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2012年2月14日 (火)

談春ノックダウンショー

昨晩、ひさしぶりに横浜にぎわい座へ。一家揃って。「立川談春独演会」を聞きにいってきました。
すごかった。
もう、しばらく落語をきかなくていいわ。このすごさが薄まるのがもったいないから。と思った。
前座さんの後、談春登場。当然この話になるでしょとばかりに談志の話になった。あの人は弟子がキライだったのでしょうかねぇ、死に目にも会えず 死に顔も見れず。という。口からでる言葉の奥にある想いを感じる。そうすると絶妙なタイミングで神妙になる必要なんてないとサラッとかわす。小屋の中の人の息を操る人だ。
今日は、源平盛衰記。談志が小ゑん時代につくった地噺『源平盛衰記』だそうだ。 地噺というのは、どう脱線してもいい、そのまま押し切って勧めちゃう噺らしい。吉川英治の『新・平家物語』を読んでびっくりしちゃった談志が20才そこそこのころに作った伝説の噺だそうだ。 古典落語の中に新しいギャグ を入れ、トークに近いようなものをやって大評判になった出世作なんて言われても少しもピンとこない。が、聞いてみると頭に?がいっぱいならぶドエライことをしたということがよくわかった。  「のようなもの」って微妙なニュアンスと、若造 小ゑんのおどろくべき行動を、 談春少年が聞いて驚い図式に圧倒されながら聞く。 平家物語の王道をなぞる中、とんでもないことがいっぱいでてくる。
談春が、覚えるのはできるんですよという。なぞるだけなら、どんな名人のだってできる。 その言葉になんだかウッときた。手にいれるまでの死ぬほどの努力をしている人だけが言える言葉だなぁと。
私にとっての談志は、選挙にでたり意地を張ったりという才はあるらしいけどガンコなおやじという印象。生で聞いたことはもちろんちゃんと聞いてみたことはあるのだかないのだか。そんな私にも、父のように生で談志の源平盛衰記を聞いて度肝を抜かれた人にも、それぞれに談春のみた談志が響いた。
談志に度肝を抜かれるような、機会は残念ながらなかったけど、談春がいる。そんな風に思った。
休憩をはさんで「夢金」枕なしにすっとはじまる。どっぷりと江戸のころの人の世界に引き込まれた。ええ、お礼がいらないって熊さん熱でもあるんじゃないの!?と驚いたところで、はい夢でした。ああ、やられた。気分いい。 源平盛衰記のすさまじいノックダウンのあと、談春をきちんときく。これにもしびれた。
訃報に接した時に、弟子達は何だかわからなくてコメントすることを避けたという。切り取られた言葉だけを何度も流されてはたまらないと。哀しみに対してちょうどいい長さのコメントを強要してくるのがみえてイヤだという。その通りだなぁ。こうやって独演会をまるまるつかって、やっと表すことができる。いい独演会でした。

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