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2011年12月21日 (水)

『空飛ぶ馬』

北村薫の『空飛ぶ馬』(創元文庫)を読み返す。
きっかけは、柳家三三で北村薫。という落語の会をききにいったから。あの会が、この本を大切に忠実に作られていたのだなと改めて思った。
久しぶりに読む<円紫さんと私>は、新鮮だった。自分の物言いのぞんざいさに イヤになったり、お洒落な姉に対する 家族の前ですら表面に出すことのできない鬱屈とした思いにドキっとしたりした。10代のころの、あの自分に対する周りの評価の目を意識する気持ちを久しぶりに思い出した。北村薫さんは、おじさまなのにどうしてこの気持ちがわかるのだろう。細かく胸に広がる気持ちをどうして文章にすることができるのだろう。すごい。 柳家三三で北村薫。では、最後に三三さんと北村薫さんの対談があった。 最初に「私」は満たされないものを持っている子なんです というようなことを言った。この言葉にドキっとした。 これだ。 これが、この本に惹かれるところの一つなのか。
何度も読み返している本なので、砂糖合戦や、赤ずきんの強烈な「悪」の印象は残っている。今の本ある強烈な描き方と違う。時代だと思うけど。胸に残るしこりのような、いやな気持。特別な奇行でなく、誰の中にもある卑劣さ。気をつけてみれば、ほらそこにもそんな感情を持った人がいるよと指し示す。そんな怖さがある。
けれども、これは大好きな本である。なぜならば、そんな汚い心も少しはあるけれど、全般的には人生を楽しんでいるから。 文学部の「わたし」の毎日には、沢山の書籍に囲まれている。何かをみれば、あの本を連想する。オペラに行って心を揺り踊らせたり。普通の毎日を、地道に生きる。地味な自分を自覚し、知識のあるものを尊び、自分で沢山のことを考える。寒いときには寒さを感じ 季節のことごとを見、きちんと暮らしていく。 大好きな落語に通う。教授に紹介された大先輩が 贔屓の落語家という偶然から親しくなる。この親しみの間にもきちんと礼節がある。ここが、好きなところのひとつだ。 その落語家 春桜亭円紫さんは、わたしの身近にある謎を、解き明かす。その関係も素敵だ。 この本には素敵なことが沢山つまっている。
読み返してみて、文中の本に興味を持ったり、歌舞伎の引用がよくわかるようになったなと思えたりした。バカみたいに歌舞伎を観に行った甲斐がありました。また、少々ではありますが落語をきくようになると、本の中の噺にのイメージも膨らむような気がする。 この本は、事あるごとにずっと読み返すのであろうなと思った。

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