場も多いし。 悪党には愛嬌も必要。
主役の幸四郎さんは 元右衛門の役の方で 酒で身を滅ぼしたことを悔いる。 弥助役の彌十郎さんも、兄(幸四郎さん)が酒で忠義に背いたことを繰り返し責める。 酒にのまれたことで、お家は一大事になってしまいました。 お酒が好きな人は、なぜだか すみません もうほどほどにしますと反省気分になりそう。(そしてそんな気分になりました。)

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2011年5月16日 (月)

大野八生「庭日記」

週末、浜町にあるギャラリー " ヒナタノオト " にて開催中の 大野八生さんの「庭日記」展をみてきました。先日、小舟町のヒナノオトにうかがった折においてあった案内の葉書が気に入ったので、演舞場 昼の部観劇後に足を伸ばしてみました。 人形町の駅についてとき、歩いている亀蔵さんとすれ違いました。ここは明治座そばでした。
絵本の原画が展示してありました。『じょうろさん』(偕成社)は、草木が活き活きしていて、細かいところまで沢山のこだわりがあり、じっとみたくなるものでした。さく・え おおのやよい。 一番好きな場面は、強風にじょうろさんやら草木が目を回しているところ。   『かえるの目だま』(福音館書店) こちらは日高敏隆さんの文章に大野八生さんが絵をつけたもの。透明感があって、とてもきれい。蛙やゲンゴロウの目だまに映る水中の様子が、気に入りました。
ガーデナーでイラストレーターとして活躍されている方のようでした。 庭での作業の様子を、毎日絵と文でつづってあります。それが壁にぺたぺた貼られていて、上の方の日記は脚立にのって読むシステム。 ギャラリーの規模といい、大事に表現している空間といい、女子ごころにぴったりな場所でした。 こくごの教科書の表紙も描かれていることをしりました。ほんじょのエッセイの表紙とか。独特の雰囲気がありました。ほっこりってこういう感じでしょうか。 かわいいだけでなく、土や草としっかり繋がっている地道さがあるのがいいです。かわいらしかった。ちょっと注目。

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2011年5月13日 (金)

立川談春独演会

GW覚書。
観劇三昧。落語編。またまた にぎわい座へ。立川談春独演会をききに行ってきました。なるほど、人気の会のはずと納得。面白かった。前座さんは前座さんでした。話術って残酷。かぼちゃ売るはなし。
さて、本番。まくらは、弟子の話。弟子にして下さい!って頼む子が増えているらしい。
「猫久 」 いつもおとなしく猫って呼ばれている久六が血相かえて刃物もって長屋を飛びだしたのを、向かいに住む熊さんが見かけたってところからはじまる。髪結にいって噂話に花をさかせていると、奥にいたお侍に説教される。その堅苦しい言葉使いにすっかり感心し、家にかえってかかあに言って聞かせてやろうと息まいて帰る。いい気になって間違いをきかせる旦那と、ものすごく気のきいた返しをするかかあのやりとりに大笑いした。こういうの好きだなぁ。
お侍になり「それなる町人、ちょっとこれまで来てもらいたい。これ、町人。」と言い、熊さんになり、旦那勘弁して下さいと頭を床にすりつける。あんなに怖がっていたのに、へーいいことを聞いたと真から感心し、かかぁに言ってきかせてみたくてすっとんで帰るところのかわいらしいこと。
話して聞かせるから、ここへお座りと息ごむ熊さんに、あぐらじゃなくて、ちゃんと座ったって驚くおっかあ。うちの人が坐ったんだよう。おみっちゃん、早く見てごらん。って近所の人を呼ぼうとするとんちんかんもかわいい。 ぽんぽん ぽんぽん言いあうのがあとびっきり楽しかった。うまいねぇ。 
刀を神棚の下で三遍 押しいただくのは、先方に怪我のあらざるよう、夫に怪我のなきよう、神に祈り夫を思う心底ということを学びましたことよ。
中入り後、さだまさしと東大寺に行ったときのはなしをたっぷりと。落語もききたいけど、これも聞きたい。話の上手い人の話って、ずーっときいていたい。 まっさんと談春とを、ちゃんと上手下手とわけて 首を振ってはなしていました。目に浮かぶ会話。 最後にまた弟子の話になり、オットマンのくだりで〆。吹き出した。
「付き馬」お金がないのに、ちょいといい思い(おいしいお酒といい女)をしたい人は、きいて学ぶといい。話術があれば、たいていのことはかなうかも。 もう、絶対に払ってもらえないよ・・・と店の人のこと心配しながら きいちゃった。 最初の、なんとか店へ寄って遊んでいってくれと誘う店の若い衆と、お金がないのに調子のいい 主人公のやりとりが絶妙でした。藤十郎さんとか秀太郎さんみたいな 独特の雰囲気。うまいなぁ。

あれやこれや沢山観ました。以上でGWの覚書終了。

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2011年5月12日 (木)

島鵆沖白浪 その壱

GW覚書。
観劇三昧。落語編。にぎわい座にもいきました。柳家三三 六ヶ月連続公演 「嶋鵆沖白浪(しまちどりおきつしらなみ)」をききに行ってきました。
三三さんを取り上げた情熱大陸のとき、国立劇場で三夜にかけて上演した談洲楼燕枝の「島鵆沖津白浪」復活に挑む場面が印象深かった。今回、横浜にぎわい座で6日間(6ヶ月)かけて上演とのこと。さっそく1回目に行ってきました。
まずは、柳家右太楼のあくび指南。最初に出てくる人は前座さん?普通に面白かった。
さて、三三さん。6回分けて語る位だから、登場人物も沢山出てくる。当然のことながらきちんと整理されている。目立つべき人は、きちんと目立つ。  そして主人公(と思われる) 佐原の喜三郎の格好いいこと。ほれぼれ。日本人の美学ここにあり。男は黙って、生きざまをみせる。渡世人は堅気のお方に迷惑をかけちゃあいけない。高倉健のようでした。 男の世界だけでなく、訳ありの女子も出てくる。出すぎず耐える女子。でもいいざとなったら向こうみず。 思ったことを口になんて出さない時代、目と目で語る。それを一人で!?ちゃんと、喜三郎親分といとしのお虎さんが顔が近づいて拍子にはっと見つめあう2人にみえました。 仁義をわかっちゃいない悪党とか、義理がたい兄弟分とか、出て来る人達が魅力的。 三三さんは、年寄り役の時が一番うまい。
続きはまたっていうのがいい。「今日はこれぎり」ってこういう感じだろうか。 鷹揚さも楽しむ企画である。 インパクトを与え客を惹きつけるとか、コンパクトにまとめて喜ばせるとかいう娯楽性にうったえるのでない。腕一本・身一つで勝負、お気に召したらどうぞ という感じがいいなぁと思った。
6回の内、1回だけでもきちんと楽しめるようになっているそうです。確かにそうでした。 この一大物語を、全部きいたら面白いだろうなぁ。
終演後、切符売り場に並び 翌月の2回目の公演の切符を購入。列ができていました。次はどうなるのかなぁ。

*
喜三郎は、親を思うが故、わざと我が身を落とし 親元を勘当となる。
渡世人の仲間入りをし、佐原の喜三郎親分として生きていく。
成田の宿で、お虎と出会う。
母娘親子と同宿になり 娘 お虎の危難を救う。
お虎に気のある菊造から救ったため、恨みを買う。
同業者である菊蔵は、仁三郎親分を炊きつける。
そして、大勢の中たった一人 喜三郎は、仁三郎一家に叩きのめされる。
あわやのところ、お虎に救い出される喜三郎。
大怪我を負うも、娘お虎の看病で傷の癒えた喜三郎。みつめあう2人。
けれども、筋を通すため通すため 喜三郎は仁三郎親分に殴りこむ。
見事、相手方の親分を討ちる。
そのため、追われる身となる。江戸に向かうことになる喜三郎。
離ればなれになる2人。
もう1人、筋を通さねばならぬ男。命拾いした 敵 菊造はいずこに。
続く・・・

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2011年5月11日 (水)

国民の映画

4月覚書。
先月、KAAT(神奈川芸術劇場)にて三谷幸喜 作・演出の「国民の映画」をみてきました。ズシンと身体中に響く作品でした。
舞台は1940年代のベルリン。ヒトラー内閣の時代。場面は、ゲッベルス邸応接間のみ。主人 ゲッベルスはすべての芸術とメディアを監視検閲する大臣という役職にある。芸術を愛し、検閲や資金面での権力を持つが故 アーティストが群がり媚を売る。 この国を挙げ世界で最高のものを 自分の企画で制作する野望を持ち、最高のスタッフとキャストを招きホームパーティをひらく。その発表をすることで最高の一夜になるはずであった。
何もかも持っているのに、コンプレックスに押しつぶされそうになっている男。 脚を引きづり 部屋の隅の椅子から、仲間たちを見つめるのが定位置になっている。愉快に歌を披露しあう仲間がいれば、負けず偽のおしどり夫婦を演じ歌う。役が欲しいとなんとか取り入ろうとする新人女優に手を出す。彼自身、取り巻きだからちやほやしたり、権力のある者だから恐れて敬われていることをどこかで自覚している皮肉さがある。その、小難しいゲッベルス大臣をコヒさんが熱演。さすが小日向文世。いじましさとか、素直さとか、いろんなものが入り混じった、この時代のこの男がよくわかった。
一見、能天気にみえる役者達。役を得るため、監督をするため、権力者己の個性をみせつけ、取り入ろうとする。シルビア・グラブの勝手な女優ぶりとか、風間杜夫の地位をきずいたおじさんの取りそうな自分の考えをごり押しする態度とか 見事でした。うまい。平岳大の新進の2枚目俳優のトンチンカンさは、秀逸。 場の空気なんかボキボキとおっていく、大物ぶりがすばらしい。 吉田羊の、女を武器を売りこむパワーもいい。
ゲッペルスの、あの「風と共に去りぬ」を越える 最高の 「国民の映画」を制作という夢を語り、自分の役割を得るための駆け引きにはしっているうちに、場面が氷つく。
観ている人達誰もがわかっているユダヤ人へのあの恐ろしい仕内。 調子良いばかりのあの女優が、口にしてはいけない一言を口にする。
それまで、湧いていた劇場がシーンとなる。息をひそめて見守る我々の前に奇跡は起こらない。
人をイラつかせるのがうまいナチスの親衛隊長ヒムラーに段田安則。場の空気が読めず、パーティで人に笑われていたあの男。彼の腹が知れるとき、ぞっとした。彼の中で、「あのお方」の指示は迷うことなく従うものになっている。疑問を感じていない恐ろしさ。 その点、コヒさんのゲッベルスや、白井晃のゲーリングには、自分の中での葛藤がある。葛藤があるだけで、行ったことは同じおぞましいことではあるけれども。
能天気な調子のいい連中は、自分の仕事ばかり要求しているような連中は、大切なところでちゃんと人間であった。人を人とも思わない、殺戮能力の単位として人数を捉える そんな体制からの仕事を、胸を張って蹴って出て行った。演じることにとりつかれた人間は、ちゃんと人間であった。
ゲッベルス夫人のマグダは、石田ゆり子。一人では生きていけない女子。何をするにも執事のフリッツに決めてもらう。夫に冷めつつも、大臣夫人として生きることしかないことに不満もなにもない。当然のごとく恩恵を受け暮らす。 フリッツ、フリッツ、どうしたらいいの?あなたが決めてと行っていた奥様ぶりがよかった。 フリッツの素性が、皆の前に明らかになり、人間としての暮らしを奪われる すなわち自分達の前から去らねばならぬとわかったとき こう言った。 ユダヤ人にしては感じよかったのに と。
ポツリとつぶやいたその一言が、一番恐ろしかった。 無知が恐ろしいのか。慣れが恐ろしいのか。自分で考えないことの恐ろしさ。普通の人のすることに、ゾっとした。
芝居の冒頭、執事のフリッツに映写機を回してもらい、心から嬉しそうに映画に心酔するゲッベルスという場面で始まる。映画を、芸術を愛するこの男の先生は、ユダヤ人である執事のフリッツである。
フリッツは、自分がユダヤ人ということを堂々と認める。考えられない非道な運命を、静かに受け入れる。胸がつぶれる思いでみている我々の前で、その誇り高い姿は神々しくすらあった。どうして人間が人間にこんなことを行えるのであろう。
芝居の最後に、また 映画をみたがるゲッベルス。 同じ部屋で同じように映写機が廻っている状況がすごい。 ある人にとっては普通の日の続きであるのに、別の人にとっては、この世の終わりである。それでも耐えて生きていかなくてはならない。 その違いを運命と受け入れられるのであろうか。受け止めきれない重さに 圧倒された。

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2011年5月10日 (火)

たいこどんどん

GW覚書。
観劇三昧。こんどはシアターコクーンへ。 井上ひさし追悼シリーズ。蜷川幸雄演出の「たいこどんどん」。時は江戸。もうすぐ明治を迎える頃の江戸であるが、そこに住む人々はそんなこと露知らず。江戸の薬種問屋 鰯屋という大店の若旦那のぼんぼんとたいこ持ちの2人組。調子よく世間を渡ってきて、いつまでもそれが続くと思っていたら、ありえないことでその歯車が狂う。どんどん音を立てて転落するも、若旦那とたいこ持ちの関係はかわらない。 よっ若旦那 と盛りたててもらい、転落するもなんとかなる。必ずどうにかなる。 どんなことがおころうとも、2人の関係はかわらない。たいこ持ちに染みついた たいこ持ち魂。こんなことになってまで、こういう状況でも たいこ持ちはたいこ持ち。 どうしてなのか たいこ持ちよ。たいこ持ちの気持ちがわからないと思いつつ、その気持ちについて深く考える。
人は産まれて、やがて死ぬ。そのことは平等。それ以外はちっとも平等でない。お金がある人と ない人。人をつかう人と つかわれる人。富だから幸せ貧しいから不幸せという訳でもない。 上に立つものの器量と、仕えるものの配慮は、またそれぞれの才能である。 それぞれが築きあげた、自分の道に自負がある。 けれども、その立場って何だろう。
理想の形を求めるわけでなない。生きていくための精一杯のやり方を貫くしかない。 太鼓持ちが、最後に言う。 解決にならない言葉。これでいいんです。あっているんです。このままでいいんですっていう太い叫びが心にしみた。
大店の若旦那は橋之助さん。本物!全ての動作がなめらか。調子のよさとか、ピンチに弱かったり、妙に強気だったり。 特に人を使いなれている人の頼み方。 たいこ持ちは古田新太ちん。よっ 若旦那と調子よく持ち上げておいて、腹で他のことを考えているかと思いきや、 たいこ持ちの立場をものすごくわきまえていて、たいこ持ち道を突き進んでいる。微妙なんだか 芯が通っているんだか。 炭鉱の一人芝居は秀逸でした。静かにみているけど、もう息もひそめてみてました。 花魁は鈴木京香ちゃん。どうどうした美人さんでした。
演出の派手さゆえ、少々 盛り上げすぎではと思うところがあった。 どこまでも、どんなときにも、忠実なたいこ持ち。なぜだろうと首をかしげ考えるときにも、工夫をこらしたあれやこれで展開させる。ちょっと散漫になるところがあった。 キャストも 装置も 展開も 豪華な 蜷川手法は面白いのだけれど、展開に気を取られた。歌舞伎をたっぷりとりこみ、またまた鏡を駆使しまくり、長い話を展開よくどんどん進める。  紀伊國屋のような会場でこまつ座がみせる本来の井上ひさしの芝居との違いについても考えた。 魅せるっていうことについて。
_crop_6 あと、さすがの新太ちんも 最初 膨大な台詞にのまれぎみののところがあった。こういうこともあるのだなとちょっと驚く。後半になり、のってきたときの迫力はさすが。たいこどんどんだ。どんどん落ちていく。ひどいことになったと思うと、もっと落ちていく。それでも生きていく。若旦那をよいしょして、鼓舞させて。自分も乗せられて生きていく。物語の迫力に押された。

生きていくということ。そこには自分の流儀がある。 周りに馬鹿にされたとしても、友にくだらないと思われようともね。 自分の大切に思うことを、他人の価値観なんかに譲れない。そういう芯みたいなモノがあるから がんばることができる。負けるもんか。なんだか力強い気持ちになった。

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2011年5月 9日 (月)

明治座 五月花形歌舞 夜の部

_crop_2 GW覚書。
GWの〆は、明治座へ。こんどは夜の部。
『怪談 牡丹燈籠の通し狂言』。じっくり魅せるということができる花形の手堅さに驚く。七之助・勘太郎 兄弟のうまさに 驚くことしきり。うまい若手はいるけれど、こんなに間も取れるなんて。 もちろん完成形ではなくぐんぐん伸びしろがあるうまさ。 人を惹きつけるなにかを持っているっていうのはこういうことかと感心。とても楽しかった。 牡丹燈籠はこれまでにも何回か観ているので、先の展開がわかるのだけれども、わかるからこその怖さもありました。背もたれに背中をしっかりつけ、ときどき首をすくめながら観ました。
七之助のお峰がよかった。長屋のおかみさんの威勢のよさや、喰うや喰わずだったあのころが懐かしいよと肩を落とし寂しげにみせるところ、見事でした。かよわいけれど、譲らないお露お嬢様との差もきちんとしていました。 萬次郎さんの乳母の存在は大きい。 染五郎さんの伴蔵の怖がるかわいいところや、お店の亭主に収まってしまってからの芯のない様子が、人の環境に引きずられる弱さをみせていました。ひどいというか、仕方のない人だけど、ちょっと魅力を残しておかなくっちゃいけない。うまいこといってました。 最後の「幸手堤の場」は壮絶でした。 勘太郎さんの円朝さんは、勘三郎さん?かと思う声。しっかり間をとり、話の世界に引きづり込むところがあった。
たっぷりと 牡丹燈籠の通しをみた後、勘太郎さんの『高坏』。これまた勘三郎さん?かと思う声。似ているというか同じ。 現代っ子は腰の位置が高いなぁと思う。うまいのだけれどもね。 勘三郎さんの洒脱で活き活きした踊りがみたいなぁ。復帰が待ち遠しい。
主のお酒を すっかり飲んでしまう次郎冠者の独り占めする飲みっぷりや、亀蔵さんの馬子久蔵の旦那の寝酒をおいしそうにいただくところが、実においしそうでした。同行のおさると、終演後一杯いただいて帰る。いいものをみた後、その話をしながら一杯というのは乙なものですな。いいGWの〆となりました。

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2011年5月 7日 (土)

明治座 五月花形歌舞 昼の部

_crop GW覚書。
母と明治座へ。はりきって着物でおでかけ。またまた初日に観劇。演舞場同様 こちらも賑わっていました。はじめての明治座。なんだかいつもと違う世界。キョロキョロしちゃいました。
義経千本桜で開幕。亀治郎さんの狐忠信。川連法眼館の場。ほぉ、これが猿之助型ですかと思いつつみる。研究しつくし安定していました。キレがあり、たっぷりもしている。心情もこもっている。とにかく立派でした。大きくみえました。しいていえば、しっかりしすぎ。子狐ちゃんのかわいらしさに欠けるかも。 義経に、佐藤忠信に迷惑をかけすまないと、礼儀正しすぎ。 鼓を手に宙乗り。ここからはかわいらしい子狐ちゃんでした。嬉しいとバタバタしていました。3階席で待ちうけて観ているところに、どんどん近付いてきました。ちょっと「いかがでしょう、わかくしの狐忠信」と堂々としているところが、面白かった。かわいい人ですなぁ。圧巻の存在感でした。妙に立派でした。
染五郎さんの義経が、品がよかった。静御前は門之助さん。亀井六郎の弘太郎さんがキビキビしていて動きがよかった。
続いて、染五郎さんと七之助さんのけいせい倭荘子  蝶の道行。以前、歌舞伎座でみたときは心中した2人があの世で蝶に生まれ変わり地獄の炎に焼かれまた苦しむという、もうどうにも救いのないものだった誤った記憶がありました。振りが異なるのか、違った印象でした。儚く世を去った男女のところは、はかなげで美しく、蝶となってからは苦しそうだけれども美しかった。 シュールな舞台をみて、あーこれでしたと思いだす。ちょっと薬物を摂取してしまった人の脳の中のような感じ。
最後に、恋飛脚大和往来。封印切です。先月藤十郎はんで拝見したばかり。若手が挑戦。梅川は、七くん。おえんさんは上村吉弥さん。いい感じでした。うじうじうじうじ悩む梅川の感じがいい。廓の世界にどっぷりつかっている感じがする。頼もしいおえんさん。吉弥さんや、ちょっとだけ登場の小山三さんのような人がいると、舞台の風が変わる。匂いみたいなものが出る。
八右衛門と忠兵衛は、難しいとしみじみ思う。うまいのだけれども、上方の感じが難しい。関西人じゃないのでわかってはいなのだけれども、余裕みたいなものがいると思う。観ていて、一緒に あの切羽詰まった物語に追い込まれてしまった。忠兵衛は勘太郎さん。健闘していました。きちんと格闘していました。こういう若い人が、引くにひけなくなって破滅しかない道に追い込まれてしまう。封印のきれた時の顔がリアルすぎて拍手ができなかった。あーと一緒にうなだれちゃったから。 100%出しつくしていました。たぶんベテランさんにはここに何か動かずにみせる空間を出すのだと思う。これは難しい芝居なのだなと思った。いつもいつもみるたびにうまくなるなぁと感心しちゃう勘太郎さんの必死さがよかった。何年かしたら、是非また観てみたい。 染五郎さんの悪態はっちえもんも、憎たらしそうに熱演。ぽんぽんぽんっと悪態をつき、人をぐっと引き寄せることも高度なテクニックだと知りました。封印を切らせてしまってから、ちょとひいて 急にクールになるところがとてもよかった。
花形歌舞伎は、元気がでます。

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2011年5月 5日 (木)

震災訓練ウォーキング

GW第1部(昭和・土・日)、第2部(憲法・みどり・こども) 終了。まだ、第3部(土・日)があるわ。明日一日がんばって働こう。
GWの幕開けに、一人震災予行練習開催しました。帰宅難民になったとき、どのくらい歩けば職場から家にたどり着くのか知っておきたかったので 余裕のある今 実験をしてみました。あのときは、ものすごく家に帰りたかった。体力勝負で帰宅できるのではと思いましたが、無理なことがよくわかった。どのくらい時間がかかるものか知っておきたかった。 わたし的には大事な実験。
先日の本番のときに職場の御茶ノ水から、品川まで歩いておよそ3時間30分かかりました。横浜から家までは何度か歩いたことがあります。先日の震災時には およそ2時間30分弱かかったらしい。未知の世界であった品川から横浜まで歩いてみようとウォーキング決行。気候もよいことですし。
100_1600Photo 品川から旧東海道を通って出発。このコースはハイキングコースになっていて、途中に気になる古めかしいお寺が多く、ついつい寄り道したくなる。主旨と異なると思いつつ、「品川成田山」の提灯がかかる一心寺で手を合わせ、謎の鮫洲八幡神社で不思議さに首をひねったり。(富士浅間大神と書かれた溶岩のようなゴツゴツした石碑や、小さな池の中の島に「厳島神社」の扁額の掛る鳥居のある神社がありました。) 龍馬が黒船をみた砲台跡なんていうものも眺めました。(跡だけですが。)
100_1598 一番面白かったのが千躰荒神堂。お堂に上がってみると天井は、火消しの纏絵で埋め尽くされていました。荒神様は火の神様から転じて台所の神様と言われるそうです。防火の神様のため、火消しのまといになるのかと感心。格好いい天井です。入口には龍吟山海雲寺と書かれていました。本堂は隣の小さなもののよう。千體荒神王霊場は神社になるのであろうか。寺院なのか神社なのかと不思議に思う。
Photo_2 小洒落た洋菓子店とか、素朴なおせんべ屋さんとか、老舗風のお蕎麦やさんなど、気になるお店もあちこちに。ご存知鈴が森の鈴が森刑場跡で、旧東街道街道終了。富十郎さんが、芝翫さん演じる白井権八に「お若けぇの」と声を掛けたことをおもいだしつつ、ぐんぐん進む。
あとは、大きな幹線道路である第一京浜を一路 横浜へ。どんどん歩く。 蒲田まで歩き、立体交差工事の巨大さを知る。まだ工事中でした。京急に乗っている者としては完了かと思っていました。現場には、「歴史に残る大工事」と大きく描かれ、工事の人々を鼓舞していました。 だいぶくたびれてきたなと思いつつ川崎へ。もうすぐ多摩川というところで足首が痛くなってくる。震災の日は歩いても足の痛みはなかったというのに。あの日は、緊張して歩いていたのでしょう。
多摩川がみえてから、神奈川県に渡るまでが長かった。多摩川につくと土手の向こうは一面のグラウンド。まぁ、歩いて神奈川へ行くことができるのね!河原をGO!そして行き止まり。あぁ。多摩川は多摩川でした。川がありました。毎日通勤でみているというのに、何故忘れるのであろうか・・・ 一級河川をなめちゃいけなかった。左右の川に目を凝らしてみたものの橋はなし。泳ぐわけにもいかず。元にもどるときの遠いこと。歩きにくいこと。 河原をもどり、土手を歩き、結局 第一京浜にもどり神奈川県へ入りました。駅から離れてしまったので、土手沿いに駅の方へもどるも、道路を横断できる道はなし。あぁ川崎駅は目の前なのに。気がつくと川崎駅を通り越し、ここはどこだろうと迷う。小一時間消費。気力も消費。1時間程休憩。
もうひとつの難所、鶴見川も渡っておこうと鶴見まで歩きました。草のあおい匂いがしますとか、ゴミための匂いがしますとか、デカワンコしながら歩いていく。 夕方5時、京急鶴見駅に到着。 横浜駅まで、あと2時間くらいかかると想像。 11時15分出発。だいたい5時間歩きました。 今日はこれぎり。一人で”大入”とみえない刀で空を切り、一人震災予行練習終了。京急に乗りこみ一路自宅へ。電車は楽。あっと言う間に最寄駅へかえってきました。
会社から品川まで3時間30分。品川から横浜まで7時間。横浜から自宅まで2時間30分。職場から家まで13時間くらい(休憩なし)ということがわかりました。危機感がないと、くたびれるものだということもわかりました。
翌朝 特に身体に痛みもなし。実験もでき、ちょびっと体重も減り、満足。歩くとこが好きなのでウォーキングを堪能。

反省点。日焼け対策重視の格好が、あまりいかしていなかったこと。もう少しこぎれいな、たとえば山ガール風などにすべきでした。この日、唯一私に声をかけた人は お孫さんを連れたおじいさんだけでした。 ( 「鯨塚には行きましたか?」 於:品川のお寺 )

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2011年5月 2日 (月)

演舞場 五月大歌舞伎 夜の部

今日一日お仕事したら、明日からまたお休み♪
昨日、GW第1部の〆として新橋演舞場 夜の部へ。初日でした。大賑わい。お気に入りのお得な2階席は、けっこう暑かった。
「籠釣瓶花街酔醒」を通しで。通常は、吉原で八ツ橋花魁を見染めたところから 妖刀籠釣瓶で八ツ橋を斬り殺すところまで。通しのおかげで、佐野次郎兵衛は下野佐野の商人なのに、なぜ妖刀「籠釣瓶」を持っていたのかという疑問も、次郎左衛門の顔があばただらけになって産まれてきてしまったのかということもわかりました。 親の因果が子に報いとは言っても、子に関係はない。お気の毒にと思う。 通しの中には、毎回はいらないなという場面もありましたが、発端があると面白い。田舎の商人が江戸で稼いだお金をもって国許へもどるときに、盗賊に囲まれる場は、愉快でした。久しぶりに米吉くんが出ていたのに 盗賊連中は髭づらで汚れた扮装なので よくわからなかったのが残念。 松江さん?米吉くん?種之助くん?と思うなか種太郎くんの盗賊ぶりは抜きんでていました。盗賊のかしらは錦之助さん。コミカルさがあってよく目立っていました。そんなにかしこくなさそうな悪というも、よく似合う。
壱太郎くんの娘さんは、かわいいのだけれどちょっと面白い。うっとりというより楽しい。なんだか目立つ子です。お行儀よくおかしい。キュート。 九重の芝雀さんがかわいらしかった。八ツ橋も観てみたい。 繁山栄之丞は、梅玉さん。八ツ橋に尽くされて当然と堂々としている。それなのに釣鐘権八に焚きつけられ、簡単に腹を立てて立花屋に乗りこむ。短期な色男がよく似合う。 彌十郎さんの調子よくおだてぶりは、みていて安心。 冒頭の佐野次郎兵衛の父次郎兵衛の段四郎さんと、前の女房である歌江さんの場。両方にプロンプがつくのだけれど、どちらも間違えずに上手いこと場が進む。そんな間もあかない。これも安心。(というのは変だけど安心。) こういう世代がやりとりする時に出る、時代感覚というのは貴重。簡単に逃げられそうだけど、斬られちゃう。そして怨んじゃう。 その後の顛末は、籠釣瓶の有名な部分なので、これがきっかけ・・・と 興味深くみる。佐野次郎兵衛は吉右衛門さん。いつもの吉右衛門さんに戻っていて一安心。
最後の大詰 立花屋大屋根捕物も短くてよくできています。華やかですし。捕りものも面白い。 ただ、通常の斬って終わるというインパクトはすごい。 どっちがいいのかわからない。これをみることができたのも面白かった。
昼は敵討天下茶屋聚。夜は、籠釣瓶花街酔醒。 昼も夜も1演目をたっぷりみせる趣向も面白いなと思う。
最後に15分の踊り。あやめ浴衣。

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