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2012年9月23日 (日)

文楽 「夏祭浪花鑑」

続いて、おめあての夏祭。最近お近づきになった古典芸能愛好家の方に教えていただき、黒御簾からの音楽にも注目して観てきました。そうしたら、祭りの賑わいをもりたてる「だんじり囃子」の重要性がよくわかりました。
釣船三夫の家でも遠くに囃子がきこえている。最後の泥場では、床が語らない場面がある。団七が、義平次を手にかける。黒御簾からだんじり囃子が聞こえる。どんどんどんどん、音が大きくなる。その音にまぎれて団七は逃げ去る。すごい効果でした。圧倒。
幕あけは、住吉鳥居前の段」。老いてはいるがただものではない風貌の釣船の三婦。人形単体でみたらただのおじいさんなのに、すごい。紋寿さんも三婦も白髪頭で、いいコンビ。駕篭かきにいちゃもんをつけられている客を助ける様もかっこいい。この場で、うまいぐあいにほとんどの登場人物が出てくることにも気がつく。三婦が、磯之丞を助ける。団七釈放の迎えにきた女房お梶、団七、磯之丞の恋人・傾城の琴浦、琴浦に横恋慕する大鳥佐賀右衛門、お梶にやとわれた侠客の一寸徳兵衛。因縁をうまいこと表現していたのだなぁ。
歌舞伎だと演じている役者のかっこよさにうっかりしていたけど、団七って男によく目がいった。団七の正義感は一途といえばそうだが、若者特有の思いつきのあやうさが目につく。男も女も伊達と粋を第一に生きている世界。それはわかるが、団七はお主のためとはいいつつ、その場の勢いが多すぎる。ちょっと間違うとただのイキがった若者じゃん。そこを微妙なラインで粋な世界にもっていく。間違いから舅に手傷を負わせてしまうと、あっさり殺すしかないと切り替える。単純すぎやしないかと思うほど。 それでも、親を手に掛けてしまったという場にぐっとくる。 しまいには、総刺青の裸身がですっと立つ。あたりは闇。遠くから提灯が近づく。だんじり囃子が迫ってくる。その世界感に魅せられてしまう。
徳兵衛女房 お辰は、蓑助さん。人形の所作が全然違う。私の女が立たないとぐっと迫るところや、心を決めたところなど、ほれぼれするくらい気持ちがわかる。人間よりもすごいかもしれない。
私の行った日は、住大夫さん、清治さん、文雀さん、源大夫さんが休演でした。大切な人間国宝の方々が・・・心配です。
磯之丞様は大切なお主のはずが。頼りないし、琴浦という人がいて、みんなで苦心して一緒にしようとしているのに、隠れ蓑として預けられたお店の娘と恋仲になっている。え?こんな人を守るために、こんな地獄絵がくりひろげられるの?琴浦に責めれらた時に、「据膳と河豚汁を食わぬは男の恥」っていいましたよ、あの人。勝手だ。
文楽の夏祭をみて、一番驚いたのは、義平次がボロボロのおじいさんでなかったこと。歌舞伎だとみすぼらしいのに。義平次は勘十郎さん。せっかく会えたのにグチグチという琴浦さんをさらう場では、うっかり応援しそうになった。にがみばしった雰囲気でした。泥場での嫌味な様子もすごい。団七の格好よさをひきたたせるように、ぐっともっていく。窮地に陥れるなら俺にまかせろっといった男でした。文楽はあまり卑屈にならないのだなぁ。純粋に面白かったし、歌舞伎との比較も興味深かった。
夏祭浪花鑑 
 住吉鳥居前の段
 内本町道具屋の段
 釣船三婦内の段
 長町裏の段

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