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2012年9月23日 (日)

アール・デコ 光のエレガンス

パナソニック汐留ミュージアムにて、「アール・デコ 光のエレガンス~ルネ・ラリック、ドームを中心に~」展をみてきました。いつも友のおかげでいいものをみせてもらっています。感謝。
アール・ヌーヴォーが、終息を向かえたあとアール・デコの時代が訪れる。そのプロローグからアール・デコ博覧会を迎えるまで。
プロローグ時代のガブリエル・アルジィ=ルソーの作品がずらっと並ぶ。『雪中のオオカミ』という名前の花器が好きでした。触ったら雪の感触がありそう。シートン動物記や椋鳩十が読みたくなった。
豪華客船ノルマンディー号の中で使用されたなどが面白かった。豪華ってこういうことね。ポスターもすてきでした。船内の見取り図にひきよせられました。お金持ちって、お金だけでなく、時間もたっぷりあったのね。優雅。

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文楽 「夏祭浪花鑑」

続いて、おめあての夏祭。最近お近づきになった古典芸能愛好家の方に教えていただき、黒御簾からの音楽にも注目して観てきました。そうしたら、祭りの賑わいをもりたてる「だんじり囃子」の重要性がよくわかりました。
釣船三夫の家でも遠くに囃子がきこえている。最後の泥場では、床が語らない場面がある。団七が、義平次を手にかける。黒御簾からだんじり囃子が聞こえる。どんどんどんどん、音が大きくなる。その音にまぎれて団七は逃げ去る。すごい効果でした。圧倒。
幕あけは、住吉鳥居前の段」。老いてはいるがただものではない風貌の釣船の三婦。人形単体でみたらただのおじいさんなのに、すごい。紋寿さんも三婦も白髪頭で、いいコンビ。駕篭かきにいちゃもんをつけられている客を助ける様もかっこいい。この場で、うまいぐあいにほとんどの登場人物が出てくることにも気がつく。三婦が、磯之丞を助ける。団七釈放の迎えにきた女房お梶、団七、磯之丞の恋人・傾城の琴浦、琴浦に横恋慕する大鳥佐賀右衛門、お梶にやとわれた侠客の一寸徳兵衛。因縁をうまいこと表現していたのだなぁ。
歌舞伎だと演じている役者のかっこよさにうっかりしていたけど、団七って男によく目がいった。団七の正義感は一途といえばそうだが、若者特有の思いつきのあやうさが目につく。男も女も伊達と粋を第一に生きている世界。それはわかるが、団七はお主のためとはいいつつ、その場の勢いが多すぎる。ちょっと間違うとただのイキがった若者じゃん。そこを微妙なラインで粋な世界にもっていく。間違いから舅に手傷を負わせてしまうと、あっさり殺すしかないと切り替える。単純すぎやしないかと思うほど。 それでも、親を手に掛けてしまったという場にぐっとくる。 しまいには、総刺青の裸身がですっと立つ。あたりは闇。遠くから提灯が近づく。だんじり囃子が迫ってくる。その世界感に魅せられてしまう。
徳兵衛女房 お辰は、蓑助さん。人形の所作が全然違う。私の女が立たないとぐっと迫るところや、心を決めたところなど、ほれぼれするくらい気持ちがわかる。人間よりもすごいかもしれない。
私の行った日は、住大夫さん、清治さん、文雀さん、源大夫さんが休演でした。大切な人間国宝の方々が・・・心配です。
磯之丞様は大切なお主のはずが。頼りないし、琴浦という人がいて、みんなで苦心して一緒にしようとしているのに、隠れ蓑として預けられたお店の娘と恋仲になっている。え?こんな人を守るために、こんな地獄絵がくりひろげられるの?琴浦に責めれらた時に、「据膳と河豚汁を食わぬは男の恥」っていいましたよ、あの人。勝手だ。
文楽の夏祭をみて、一番驚いたのは、義平次がボロボロのおじいさんでなかったこと。歌舞伎だとみすぼらしいのに。義平次は勘十郎さん。せっかく会えたのにグチグチという琴浦さんをさらう場では、うっかり応援しそうになった。にがみばしった雰囲気でした。泥場での嫌味な様子もすごい。団七の格好よさをひきたたせるように、ぐっともっていく。窮地に陥れるなら俺にまかせろっといった男でした。文楽はあまり卑屈にならないのだなぁ。純粋に面白かったし、歌舞伎との比較も興味深かった。
夏祭浪花鑑 
 住吉鳥居前の段
 内本町道具屋の段
 釣船三婦内の段
 長町裏の段

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文楽 「粂仙人吉野花王」

9月文楽公演 国立文楽劇場にいってきました。
昼の部、観賞。演目は、「粂仙人吉野花王」と「夏祭浪花鑑」。勘十郎さんが、夏祭の義平次をなさるので、昼をとりました。粂仙人吉野花王って何かなぁと思ってでかける。
粂仙人吉野花王(くめのせんにんよしのざくら)吉野山の段 
幕があくと、これは鳴神ではありませんか。この話なら、歌舞伎でもう何十回観たことか。やったぁ。最初に坊主が2人出てくる。てっきり黒雲坊と白雲坊と思いきや大伴坊と安曇坊だそうです。こちらも人間くさいやりとりで楽しい。歌舞伎とちょこっとずつ違い面白い。
鳴神上人より粂仙人の方がすましていない感じ。花ますの魅力に、すぐにコロっと参ってしまう。テンポよくぐっと凝縮している。グラっと破壊してしまい、その後もあっけなく寝込んでしまう。かわいい。怒ったときの迫力のすごいこと。座席でのけぞりました。つかまったら八つ裂きにされそうな勢いです。人形なのに、あの大迫力とは。どうなっちゃってるのでしょう。粂仙人は、聖徳太子の弟だそうです。兄をねたみ、自分でこの国を統治しようと三種の神器を手に入れる。龍神を閉じ込め、干ばつを引き起こし、それを聖徳太子の徳のないせいにしようとする。 政治的に陥れられた鳴神上人と違いすぎる。むしろ、悪い人では。
花ますの方も、なれそめを語るのがかわいい。坊主たちは、それでそれでと気をひかれ、仕方話にコロっと参っていました。歌舞伎の『雷神不動北山桜』(鳴神)が先なのかな?と思いましたが、鳴神もこの『粂仙人吉野花王』も、謡曲『一角仙人』のバリエーションだそうです。
歌舞伎の表現の仕方と比較しながら、興味深くみる。人形よね、これって思う程、生きいきとしていて、面白い。粂仙人のぶっかえりにも注目。歌舞伎では、黒子の技を楽しむという「人が手を貸すところ」の面白さがあるけれど、人形遣いがごく自然にひきぬきをして衣装を替え、ぶっかりを整える。文楽の方が人為的でないというのが面白かった。最後に怒りに燃えた粂仙人が着物の裾をガシっと握り、千里も万里も超えてと追いかけていく。大迫力。人形がぐっと大きくなったようにすら感じた。なんじゃこりゃ。

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2012年9月14日 (金)

A Hard Day's Night

Beatlesが歌っていました。Its been a hard days night And Ive been working like a dog Its been a hard って♪
定時に職場を上がり、おさると待ち合わせ。牛タンを食べよう!という集いを決行。 牛タン定食に舌鼓をうつ。おいしい。あっという間に終了。
それではと、次に恵比寿の写真美術館へ。「自然の鉛筆」展をみてきました。自然の鉛筆 技法と表現 これは、平成24年度東京都写真美術館コレクション展だそうです。写真の時代による流れみたいなものを感じて面白かった。 もう一つ展示をみました。 「田村彰英 夢の光」。作品をみていくうちに、徐々に田村彰英という人の個性が際立ってくるように感じました。面白かった! 写真のなかに、細かく気になるものがいろいろあった。気仙沼や陸前高田の様子をみて、再度ハッとする。
もう、充分遊んだのですが、更にもうひとつ。今度は、品川でおりて映画もみました。「 ローマ法王の休日」。わたしがすごーくみたかった映画。キュートなタイトルと異なる驚きのラスト。ユニークなハートフル・コメディーなんて、書くのが悪い。重圧ぶりもふくめ、一緒にいろいろと耐えきれない思いにつきあう。私は、好きな映画でした。
あー遊んだ。会社帰りとは思えないほど沢山のことをしました。牛タンを食べたのははるか昔のよう。旅行からの帰り道のような気分。忙しかったぜぇ~。A Hard Day's Night

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2012年9月13日 (木)

シンプルと陶酔のコラボ10回目の誕生日

友人の2人展にいってきました。シンプルと陶酔のコラボ、10回目の記念展のようです。継続は力なり。
友とは、うら若き乙女の年ごろ(あくまで年ごろが)出会いました。部活仲間です。そのころは部長と部員という仲でした。昨年同窓会で出会いました。それから彼女の日々を追うようになりました(←彼女のブログを愛読するということで、ストーカーではありません)。生きいきとしています。おまけに超おしゃれ。周りに集まる人も超おしゃれ。こっちが物おじしちゃうほど。
展示の記事を読み、がんばっているなぁと感心していました。することをちゃんとして、かつ学ぶことにも興味を持つ。部長のころから、がんばりやさんだったなぁ。昔は、片や きりっとしてやる気に満ち溢れ、目標をかかげ邁進する熱血部長。こちらは、みんなで一緒に部活をしていることに満足するぼんやりとした部員その1でした。(運動が苦手で、体育の時間もボールがこっちにきませんようにと思っている人が、運動部に入るだけで よくがんばっていると思って満足していた気がする。) 大人になってこんな風につきあっていく日がくるとは思いませんでした。大人になるのもいいものです。
あまり時間がなかったのですが、キャアキャアしてきました。チェーンとか、石とか、細かいところがアンティークで素敵。物語がありそうなパーツがいい。友人のギャラリーに訪ねていくって、貴重な体験でした。

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2012年9月11日 (火)

京鹿子娘道成寺

演舞場夜の部。短い。何度も言うけど短い。
会社帰りに道成寺だけみてきました。七世中村芝翫を偲んで「京鹿子娘道成寺」鐘供養より、押戻しまで。福助さんは所作がきれいなので、踊りもきれいだろうなあと楽しみにいってきました。道成寺大好きですし。
鐘供養の場が特別でした。所家とのやりとりが少なく、品のある幕開け。小鼓と白拍子花子の緊張感のあるやりとりが、美しかった。冒頭、鐘をキっとみやるところは、人によって本当に違うものです。どなたの時も、この場は大層好きです。丁寧で、なめらかで、きれいでした。途中一ヶ所だけ、媚びたようなところがあったのが残念。鞨鼓の激しい振りも、力強くきれいでした。
今回は、押戻しつき。大館左馬五郎は松緑さん。大きくて立派でした。松緑さんは品があって、力まかせというより、大きな存在という感じで押しているのがよかった。似合うなぁ。3階Bから堪能。

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2012年9月 8日 (土)

Dance Exchange Project「Pyjamas vol.1」

ハンマーヘッドスタジオというところでダンスの公演をみてきました。Dance Exchange Project「Pyjamas vol.1」。学友が出演♪。
赤レンガの横のところは、去年のトリエンナーレの頃は新港ピアと呼んでいたのに。新・港区というらしい。浜っ子知らなかったよ。新・港区のハンマーヘッドスタジオにいってきました。ものすごくわかりにくい。円形の劇場ときいていましたが、大きな倉庫の一画をくぎり、円形のスペースをつくっていました。特別な空間がとっても面白い。
大野一雄フェスティバル2012のDance Experience。Dance Exchange Project「Pyjamas vol.1」。これは、中村恩恵のダンスサンガと岡登志子のアンサンブル・ゾネがそれぞれの振付作品を相互に振り移し、異なる身体が共通言語を見いだしていく交換プロジェクトというものだそうです。難しい。違う団体がお互いの振りで踊るということでしょうか。友は、どちらにも登場。コンテンポラリーダンスのことはよくわかりませんので、感覚で観賞。今まで観た中で、一番面白かったかも。わからないなりに、なんだかウキウキしました。
友は自分が所属しているカンパニーになると、力強くパワーアップしたような気がします。生きいきとしていました。最初の自分の所属していないカンパニーの振りでは透明感があって、きれいだなと思った。お互いを模索しあう効果ってこういうことでしょうか。ダンスサンガの方は伸びていく感じ、アンサンブル・ゾネの方は音を刻んで重ねて空間をつくっていく感じがして、ほぉと思った。
お尻がいたくなちゃったけど、集中して楽しみました。
終演後、友と久しぶりに再開。懐かしかった。ダンサーの身体はきれいです。あー。手足を、きれいに伸ばす動きがしたくなったぞぉと思いながら帰路につきました。新しい体験は楽しい。

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2012年9月 7日 (金)

第59回野村狂言座・熱帯編

恒例の野村狂言座。宝生能楽堂 に行ってきました。はじめて、解説付き。萬斎師の解説を聞くのは、随分と久しぶり。うれしかった。
狂言座、今回は自分なりの楽しみポイントがあり、かつ解説付。久しぶりに前の方の席が廻ってきたのでうれしかったのですが・・・冷房故障。ほぼいっぱいの人がはいった能楽堂は熱気ムンムンで熱い。 熱帯のよう。今日は、見ながら扇子等であおいで下さいと。みていると汗がタラーっと流れてくる。私は首の後ろが一番ダラダラと汗をかくのかもと妙な発見をしました。
薮原検校の丸坊主から少し髪ののびた萬斎師。短髪よくお似合いです。今回は片輪ものの曲がある。昔は、障害のある人という表現を遣わない。直接つんぼだのいざりだのという。みんな一緒に暮らしていくということの現れである。というようなお話があった。今の子どものように順番をつけることにまで気をつかっていては、いざ世の中に出てから大変でしょうがないと思う。少々乱暴だけど差別(区別)しないということを少し考えた。           
最初に「秀句傘」この時がピークに暑かった。大名の石田師も大変だったでしょう。おおらかで大きな大名でした。
楽しみにしていた「縄綯」。暑くて気が遠くなりそうなのに、万作師の太郎冠者にものすごくひきつけられた。すごい。ああ、これを冷房の効いた能楽堂でもう一回みたい。でも、このやや悪い環境で一生懸命に観ることも面白かったかもしれない。いやいやとした動作を軽々とするというちょっと表現が変だが、全身から発する気を感じた。博打のかたに自分を売るような主でも、今までの主がいいのだなぁ。新しい主の元に送られ、戸惑いのあまり不機嫌になる様や、新しい主の悪口を語っているうちに、どんどん興が乗ってきて話を膨らませる。その意気揚々とした姿にひかれた。なんて生きいきとしてみえるのだろう。すごい。狂言ってすばらしい。元の主の竹山師は、困ったら太郎冠者を借金の肩代わりにしちゃいそうにみえました?!新しい主の深田師は、太郎冠者のバケの皮がはがされる瞬間の緊迫した空気がすごかった。調子のよさにケラケラ笑ってみていたのに、一瞬ヒヤっとしました。
最後の演目は、「三人片輪」。主は岡さん。片輪ものをあまた召し遣いそうな主にみえました。いい人そう。そんないい人に漬け込む博打仲間。萬斎師、深田師、高野師は、博打で首が廻らなくなり片輪ものの振りをしてやとってもらおうとする。相手をおし、いざりと呼ぶ。昔のズケズケと暮らしに入り込んでくる近所のおせっかいな人がいた時代には、みんな一緒に暮らしていたから、なんでも笑いとばせるのだろうか。強く生きていきたい、私も。クヨクヨしないで。 最後には留守番中に、酒盛りを始める。順に謡に合わせて舞いはじめる。萬斎師の景清の小舞のかっこいいこと。ほれぼれしました。
暑い中みる狂言は、いつにもましてキラキラしてみえました。たいそうおもしろかった。

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2012年9月 6日 (木)

『裏方物語』

本棚に入っていいた本を、久しぶりにひっぱりだしてきて読む。千谷道雄『<舞台裏の人々>裏方物語』(ハヤカワ・ライブラリ)。歌舞伎の裏方の人の話。とにかく古い。戦争前とかじゃなくて江戸時代では?と思うほど。戦争で環境が狂い歌舞伎に戻ってきた人とか、必ず戦争の影がある時代。
名優の影響力の強いこと。鶴の一声ってこういうことだと思う。今も、観客が預かり知れない深い世界があるであろうが、絶対的に君臨している姿が見えるよう。
暮らしぶりに差があることが当たり前の世の中。その中で自分の地位を地道に築く。積み重ねた物は、若いものにはまるでかなわない。厳しいけど、いい世界です。歌舞伎にかかわる世界では、今でもこういう正しい年功序列が生きている世界だと思う。
この本の世界は、古くて面白い。楽屋を廻ってお菓子を売る行商とかもあったらしい。時代小説に、楽屋を廻って櫛や簪など行商をする人が描かれていたけど、それは昭和まで続いていたのですね。たぬきに化かされた話なんて、想像することも難しい。化かされたとか、あれはタヌキがやったんだなんて考えは、思い浮かびもしない。妄想家のつもりだったけど、まだまだ修行が足りないなぁ。

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2012年9月 4日 (火)

『楽園のカンヴァス』

おさる絶賛の本を読む。原田マハ『楽園のカンヴァス』(新潮社)。感動した!
8月の夏休みの時にゆっくり読む。夢中になって読む。ルソーの『夢』という絵画は子供のころから印象にあった。おさななじみのおさるが大好きといっていたのも、印象に残るきっかけになっている。あの不思議で、濃密な空間はうまく言葉にできない。でも、作家にはできる。絵画を解説するよりも絵の質感を感じることができるように。創作だけど、事実を壊さないように。丁寧に、緻密に、大切に。好きだという思いが強すぎて、底に流れる空気が伝わりにくいくなることもない。
伝説のコレクターに、突如召集される2人のルソー研究者。熱心な研究者ではあるが、片や日の目をみず、片やその研究心に蓋をしめている。壁はあっても、絵のそばにいる仕事をしていることで心は平穏でいられる別の2人が呼び寄せられる。実在することすら疑わしい、伝説のコレクターが、世にしられていないルソーの絵画を持っているという。これは真作か、贋作かと問う。一緒になって、作品に、ルソーの物語にひきこまれる。学術的根拠を聞きたいし、そんなこと吹っ飛ばしたくもある。あー今すぐニューヨークにいって、あの絵がみたい。そういう情熱的なことをしてもいいかなと思った。
狂おしい程の情熱を「絵画」というものにむけた人のくだした決断に、震えた。ああ。
とりあえず、大原美術館に行こう。来年早々に、上野にエル・グレコ展がくるのもうれしい。美術万歳。
原田マハという人はすごい。『キネマの神様』にも心ゆすぶられました。これは、また違う感じで心をガシガシと掴まれた。

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2012年9月 3日 (月)

市川流リサイタル

覚書
国立能楽堂にて開催の『市川流リサイタル』にいってきました。成田屋贔屓大集合。脇正面の最も後ろの席でした。能楽堂なので遠くないですが。でも、正面からみたかったなぁ。橋がかりのところとか、出からしっかりみることできました。後見の働きぶりとか、義大夫を真正面からみることもできました。脇正面なりのみどころはありました。でも、正面からみたかったなぁ。
まずは、『松廼寿翁三番叟』。ぼたんさんが面箱を持って登場。千歳。清潔な感じがしました。 團さまと紅梅さんによる翁・媼。翁媼が退場し、三番叟の海老蔵さん。あたりまえですが、これは能楽でない。三番叟となるとどうしても能楽と比べてしまいます。そのうえ、能楽堂でみていますし。踊りでの演目とわかっていますが。登場したときに拍手が起こるとか、いろいろあれ?と思ってしまいました。どうしても、神聖なものの部分を求めてしまいます。わかっているけど。華やかで、4人の役割がきちんとある演目でした。おごそかというより、華やかでした。ぼたんさん以外は、素踊りの形式というのも、珍しくてよかった。能楽堂にあわせたいい演出だと思いました。 河東節の演奏があり、驚きました。翁三番叟にあっているのであろうか。
休憩をはさみ『黒谷』。熊谷陣屋の熊谷次郎直実その後です。お主のために、我が子の首をお身代わりにと差し出す。自分は仏門の路に入り、余生は菩提を弔って生きようとする。ここまでは、歌舞伎でよくみます。そのつもりでいても、夜ごと後悔の念にさいなまれる熊谷(團さま)の元に、敦盛・玉織姫・小次郎の霊が現れる。この3役をぼたんさんが踊る。敦盛がとてもよかった。17才の青年の苦悩。自分の変わりに命を落としてくれるものがいる。そういうものを背負った若者が、よく似合っていた。女子の華奢さや声も少年に近い青年のそれであるようで、よかった。 黒谷は、團さまが闘病中に書かれたそうです。三升屋白治作。白血病が治るようにというのと、先代の治雄をかけた筆名だそうです。すてき。とてもいい話で、人間くさく胸にしみた。またみたい。
最後に海老蔵さんの『鷺娘』。はじめて、ぼたんさんが振付をし、海老蔵さんも初役だったそうです。大きな鷺でしたが、鷺の中には大きなものいると思う。
能楽堂をいかした公演という工夫を感じました。少々照明がくらかった。おごそかな感じになっていましたが、後ろからみると少し光量が足りない。顔や表情をみるためだけではないので、かえって雰囲気を味わえたかもしれませんが。
最後に、舞台に團十郎さん、紅梅さん、海老蔵さん、ぼたんさんがもどってきました。海老蔵さんは鷺娘のまま。團十郎さんから、市川流の舞踊を守っていきたいというお話がありました。海老蔵さんにも挨拶をするようすすめ、本興業ではやらないようなお役をつとめました、お見苦しい点もあったかと思いますが、ぼたんの初の振付で臨んだというような殊勝なコメント。團さまも海老蔵さんも感謝のようす。それを、なんだかなごやかに話す。さっきまでどうどうとしていたのに、ほんわかしました。だから、成田屋を贔屓しちゃうんだなぁと思いましたことよ。最後に團さまが1本締を提案。会場中、いよぉー「ポン」としめたのに、團さまだけ、「ポポポン」と続けていました。これよ、これ。いいなぁ。ちょっと(かなり)お高かったのだけど、行ってよかった。能楽堂という特別な空間での公演を楽しみました。

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八月花形歌舞伎 千穐楽

覚書
プチ夏休み、演舞場編。演舞場に行くのはいつものことだけど。
昼の部、夜の部と3階から観賞。宙乗りの引っ込みあたりの席から存分に観賞(昼はとんでこないけど)。
ニンというものを考えた。
慙紅葉汗顔見勢。これは、三代猿之助四十八撰の内である。猿之助が、猿之助をみにくる客をいかに楽しませようかと工夫に工夫を重ねたものだ。あの工夫はすごい。俺をみたい人に俺をたっぷり御披露しようという心生きがある。でも、はたして人々は今の海老蔵にそのようなものを求めているのであろうか。少し角度が違うと思う。
伊達の十役は、魅せることを追求した芝居になっている。海老蔵の仁木弾正は、確かにいい。細川勝元の正義感もよく似合う。土手の道哲の悪だくみ感は、小悪党なのに小さくならない。悪いのに愛嬌がある。足利頼兼ののんびりした感じもいい。位が出る。 でも腰元累や絹川与右衛門は、人を替えて見せるというところにとどまってしまい、その小ささが逆効果になってしまった。高尾太夫も。女の役が悪いというわけではない。じっくりと乳人政岡をみせたところは、よかった。好きでした。こういう演目がないと、みることができなかったかもしれない。彼は、じっくりと役をみせる方がいい。それがニンなのだと思う。 
ところどころで、そう、これよこれっ!っという場があった。 仁木弾正は、でてくるだけで空気が変わる。仁木弾正が、あたかも空をあるいているようなみせかたは、すごく面白い工夫だ。3階で待ち受けていて嬉しかった。 でも、出でみせる集約力がすごい分 工夫によって気迫が薄れてしまったようでもある。殺気を感じるほどの出のあと、何も言わずただ花道を去る。その歌舞伎の古典の手法の方が、なんだか得体のしれないものを観てしまったという強い印象が残るように思った。
私は、大の贔屓だです。観ていると、やっぱり面白い。でも、心の奥に何か違うものを感じてしまう。もっともっとそれじゃない何かがあるのに。もったいないと。 
私は、海老蔵の器用さが好きなのではないのだ。きっと。
海老蔵のみせる歌舞伎の空気は、他に向けた方がもっと似合うと思う。人にこの事を指摘されたら反論して、擁護したくなるかもしれないけどね。模索中なのかな。付き合うけどね。

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2012年9月 2日 (日)

君や僕にちょっと似ている

横浜美術館に行ってきました。奈良美智の「君や僕にちょっと似ている」「a bit like you and me...」。すごくよかった。
おさると2人で、こそこそと会話をしながら見る。君や僕にちょっと似ているのだから、自分に似たものがあるはずと、展示にむかう。1点めに、これ!っと思った。「真夜中の巡礼者」というブロンズの像がいたく気に入った。あたし、これ!っと勝手に決める。 どの像も、画も、なんんだかひかれる。チャーミングなようで、意地悪なようで。子供も残酷さをひめた純真さのようなものがにじみでていて好きです。寂しくなったり、すねたり、気がついてと思ったり、言い過ぎたと思ったり、人にみせたくないような自分の感情とか、知ってほしいのに言えないでいるものとか、そういう気持ちで胸がざわざわする。
この展覧会にあたってのタイトルもいい。作品のタイトルがいい。「ちょっと意地悪」とか、「年貢のおさめどき」とか、「マラカス」とか。「夜までまてない」にはしびれました。いい展示に、大満足。さらっと書いたような鉛筆のラインの作品も、不思議に透明感を感じるカンヴァスにアクリルの作品も、どっちも必要。いいまざりぐあいでした。

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2012年9月 1日 (土)

秀山祭・昼

染五郎さんの容体を心配しつつ秀山祭にいってきました。初日の昼の部。演舞場直前で大あらしにあいました。後、ちょっとなのに・・・
まずは、「菅原伝授手習鑑」。今回は寺子屋が寺入りより。寺入りをみるのは、2度め。この場がつくと、本当にいい。
涎くりに種太郎くん。寺入りがあると、しどころが多くなるのですね。趣向の華をみて、急成長ぶりに驚きました。今月もとてもよかった。父兄の襲名を一緒に支えた結果がでているように思いました。そして、又五郎によく似ていると思いました(お顔が)。戸浪の芝雀さんがすごくよかった。芝雀さんの舞台をもっとみたい。かわいらしさのある方です。必死さと情のあつさのあるよい戸浪でした。源蔵は、梅玉さん。梅玉さんらしいテンポで、さらっと進めながらも深い想いもわかる。あどけなく、傍によってくる寺子屋の子供たちをみまわし、山鹿育ちでどれもお役にはたてないと言う感じ。お身代わりを差し出すかわりに自分達夫婦も修羅を生きる覚悟があるとみせるところがよかった。夫に従う戸浪の覚悟も、芝雀さんとてもよかった。
染五郎さんの休演で、松王丸は吉右衛門さんに。源蔵は、梅玉さんになりました。千代は福助さん。おさえたお役の福助さんはとてもいいと思う。覚悟を決めた人ばっかりの芝居です。又五郎さんの春藤玄蕃、強さがすばらしい。憎々しいだけでなく、強く大きかった。首さえ手に入れば、貴殿などどうでもいいと松王にあたるところ、ここが小さな男にみえると、松王も映えなくなる。声もいいのだなぁと感心した。 いろは送りまで。しんみりと小次郎を送り出し幕。
40分もの休憩後、「河内山」。これまた趣向の華をみて、急成長ぶりに注目の米吉くん。腰元 浪路を健闘していました。
疑問。 40分も休憩を取ったのに、3時前に終わるなんて。それでいいの?昼の部短い。夜の部が長いわけでもない。もうひとつ演目を増やすとか、値段を考慮するとか、とにかく松竹は考えるべきだと思う。 9月も10月も11月も夜は4時開演となっていました。昼はさっとおわらせちゃおうぜ。お値段そのままいいじゃん。そんなつもりなのでしょうか。いけず。いじわる。ちゃんと考えてください、松竹さん。

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