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2012年6月30日 (土)

松竹大歌舞伎 東コース

江戸川区総合文化センターにいってきました。今日は、巡業の初日だったみたいです。
巡業の東コースは、義経千本桜。鳥居前と吉野山と川連法眼館。昼の部の菊之助さんの方の四の切を観ようと、行ってきました。切符もないのに。 いちか~ばちか~(寺子屋の源蔵風に。しかも平成中村座の菊之助さん風に力いっぱいに。)  
当日券、ありました。よかった♪
松緑さんの源九郎狐。てがたい。安心。なぜか、この演目だけ所作台なし。最後のひっこみが少々やりにくそうでした。すべるのじゃないかしら。所作台引いてあげてくださいと、心の中で頼む。天才右近ちゃんの義経がすばらしい。人の上に立つ人間にみえました。そりゃ命がけで守るよ という説得力がある義経でした。梅枝くんの静御前のかわいらしいこと。この2人はにくらしいほどうまい。憎くないけど。むしろ大好きだけど。 萬太郎くんの笹目の忠太が、超ヒット。まじめにふざけた役をやるの。きっちり、真剣にマヌケな役。あーほほえましかった。
1幕毎に25分近く休憩。舞台展開が大変なのだろうけど、ちょっと待ちくたびれる。重鎮の吉野山はさすが。菊五郎さんと時蔵さん。吉野山の山頂から、桜の山を見下ろす気分になりました。
最後にお楽しみの四の切。小狐ちゃん。可愛らしかった。小狐ちゃんになるまえの着込んだ時は、動きがかなり緩やかで、ちょっと心配しました。その分ほっとけなくて、小賢しくなくて、可愛らしいかった。真っ白な狐ちゃんになってからは動きがよくなりました。速くはないけど(失礼)。止まったポーズがいい。きれいに決まる。かわいらしい。思ったのだけど、若者がキレよく速く動くと体操ぽくなるのかも。 特殊能力を持つけれど、その事におごらず、ひたすら親を思い、主を思う小狐ちゃんでした。菊之助さん、四の切なさったことあるのかしら。初々しかったです。
おもだかやさんの四の切を観た後に、すぐ音羽屋の型の四の切をみると、その違いがよくわかり興味深かった。なるほどと。
川連法眼館の飛鳥が菊三呂さんでした。愛情深かった。若手や、お弟子衆に活躍のチャンスがあり、みなその機会に真摯に取り組む姿がよかった。力をいれてみたのでくたびれました。
松緑さんの四の切もみたいなぁ。亀三郎・亀寿、梅枝・萬太郎、菊市郎・菊史郎と頭の中で兄弟並べをして楽しむ。親子並べもね。みなさまご立派で頼もしいかぎりです。音羽屋ばんざい。

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2012年6月24日 (日)

襲名 祝 澤瀉屋

昼の部を取ったつもりが夜の部をとっていた おばかさん。がっかりしていたら、web松竹にて1枚だけ夜の部を販売しているのを発見。How lucky I am! 1階最後列だけれどもね。切符を入手し、ホクホクと襲名祭に向かう。やったーやったー
新橋演舞場で昼の部を観てきました。猿之助となった亀治郎さんのお祝いに。そして、死ぬ気で挑戦するという中車さんを応援に。テレビに映る様子では、なかなか大物っぽい團子くんも応援しなくてはなりません。久々に舞台に登場される猿翁さんにも拍手を贈らねばなりません。大忙し。
まずは、「小栗栖の長兵衛」から。いい、演目を選ばれたなと思いました。さすが。中車さんによく似合う。型や台詞を、きちんと踏襲しようと とことんお稽古したのだなと思う。まわりの盛り立てる力も頼もしい。右近さんの堂々とした様子と比べると、中車さんは少々動いてしまう。心情的に、細かい揺れなので表現をするのに相対する人に向けて動作が入る。もちろん、歌舞伎も同様だが、双方客席をむいたまま、あまり動かずに表現する独特の空間というものの力を大きく感じた。 ちょっとした感覚のズレなのだけど。 どこをどうと言えないけれど、微妙に違う。 歌舞伎の世界感の様なものについて、改めて考えた。興味深い。 「間(ま)」の力を大きく感じた。 ただ、しいていえばという位。 ちょっとあれ?と思うくらい。そこまでもっていった中車さんはすごい。 歌舞伎にみせる、周り全員の力と、支えようという想いも感じる演目でした。おつかれさま。
次に「口上」。段四郎さんが休演されていました。心配。亀ちゃんの肩に、いろんなものがのしかかっているように思い、勝手にその重さを感じ心配してしまう。 完璧主義者のイメージがある亀ちゃんは、いろんな重圧をものともせず、すっとこなしているようにみえるけど。 夜・昼をみて、この舞台の中心となり 全てを廻しているのは、亀治郎改め四代目猿之助であることは間違いない。。
藤十郎さんが、口上で亀ちゃんの横に座る。藤十郎さんの存在の大きさが、この場に必要なのがよくわかった。彌十郎さんの言葉に、人柄がよくあらわれていた。いい人です。中車さんの必死さの横で、鷹揚とした團子くんが頼もしい。子供だからこそ、怖いもの知らずにのびのびとがんばって欲しい。 亀ちゃん改め 猿之助さんは、まじめさが美しかった。猿翁さんの身体の具合の悪さを、詳しくわかっていなかった。大変だったのですね。渋谷のお練りの時の、少しぼーっとなさっていた時と異なり、眼にも身体にも力がみなぎっていました。周りでは泣いている方々もあちこちに。舞台って、きっとお医者さんもびっくりするような力を与えるところなのでしょう。
最後の演目。三代猿之助 四十八撰の内 義経千本桜。川連法眼館の場。市川猿之助宙乗り狐六法相勤め申し候。
猿之助の四の切り。前猿之助さんの舞台での四の切りは、残念ながらみたことがありません。映像のみ。 新猿之助さんの四の切りをみて、これがそうなのかと思う。基本の型。もちろん亀治郎さんだった猿之助さんの?!狐ではあったが、芯になる部分を感じました。
佐藤忠信の出のところが、キリっとしていてよかった。 源九郎狐の正体、を表す前までは、あまりにも何もかもなめらかに物事が進むので、ちょっと可愛らしさに欠けるかなぁと思ってみていました。が、鼓を手にしてからぴょんぴょんと嬉しそうに飛ぶところが可愛らしかった。跳躍力もすごい。やんなっちゃうほど、なんでもできる人だなぁ。死ぬほど努力をしているに違いないけれども。
祝 澤瀉屋!ばんざーい。

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2012年6月22日 (金)

「セノオ楽譜」デザインと京都時代の夢二を追って

併設なので、もう一つと数えていいかわかりませんが、美術展巡りの第4弾。竹久夢ニ美術館です。「夢二と大正時代Ⅱ 「セノオ楽譜」デザインと京都時代の夢二を追って -大正5~8年を中心に-」をみてきました。
大正100年に当たる2012年の企画展〈夢二と大正時代〉の第二弾だそうです。大正5~8年にスポットを当ていた模様。夢二の芸術と足跡を辿る企画をみて、夢ニのすごさがよく、わかりました。これがきらいな女子などいないようなデザインができ、かつ女子に厳しい ちょっと冷酷な男という印象でした。が、彼の大きな視点や想像力、構成力を知りました。すごい。天才。
「セノオ楽譜」というすばらしいものがあったそうです。大正期は音楽を愉しむ手段として、楽譜が出版されたとのこと。最も多くの発行部数を誇った「セノオ楽譜」の表紙絵を手掛ける夢二。古今東西の楽曲のイメージ、「セノオ楽譜」のシリーズのイメージを見事に表した表紙が沢山並ぶ。これはすごい。テキスタイルとは、こういうものかと思った。構成力がある。浮世絵風やら、アール・ヌーヴォー調やら、図案はちゃんと夢二の世界になっている。夢二、すごい。

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大正から始まった日本のKawaii(カワイイ)展

美術展巡りの第3弾。勢いづいてきました。不忍池を横断し、根津へ。次は、弥生美術館です。「大正から始まった日本のKawaii(カワイイ)展」をみてきました。Kawaii(カワイイ)ってNHKっぽい。おカタイ?
~ファンシーグッズを中心に~というサブタイトルの展示。子供の頃もっていた、あんなものこんなものもあり 鑑賞というより懐かしむ感じ。私の大好きなぬりえは、高橋麻琴画泊によるものだとわかりました。あー今みてもかわいい。塗りたい。売店に復刻ぬりえがあったならば絶対に欲しい!と思っていましたがありませんでした。残念。
大正ロマンなんて、言葉で片付けてはいけない程 竹久夢二の世界は別格でした。「港屋絵草紙店」なんて、今あってもいいと思う。北欧なんかに飛びついている場合じゃないわ。 昔は、千代紙や半襟を女の子達は大事にしていたのだなぁ。いい時代です。 便箋や封筒、メモ帳、シール。かわいいもの大好きでした。
高畠華宵は、ちょっと大人のおイロケがありました。内藤ルネのこの感じ!懐かしい。水森亜土ちゃんは凄いなぁ。サンリオの製品をみながら、あれもこれも持っていたねぇと、おさると存分に楽しみました。

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ベルリン国立美術館展

美術展巡りの第2弾。次は、国立西洋美術館です。おさると合流。一緒に「ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年」をみてきました。
おっ、ここにもフェルメール来日というくらいの気持ちで足を運びました。新鮮におもしろかったです。最初の展示物が、ルーカ・デッラ・ロッビアの《聖母子》。彩釉テラコッタの作品。真っ白で壁にかけるタイプの立体的な像。これがきれいでした。清楚で、美しい。指摘されてみてみると眼に薄く青が入っていて、そこも美しかった。1450年頃って日本では何時代かしらねといいながら鑑賞。聖ゲオルギウスがでてきたら、退治せんとする龍をチェック。龍にみえないつるっとした表面のものが多いような気がします。樫なと木材の彫刻がおおいことにも興味を持つ。木彫=仏像のイメージなので、新鮮。テラコッタの像の優美さや、なんとなく素朴な 柔らかい気持ちになる木彫像を沢山鑑賞。いいものねと言いあう。
ルーカス・クラーナハ(父)の工房の作品。《マルティン・ルターの肖像》。ルターってこんな人だったの?肖像画というよりも、何か語りだしそうな雰囲気があり人を描くというよりも、その人のしてきたことを描くことができる人なのだなぁと感じる。 同じくルーカス・クラーナハ(父)の《ルクレティア》をみて、より強く感じる。絵ハガキをみても沸いてこないけれど、本物の絵画からは、物語性を強く感じる。横にある解説のおかげだけど。マニエリスムという言葉でいわれるよりも、みた方が感じる。百聞は一見にしかずだ。
そして、ありました。ヨハネス・フェルメール。《真珠の首飾りの少女》そんなに大混雑ではなかったので正面から、右横から、左横から鑑賞。右ななめからみる角度が気に入りました。窓から入る光が、あたたかいようにすら感じる。どうなっているのでしょう。手にした真珠のネックレスを自分にあてている、直しているとも眺めているとも取れる、今みている一瞬を感じ、すごいなぁと感心する。
ジャン=バティスト・シャルダンの《死んだ雉と獲物袋》。すごく、死んだものだった。静物画ってこんなに命が終わっていることを感じるものなのでしょうか。18世紀の静物画は道徳的な意味があるそうです。キジは快楽と誇りを表すらしい。死んだものなのに、雄弁。
最後に、デッサンが沢山展示されていました。チマチマしているけど、妙にうまいと思ったらサンドロ・ボッティチェッリでした。なんと《ダンテ『神曲』写本》より煉獄篇第31歌だそうです。地上の楽園、ダンテの罪の告白、ヴェールを脱ぐベアトリーチェ。ベアトリーチェの前でベアトリ姐ちゃんに思いをはせる。田谷力三先生。なぜ、先生?紙でなく、羊皮紙に没食子インクというもので描かれているそう。 おーなんかすごい。変な感想だが、素直にうまいと思った。

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高橋由一展

今日は、確か演舞場昼の部を観劇するためのお休みの日でした・・・ 気にしない気にしない。
朝から上野に繰り出しました。美術展巡りの最初は、東京藝術大学大学美術館です。「近代洋画の開拓者 高橋由一」をみてきました。
由一の、《鮭》も《豆腐》も大好きです。しっかり由一をみるいい機会。日曜美術館でも予習しました。新・猿之助さんのゲストのコメントも面白かった。さすが、亀ちゃんっていうこだわりがいい。高橋由一の全貌を紹介と銘うったとおり、いろんな由一をみることができて、とても興味深かった。
日本に油絵が入ってきて、どうにかこれをと模索しつつ油絵を描いたころの、迫力のある「和製油画」という絵画も好きなものの一つです。明治維新後に丁髷を落とし、「由一」を名乗る。まさにこの時代の画科。ところがこの時すでに40歳を超していたそうです。すごい。絵が好きという気持ちでなく、洋画を日本に普及させることこそが、自分の果たすべき使命だという強い自負を持つというのです。なんと立派なことでしょう。 俺の絵をみろという思いではない真摯な信念を感じつつ、丁寧に鑑賞しました。
《豆腐》がなかったのは残念。《鮭》は藝大所蔵品だけでなく、日動火災と山種の所蔵品も出品されており、3点並べて鑑賞というぜいたくさ。切り身の身の部分の大きさが異なり、その効果がよくわかる。板目を効果的に見せる展示方法も面白かった。額はそれぞれの美術館の所蔵状態のままだそうです。山種のものだけが、すっきりとしていて、何ももってくるかとい点も面白かった。
描かれた作品をみて、j本人が怒ったという逸話のある《花魁》。本物は、思ったよりもきれいに描かれていました。その環境をも描いたというけれど、花魁になるだけの器量を彷彿とさせるところも、感じました。 日曜美術館情報によると、仕事のために着飾ったのではなく、お座敷のない時間に、描くためだけに着飾ったので多少本気でない装いなのではと言っていました。真摯に描く由一の前では、その少々の違いさえもそのままにしっかり描かれているようでした。《甲冑図(武具配列図)》は、鎧、兜、弓矢、太刀、武具、甲冑の素材の違いの描きわけが面白く、見飽きなかった。紐は、触ったらけばだった感触が触れるような気がした。細かく描かれているのに、甲冑の持ち主に敬意を示すというような想いが感じられなかったのも気になりました。
留学経験がなく、本場の西洋画を知ることはない。写実に挑んだ男が生み出した油絵は、伝わるものも面白かった。
風景画が数多く展示されていました。明治初期だから、もう東京であろうに、描かれた世界は江戸でした。庶民に馴染みのある江戸の名所地を 下書きと合わせて並べて展示していました。人は頭に髷をゆい、ひたすら歩く。時には馬を頼んで乗る人もいる。この時代に、立派な橋がかかっており、どうやってかけたのか不思議に思う。近代化される直前の土地の記録として、おおいに意義があるスケッチであるが、絵としてみるだけでも楽しい。沢山の作品を、たっぷり鑑賞。満足。
満足気分で売店へ。鮭グッズがたくさん。目移りする。てぬぐいやメモやクリアファイルという好きなものがはいった福袋的なお得なセットを購入。お目当てのリアルな鮭ストラップは在庫ぎれでした。後日届くように手配。うしし。
最後に食堂へ。平日だけあいている大浦食堂というところに入ってみました。学生が沢山いたので、ここにいていいのかどうかためらい、受付に確認しにいっちゃいました。不慣れな中、学生さんと食堂のおばちゃま達が新設でした。特別メニュー「由一鮭定食」をたべてきました。鮭・ガーリックオイル焼にご飯と味噌汁、冷奴というメニュー。洒落てます。藝大の学生さんの話を小耳にはさみながらいただきました。若い会話でした。

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2012年6月20日 (水)

ミッドナイト・イン・パリ

プールがお休みの水曜日。ならば、映画に行こう。おさるが絶賛していた ウディ・アレンの「ミッドナイト・イン・パリ」をみる。ものすごーくいい。みんな、みた方がいい。これ、すごーく好き。あまりにも気に入り、帰り道に友にお薦めメールを出した程。いいです。
パリの街が美しかった。懐かしい。行きたくなりました。 秘密の場所というわけではなく、名所なのだけれどもとても素敵に見える。 主人公ギルがパリに憧れている。雨のパリの美しいことといったら!と熱く語る。そんな視線でまず、パリの街をみる。冒頭の何もセリフも説明もないところから、すっかりパリにトリコになっちゃう。
お金持ちで、きれいで、スタイルがよくって、見栄えのいい家族と友人を持つ彼女 イネズと、パリを訪れる。彼女の父親の出張に便乗して。 イネズとギルの価値観の違いを、うえ込みつつ、パリで魅了する。 すっかりこの映画にやられました。
あたしは、ポールたちと踊りにいくからあなた先に部屋に帰ってて、タクシーに乗るのよとイネズは自分のしたいようにする。何がいけないの?という板についた金持ちっぷり。
1人になったポールが、自分の夢みる憧れの頃のパリの街に迷いこむ。そこに出てくる人達というと!あのひと、このひとと有名な芸術家がにどんどん紹介されるギル。ギルといっしょになってアンビリーバボーと驚きながら追体験する。ここがとにかくワクワクした。パブロ!フィッツジェラルド!横にはもちろんゼルダ♪。個性の強い彼らの雰囲気が、自分の思っているとおりなので、楽しくって仕方がない。ロートレックの脚のことは、サントリー美術館の特別展で詳しく知ったわと思ったり。特徴を観て、ニヤっとできることがすごく楽しい。 有名な人だということしかわからない人のことは、ニヤっとできないことがちょっと悔しい。知ること、学ぶことって 楽しさを増すもの。いいことなんのだなぁ。
それぞれの時代で、回顧するよき黄金の時代があると気づかされるところにハッとしました。ルネッサンス!と回顧する場面にドキっとした。あの図式のみせ方は見事です。石畳とガス灯の明かりの夜の街はロマンチックなこと。でもアスピリンはない。そういう表し方もにしびれました。いい映画です。
この仲の誰と付き合いたいかしらと思って見ていました。ヘミングウェイの男らしさには、ほれぼれ。ダリにもグラっときたけど。サイの話をするの。会って友と語りあいたくなるいい映画でした。

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2012年6月18日 (月)

藪原検校・観劇後

井上ひさし生誕77フェスティバル2012 第四弾は、こまつ座&世田谷パブリックシアター公演。萬斎師の演ずる『藪原検校』を観てきました。ものすごかった。観劇後、三軒茶屋から、渋谷に出るくらいまで同行の友人と無言になる程。衝撃的でした。
冒頭、真っ暗になる。浅野和之さんの語りで、この時代に盲に生まれたら同じ境遇どうし身をよせあって生きるしか道はないのかとドーンと身に応える。不作で来年の種付けの籾にすら手を出さねばならないような年にも、琵琶を語りおかえしの食糧を乞う。食糧がもらえばそりゃ、盲のネットワークで立て続けて訪れるだろう。毎日押し寄せられたら、村の人が、池に落としたくなる心情が沸くのも仕方がない。誰が悪いわけでもない。そういう状況の説明を、あきさせることなく実に巧みに語っていた。愉快なところから、昇りつめた先の末路を迎えるまで。浅野さんの語りはすばらしかった。
目が見えない。それは、親の因果であった。それを知ることもなく、感覚を研ぎ澄まし生きていく。自分で掴みとった生きていく光のようなものに純粋に手を伸ばす。女がいるから手をのばす。寺に預けられ、近くにいるのは座頭の妻だからその女に手を出す。たとえそれが師匠の妻であっても。 巧みに語るのでお布施も増える。 受けがいいことによる特典を知る。 その先の盲の最高の地位である検校を知る。そいつになると決める。盲がどこまで勝ち進めるかというよりも、自分の感覚で知りうる限りの最高のものになりたい。 あっけらかんとした熱意。萬斎師の杉の市をみて、あー若者なのだとものすごく実感した。見えないから、自分と世間を比較する基準が違う。無理を思う基準が違う。俺はなんでもできるんだという信念。邪魔ならば、言いくるめればいい。殺してもいい。欲しければ盗ればいい。ためらいのなさがに、若さが加わって、すごく説得力があった。二代目薮原検校の一代記であった。悪党の一代記ではなく。 すべてうまく運ぶようで、周りは、自分をのことを見えていることをスポンと抜けてしまう感覚がよくわかった。 主題を理屈で語るのでなく、体感させる芝居だった。
萬斎師は短髪にしていて新鮮でした。動く姿勢はさすがだった。コヒさんと熊谷真実さんの杉の市の両親は、特別でなく普通に必死に生きていた。ついという出来心への展開がうまい。盲に生まれたその子を気の毒がらせ、それが後に効いてきた。親にとっては、ただただかわいい我が子。杉の市もそういう子なのだ。コヒさんの検行の仕草が、美しかった。 舞台には綱が効果的に張られる。その綱を頼りに道をさぐる。綱は、道になり橋になり場面をも示す。ギターの音と綱というシンプルな設定で後は役者の力量でみせる。うまいだけに、より衝撃的だった。 みてよかった。ぐったりするほど全身でみた。

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2012年6月17日 (日)

がびーん どびーん はげちゃびーん

今度の金曜日は演舞場の日♪と指折数えて楽しみにしていました。会社もお休みをとって、ホクホクしていました。昼の部をみた後は、横浜で宴の予約も完了。
ところが。
同行のおさるに切符を渡したら夜の部と印字されていました。もちろん、私のも。??? これは松竹が間違えたのよ!意気込んで 履歴を確認すると・・・夜の部。がびーん どびーん はげちゃびーん 何が起こったのでしょうか。私が間違って予約したのですね・・・ とほほ。 昼の部がものすごーくみたかったのです。小栗栖の長兵衛が、口上が、川連法眼館が、みたかったの。ものすごーく。あああ。 せっかく2階Bのお気に入りの席がとれたと自慢して楽しみにしていたのに。私のバカバカバカ。
夜の部のスーパー歌舞伎は、初日に3階から鑑賞し熱気を満喫したのでもう満足なの。昼の部・・・ おバカさん。

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藪原検校・観劇前

世田谷パブリックシアターに、『藪原検校』を観にいってきます。
藪原検校は、以前シアターコクーンで観ました。蜷川演出で古田新太の藪原検校。殺し犯し奪うことで、盲人最高位の検校をめざす とにもかくにもひどい男。これを萬斎師が演じるとはと気になった。悪でも、洗練されたスマートな方法で残酷だけど涼しく昇りつめていく方がイメージがわく。どうなるのであろうか。狂言の「座頭物」とは、全く異なるものであろう。どうする?どうなる?と想像できない思いを抱えて三軒茶屋へ向かいます。
井上ひさし生誕77フェスティバル2012 第四弾。

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2012年6月16日 (土)

『ビブリア古書堂の事件手帖2~栞子さんと謎めく日常』

続けて、三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖2~栞子さんと謎めく日常』(メディアワークス文庫)を読む。2冊いっぺんに買っておいてよかった。
北鎌倉に古書を扱う店がある。ビブリア古書店。店主は、若い女性。度を越した内気だが、本の事となるとシャキっとする。そこから人生を推理することができる。苦くて、人に触れて欲しくないようなことに気がついてしまう。店主 栞子さんは、本というフィルターをかけると先の先までみえてしまう。どうしてこんなに内気になるのか、2冊めにしてやっとわかりかけてきました。まだまだ深そうな人ですが。同じ出来事を別の角度から見るとけっこう残酷な事はよくある。自分のしてきた事にこんな面があると知ったら、この人は自分をどう思うか。そんな考えで動けなくなる部分もありそう。 不器用な主人公の大輔の昔の恋愛も出てきて、ますます近しく感じる。 しかし、人ってこんなにいろいろ影の部分をしょっているものかしら。
また名作を、ちゃんと読みたくなった。私は、まだ『時計じかけのオレンジ』を読んでいない。これを読む前に読むべきか悩んだが読んじゃった。読むべき本が山のようにある。

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2012年6月15日 (金)

コクーン歌舞伎 天日坊初日

コクーン歌舞伎の初日に駆けつけました。まずは、コクーンシートから観劇。 若手の座組(勘九郎・七之助・獅童)が、クドカンの脚色・脚本で黙阿弥の「天日坊」を上演。
串田さんの演出という点はいつものコクーン歌舞伎だけれども、勘三郎さんも出ていない。 天日坊? 河竹黙阿弥作の『吾嬬下五十三驛』。嘉永7年に初演、慶応3年の上演を最後に全く上演されていないらしい。古すぎてなんだかよくわからない。『五十三次天日坊』天日坊。だれもが期待して集まってくる。それにどう応じるのか。ものすごく楽しみに観に行った。

とにかく、面白かった。クドカンの脚色・脚本は、歌舞伎界に呑み込まれて弱っちくならない迫力があった。 やられた!って感じ。いさぎよく新しかった。最初は、歌舞伎好きには、これは歌舞伎かと疑問を投げかけられそうだったけれども、そういうのを投げ飛ばしちゃう威力があった。若いパワー。中村屋兄弟がしっかりとうまい。現代風にはなしてもしっかり空気が出る。すっと歌舞伎にひたらせるきっかけを作る。亀蔵さんのクセの強さがぴったりだった。一貫して歌舞伎公演の時のままの萬次郎さんがたのもしい。 巳之助くんがうしれしそうにはじけてた。間がよくなった。新悟くんがうまくなった。気迫があって驚いた。若い人の感性で、ベテランが嫉妬しそうな勢いがあった。かっこいい。
白井晃さんの久助がすごくいい。微妙なねっちり感。台詞のテンポが歌舞伎に乗っていた。少しづつしみてくる存在感。平蔵の近藤公園も達者だった。お弟子さんのようにいい流れだった。オンシアター自由劇場を溺愛してきたので、涙がちょちょぎれそうになる音だった。
七くんは、女子の師匠になれる。かわいく、かっこいい。キレがある。とにかくうまい。 主役は、勘九郎。もう彼じゃないとできないんじゃないかと思う天日坊そのものだった。立ち回りで、見えない相手と、自分の招いた人生と戦っているような様子がカッコよかった。
次回、平場でみるのが楽しみでならない。

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2012年6月14日 (木)

『ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち』

おさるに、ずっと前からいいよと教えてもらっていた、三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち』(メディアワークス文庫)をやっと読む。いい。
北鎌倉に古書を扱う店がある。ビブリア古書店。店主は、若い女性。大人しくて内気で、商売なんてできそうもない。守ってあげたいようなかよわい人だが、豊富な本の知識を持ち、本のこととなるとシャッキとして、饒舌になる。主人公の大輔は幼いころのトラウマからか、本を読むことができない。少々調子がよいようにも思うが、それを補うことができる設定がある。世間にはいろんな人がいるし、見方を変えてみれば、悪くない面がある。
ビブリア古書堂の店主 栞子さん本にからむ事件の謎を解く。その上、彼女は入院中である。事実を調べてもらい、推理する。謎解きものは、謎をとくことよりも、そこに係わる人々を重視して読む方だが、これは謎解きもいい。事実は、ちょっと冷酷。そこが、この本のいいところかもしれない。
名作を、ちゃんと読みたくなった。

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2012年6月13日 (水)

『ザ・万歩計』

『ザ・万遊記』を読んだら、読み返したくなった。万城目学の『ザ・万歩計』(文春文庫, )を再読。やはり、名エッセイです。
けっこう繰り返し読み返しているので、内容はだいたい覚えている。書き方がうまいとなんど読んでもいい。
人生において、阿呆な体験を積み上げることはできても、こういう風に活かせることはないな。言葉を大切にしているところもいい。学校の先生のことや、授業が、こんな風に自分の財産になっているなんて。ふわーっと生きてきて、子供の頃のことを全然覚えていない自分が、もったいなくてしかたない。 おお!自分も文章を書いていいのかと気付くことになったくだりも、好き。 若いころ、ありあまる時間にまかせて無駄に本を読んだり釣をしたりする。そうだったかなぁ。あんなに時間があったのだから、何かすればよかったという時を過ごしたことも養分になるのだな。
小説を書くこと、エッセイを書くことは違う。プロはすごい。万城目学万歳。
やっぱり、この本の篤史の描き方は、『ザ・万遊記』の中の篤史への愛と比べ、格段にすぐれている。フェルメールの複製画で構成された天覧会にいったときに、篤史の「フェルメールの光だ」というコメントを思い出したくらいだもの。

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2012年6月12日 (火)

『ザ・万遊記』

万城目学の『ザ・万遊記』(集英社文庫)を読む。エッセイ。読み始めは、んん?『ザ・万歩計』の時のような、ワクワク感が薄いなぁと思った。おそらく、篤史への愛情表現が伝わりにくかったからだと思う。日本だけにとどまらず、世界にサッカーを見にいくくだりはサッカーに興味のない私にも面白い体験記だったので。大好きな「建物探訪」を語るのに、そこで足をひっぱるとは。
1人の作家を決め、1つの出版社から出ている本全て読破計画は、面白かった。井上靖の本を義務として読む設定が作家らしい。感想が、これでいいのかと思いつつ面白い。
文庫化に際し、2011年秋に平壌で行われたサッカーW杯アジア3次予選の観戦記「眉間にシワして、北朝鮮」が特別に収録された。これを読んで、作家ってすごいって思った。(作家がじゃなくて万城目学氏がすごいのだけど)。 人に発表する人の気概を感じた。北朝鮮という国家のやり方について眉間にシワを寄せて読んでいたが、最後に自分なりの対峙をしている作者の姿に、涙が出た。わからないことを聞くことができること。負けが判っていても、相手にあたってみるべきことを持つ。びっくりした。あの国にも、万城目学氏にも。

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2012年6月10日 (日)

杉本博司 ハダカから被服へ

原美術館にいってきました。本当は、先週行く予定にしていたのですが熱を出したり胃を痛めたりしてしまい、延期してもらいました。申し訳なかった。
原美術館では、「杉本博司 ハダカから被服へ」展を開催中。勉強会で気のあった友とはじめて2人で観賞会。ここのガーデンバスケットもお目当てです。美術館に入って、カフェダールに直行。中庭を眺めながら、週末限定のワイン入りのバスケットを楽しむはずが・・・限定数終了でした。残念(まだ開館して1時間たっていないのに・・)。前日は寒く雨が降っていましたが、この日は快晴。暑いくらい。芝生に面したミュージアムカフェは大賑わい。ワイン片手にランチを楽しむ人もいっぱい。我々も同様に楽しみました。体調不調でしたのでちょっとしか飲まないのグラグラしちゃった。そんな自分に驚く。 友の一番好きな美術館は京都の山崎の美術館だそうです。話をきいて、すぐにでも行ってみたくなる。芸術とお酒を楽しむ人の話は楽しい。
ゆっくりとランチを楽しんだ後、フワフワとした頭での鑑賞。 杉本博司の作品をちゃんとみたのは、森美術館での「杉本博司 時間の終わり」という展覧会の時。特設能舞台を作ったり、かすかな金属音がしたりと面白かった。杉本博司の写真をみて直島に行きたくなった。作品をみてどうというより、この撮られた場所が気になる。
御本人も、文楽や狂言の演出に携わったりと、気になる人です。杉本文楽も杉本狂言も、切符を取り楽しみにしていましたが 震災と台風の影響でどちらもいかれませんでした。縁がないと思っていましたが、ここの展示で装束だけはみることができました。
原始時代から人が服を着てその効果が出るまでを写真とキャプションで展示。構成をみせているのかなと感じた。クロマニョン人とかからはじまる。類人猿は再現模型だし、スパルタなど歴史上の人物は蝋人形と、精密な設定をしてもちょっと生身の人間からはずして撮影し、キャプション込みで作品となるのが面白かった。
次に本展の中心となる、衣服の写真。「スタイアライズド スカルプチャー」というらしい。ファッション写真とは異なるという大前提がある。ブランドを作ったデザイナーの服の写真。冒頭にブランドとはもともと豚の尻に押した焼印であるというところからはじまる。シニカル。服をこんなにも美しく撮り、キャプションはあえて視点をずらすのが面白かった。ガブリエル・シャネルの服のシルクの透けるような美しさがきれい。イッセイのプリーツは若ものには若さを、年配には肌に添うようにラインを作るという。本当に画期的な素材だ。クレージュの絵画を絵にしたようなシンプルな線の入れ方がいい。どれも、今見ても古さがない。選択の技と、やはりキャプションに効果がある。エルザ・スキャパレリのドレスのみ1点実際に展示されていた。黒に赤いフリルが目立つ。モノクロームの効果と、現物をおかない効果がわかるような気がした。
杉本作品以外にも、ヨシトモ・ナラのドローイングの小部屋など常設の展示も少しだけあった。売店においているものもかなり気になった。小さいが、楽しい美術館でした。久しぶりに御殿山に行ったのも楽しかった。

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2012年6月 9日 (土)

第七回狂言ざゞん座

喜多六平太記念能楽堂に行ってきました。第七回狂言ざゞん座です。
解説は、竹山師。ゆったり。あわてることがあるのかなと思う。
最初の演目は、「入間川」。高野師の大名をみて、ああ この演目の大名は短気だったのかもと思った。名乗りをする時にも、お勤めの間に手打ちにした者などもいたが おまえはよくがんばったと太郎冠者を褒めていたし。相対する 入間某に、斬って捨て申す と挑んでいくところが すごい迫力でした。 と思えば、さっきまで怒っていたのにもかかわらず 今度は、入間様を喜び 高らかに笑う。ああ、起伏のはげしい大名なのかとも思いました。 入間の某は、破石さん。大名のいろいろな物を手に入れ、ひっこもうとするとき、シメシメという具合が面白かった。太郎冠者は岡さん。大名をとめる手がきれい。指先までスっとしてました。熱演でした。演者の密度が高く面白かった。 この曲は、お稽古したことがあり よく注意を受けたところを思い出す。隣の席の相方と懐かしがる。集中してみました。
休憩後に「泣尼」。立派な説法ができるのにもかかわらず、周りを眠くしてしまう僧。徳の高い話ができる割には、お布施がよければ自分が行くと言ったり、ありがたがらせるようにとよく泣く尼をやとって同行させるなどしれっと現実的な人物がよく出ていた。僧は深田師。大袈裟にならず細かい所作だけで、きちっとむすっとした感じになりました。供養をたのむ主は内藤さん。まじめでまっすぐ。ちゃんと説法を聞いていました。尼がいなくても大丈夫じゃんと思う。尼は月崎師。本当に寝ているようでした。声が少し元気すぎるかも。ちゃっかりしているのでこういうものなのかもしれません。
最後に「釣針」太郎冠者は、竹山師。ものすごくまじめに、調子のいい頼み事をするのがおかしかった。妻を釣るのに、見目のよい妻で かつ年若をとか。主は中村さん。おっとりして、太郎冠者になにもかもさせる主人らしさがありました。ノーブル。 乙は、村井さん。はっきりと鮮明で、もうこの妻から逃げられまいという感じがした。竹山氏の太郎冠者は、繰り返しの動作も淡々としている。きちっと狂わずあわてない。個性が出るものだなぁと思いました。
久々の喜多六平太記念能楽堂。去年のざゞん座以来1年ぶり。古めかしさがいいのですが、椅子がキーキーいうのにはちょっと閉口しました。橋がかりみようとを振り返るとギギギ・・・。おデブみたいな音を立てないで欲しい。

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『インディゴの夜 Dカラーバケーション』

加藤実秋の『インディゴの夜 Dカラーバケーション』(創元推理文庫)を読む。
「クラブみたいなハコで、DJやダンサーみたいな男の子が接客してくれるホストクラブがあればいいのに」。全く共感できない。でも、この本は面白い。
ホストの中でも異色な、渋谷系の乗りのいいホスト達が、ベテランホストになる。ベテランに! 若い時は、年齢が上の人を小バカにするところがある。この感覚、感性を失っちゃった人達と。大人になってみると、なんとも青くさい話である。しかも、寛容に許すこともできる。だって、絶対に人は年をとるからね。
完璧なホストらしい憂夜。この人の服装は全くわからない。行動が一環してパーフェクトならば、人は自然と尊敬し、発言に力も付くものだ。
ホストの世代交代というのは大問題。若手ホスト君達が入店。一部二部とわけての営業。乗りで稼いできたベテランホスト君が、若者の無気力な感じに腹を立てる。わかるわ。読んでいてムカっとする。やる気がないんだかなんだか、あつくなることがない。あの冷めた感じ。それでも、かかわることをやめなければ、何か繋がりが生まれる。今度は、年代の差を描いたのか、うまいなぁ。

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2012年6月 8日 (金)

『インディゴの夜 ホワイトクロウ』

加藤実秋の『インディゴの夜 ホワイトクロウ』(創元推理文庫)を読む。
「クラブみたいなハコで、DJやダンサーみたいな男の子が接客してくれるホストクラブがあればいいのに」。全く共感できない。club indigoが開店三周年を向かえ、リニューアルオープンすることになる。内装を依頼した人気の有名インテリアデザイナー。改装工事中にトラブルに。といつものようにホスト探偵団と、オーナー塩谷さんと同じくオーナーである主人公の高原晶が、謎を解く。刺青師とか、強盗団とか、極端な世界。でも、この本は面白い。
主人公というか、軸になるのは、高原晶。この本に関しては、ホスト達に焦点があたる。ホストくんも、店を離れると普通の男子であり、それにけっこういい奴だったりする。御近所付き合いもあり、むしろいい兄ちゃんに属するくらい。 ホストじゃなくてもいいようなと思いつつも、ホストだからこそ、人をよくみているのだな思ったり。
ホストとして生きる。この道を選んだ覚悟というような仰々しいものはないにせよ、普通と異なる職業で飯を食うという意識はあるようだ。折り合いの付け方のようなものが、うまく描かれていた。ホームレスも登場。彼らは、また違う生き方を選んだ人。自由なんだか自由でないのだかわからないな。それぞれの暮らしには覚悟がある。それをさらっと書いている。ホストに探偵をさせて。うまいな。

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2012年6月 7日 (木)

『インディゴの夜』『インディゴの夜 チョコレートビースト』

加藤実秋の『インディゴの夜』『インディゴの夜 チョコレートビースト』(創元推理文庫)を読み直す。
「クラブみたいなハコで、DJやダンサーみたいな男の子が接客してくれるホストクラブがあればいいのに」。全く共感できない。クラブもホストも苦手。そんな世界にいったら、目を閉じてしゃがみこみたくなるな。でも、この本は面白い。
どうやら素敵なものらしい「クラブみたいなハコ」で、DJやダンサーみたいな男の子が接客してくれるホストクラブ ”club indigo”。 オーナー塩谷さんと同じくオーナーである主人公の高原晶が、ホスト探偵団と謎を解く。この設定も、ひとつもグッとこない。そうなのだけれども、この本は面白い。
ホスト諸君は、常識とか価値観とかが違う。のりが全てであり、本気とか深入りとかはかっこ悪い。でも、しがらみやうわべだけでない、彼らなりの「カッコいい生き方」という筋がある。学歴だとか派閥とか、そんなものさしではない。そして、彼らなりの守らなきゃいけないルールがある。実際にかっこいいと思える人の言うことは、ちゃんと聞く。自分で価値を判断する。そこが、ちゃんと伝わる。悪くないじゃん。(というよりも、けっこう気に入っている。)
男まさりの晶がいい。40代はおばさんだそうだ。そんな一般的な社会認識なんてくそくらえ。晶が無理して突っ走り、ホスト達がサポートしたり、一緒に突っ走ったり。気分のいいストレートな物言いが気分いい。ホストクラブのオーナーでありながら、下積みのような文筆業にも誇りをもって苦労する。いいねぇ。
おかまのなぎさママが溺愛している犬”四十三万円”(まりん)を、強盗から取り戻すとか、心臓を病んだホストがホストコンクールで優勝を狙うとか、文字にすると興味をもてないのに、文章はすごくいい。こういう時代を描いたものは、すぐに古臭くなってしまいそうだが、心意気を描いた話なのでその心配はいらない。
あと、2冊でているものをまだ読んでいなかったみたいなので、読み直しました。楽しかった。続く。

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2012年6月 6日 (水)

襲名披露 ヤマトタケル

昨日の覚書。劇中口上をはじめとして、とにかく新 猿之助 の亀ちゃんが大活躍。こんなに大変なものを2ヶ月も大丈夫でしょうか。昼には他に演目もあるし。全体のことも深く考えているようですし。心配になるくらい大活躍。拍手をいっぱい受けて、活き活きとしていました。この人には、猿之助さんの口調を消化した上で、そのまま踏襲している力がありました。(海老蔵さんの四の切りにはそれがなかった。海老贔屓だけど。)
口上では、新 猿之助さんが決意を述べる。どうしてもスーパー歌舞伎を、ヤマトタケルを襲名の演目として演じたかったと。一度は無理だと言われたそうです。あの大道具をみたら、納得。「前例がなければ作ればいい」という澤瀉屋の心意気で実現させた。周りにもきちんと感謝の念をのべる。そして、中車さんの必死の挑戦も「前例がなければ作ればいい」という。かっこいい。大きな愛を感じました。
中車さんの真剣さが、ストレートに伝わりました。死ぬ気で精進するという必死さ。こんなに必死な人をみたことがない。すごい。
まず、大和という国があるらしい。帝に謀反を企む双子の兄大碓命(おうすのみこと)と、弟小碓命(こうすのみこと)がいる。どっちも亀ちゃんだけど。おうすとか、こうすとか耳なれない名前。出てくる姫の姉妹も兄橘姫(えたちばなひめ)と弟橘姫(おとたちばなひめ)。これをえひめ、おひめと呼びかける。よっとややこしかった。名前も衣装も仰々しい。ストーリーがちゃんと組みたてられている。 いつもの歌舞伎は、時間の経緯とか、大雑把なところもあるが 終始きちっとしていました。
熊襲の兄弟 彌十郎さんの兄の蛸・猿弥さんの弟の蟹の衣装がかっこうよかった。 中車さんの帝は、一言一言200%の丁寧さ。ワカタケルの團子くんは、どうどうとしていました。大物。 笑也、春猿、笑三郎の3人の女形さんの手堅さや、右近さんの確立した独自性など、役者力もよくわかった。
熊襲も蝦夷も、征服する。勝手に人の国に来て、征服するという事実にもちゃんと向き合うくだりがある。米と鉄を持って、人の国に乗りこんできたよそものという事実をつきつけられる。帝のために制圧するという大義以外の面を示唆させる。うーむ。ちゃんとしている。インカ帝国に攻め入るスペイン人のことを考えたりしながらみました。
「古事記」を題材に哲学者梅原猛が書き下ろした日本神話のヤマトタケル。ずっとちゃんとしていること、ずっとスペクタクルなこと。そういうところを一生懸命みていて、クタクタになりました。これはこれですごい。でも、私は歌舞伎が好きだなぁ。否定ではなく。歌舞伎のテンポが好き。

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2012年6月 5日 (火)

襲名披露 六月スーパー歌舞伎

初代 市川猿翁 三代目 市川段四郎 五十回忌追善
二代目 市川猿翁     襲名披露
四代目 市川猿之助  襲名披露
九代目 市川中車     襲名披露
五代目 市川團子     初舞台

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演舞場に行ってきました。残念ながら、昼の部の切符はとれませんでした。なんとか夜の部がとれたのでいってきました。3階の袖のかなり端。果たして舞台はみえるのでありましょうや いなや。雰囲気を味わうことも楽しみにでかけました。
端っこなので見えない部分がけっこうありました。そこは、想像力で補う。歌舞伎の客席は格差がはっきりしています。今日は3000円の席だから、残りは想像すればよいのです。その場にいるという臨場感だけでも楽しい。やっぱり初日は違う。夜の部では、最初に、新猿之助さんと新中車さんの口上がありました。新猿之助さんは、若いのに先輩の胸を借りて挑戦というかんじでなく、自分で自分のこと、一門のことをよく考えてひっぱっていっていました。大変だ。えらいぞ。 中車さんの決意あふれる一言一言に、ジーンとしました。がんばって。今日はスーパー歌舞伎の方を観たので、歌舞伎味を拝見するのは、昼の部までおあずけ。早く観にいきたい。
スーパー歌舞伎をしっかりみるのは、初めてに近い。どえらい歌舞伎。くたびれました~。スピーディーですしね。猿之助さんが40代のときに、これを作ろうと思った心の中を考えたりしました。最後に、カーテンコールがあり猿翁さんも登場。お練のときと違い、堂々としてみえました。ヤマトタケルの舞台に立つ姿にはパワーがあり驚きました。逆に、舞台をやりとげた新 猿之助さんは、はればれとしたのか なんだかかわいらしくなっていました。梅原猛さんも壇上へ。
襲名記念グッズがなかなか心をつかむものが。しかも高価。簡単に手がでないけど、なんかほしくなる。クリストフルの箸。えっと思いみていると、クリストフルのきれいなおねえさんが、ご本人のアイデアで亀から猿への箸渡しという意味がこめられています。なんてことを教えてくれました。ほしくなる。赤の方かな。信玄餅も桧のお弁当箱に入っているものがありました。欲しい。高い。気になる。粋な企画で、売店も楽しかった。 おめでとうございます。

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2012年6月 4日 (月)

『豚キムチにジンクスはあるのか 絲的炊事記』

胃が痛いので読んでみた。絲山秋子の炊事エッセイ『豚キムチにジンクスはあるのか 絲的炊事記』(講談社文庫)
この人は、物書としての覚悟があり、することなすこと潔い。
「ああ、やっぱり酒飲みってつまみを作ってしまうのだなあ。」というが、呑んべ=垂涎のレシピ作成可能 という訳ではない。手際のよさ、潔さ、何度もちゃんと挑戦する心意気。かっこいい。そして、ご飯はおいしそう。
ちゃんとメモ書いて買い物に行き、自分のきめた実験ルールに従いとことん食べる。アネさんな一冊。
胃はまだ痛い。

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インカ帝国展

国立科学博物館の特別展、マチュピチュ「発見」100年『インカ帝国展』を鑑賞してきました。2週続けて上野の夜間延長を活用。お天気が余りよくなかったせいか、混んではいましたが程々の人出で助かりました。 胃が痛かったのでさらっとめに鑑賞。
マチュピチュの前に、まずはインカ帝国について学ぶ。知らなかった!基本的なことを知らなさ過ぎということもあって、驚くことばかり。文明なのに、文字がない。文字・鉄器・車輪をもたない驚くべき巨大文明。
インカ帝国は、細長く巨大でした。南北4万kmを「インカ道」という石畳でつなぐ。延々と続く道。途中には崖っぷちの細道もあれば、吊り橋のところも。そこを走って情報を伝達する人を通し、通信という手段を持つ。文字をもたないのにどうやって伝えるのでしょう。 「キープ」という結び目を用いていました。縄を何本も何本もつなげ、のれんのようにし、その1本1本に意味をもたせた結び目で数字を表す。10進法を使っていたという。でも文字は使わない。んー何故だ。会場でも、こんな考えができるのにどうして文字を発明しないと同行の人に何度も何度も言っている人がいました。勝手にうなづく。不思議です。体験コーナーで結び方が3つ紹介されていました。なんども練習してきました。今やってみたら一つしかできなかった。
何かを得るために、一番大切なものを神に差し出す。そのため、子供の生贄があったという。ミイラの技術も確立されていた。太陽を崇拝し、黄金をその象徴としすぐれた工芸を作る。共通の常識を持ち、農耕を行う。統治者を持ち、秩序を持つ。すばらしい世界だ。
と思っていると滅びるインカのコーナーへ。スペインが乗りこんでくる。まったくもう。余計なお世話。せっかくの美しい国を。スペイン人を恨みながら鑑賞。やつらは、傍若無人に乗っ取り、勝手な理屈をこねくりまわす。そんな征服の様子、残虐な行いを、明るいタッチの絵で残されている。文化だからだが。インカから、王も文化も奪う。黄金も。 あまりにスペイン人が黄金をほしがるので、インカの人々はスペイン人が黄金を食べていると思っていた絵が残っていた。こんな素朴ないい心の人々の国を、勝手によそからきて汚すとは。
しかし、インカは よみがえるのである。マチュピチュである。独自の暮らしは、山の上に作られる。その独自性を四畳半くらいありそうな立体的な巨大なマチュピチュの大きな模型で示す。これがよかった。壮大さがよくわかった。
最後に、マチュピチュの3D映像。メガネをかけてみる3Dスカイシアターは、その高さに脚がフラフラしたりする。うーむ。けっこう面白かった。おかたい内容なのに。椅子に座って、もう一回みちゃった。体感してみるべき。コンドルの目線でみるマチュピチュ。この時代のここに住みたいと思った。便利さで失われたものがここにありました。太陽と共に暮らす。生きていくために、まっとうに労働する。いい。 ナレーションは、玉木宏さん。源義朝。源氏かっ。いい声でした。
自分土産は、マチュピチュノートにしました。お稽古で使おうと思う。パワーがでて、ちょっとは謡ができるようになるかも。マチュピチュの力で。

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