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2012年2月 7日 (火)

『おちゃっぴい~江戸前浮世気質~』

宇江佐真理の『おちゃっぴい~江戸前浮世気質~』(徳間文庫)を読む。
購入した『神田堀八つ下がり~河岸の夕映え~』に、大好評の前作『おちゃっぴい』の後日談も交えて、しっとりと読ませますと書かれていたので、再読。いいねぇ。そういえば、この町入能の話、大好きだった。
短編集だが、「町入能」と「概ね、よい女房」が同じ長屋が舞台になっている。「れていても」の後日談が「あんちゃん」のように。
江戸時代の遊郭でお客がない遊女のことを「お茶を挽く」といった。暇のこと。ぺちゃくちゃとおしゃべりしながらお茶をひくからおしゃべりで活発なおてんば娘をおちゃっぴいというと言われても。音の感じはうるさそう。
「おちゃっぴい」のお吉。これを読んで杉浦日向子さんを読みたくなった。父と後添えの母に大切にされた札差・駿河屋の一人娘。それでも心の中にむしゃっくしゃする気持ちがある。無茶苦茶な理論でもちゃんと人に当たるあたる。それを受け止めてくれる粋な大人がいる。人生そういうものだ辛抱しろとか、他と比べて恵まれているとか、そんな大人の意見じゃない。人に八つ当たりして、自分で考える。たまたまあった菊川英泉にあたり、葛飾北斎の家に行き、娘のお栄と話す。意見を言うのではなく、大人が生きているところをただ見せる。その係わり方がかっこいい。この話もいっち好きだ。
「町入能」大工の初五郎は朝な夕なに江戸城の富士見櫓を仰ぐ。お城にあこがれを持つ。漠然としたこの好きだという気持ちの描きかたがいい。初五郎の住む長屋には浪人の花井久四郎夫婦も住む。浪人になっても武士を振りかざさず、長屋連中とつきあえる。毅然として生きていくことのできる人は強い。
町入能を裏店の皆で見に行くことになる。あこがれのお城に入ることができる。その興奮。お城や武士というものを実際に感じ、初五郎なりに消化していく過程が、何度読んでも感心する。
「れていても」もいい。「れていても、れぬふりをして、られたがり」ほを省いたこの川柳の粋なこと。 「概ね、よい女房」という言葉の最上級の愛情にもぐっときた。ほろ苦さもいい。
武士がいて町人がいて。江戸の町には平等なんてない。そういうものだと納得せざるをえない世界。現代の建前は平等という世界よりもいさぎよくいろんなことがうけれられるのかもしれないなぁと考えた。格差なんてあってあたりまえ。位が高ければ即幸せってわけでもない。それもみんな知っている。せいいっぱい生きている人間は江戸も現代もいっしょなのになぁ。なんだかまぶしくみえる。

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