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2011年12月 1日 (木)

能と狂言 和楽の世界

先月、日経ホールで 能と狂言 を並べて鑑賞するという会にいってきました。大手町に新しいホールができていました。室町コレドにもあるもののような会議ホールという感じ。ホールってそんなに沢山 必要なのでしょうか。
梅若玄祥さんの舞囃子「景清」。そして、万作師の小舞「景清 後」。並べることによって内容の比較よりも、気迫合戦というものに感銘を受ける。戦うということではなく、高めあう。空気がピリっとしました。 梅若玄祥さんの景清は、動かないところに気迫があり、万作師の景清は、動くが美しかった。ひとつひとつの動作に意味があるってこういうことかと驚く。しびれるほど格好よかった。
能楽素囃子後 休憩。まずは、半能「頼政」。ここの能舞台は、柱が根元にわずかにあるだけの仕様。目付柱がなくてどこを目印にするのであろうかといらぬ心配をする。プロだけどね。 頼政をよーく予習してから鑑賞。けれども戦の有様を語るところは、曲の見どころの部分を、しっかりと味わうまでの理解力がなかった。いつか身につく日がくるといいのだが。それでも、筋を踏まえてみると違ってみえる。予習してみるととても興味深いのに 頭の中の起伏と目の前に展開する舞台の重厚さに差がでてしまった。沢山みて養うものでしょう。
最後は、狂言「通円」。さきほどの頼政を、通円をいう茶屋坊主にたとえる。頼政が三百余騎を前に少しもためらわず討ちいりて浮きぬ沈みぬ渡しけりという戦の場面。 通円の茶を求める人が三百人押し寄せる。 茶を飲まんと群れいる旅人に、ちゃっちゃっと、うち入れて浮きぬ沈みぬ点てかけたり。三百人の客を相手に 1人残さず茶をたてまくり、ついに、点て死にしてしまう。茶杓を手に点てまくる。おこられないのかなぁとちょっと心配になるようなナンセンスな展開。 おおまじめに、きちんと型でみせる。
重厚な会でした。

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