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2011年11月24日 (木)

『君を乗せる船 ~髪結い伊三次捕物余話~』

引き続き、髪結い伊三次もの6冊目 宇江佐真理の『君を乗せる船 ~髪結い伊三次捕物余話~』(文春文庫)を読む。
伊三次たちが親世代になり、子供達が大人になりかける。不破友之進の息子・龍之介が元服。龍之進となり見習いとして働きはじめる。武家に生まれても、出仕することができる長男達と次男とで雲泥の差がある。すすむべき道のある者とない者。次男や三男に生まれたから親の跡を継ぐ以外の道を探さねばならない。無頼派と名乗り市中で暴れる者の気持ちもわかるような気がした。長男連中は、自分の恵まれた環境に気がつかず正義を振りかざす。その青くささがいい。自分が通ってきた道と見守ったり諭したりする大人たちもいい。今の時代の我々は、年に応じた人との接し方ができているのであろうか。
「おんころころ」では、伊三次とお文の息子 伊与太が疱瘡にかかる。江戸のころは、子供が病で亡くなることが多かったのだとあらためておもう。どうぞ助けてくれて祈る以外何もできない。そんな時にも伊三次には裏の捕り物の仕事がある。仕事にだしてくれたお文。伊与太のことを祈り、夢みて殺されたあわれな娘たちの犯人をつきとめる。どんな状況dも一生懸命自分の仕事をする。亡くなった娘の霊が助けてくれたと思う。そういうこともあっていいと思った。 「自分のやるべきことを全うする。それしか娘に恩返しする術はなかった。」というところに、はっとした。仕方ないとか、だってという言い訳をしない。そこにドキっとした。
表題にもなった「君を乗せる舟」。正義をつらぬくことによって、生き方が変わってしまう人もいる。娘のために犯罪に手を染めた師匠をみてしまう。正直に申し出たため、娘の運命は変わる。それでも、罪はつぐなわなくてはならない。人殺しの父親をもつ娘 あぐりの人生は変わった。それを変えたのは龍之介。元服し龍之進となりあぐりの苦労を知る。どうにもならないけど、生きていかなくてはならない。なんとも切ないものがたりだった。そして、こういう切なさこそ、宇江佐真理の本骨頂だと思う。

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