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2011年12月 5日 (月)

『雨を見たか ~髪結い伊三次捕物余話~』

引き続き、髪結い伊三次もの7冊目 宇江佐真理の『雨を見たか ~髪結い伊三次捕物余話~』(文春文庫)を読む。
6冊目に続き、不破友之進の息子・龍之介たちの出番が多い。1読者としては主人公は伊三次でがいい。伊三次中心に。 親となった伊三次が、自分の仕える主人の息子と係わる部分がほろ苦くていいのだけど。
正義感に燃え、悪事を許すまじと意気込む見習い同心達の前に、現実はあまりにも厳しい。 子を売って糧を得なければならない者たちが普通にいる時代。家を守るために、子をなした妻でも病にかかれば身をひいてもらおうとする。そんなにまでして守る家系という考えが今では薄くなっている。妙齢の女性への風あたりの強さ。芸を持ち、客扱いがたけた芸者でも、年増扱いされるお文。女は家に入るもの。平等や同権なんて、考えられない世界で 顔をあげている女達。 続けて読んでみて、時代が違うなぁと強く思った。 自由になったけど、それで失った大事なものもあるなぁ。無理にでも、家を作り、身をよせあい守ってきたもの。この時代の人があんなにも犠牲にしてきたものはどこにいっちゃったのでしょう。
見習いになり、多少なりとも家に扶持を入れることができ少々誇らしげな龍之進がかわいい。背は父を越えそうでも父の存在はどんどん大きくなる。世間に出た青年の青くさい奮闘がいい。時代のほろ苦さは全体に色こくなる。伊三次は自分の家を持ち、子も弟子もいる。1,2冊目のように自分のふがいなさにめげずにがんばるよさ と違い 自分が救えない者達への生き場のない気持ち。そういうものに向き合っていく重さを、日々のちょっとした幸せが跳ね飛ばす。宇江佐真理の力で、いい塩梅の いい話になる。 この本も、よかったなぁ。

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