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2012年4月29日 (日)

澤瀉屋~

渋谷で行われたお練りに行ってきました。お練り大好きです。
027_crop二代目 市川猿翁    襲名披露
四代目 市川猿之助 襲名披露
九代目 市川中車    襲名披露
五代目 市川團子    初舞台

「二代目市川亀治郎大博覧会(渋谷亀博)」記念と、猿翁・猿之助・中車の襲名披露&團子くんの初舞台記念のお練り。渋谷という場所柄、歌舞伎好きよりも通りかかった人の方が多く、いつものような「おめでとう!」「澤瀉屋~」の声がかかるというよりも、物珍しそうな人でいっぱいのお練りでした。109の前から、東急本店前までを1時間かけてお練り。あんなに短い距離なのに。大盛況でした。
022_crop出発前の横断幕の前に待機するところを、裏側からじっと観察。緊張というよりも誇らしげで楽しそうな亀治郎さんや、緊張感にあふれつつも 丁寧に対応しようとすると香川照之さん・政明くん親子を見守りました。市川右近さんはとにかく暑そうにしていました。みんな政明くんを気遣いながら、ワクワクする感じにあふれていて、大人に見守られしずしず襲名をかみしめるというよりも、若者が期待に胸を膨らませる感がありました。 亀治郎さんらしくていいなぁ。
たっぷり待たされた後、人力車に乗ってお練りスタート。先頭に猿之助さんの乗る人力車が登場しびっくり。その後に四代目市川猿之助を襲名する市川亀治郎さん。続いて九代目市川中車を襲名する香川照之さん、五代目市川團子で初舞台を踏む香川政明くん親子の乗る人力車。右近さん、笑也さん、猿弥さんと続きました。寿猿さん、弘太郎さんは、もう人混みがすごくてわかりませんでした。半そで陽気の渋谷の街をより熱くしていました。おめでと~ 澤瀉屋~

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2012年4月27日 (金)

第58回野村狂言座

宝生能楽堂へ行ってきました。第58回野村狂言座。4月から新しい業務が増え、まだまだ見習い中のため大遅刻しつつ、走って向かう。職場から能楽堂まで、走って10分なので助かる。
最初の「飛越」は間にあわず。「折紙聟」の途中から鑑賞。途中なので、扉の近くでそっと観ていたこともあり、観ているこちらが落ち着かずしっかりと鑑賞できなかった。みる方もちゃんと整えてみないといけないなぁ。ちょっともったいなかった。少しでもみれてよかったけど。 聟と嫁がなんどもその場を立って、橋がかりの方まで行き言葉をかわす。さっと立ってさって動きさっと話しさっと戻る。一連の動きにちゃんと意味があってかつテンポがある。 おかしいだけじゃない力がいいなぁと思いました。(萬斎師・石田師・深田師・高野師)
休憩をはさみ、素囃子「男舞」。その後、「金岡」替之型で演じられるこの金岡に間にあってよかった。じっくりと鑑賞。
万作師が絵師 金岡。パンフレットを読み、金岡とは巨勢金岡の事と知りびっくり。今読んでいる写楽の本にもでてきました。名は文献に残るが、その作品は一切現存してはいない。あの金岡なのと思いつつ観る。そんなによくはわかっていないけれども。絵師としてあがった先でであった美しい女性に、のぼせて心がうつつとなり橋かがりを登場。笹を肩にかつぎ謡をうたいながら現れる。 妻は石田師。いつもよりも、全体的にかわいらしい雰囲気がしました。夢うつつな夫に対し、着飾り白粉を塗り紅をさせば私だってというところが、怖いよりもかわいらしさがあった。 ならばと絵筆を手に妻の顔に白を入れ、紅をさす。 うーん。あの方とは違う・・・と首をひねる。決してコミカルにならない。おかしさはあるが優雅でおおらかな空気が流れている。重厚なだけでなく、軽やかで、ふわっとしているところがある。単純な筋だからこそ、生きてくる空気がある。この演目は、前にもみているようです 私。でも、よくわかっていなかったと思う。今回は、ちょっと味わうことができました。何故大曲なのか、ぼんやりとだけれどもわかった。奥が深い。

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2012年4月25日 (水)

本日は優先発売日なり

本日は、二代目市川猿翁襲名披露 そして 四代目市川猿之助襲名披露 それから 九代目市川中車襲名披露 その上 五代目市川團子初舞台 さらに 初代市川猿翁・三代目 市川段四郎 五十回忌追善 という、新橋演舞場での6月公演の切符の松竹歌舞伎会ゴールド会員の優先発売日でした。 長い。
初日に、職場を休んで駆けつけちゃうもんねと鼻息荒くしていたのですが・・・ あっというまに初日昼の部完売也。ああ。
ものすごく観に行きたかったなぁ。襲名の初日に。他の日だって、みなさま全力投球投球で舞台を努めるということはわかっているのですがね。ああ。あの初日の緊張感ただよう口上の場に列座じゃなくて、同じ空気を味わって手が痛くなるほど拍手したかったのですよ。
他の日に応援にいくことにします。(でも、初日も行きたいなぁ・・・)

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2012年4月24日 (火)

『だれもの人生の中でとても大切な1年―yoshimotobanana.com 2011―』

よしもとばななの『だれもの人生の中でとても大切な1年―yoshimotobanana.com 2011―』を読む。
プロの書く日記が大好きで、これも楽しみにしているシリーズ。 2011年3月11日という日が来た。 プロの物書きとして、どうするのだろう。整理ののつかない気持ちを、書くのであろうか。簡単な日常ではすまない、いろいろなものが詰まった時期である。本にするくらいの内容を、一日として書くのであろうか。 日本人誰もが、世界中の人も、どうしたらいいか途方にくれたあの時を。
1月からいつものように始まる日記。そして、3月になった。 びっくりした。家族は、親しい人はどうしているのか。自分はどうやって帰るのか。それに追われるだけだった。そういえば、そうだった。 なんとか家に帰りつき、状況がわかるにつれ、じっとしていられないような、普通でいることが申し訳ないような気持ちになった。すごく普通に書いてあって、善人ぶらずに。簡単に書けるかっていうこともあるのかもしれないけれど、すごく納得したし安心した。 その後、それぞれみんな落ち着いてきた。だれもの人生の中でとても大切な1年。すごくいいタイトルだ。あんなこんでもないことが起こって、それでも得たものがある。普通って素晴らしい。
よしもとばななさんは、「十年間は続けようと思って日記をはじめ、ここで終わります」とあった。この時を含む2011年が10年目だったのか。今年になって吉本 さんの訃報が届いた。この十年だったのだなと、わからないなりになんとなく思った。 だれもの人生の中でとても大切な1年―yoshimotobanana.com 2011―同じ時代を生き抜きましょう。そしていい一年をそれぞれの場所で創りましょう!という、大きなタイトル。終わってしまうことが残念という気持ちよりも、ああ、いい時期にいいものを読んだなと思った。HPやtwitter は紙じゃない、本じゃない。私は、それらを続けて読むことはないと思う。これで一区切り。作家は身を削ってかいているんだ、こんちくしょう的な根性が、凄くすきだった。何か犠牲にするくらいの人が、物を書いたりつくったりする。全員がそうである必要はない。 熱烈に人を愛し、好きすぎて相手からかえってくる温度が違ってあれって思うところ。人を好きすぎるなんていう感じは、なんだかすごくよくわかった。ほとんどは、全然わからない別世界だけど。人とかかわりの人数も違うし、家に動物もいない。別の世界は、いろいろ興味深かった。よしもとばなさんは、堂々としている。断言しているように聞こえるから 面白く思わない人、やっかむ人も多いのだろうと思う。イヤな事をする人は、自分で言ったことに自分で責任取る根性がありもしないのにね。 生きにくそうに闘う女の人だなと思う。そこも、いさぎよくて好きだった。 私はこの本に頼ったり、すがったりしてきたわけじゃないけど、この日記のシリーズはずっと楽しみだった。 この本にでてくる人も、なんだか好きだし、ちょっと他人でない感じがする。ここに出てくる言葉は、ときどきグサっと胸に突き刺さった。 その時の自分によって響く言葉は違うのだろうけど。 甘い自分に気がつかされた。 今回ドキっとしたくだりは、「もし私の人生が不自由だったら、それは私の心が不自由だからであって、だれのせいでもない」。ここだけとりだしても、正しく響かないけど。ここを詠んで、「ああ、そうだった」とハッとした。  ありがとう。

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2012年4月18日 (水)

通し狂言絵本合法衢

観てきました。通し狂言絵本合法衢。中村座の小笠原騒動を観て、出てくる人出てくる人悪人すぎと思ったけどあんなの甘かった。しぇー。仁左衛門さんの悪いこと悪いこと。極悪非道という言葉でも足りない。しかも決めまくり、かつ かっこいい。ああ、それにしてもひどい男であった。 鶴屋南北の頭の中はどうなっているのであろうか。しかし、残虐さと単純さの加減は絶妙だ。あっけらかんと人を殺す。 今の引きこもり的な、世間のせい・人のせいという鬱屈がない。邪魔だから殺す。そして、決める。人を殺しておいて、そんな殺し方しておいて、その場でポーズを取られても、拍手はできませんよと 控えちゃうこともあるけれど、おおかた つい手をたたいちゃう。 みせもの・嘘のものとしての殺しという匙かげんが重要。 それにしても殺しすぎだけどね。
四幕十二場という長い展開で、次々と殺す。結局、悪な成敗されるのじゃというところまできて、本日はこれぎりとなる。ええ。ええ!慣れしているけど、やっぱり、ええ!長くてもちっとも退屈しませんでした。でも気をいれてみちゃうのでくたびれた。
ロビーで、仁左衛門丈のサイン入りブロマイドを販売。、これは、東日本大震災復興支援の一環でとして、国立劇場公演後、被災地である宮城県名取市文化会館と、多賀城市文化センターで行われる復興支援のチャリティー歌舞伎公演に活用されるそう。歌舞伎を通して応援で購入。最初の休憩のころ購入したので、知らない場面のものを購入。観ていてひどい殺し方を下後、その刃をかついで花道の七三のtこころで決めたポーズのものだった。ええ・・・殺戮直後だったのね。あーあたくしが買ったのこの場だわと、口をあんぐりあげて花道を意気揚々と退場するのを見送りました。

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2012年4月17日 (火)

プチ桜休暇(さかりは過ぎたけど)

休暇をとって、国立劇場に行ってきました。「通し狂言絵本合法衢」を観に。
この作品は、観ていないことが忘れ難い作品。昨年の3月の大地震の月に国立で上演していた作品であった。そして休演になった作品であった。 何かを我慢すれば東北の人達の為になるわけではないけれど、どうしても劇場に足が向かなかった。 多くの辛いことの中、得た 普通の 退屈しそうな程の普通の日々ってどれだけ素敵なことかわかったことは絶対に忘れない。 
国立劇場開場45周年記念、最後の月にこの作品が帰ってきた。通し狂言絵本合法衢 四幕十二場。たっぷりとみてきました。
中村座の小笠原騒動を観て、出てくる人出てくる人悪人すぎと思ったけどあんなの甘かった。しぇー。仁左衛門さんの悪いこと悪いこと。極悪非道という言葉でも足りない。しかも決めまくり、かつ かっこいい。ああ、それにしてもひどい男であった。ええっと席で言いながらみる。休憩時間におばさまが、殺しすぎでヤだわって言っていました。見知らぬ方でしたが、そっとうなずく。君には良心ってものがないのかと、あつい思いで仁左衛門さんをじっとみてきました。
仁左衛門さんと孝太郎さん。秀太郎さんと愛之助さん。左團次さんと男女蔵さん。時蔵さんと梅枝くん。いろんな親子が大活躍。あらかた仁左衛門さんに殺されちゃうけどね。どひゃーという展開でしたが、やっぱりすこぶる面白かった。

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2012年4月16日 (月)

中村座 小笠原騒動

昨日、小笠原諸礼忠孝「小笠原騒動」をみてきました。通し狂言。出てくる人出てくる人悪人すぎて、口をポカンとあけてしまう。えーあなたも悪い人!とびっくりしつつ楽しむ。
七くんのお大の方は貫禄がありすぎて怖い程立派でした。殺しの現場をみちゃったから私も消されるのではと思う程の迫力があった。犬神兵部の新・勘九郎も、超悪人声で存在感ありすぎ。この兄弟怖いよ。正悪入り乱れてのはずが、悪ばかり目立つ。そんな中、数少ない正しい人 小笠原隼人に扇雀さん。心根は立派なのだけど、詰めが甘く必ずやりこめられる。そのおおらかなところが正義側らしくよかった。妹小萩の新悟くんも完全に詰めが甘い組(品がある組)。 何かにつけて、隼人は隼人はというのがおかしかった。若い娘さんかっ。
橋之助さんの岡田良助は、実は悪と替えるところが効いていた。人の気をぐっと掴む間合いがいい。突如ふてぶてしくなり「冥途の土産に聞かせてやろう」っていう台詞が似合う。幽霊がいるならあってみたいもんだ大きな口を叩く。ものすごく堂々として、小物感がなくいい。
それを上回る悪魔の使いのようなドスのきいた犬神兵部。そこから、一転 飛脚小平次になると新・勘九郎らしい 若くひたむきに突き進む性急な若者になった。幕がしまってからも桜席にさわやかに手を挙げて去っていく。あーよかった。性急すぎて早合点しそうな血気あふれるわかものだった。とにかく形がいい。橋之助さんのどっしりと構える岡田良助との対比の華やか。七くんの小平次女房お早の素朴さ一途さかわいらしさにほっとする。一途さ故に可哀そうだし、一途さゆえに恨みの気持ちもわかる。
とはいえ良助女房おかのにとっては気の毒。扇雀さんのおかののいじらしさがよかった。名子役ちゃん娘お雪が殊勲。ちょっとおかしく、ホロリとする。父である岡田良助との対面からは、けなげでけなげで。来世ではどうか幸せに。あんないい娘がと感情移入する。 幽霊を嘲弄していたあの男が、実はきちんと家族を愛し情もある人だった。娘の自害をきっかけに家族が破滅していく。しかし一家誰もが惨劇でありながら父である岡田良助を信じ、安心し、心ひとつになる。凄惨なのに、この展開はすごい。
笠原遠江守は勘三郎さん。最後に現れすべてを見抜き納める。すこぶる立派で大きい。ちょっと可愛らしかった。
狐ちゃんが大活躍したり、蘭平のような大立ち回りがあったり。小笠原の家もめでたしめでたし。ああ、よかった。楽しかった!

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2012年4月15日 (日)

平成中村座 2部

お稽古の相方と中村座へ。平成中村座 四月大歌舞伎 2部の通し狂言「小笠原騒動」をみてきました。桜席での観劇。幕内感がたまらなく楽しい。すこぶるワクワクしました。
小笠原騒動は、演舞場で観ました。再演をも。そのはずなのに、風車の大立ち回り場面と、名子役に泣かされる場面しか覚えていません。名子役というものに初めて気がついた作品。永田晃子ちゃんに涙しました。なんてうまいのでしょう。なんで女の子なのでしょうと、勝手にもったいなくすら思いました。 その後でてきた私の中での名子役、石山真帆ちゃんの事も思い出しました。ちょっと大きくなってから、2人で春興鏡獅子の胡蝶の精をしていたなぁとか。今回の子は、ちびっこくて健気。でも健気すぎて、ちょっとおかしくもなった。母親が床に頭をこすりつけ詫びる中、掛け取り達を存分にまくしたてさせた後、もう絶妙のタイミングで、おーじーさーまーと詫びる。何の足しにもなりませんが御腹立ちまぎれにこれをと言って自分の着物を、櫛を、差し出す。しかも小首をかしげて。小さな子なのに、甘ったれるところは一切なく、もうとにかく健気。クィーンオブ健気。あまりの見事さに、ちょっとおかしくなったきちゃった。 それでもちょっとポロって泣いたけど。あーそうだったそうだったと思い出しつつも、ほぼ新鮮な思いで観劇。
今日は左袖の桜席から観劇。上の方だけど舞台の中の位置。1列目はわりと花道も見えました。太鼓などを叩く振動がお尻に伝わる。臨場感。 下手上の席なので、幕が締まると 基本みなこちらへと退出していくのがうれしかった。 見えないように工夫して出を待つ姿とか、普段みることはないものが気になってついついみちゃう。邪道な観劇方法とは思うが、期間限定の小屋で、限定席だけのお楽しみなので存分に楽しむ。裏方の真剣に舞台を設定し守る姿は、格好いい。ずっとかぶりついて、整える様を観る。楽し勝った。
今日は相方同行だったので、こそこそと えぇ!と驚きあったり 狐ちゃんがスタンバイしているわと目配せしたりと、特権がより楽しかった。説明のお姉さん(年下)も感じよく気分もよかった。うまい役者によるいい芝居は心のごちそう。まとめる必要もないのにまとめてみた。

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2012年4月14日 (土)

勉強会

久々の西洋美術の勉強会。わくわくと出かけてきました。今回は新プラトン主義。この考えを絵画で表した傑作 ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』と『プリマヴェーラ』についての講義。この講義を聴講するのは3回目くらい。なのに、またまたほーと感心してしまう。きちんと身につけていないことを申し訳なく思いつつも、何度も何度も聞いてやっとわかることの方が多い。さまざまな意味のあるモチーフを使って、見た目の美しさ以上の意味をそこに見つけ出す。こういう見かたができると絵画は百倍面白くなる。知りだすと、自分が知っていないということがわかる。フィレンチェでこの絵画をみたのはどのくらい前のことだろう。2枚横並びに飾られていたあの絵画は、思想を理解していなくても、美しくて大きくて印象的な作品だった。部屋にドーンと2枚飾られていた。今は直角に展示されているらしい。今、もう一回みたいなぁ。もっと知りたい。
久々の仲間との会食も楽しかった。こういう機会があることの幸せをかみしめる。大人になってから行った大学だからこそ、いい大人の仲間ができました。がんばってよかったなあ。

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2012年4月12日 (木)

『夏天の虹 ~みをつくし料理帖~』

毎回、胸をかきみだされる 髙田郁のみをつくし料理帖の新刊、『夏天の虹 ~みをつくし料理帖~』(ハルキ文庫)を読む。 そしてまた胸をかきみだされ、そして胸を締めつけられました。
心に目指す道をしっかりもっていて、健気に全力でその道に励み、毎日の事もちゃんとして、周りの人にも真摯に付き合い 奮闘し続ける澪に、さらに試練が訪れる。なぜ、こんなにも辛く苦しい道を生きなければならないのであろうか。誰か教えて下さいと心の中で叫びつつ読む。
澪をはじめ、登場人物達は どんなに哀しくても辛くても、にっこり笑う。泣きごとを言ったり、愚痴をこぼしてばっかりでたいした努力もしないこちとら、穴があったらはいりたいです。
なぜ、思い人の小松原さまとの縁談をあきらめてしまうのか。どうしても思いあう2人を一緒にしたい。どうしても。 そんな私の心の中にも、料理人として生きていくことを選らんで欲しい想いもある。 人を喜ばす仕事というのは(おいしい料理を提供するとか、いい芝居をみせるとか 等々)、自分を犠牲にすることが付いて回るのであろうか。 その辛さ、失ったものがあるからこそ ものづごい力で進むことができるのであろうか。 と、考えた。 あれも欲しい、これも欲しいと いい思いをしたがり、 捨てることのできない者の人生には それなりのサイズの器があるのかな。 みながストイックに生きればいいという者ではないけれどね。  そういう道を選んだ娘の生き方を、心の底から応援しつつ読む。人に支えられたいし、支えたい。
哀し柚べしの結末には、もう どうしていいのかわからなくなった。澪の人生は、「雲外蒼天」。そのはず、そのはずと自分をはげましながら読む。
「みをつくし料理帖」シリーズ第7弾、またもや重厚な1冊でありました。

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2012年4月11日 (水)

『富子すきすき』

宇江佐真理の『富子すきすき』 (講談社文庫)を読む。本の帯に、赤穂浪士に討たれた吉良上野介の妻。彼女から見た「松の廊下」事件とは。とあり、ひかれて読んだ。宇江佐真理らしい、江戸に暮らす人々の 普通の様子がいい。苦労なんてあたりまえ。それでもなんとか生きていく人。便利じゃないからこそ、人と人のつながりにたよらなくてはならず、1人でできないことがいっぱいある。
六編の物語。表題の「富子すきすき」は、忠臣蔵で刷り込まれた吉良憎しとは逆に、吉良の家の目線で描かれる。ある日突然、松の廊下で刃傷沙汰が怒る。自分の夫である吉良上野介の安否を心配する妻、冨子。綱吉に即日切腹を命じられた浅野家の事を気の毒にと思っていた冨子。 冨子にとっては、吉良上野介は優しい夫だった。還暦を過ぎた富子には、松の廊下一件のことが青天の霹靂でいまだに何のためにおこったかわからないと嘆く。 歌舞伎で、あんなに塩谷判官に、大星由良之助に肩入れして観ていても、冨子の目からみた事件以後の変わりように胸を痛めてしまう。 それでも生きていかなきゃねと、力なくも前を向く。静かなその気概が染みた。
冒頭の一遍、「藤太の帯」という話が特に気にいった。平将門を討った俵藤太の百足退治が描かれた帯。古着屋の店先に並んでいたこの帯の、持ち主となった者の決意を描く。がまんしなきゃと普通に暮らしている女達。帯を手にした時に、背中を後押しする勇気をもらう。事を起こすのはちゃんと自分。人には自分できめて変わらなければならない時があるのだなぁと胸を熱くして読む。
その他の「堀留の家」「おいらの姉さん」「面影ほろり」「びんしけん」の4編もとてもよかった。純で健気な江戸に暮らす女達を描く作品集とあるが、男もよかった。

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2012年4月 9日 (月)

花形歌舞伎 忠臣蔵・昼の部

昨日、演舞場で昼の部をみてきました。
昔、ここで昼夜通しでみたなぁとあれこれ思い出す。あの時は、菊五郎さんの塩冶判官に、團さまの由良之助でした。四段目の判官切腹の場に由良之助が駆けつけた時のこととかとても印象深く覚えています。四月花形歌舞伎は、菊之郎さんの塩冶判官に染五郎さんの由良之助。高師直は松緑さん。若い花形役者のみなさんは、いつの間にか このようなたお役が、違和感ないどころか じっくりみせてくれるようになりました。実際はこの位の年頃の人の話なのだなと、しみじみと思う。
高師直は若者がやっては味がでないと思う。そんな中、松緑さんの高師直はギリギリ踏ん張っていました。 松の間刃傷の場で、判官を相手に 顔世がらみで おだてたり、鬱憤を晴らそうと ひどいことを言ったり、相手の目をみて恥ずかしげもなく気を変えるタイミングがすごかった。松緑・菊之助の緊張感は観ていて面白かった。顔世の松也くん、声がいい。顔世の立場がよくわかる。力弥の右近くんは、やはり天才だった。すごい。本に書いてあるそのものの力弥でした。完璧。若狭之助の性急で正義にあふれる感じを獅童さんがお行儀よく演じていました。亀寿さんの足利直義は品があった。一声も品があった。亀三郎さんの石堂は、情にあついいい男で、亀鶴さんの薬師寺は、本当に頭にくる悪いヤツだった。花形役者連中、立派だったなぁ。
三段目、足利館門前進物の場の鷺坂伴内は橘太郎さん。愛嬌のある人でないと、この役を面白くない。調子のよさと品のない笑い方でうまい。昔、通しでみたときは鶴蔵さんでした。そして鶴蔵さん贔屓になりました。少し台詞があやしくてドキドキしたりもしたけど。山崎権一さんとか、ああいう愛すべきおじいちゃん名優には、コロっとやられてしまいます。中間の頭は辰緑さん。テンポよくばっさりのお稽古する様が楽しい。おかしい場面ってここと道行ぐらい。ああ、両方 鷺坂伴内が登場している。
松の間刃傷の場で、判官を抑えきれない程の屈辱を与える松緑さんの高師直の勢いがよかった。 菊之助さんの判官は、切腹の場での毅然とした姿が立派だった。 力弥を呼び、「由良助は まだか」と参上を待つ。あの一言だけでどんなに由良助を信用しているかということがとつも伝わった。すごい。 (部長諸君に問う、君にはこんな時に来て欲しいと願う程こんなに信用できる人がいるのか と現代社会を憂いた程すごかった。) 「是非に及ばずこれまで」と迷うことなく切腹をする。 こういう殿だからこそ、姿がみえない襖の奥に居る家来連中のしのび泣きが胸に染みる。由良助まだかと私も思いつつ涙が出ました。 すばらしかった。
そこに息せききって由良助登場。息を殺しつつ心の中で拍手喝さいです。 駆けつけた染五郎さんの由良助は、静かで熱く 頼もしい男だった。 殿、この男におまかせくださいと観ながら胸を熱くする。 城明け渡しの場で、結局金のことが気になるだけの斧九太夫。錦吾さんの斧九太夫は、長年殿にお仕えしてきても、結局 由良助は まだかと自分を待ってくれない寂しさを垣間見せたのが効いていた。 松也くんの顔世御前の哀しさは美しく。 静かに働く力弥の右近くんの、目立ちすぎず 間違いがない完璧な力弥に目が奪われた。 城を明け渡すまじと集まる若者の熱さもよかった。 いいお芝居でした。
大序からみたので 鶴ヶ岡社頭兜改めから始まり、松の間刃傷があり、切腹があり、城明渡しとなる。この展開に、気持ちがぐっと入った。主要メンバーが替わることもないし。道行は明るくていいけれど、突然新しい人が増えた感じがして せっかくの流れが中断された。福助さん・亀治郎さんのおかる勘平ですし、鷺坂伴内は猿弥さんという安定のある配役なのに、ちょっともったいない気がした。時間配分の問題はありますが、道行は夜の部でどうでしょうと 初めて思った。
見応えのある昼の部でした。満足。

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2012年4月 8日 (日)

通し狂言 仮名手本忠臣蔵

新橋演舞場では、花形役者連中による忠臣蔵の通しを上演。昼の部をみてきました。大序がある方。演舞場のところの桜も綺麗でした。花形の華やかさに花を添えていました。
Photo昔、演舞場で忠臣蔵の昼夜通しをみました。一日で通しを観るという企画があってそれで切符を取ったところ、特典として血判状がついてきました。あなたの名前を書き込んでというようなコメントがついていて、激しく間違っていると思いました。そんな半端な気持ちで押せませんよ。
Getattachment_crop今回は、昼夜観、筋書きを買い応募すると 四十七人に豪華なプレゼントがあたるという企画。 最初に筋書を買って、観劇日に判子を押すと応募できるそうです。そのハンコがコレ。 中々面白い企画のなのですが、筋書きは写真が入ってから欲しいからなぁ。そこが悩ましい。なので手持ちのノートに記念におさせていただきました。 口上人形がかわいい。
忠臣蔵の通しなので、最初に口上人形が登場。横の席から観劇していたので人形を操る黒子さんの姿をじっとみる。あの綺麗な顔立ちのお方はどなたでしょう。
義太夫が、耳によく入ってきました。この通しは語りや三味線も聞かせるとこに気がつく。御簾内ばかりでした。御簾内か、そうでないかはどういう基準なのでしょう。知りたいことは、まだまだ山積み。いつまでも歌舞伎は面白い。

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2012年4月 7日 (土)

太鼓

友人の太鼓の発表会というのに行ってきました。たいこどんどん。お稽古者なので、発表会に興味深々。私のお稽古も一風変わっているかもしれませんが、太鼓というのも変わってます。ドンとカッの2つの音しかないそうです。それでも沢山の曲がある。知らない世界は面白かった。
緊張に満ちた顔つきで、真剣に太鼓に向かう姿は知っている人でなくても胸が熱くなります。本人は、間違えたーとかあるかもしれませんが そういうことは一切気にならない。言いわけのできない勝負の場というのは、清々しいものでした。失敗も含めて。 この後の打ち上げの楽しさが、想像できるなーと思いつつ会場を後にしました。

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2012年4月 6日 (金)

『芸づくし忠臣蔵』

歌舞伎で忠臣蔵を観にいく度に、手にする一冊。関容子さんの『芸づくし忠臣蔵』(文春文庫)を再読。この本はなんどよんでも面白い。大序が大好きになったのも、この本を読んだからこそ。吉良邸討ち入りへと至る発端の出来事を知るということよりも、文楽で大当たりしたこの忠臣蔵という演目を、歌舞伎化するにあたり人形のように身じろぎひとつしないという幕開けのおごそかな空気がいい。じわじわと幕があくのは、その間に四十七回析が入るため。何度読んでも、ああそうだったと もっともっと興味が沸いてくる。
ものすごく歌舞伎が好きなのだけれども、自分の好きな見どころを きちんと言葉にできるようになりたいなぁ。

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2012年4月 5日 (木)

『3匹のおっさん』

有川浩の『3匹のおっさん』(文春文庫)を読む。
還暦をむかえたおっさんが、わしらは終わった訳じゃないと活動を起こす。自分の目の届く範囲の地域を守る。自分の周りが守れない奴が世界なんて変えられないのかもなと思う。理想論を闘わせるよりも、まず実践。身内に厳しく、そしてありったけの愛情をそそぐ。おっさん、かっこいい。おっさんの奥さんもかっこいい。
年を重ねることにより、陥ってしまそうな小さな小さなひずみ。そこから助け出すことができるのは、愛の力。助け出すのではなかった。悪いものには制裁を。迷うものには自分で考えるきっかけを差し出す。名乗らずに。いかしてる。そんなやりとりを、素直に楽しむ。
還暦を迎えた清さんの孫、祐希。最初は家族と口をきくのも面倒くさそうで、ましていわんや2世帯同居している祖父母になど口もきかない。小さい頃は懐いていたのにという記憶があるので、余計に差を感じる。それが、おっさんたちの行動を目にすることにより、どんどん変わっていく。どんどん人間らしい中身のあるかっこいいヤツになっていく。高校生なのに、自分で気がついてえらいぞ。ビバ、まっとうな人生。

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2012年4月 4日 (水)

『武士道エイティーン』

そういえば、誉田哲也の(文春文庫)を読みました。
『武士道シックスティーン』『武士道セブンティーン』を読みかえし、熱くなっているところで読み 更に熱くなる。いい本です。
エイティーンといえば、高校3年生。そんな若いみそらで、真剣に部活動にあけくれる。そしてそれは人生を考えることになっている。こんな若さで、私は何かちゃんと考えていたであろうか。チャラチャラと見える、要領よく生きているかのようにみえた姉 緑子の苦労するという道を自分で自覚して生きているいさぎよさもかっこよかった。モデルとして生きていくのに、こんな覚悟を持っていて、そしてそれをおくびにも出さない。家族にすらみせない。あの娘はほっておいても大丈夫と思われ、そしてそのとおり一人でがんばる。涼しい顔をして。そして、そのことにちゃんと気がつく妹がいる。「仕方ない」であきらめたり、物事を済ましたりしない彼女たちの様子は新鮮で、はっとするものがあった。
私自身、4月になって新しい仕事が追加になった。今がふんばりどころ。こういう時にいいものを読んだなぁ。
桐谷道場のことも、衝撃的だった。無敵の強さをつくった人々や、年をとる寂しさがある。どうしようもない現実がある。それでも、その時できることをひたすらやる。それがいいか悪いかということよりも、ひたすらやるということで積み上げてきた歴史があるということに、なんだか深く納得した。正解なんて、わからない。わからないから放棄したり手を抜いたりしないできたものって、強い。継続することができなくても、存在に意味がある。それでいいのだなと思った。
ああ。いい本。

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2012年4月 3日 (火)

『ザ・万歩計』

大嵐でした。ちょっと早く職場を出たのだけれど、あと一息のところで電車が止まってしまました。うーむ。惜しい。それでも、横浜駅まで帰ってきていたので何だか安心でした。
読み返そうと思って持って出てきた万城目学のエッセイ『ザ・万歩計』(文春文庫)を読み、閉じ込められた時を楽しくすごす。読み直してみて、改めてすごい男だと思う。地理公民なんて科目の名前、忘れていました。学校の時に言われたこと、会ったこと、見たことが、心に響くかどうか。ここが人生の別れ目だ。
思い切りのよさもすごい。大宮エリーのようなすさまじいのではないけれど、万城目氏もの結構すごい。
作りだす人ってやはり違うなあ。また読もうっと。

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2012年4月 1日 (日)

ちょっとしたパーティ

お洋服を買う時に、「ちょっとしたパーティにも・・」って言われることがある。その都度、そんな機会今まであったためしがないと思っていましたが、ありました。ちょっとしたパーティ。いってきました。パーティの別世界感を多いに楽しむ。
けれども、セレブでパーティ三昧の日々なんていうものには、あこがれないなぁと思う。セレブのちょっとしたパーティなんて想像もできないけどもね。森いずみちゃんとかが出席してそうなものなのであろうと想像。
たまに味わう別世界は興味深く、楽しく、おいしかった。眼福、眼福。その後、同行のおさるとちょっとしたパーティの反芻打ち上げ。泡のもの飲みすぎ。

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