« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

2011年9月30日 (金)

パラダイス・ウエスト ~松竹座 漫遊記~

どないなっとんねん!?  ここはパラダイス・ウエスト。 大阪漫遊記 これでおしまい。

なぜ大阪に行くのか。そこに松竹座があるから。徒然と。
松竹座や、演舞場に行くと、あー歌舞伎座の舞台って広かったなぁと思います。
昼の部。 「猿翁十種の内 悪太郎」から。松羽目もの。悪太郎は右近さん。もっと身体の動きも声も余力がありそうで ややもったいないような気がする。軽快すぎてもったいないという不思議な感じ。
続いて「若き日の信長」。どうしてこんなに大佛次郎作品が続くのでしょう。 長唄と鳴りものがすごく面白かった。狂言では囃子方はないのでね。子供らを従え柿を食べ遊んでいる信長は、ものすごく大きく顔も大きくみえ、その後 老臣に注意される場では、急にほっそりしてみえた。顔も。 ちょっと違和感。諸々あっているのであろうか。 平手中務が命をかけて諭そうとした場面から舞台に集中できるようになりました。死をもって諫めるしかなかったのかと ようと、心の内を叫ぶところは染みました。 よかった。 もう少し違う風になるかなと思っていました。どこがどう違うのか自分でも よくわからないけれど。
昼の最後は河内山。團さまは、ムーミンのような悪党でした(愛嬌がね)。海老蔵さんは 松江出雲守。なぜか、信長よりもピリっとしてみえてよかった。
夜の部。 猿之助四十八撰の内「華果西遊記」右近さんの孫悟空、猿弥さんの猪八戒、弘太郎さんの沙悟浄。みごとに西遊記でした。三蔵法師の笑也さんが美しかった。蜘蛛の糸を景気よく投げてました。最前列でみたので 舞台の上で蜘蛛の糸を投げかけれたようにすごくきれいでした。実は妹蜘蛛の精の姉妹に笑三郎さんと春猿さん。隈を取り野太い声というのが珍しい。ちょっとマジックショー?的なところもありましたが楽しませることに特化した〝猿之助版〟という心いきを感じました。
歌舞伎十八番の内「勧進帳」と、「幸助餅」のワクワクぶりは別枠で。
来年の1月 松竹座 新春公演は なんといつもの我當さん・秀太郎さんちと、藤十郎さんとこそれに團十郎さんちだそうです。
成田屋贔屓的に、これから配分に頭を悩ませます。成田屋さんは10月御園座 11月博多座 12月日生劇場 1月松竹座・・・ 1月の東京は、演舞場に、浅草公会堂に、平成中村座に、国立劇場に・・・ うーむ。 1月は能楽堂で翁も観たい。うーむ。 暇な大富豪にならないと解決できない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月29日 (木)

パラダイス・ウエスト ~幸助餅 買うたって~

どないなっとんねん!?  ここはパラダイス・ウエスト。 大阪漫遊記その四。

なぜ大阪に行くのか。そこに松竹座があるから。続編。
もうひとつ、我々を夢中にさせたのが幸助餅。 会う人会う人に、幸助餅 買うたってと頼みたくなるほど肩入れしちゃいました。
大黒屋の幸助は、大の相撲好き。贔屓の雷(いかづち)のためにすっからかんに。力士にいれあげて大店の家倉なくすかなぁと思ったのもつかのま。その熱狂ぶりに納得。あの関取は強かったと話を向ける帳場の平兵衛は亀鶴さん。うまい。 落ちぶれてしょぼくれた幸助は翫雀さん。せっかく援助の手を差し伸べてくれた三ツ扇屋女将お柳も、うんざりするほど夢中になって取り手を熱く語る。エア相撲?ここがすこぶる可愛らしい。まずここで人心をつかみますね、翫雀さん。 たしなめるお柳は、笑三郎さん。正義の女。しっとり。幸助さんは、雷の名取り組みに興奮し懐の300両をパーっと土俵に投げたった って言ってました。アホーと客席中がつぶやいた(と思う)。そりゃ身代つぶすわ。
復帰を誓うとたん、ばったりと雷に会う。 大きな力士 雷は右近さん。今までみた右近さんの中で一番好きかも。旦那しゃまーと再開を喜ぶ雷に、祝儀と言って 大事な30両全て渡してしまう。またここで客席中があほーと(おそらく)。
あの人がこの人を大切に思い、この人がそれを糧に奮闘し・・・ 最後には幸助の餅屋は大阪で大評判になる。その評判は幸助一家の努力と、そして奮起させるためわざと自ら辛辣な別れ方をした雷のおかげと知る。昨日みたのに翌日も泣きました。おいおいと泣きました。あーえー話や。
幸助の女房おきみに猿弥さん。翫雀さんも猿弥さんも、まんまる。アンパンマンのように幼児にも好かれそう。もちろん大人まで。もうこの夫婦が可愛いのなんのって。いい夫婦の日に取り上げるといいほど。お二人とも芸達者なので、逆でもできるわね・日替わり可能ねと、歌舞キチ 想像して大騒ぎしました。 幸助の妹お袖に壱太郎くん。あいかわらずかわいい。キャラターのようにかわいい。叔父の右之助さんは、幸助をきびしくさとしたりつい うっかりもっともだと幸助に乗ってしまったり。人情味あふれる叔父でした。春猿さんは、芸者さんでちょっと登場。華やか。もう、あたたかく 面白く ホロリとさせる 完璧に素晴らしい舞台でした。
お店の様子を見に来た関取 雷五良吉、小餅を一つ所望する。雷の野郎きやがってと怒ったり、いかんお客さまだからと自分に言い聞かせたり、そんな大きな身体で小餅一個?!と声を裏がえして驚いたり。そんなキュートな幸助の翫雀さんに、ますます夢中になりました。
大阪の旅行中、何かにつけて「幸助餅」の単語を持ち出し喜んでました。 ほーんとに面白かった。幸助餅最高です。松竹新喜劇の傑作だそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月28日 (水)

パラダイス・ウエスト ~勧進帳は永遠なり~

どないなっとんねん!?  ここはパラダイス・ウエスト。 大阪漫遊記その参。

なぜ大阪に行くのか。そこに松竹座があるから。
7月演舞場で観た勧進帳は、團さまの弁慶に海老蔵さんの富樫。 9月の松竹座での勧進帳は、海老蔵さんの弁慶に團さまの富樫。これは行かねばとかけつける。続いて、松竹座の覚書。
おちゃるより1日先に大阪入り。神戸の歌舞キチの可愛娘ちゃんと昼夜松竹座観劇。 そして翌日おちゃると再び夜の部観劇。 海老蔵さんは、観る日によっていろいろ変化を感じる方だなと思っていましたが、今回はものすごく違ってみえました。一日目は、あー舞台に出ているとまた喜んでしまったので本人の見方かもしれませんが、翌日にみた勧進帳が、今を感じる若く勢いのある弁慶ですこぶる面白かった。気合と気迫に圧倒され夢中になった。こんなにぐっとうったえられた舞台は久しぶり。
頼朝・義経の兄弟ってこのくらいの若さなのかもしれないなと思った。何を犠牲にしてもいいというちょっとギラギラしすぎな程の勢いで 勧進帳をよみあげ 山伏の証を語りあげる。主君である義経を打擲するところには息を詰めました。 今振りかえってみるとこんなに必死に何かをするってことがないので、200%の思いをぶつけるその姿にも感動したのかもしれない。 型とか台詞の運びとか、そういうものの伸びしろをあると思うけれど、この空気を作ることができるのはすごいと思う。 そんな弁慶に義経が手を差し伸べるところ、そしてそれに恐縮する弁慶の場面もすばらしかった。翫雀さんの義経には大きさがありました。富樫に一献ふるまわれ、延年ノ舞を舞うところは嬉しそうな若者ぶりでした。大袈裟でいい。 富樫が弁慶と交わすところでは残念ながら言葉が生きてこなかった。團さまは、弁慶役者なのだなとつくづく思いました。 四天王は、友右衛門さん・男女蔵さん・亀三郎さん・市蔵さん。男女蔵さんに重厚さがでてきて似合っていました。亀三郎さんさんの声のいいこと。富樫をみてみたいなぁと思った。友右衛門さんは年長者なのにどうして亀井六郎なのかしらと思っていたことを陳謝。今回はじめてぴったりなことがわかりました。義経を見とがめられたとなったときに、勢いづく四天王を弁慶が必死にとめる名場面。あの乗り出し方のうまいこと。最前列で ちょうど義経の座っているあたりといういい席でした。近くで観るうれしさに加え それぞれの思いもよーく伝わり、見どころもいい角度でしっかりと堪能。感動もひとしおでした。 もう、今年の見納めでもいいと思う程よかった。(そのあとすぐ観たけれども) こちらのお目目もキラキラになるほど夢中になりました。
続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月26日 (月)

パラダイス・ウエスト ~ブクンダ公園と仏のお導き~

どないなっとんねん!?  ここはパラダイス・ウエスト。 大阪漫遊記その弐

見仏記。道楽まっしぐらという物欲にとりつかれた日々を送っているかと思えば、お寺や仏像の美しさに静かにひたるという日々も楽しむ我々。続いて、大阪での見仏記。
大阪には、毎月18日に開帳するお寺があります。18日は、旅行最後の日。仏像との縁を感じ、いそいそと出かける。が、2人とも御朱印帳を忘れる。おバカカッパ&おバカおちゃる。
まずは、葛井寺(ふじいでら)へ。藤井寺駅を降り、お寺へこっちじゃないかなと雰囲気で歩きだす。ブクンダ公園というところに出てしまう。葛井寺はどこ~と言っていると、青いボロボロぎみの服をきた老男子がふらっと公園から歩きだす。なんとなく我々も歩きだす。日傘をとじないと通れないような路地に入っていく老人。違う道を行こうとする我々をちらっと見る。ついておいでということかも・・・ 後に続く我々。角を曲がると老人の姿はない。その道を出ると葛井寺がありました。 あれは仏のお導きでは。千手観音の手の一本がやってきて道を教えてくださったのよと言いあう。言いながら、案外信じてます。そういえばひじのところが破れていました。古くから守り続けてきたからに違いないわ。 信じて、正しい行いをしようとなんとなく思う。 「千手千眼観自在菩薩」(千手観音)はとても美しかった。厨子正面からは、千手部分は全てはみえないようになっていました。 地元の方が信心をかかさない様子。 正しいお寺だなぁという印象を持つ落ち着いたいいお寺でした。 ブクンダ公園は 仏供田(ぶくでん)池からなまってぶくんだになったそうです。帰ってから調べました。アフリカの姉妹都市の名かと思った。 帰ってから調べたことによると、実際に千の手を持つ千手観音像は、きわめて少なく、現存するのは奈良の唐招提寺とここ葛井寺だけだそうです。千本もあったのでしょうか。本尊の千手観音は、小脇手1001本、中脇手40本、合掌する大手2本、全部で1043本の手をお若しだそうです。 国宝です。
次にもう少し電車に乗り、道明寺へ。大通りを歩いていたら自然に到着。ん?神社?こちらは天満宮でした。境内には、おしゃれな若者のマーケットが出ていました。ボタンだのピアスだの購入。木の椅子や皮の靴など気になるものがあれこれありました。お洒落でないと出展不可という並びっぷりでした。
お隣の道明寺へ。こちらは18日と25日が御開帳とのこと。お堂に集まった人々に、あんじゅ様が寺の由来を丁寧に説明して下さいます。お堂の道明寺といえば、桜餅と菅原伝授手習鑑の道明寺の段を思い浮かべます。そこも説明に入っていました。 なんと、ここの仏像 十一面観音菩薩は菅原道真公てずから彫られたとのこと。 国宝です。本当かなとつい思ってしまう。 道真公は、試作としてもうすこしぽっちゃりとした十一面観音立像を彫られたそうです。その仏をお寺では「試み様」と呼ぶそうです。次に彫ったものが、あの美しい仏像とは。また世俗なことを考えてしまいました。 本堂の脇には、道真公の 伯母・覚寿(かくじゅ)尼が大宰府に流された道真公のことを思い 沢山の陰膳をした名残が残っていました。干した米、椎茸などのお膳が沢山おそなえしてありました。道真公への陰膳のおさがりをいただいた地元のものが病気が直ったため、みながおさがりを欲しがったそうです。 ありがたや。 今、お稽古中の狂言の演目 萩大名に、「さながら道明寺ほしいをみるような」という台詞があります。あっ!ほしいってこれのことなのね!とピンときたのは帰宅してからのことでした。なにやら、よし がんばるぞという思いがムクムクとわいてきました。
菅原伝授手習鑑の道明寺の段にも出てきますという あんじゅさまの説明には、「歌舞伎座さよなら公演で仁左衛門が演じたと道真公」と説明していらっしゃいました。歌舞伎を持ち出して説明してもらうと、頭にすらすら入ってきます。 こちらのお寺も、地元の方の信心ぶりを感じるいいお寺でした。あと、廃仏毀釈という考えの恐ろしさも感じました。
久しぶりに、おちゃると見仏をして やはりお寺はいいねぇとしみじみ思う。
この日は、もう とけちゃうくらい暑い日でした。常にお顔がじっとりしめっているほどの暑さ。お寺を拝観し 心静かになったあとは、喉の乾きをいやすべき 生ビールのもとにいざゆかん。 続く。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年9月23日 (金)

パラダイス・ウエスト ~人類の進歩と調和~

どないなっとんねん!?  ここはパラダイス・ウエスト。 大阪漫遊記その壱。

謹慎中?! は なんとなく旅行をしなかった(私の謹慎じゃなかったけど・・・)。ひさしぶりの旅と、はりきって出かける。まずは、大阪名所巡りの覚書。
大阪公演のときにも、京都に行くというのがおきまり。 今回は、とことん大阪 ベタに大阪と、大阪を満喫してきました。
有川浩さんの『阪急電車』を読んだり、万城目学さんの『プリンセストヨトミ』を読んだりして、大阪に行ったならば是非!と あちこち行きたいとことろがありました。タコ焼き 食べたい!2度漬け禁止の串カツ食べたい!お好み焼きもね。 岡本太郎のテレビを見たし、川崎のタローミュージアムにも行き 是非とも太陽の塔を見たくなりました。 毎月18日御開帳の仏像(国宝!)も見たい。 あれもこれも!
とにもかくにも行きたかったところは、太陽の塔(松竹座は言わずもがな)。 百聞は一見にしかずを体感。本物すごい。すごいというより、スゲー。大きい。なんだこれは!というパワーがあふれている。なんてかっこうのよいものを作ったのでしょう、タロー天才! みながらおさると、なんども見に来てよかったねと言いあう。 芝生の真中にドーンとそびえたつ。空にはすごい速さで雲が流れる。そういうもの全部との相性がいい。大迫力。 トモダチが影響を受けるのも無理はないねと言いあう。 正面からみても、脇の下あたりからみあげても、背面にまわっても、大迫力のかっこうよさ。万博の時には、建物の屋根から首をのぞかせていたのね、これが。松尾ちゃん(ドラマでタロー役)のアイデアをきいたコヒさん(ドラマで丹下健三役)も、さぞ驚いたであろう。そしてそれにゴーサインをだすとは。どえらい2人です。塔の周りをまわり、散々驚いた後、EXPO’70パビリオンへ。特別展「地底の太陽展」をみる。人気(ひとけ)のあまりない平日の万博公園。ここもまばらでした。従業員の数よりも少ない観客。生命の樹の展示のところで、館の人がいろいろと説明してくれました。 実際に飾られた地底の海洋植物をみたり、樹のモデルをみたり。説明をきいて、やっと太陽の塔の内部がイメージできるようになる。あーみてみたい。いのりの空間に、地底の太陽が。小さい子がみたら泣きそうな部屋。ところが、地底の太陽は行方不明とか。こんな大きなものが。行方をご存知の方は教えてくれとかかれていました。レプリカなのに、展の名前にするとは。ちょっと変。
常設コーナーもなかなかの面白さ。万博のパネル写真をみて、いろいろ想像する。混雑ぶりもすごい。 各エキジビジョンの制服にも注目。いまみても心惹かれます。ミニスカートとケープが大流行だった模様。 記念コンサートの出演者にも盛り上がる。万博バンザイ。 今は、こんなにも人々を熱狂させるものはないなぁ。
大阪城には、逆びっくり。天守閣まで昇って、こんなにも達成感がないなんて。 新しすぎるというか、なんというか「城」というものを建てる気があんまりない気がした。お金持ちが建てたお城風の建物。あれは鉄筋コンクリートよと言われていたのに、行きました。そしてそこは、まさに鉄筋コンクリートでした。 権力者になりきって歩く。綱吉ばりの天下の悪法を思いつき、人民に命ずるという凝った遊びをしながら城巡りをしました。我は、おソース様なり。どんな状態でも、大笑いできるのが我々の美点なのである。
昔、おお!と感動した歴史博物館も むむむ・・・という感じでした。中之島に移動し、大阪市中央公会堂のレストラン中之島倶楽部へ。限定何食とうたったオムライスと生ビールにごきげんになる。川っぷちはいいのぉ。
ビリケンさんのいる通天閣の下もくぐって来ました。新世界はものすごかった。別世界ぶりにおかしくなった。阪急電車には乗る余裕がなかった。舟乗り込みもできなかった。 気の向くまま、自由に好きなことして楽しみました。高島屋でお買い物したりね。横浜にもあるじゃんっていうお店でお洋服を買うのも、なんか楽しい。大阪の店員さんに、太陽の塔が大きかった!驚いたわって話をしたら 渋谷のハチ公が小さくて驚いたって言ってました。することなすこと楽しかった。
神戸在住の歌舞キチのかわい娘ちゃんも合流し、すてきなホテルのお部屋で宴。551の豚マン食べたり、地ビール飲んだり。連れて行ってもらった串カツやさん、おいしかった!マツタケの串カツ、すだちがけなんて もう最高でした。なんでも歌舞伎でたとえたりして。楽しかったなぁ。
嬉しかったこと。冷麺を食べたいたら お店の人が来て紙のエプロンをつけてくれたこと。ここ一ヶ月で一番親切にされた、私はここ一年で一番よ!と なんだか寂しげな?!親切合戦もしました。相棒との旅はパラダイスなり。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月22日 (木)

台風

恐るべき台風。
22日は、KAATに「神秘域」を観に行こうとしていました。神奈川芸術劇場(KAAT)に向かうどころか、家にも帰れず。 日付を越え、やっと家にたどりつきたました。ああ、家最高。
「神秘域(かみ ひそみ いき)」は、野村万作×萬斎×杉本博司・三番叟公演。これは、なんぞやと とても興味深く楽しみにしておりました。どういう公演だったのでしょう。 思えば、震災直後 の ×杉本博司の文楽の公演は、中止となりました。×杉本博司に縁がないのかな。
都会は人が多すぎです。あんなに沢山の人が品川駅構内に入りきるとは。マンモス校、校庭に全員集合って感じ?ちょっとした町全員ってほどの多くの人が、途方にくれてギュウギュウになってました。驚きました。
都会で何かあったときには、もうどうにもならないって少しづつ身にしみてきました。 とにかく自分も周りも無事で、家があると思うと、ありがたいなと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月20日 (火)

パラダイス・ウエスト ~大阪漫遊記~

どないなっとんねん!?  ここはパラダイス・ウエスト
って桑田さんが歌っていました。 パラダイスでした、大阪。

行ってまいりました、大阪。 珍しいことに、今年 初の旅行。 松竹座にいったり、松竹座にいったり、松竹座にいったり。楽しかった。
松竹座 海老祭(&翫雀祭)に浮かれる。 太陽の塔で、タロー天才 万博バンザイと讃える。 大阪城で太閤の悪口を言っておさるにプチ バチがあたる。 通天閣は新世界とおののく。 仏のお導きで仏像(国宝)を拝観す。 大阪満喫ぶりをおいおいと。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月12日 (月)

中村又五郎・歌昇襲名披露 秀山祭・昼の部

先週末、演舞場にいってきました。秀山祭九月大歌舞伎昼の部をみてきました。今月は、中村歌昇改め 三代目 中村又五郎襲名披露 そして 中村種太郎改め 四代目 中村歌昇襲名披露 です。友人と、2階の左右の袖に別れて観劇。
新 又五郎さんが、脚を頑丈に固定されて出ていらしたのに驚く。怪我なんて、本人が一番くやしいであろうに。本当は大事をとっていただきたいが、襲名ともなれば無理なのでしょう。替わりのない仕事、その人でなければならない仕事なのだと再確認。がんばってください。 新 歌昇さんが肝をすえてがんばってます。頼もしかった。おふたりとも、おめでとうございます。
昼の部は、舌出三番叟から。「再春菘種蒔 舌出三番叟」という名前になっています。三番叟は染五郎さん。そこへ千歳の種太郎 改め 歌昇くんが、しっかりとくらいついてました。立派になったなぁ。 能楽贔屓的には、どうしても三番叟に神聖なものを求めてしまいます。踊りは、明朗活発で若々しかった。三番叟と思わなければ楽しいのですが、三番叟がどうして大小を差し、煙管入れを帯に差し、馬をひくのであろうか。???たまには、イヤホンガイドを借りて見るのもいいかもと思う。清々しくてよかったです。
次にしんみりと。恋飛脚大和往来 新口村。幕があくと、一面の雪景色。その気にはなるのですが、どうして残暑にこの演目なのであろうかと疑問にも思う。 忠兵衛に藤十郎はん。梅川には、福助さん。耐えて忍んでという御役。お2人は前に出てらしたときの印象が強すぎるので、こういう引いてみせるお役ですと じっくりとみることができ よかった。歌六さんの孫右衛門さんがよかった。設定的には単なる親バカでもあるが、親が子供を可愛く思う気持ちにジーンとなる。迷惑をかけてすみませんと思いつつ聞き惚れました。吉弥さんの女房、すばらしい。田舎っぷりが可愛い。知らないからこそズケズケという。それで 父 孫右衛門と子 忠兵衛、梅川の世間におかれている状況がはっきりと伝わる。説明になってはつまらない。その辺りがとてもよかった。
新口村の後は、重厚に。寺子屋。 新 歌昇くんの涎くりは、元気にあふれてました。年齢が子供に近いからどうしてもはりきりすぎに見えちゃう。大人の方がかわいいのかも。涎くりなのだけど、どことなくちょっと品がいい。
襲名披露と思ってみているせいなのか、主役が武部源蔵・戸浪の寺子屋と感じた。 源蔵も松王も 少し素直すぎるほど 肝がわかってしまうほど 丁寧に、そして熱く演じていました。そこがなんだか若々しく感じた。 素直さがよかった。 源蔵の必死さ。 そばにいる戸浪も必死。この2人が命がけで守ろうとしているよく伝わる(丸わかりなほど)。そして、そこがよかった。 松王も、わかりやすかった。思わず泣いてしまうところよりも、その過程の哀しさが 出過ぎるほど出ていました。 源蔵・戸浪夫婦の必死さと相乗効果でよかった。 その中、一人抑えた魁春さんが効いていました。 2階の左袖から鑑賞。花道はみえないけれど義太夫はしっかりみえます。義太夫が三味線が胸にひびきました。
最後に、勢獅子。鳶と手古舞勢ぞろい。新 歌昇くんは4演目中、3つも出ていたのですね。鳶頭で梅玉さん、松緑さんがでてきて華やかでした。米吉くんと隼人くんは手古舞で登場。意外でした。
歌昇くんと種之助くんと2人で踊るところがすごくよかった。誇らしげな2人は、とてもよかったです。飛び上がる振りとのところで、新 歌昇くんは誰よりも高く飛んでいました。はりきっていて、ほほえましい。がんばれー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 8日 (木)

島鵆沖白浪 その五

昨日、毎月のにぎわい座詣でにいってきました。柳家三三 六ヶ月連続公演 「嶋鵆沖白浪(しまちどりおきつしらなみ)」。6回完結シリーズの5回目。前回、島抜けしちゃったのにどうするのとワクワクしながら行く。 そして申し訳ないけど前座さんっていまひとつのれない。腕の違いをみせつけれる。
開口一番は柳家ろべえ。噺家ノ夢。東京の噺家なんですってとこに違和感。そこに乗れる風にもっていってもらえなかった。
さて、本題。いままで調子よく 三宅島へ流されるよう運んでいた展開が、やや じっくりしてきたように思う。計算があっての配分なのであろうがその謎がまだわからない。次回の最終回をきいたらなるほどと納得させられるのでありましょう。
だいたい45分くらい語り 15分の休憩をはさみ また45分。 その配分が絶妙。 前半 いいところで、「この続きは休憩の後に」と言われ休憩。 つい「えぇ」と言ってしまう。 休憩後、珍しく ちゃんと続きの話が始まる。(あの続きは別の月に・・なんてこともあったので。 ) どんどんどんどん盛り上がる。 「佐原の喜三郎親分じゃございませんか。  そういうお前さんはどなたですか。  誰かは来月のお楽しみ。 幕」息をつめて、誰がでてきてしまったの?と ハラハラしているところにそんな事を。 「えーーーーー」っと声に出して言っちゃいました。 まんまと掌で転がされてしまいました、もう。 今回も面白かった。
最終回に島抜けできた!万歳!といった感じで終わらない訳がよくわかった。島抜けしてからも人生は続く。せっかく島抜けできたのだが、お尋ねものであることには違いない。お天道様に顔向けできない暮らし。 それでも、島抜けしてまで果たしたかった恨みがある。なるほどなぁ。 驚くほど調子よく敵がみつかり、仇を討つ佐原の喜三郎とお寅。全て叶ってしまう。人に顔を知られてはいけないし、技がないから働くことのできない2人。あんなに格好よかった仁義の男 佐原の喜三郎もなんだかしょぼくれてみえる。 お寅の方はぼんやりしながらも、どこかたくましい。 あれ?佐原の喜三郎部分の語りっぷりが三三さん自身っぽくなってる。それまでは高倉健っぽかったのに。 男気あふれた男に戻って欲しいと 思い入れたっぷりにみる。引き込まれた。あーあと1回か。おわっちゃうのか。
この公演はあまり笑わない。 笑わせるというより聞かせるはなしだから。 でも、今回は笑った。元 花鳥花魁のお寅に コロリとだまされていく大店の番頭がおかしい。男ってバカだなぁという コロっとひっかかる様子につい笑った。 ひどい女と係り合いになるのはごめんですよと 来た早々帰ろうと腹を立てていた男が、あー可哀そうだったねぇ、よくがんばった。わたしに面倒をみさせてもらえないか ときたもんだ。 あー浅はかだなぁ。見事に手玉にとられるところは楽しかった。 そして、その手練手管は 女子として大いに参考になった。絶対 活用できないけど。
電話予約しておいた 翌月の6回目の公演の切符を受け取ってきました。1回目以外は全部補助席でした。結構ご年配の多い客席です。 来月も万難を排して、駆けつける所存であります。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 7日 (水)

「博物館できもだめし-妖怪、化け物 大集合-」

8月末、東京国立博物館に行ってきました。「空海と密教美術」展で展示替えで登場の血曼陀羅がみたかったのと、本館での展示 親と子のギャラリー「博物館できもだめし-妖怪、化け物 大集合-」 がみたかったため。
空海と密教美術展は、上々の人気ぶり。閉館近くに入ったので、最初の展示室はゆっくりみることができました。国宝「密教法具」。五鈷杵を置く盤の上にも、細かな彫刻で五鈷杵が描かれていました。繊細。力強く繊細。美しい。 展示替のため、上巻がでていたものが下巻になっていたりした。言われても違いがわからない。国宝なのに。 和歌山・金剛峯寺の両界曼荼羅図(血曼荼羅) 金剛界の方が展示されていました。高雄曼荼羅と比べると、色彩鮮やか。清盛の血がまぜてあるという言い伝えがすごい。胎蔵界の曼陀羅がみたかったのですが、そう うまくはいきませんでした。儀式の折に蝋燭の灯りでこれをみたらさぞ神秘的にみえるであろうと想像。
「博物館できもだめし-妖怪、化け物 大集合-」  小さなスペースでしたが、これがすばらしかった。本館 特別2室での展示。本館正面のすてきな階段を昇り、左手の部屋。階段の途中にも妖怪が。 大理石に似合うとは。
妖怪や化け物を表した浮世絵だけでなく、根付・彫刻も展示。 妖怪というイメージを見てわかるように表した絵師 鳥山石燕や、民俗学として研究した柳田國男など人もパネルで紹介。 河童はこういうものという姿だけでなく、食べ物を紹介した図や、水の中に引き込まれた子供の証言を載せた新聞記事など。 ワクワクするラインナップ。
なんでも科学で証明する現代でも、もしかしたらいるかもしれないと思う存在。(いて欲しいと思う存在。) 人を化かす狸も、ろくろっくびも、天狗も河童もいて欲しい。(いや、きっといる。特に河童はいます!?)  実際にみんなの目の前に現れてくれるものではないものを、作品として表現する人もつ独創性ってすごい。
人間が飲み喰いし浮かれている宴の最中、目に見えない妖怪たちに蝕まれている図なんてシュールなものも大白かった。子供ももちろん、大人をもわくわくさせる展示でした。
子供だけでなく大人もワクワクします。 こういう風にみると同じくくりとして集合することのできる作品は沢山あると思う。もっともっとみたい。売店でもほんの少し特集してました。 この展示は、7月20日~ 8月28日まででした。期間限定にするのがもったいない。 訪れるたびに寄りたくなる そんな一室でした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2011年9月 6日 (火)

第55回野村狂言座

先週、宝生能楽堂へ行ってきました。第55回野村狂言座。
まずは「不見不聞」。耳の悪い太郎冠者を留守番に、主が出かける。心配なので菊市にも留守を頼む。耳の聞こえにくい太郎冠者に石田師、座頭の菊市に萬斎師。 聞こえない男と見えない男の留守番。太郎冠者を呼ぶときに つんぼーつんぼーと呼びかけるのに驚く。 2人はいたわりあうどころか、からかい合う。聞こえない人に盗人がきたと脅かし高笑いをする。 見えないものの前で舞をまい 舞終わったと脚で合図する。 ものすごい設定。でも、腫れものにさわるよう隔離せず、ふつうにみんなと暮らす。けんかもするというのはたくましい。現代と昔の違いを考えた。最後には相手を投げ飛ばすのだが、陰険にならない。聞こえにくい太郎冠者が、調子よく聞きとる様や、 いちいち聞き返す太郎冠者に、面倒がらずに毎回近くにいって話しかける菊市など 人物がよかった。
続いて「因幡堂」。万作師の夫が、わわしい(やかましい)妻の高野師のことを うっとおしがり、実家に帰す。そのうちに、新しい妻を下さいと因幡堂へ願をかけにいく。 妻はしっかりそれを察知し、自分でお告げを告げ 新しい妻として夫のもとにいく。 事実があきらかになり、万事窮すというときの万作師の動きがおかしかった。余計なことを一切せず、笑わせようとするような色気もなく、淡々と。そこがすごくおかしい。すごいなぁ。
休憩後、今度は万作師の主と、裕基くんの太郎冠者で「舟ふな」。 さっきは、別のやさしい妻が欲しいなんてのんきな夫でしたが、一転して苦虫をかみつぶしたような主の万作師。 徹底的に主をいいこめてしまう裕基くんの太郎冠者が頼もしい。 主 自ら、ときどきは主を立てるものだよと言い残し退場。その苦々しい様子が楽しい。
最後に、「馬口努」。囃子方も地謡も入り、ゴージャスな舞台。地獄で待ちうける閻魔に深田師。死して地獄へ行ったば博労に萬斎師。 閻魔大王は、みなが極楽にいくものだから、地獄が飢饉になって困ると言っていたのに、博労が持っていた馬具が気になり試してみたくなり、博労に丸めこまれ馬のように乗られて脅されてしまう。極楽へ連れていけと血気盛んな博労をみていたら、閻魔大王が可愛そうになった。いくらなんでもひどいよ。
今回は、話の内容に気持ちが入っていく演目が並びました。すごく面白かった。 狂言も、観る側の進歩により 感じることのできるものが増えていく。 狂言っていいなぁとしみじみ思う。前よりも 単純なものをシンプルにみせる美しさが、じわじわ伝わるように思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 5日 (月)

9月文楽公演 ~国立劇場開場45周年記念~

昨日、国立劇場にいってきました。国立劇場開場45周年記念の9月文楽公演 <第一部>を鑑賞。あたらしい着物をきてはりきって出かけました。
演目は、寿式三番叟・伽羅先代萩の御殿の段・近頃河原の達引 堀川猿廻しの段。文楽は初心者なので、通しだとクタクタになっちゃう。今は、こういう違う演目が並んでいるほうが助かります。
一番楽しみにしていた三番叟が、すこぶる面白かった。天下泰平 国土安穏 寿式三番叟という演目。 能楽の『翁』を文楽に移したもの。それを歌舞伎に移したのかということがわかった。歌舞伎の三番叟ものは、能楽からみると、ちょっと飛躍し過ぎるところもあると思っていたので。
翁を語るのが住大夫。この人が語ると大切に伝えてきたものというのが出るように思う。人形は、吉田簑助。この人が動かすと、頭をさげること一つとっても全然違う。 名人がおもいをこめて行うものの力を感じた。 他の人も錚々たるすごい方々なのに、この2人の作る世界は別格でした。 いいものをみた。
千歳は、勘十郎さん。 舞台があくと能舞台がしつらえてある。橋がかりを千歳の勘十郎さんが登場。おごそかでした。
寿式三番叟は、2人三番叟。あんなにも重厚な場面のあと、一転して二人の三番叟が元気に力いっぱい舞う。大地を踏みしめ、五穀豊穣を祈る演目なのですが、文楽の人形という点をいかしたぴょんぴょんとした元気な三番叟。脚はとにかく元気なのですが、上半身の動きがきれい。このバランスがすごくよかった。2人の三番叟は、完璧に揃っているわけではなかった。ヒゲのちょんとある頭の方が型がきれいに決まっており、もう一つの頭は、間がよかった。汗だくになって、天下泰平やら、国土安穏やら、五穀豊穣やら、子孫繁栄を寿(ことほ)ぐ。これを歌舞伎の2人三番叟が取り入れたのだとわかった。パワフルで、すばらしい三番叟でした。 特別で、大切な演目というものが持っている力を感じました。すばらしかった。
休憩をはさみ、伽羅先代萩。 今夏は節電のため、開演時間が早まり10時30分開演でした。そして伽羅先代萩も節電のため、御殿の段 飯炊きだけと書かれていました。この節電方法には、疑問がわきました。 そして、会場が暑かった。伽羅先代萩の時は特に暑かった。 途中で集中力が途切れる程暑かった。 着物でいったせいかもしれませんが。
正岡が、なんだかすこし年配の ように感じました。語りの印象かな。 お-な-か-が-、す-い-て-も-、ひもじう な-い- と歌舞伎のようにいわないのですね。 はい、ここは盛り上げどころと いう感じでないので じっくりとみることができました。暑さにやられていないときに見直してみたい。八汐を蓑助さんが。いじわるぶりにおどろいた。イヤな者を演じているのをはじめてみました。いじわるだった!
最後に、近頃河原の達引 堀川猿廻しの段。歌舞伎で我當さんの演じているものを何回かみました。 勘十郎さんが猿廻し。ヒーローのような役ばかりだったので、新鮮。猿がかわいい。片手でうごかせちゃう猿が人気をさらうのって3人遣いの人形を操る人からみたらどうでしょうとちょっと思う。 家族の情愛がよかった。コミカルでじーんとする。
国立の売店のところにいらした年配の売り手男性 。扱っている文楽商品を愛おしくてたまらなさそうに説明する、勧め上手さんでした。ちょっとキュートなお方でした。案の定、ついついお買い物をしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »