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2012年11月16日 (金)

出雲~聖地の至宝~

東京国立博物館140周年 古事記1300年・出雲大社大遷宮 特別展「出雲―聖地の至宝―」をみてきました。
出雲大社の境内から出土した宇豆柱、銅剣、銅矛、銅鐸、神像など。ふぅーん、どんなものかなと思いましたらあなた、その大きさや・数が尋常ではありません。びっくりしました。平成館でなく、本館特別5・4室を使った展示なので気軽にみにいったら、出雲の底力を思い知ることになりました。出雲大社は、すごい。
弥生時代からの聖地だそうです。大国主神(おおくにぬしのかみ)を祀る、国譲りの代償として建てられた宮殿。平安時代には本殿の高さは高さは16丈(約48m)。当時の奈良の大仏殿よりも高かったといわれています。日本一高い建物。あの大仏殿よりも大きな社とは。10分の1の復元模型があり、その後方の壁に、に10分の1の大きさの東京博物館、東大寺大仏殿の建物も描かれていました。高さだけでなく、その階段の長さにも驚く。階段の上に、本殿。9本の高い柱で支えられており、階段正面中央の柱が宇豆柱です。そして、初めて島根県から持ち出されたという 重要文化財宇豆柱(うづばしら)も展示。巨大。6~7人が手を繋いで囲めるほどの大きなもの。3本の杉の大木を束ねて1つの柱とする。1本の長径が1.3メートル、高さ約1.3メートル、推定重量1.5トン。こんなすごいものを、あんな高さで、こんな長い階段の先に。とにもかくにもびっくりです。
宇豆柱に、穴があいているのは、この柱を運んできて柱穴に落として立てる時に、縄を引っかけるためにあけた穴。表面を削った後は、手斧(ちょうな)と呼ばれる工具で加工した痕。など、その規模と当時の建築技術にも驚く。3本の杉の大木を束ねて1つの柱とし、そのまわりには大きな石がぎっしりとつめる。ベンガラが付着していた跡から鎌倉時代の出雲大社の本殿は朱色だった。驚きはどんどん増えていきます。旧暦10月に全国から神々が集まり、ここで縁結びの話し合いをするとされています。そういうことが起こるであろうなぁと思わせるものがありました。
国宝、加茂岩倉遺跡出土の銅鐸。39個もの銅鐸。1か所から発見された数としては最多のもの。
国宝、荒神谷遺跡出土の青銅器銅剣。その数なんと358本。谷間の斜面から4列に整然と並べられた状態で発見されたそうです。
あまりにも整然と並べられたそれはすごすぎて、おかしくなってきました。現在、島根県下では銅鐸(どうたく)56個、銅剣(どうけん)377本、銅矛(どうほこ)16本、銅戈(どうか)2本が存在しているそうです。なぜこの地に運ばれ、埋納されたのか。その明確な答えはまだ得られていないとか。すごいです、出雲大社。
日本で最も古い由緒をもつ神社。『古事記』には、出雲を舞台とした神話や出雲大社創建についても語られる。すごい。昨年、訪れたときには本殿の修復中でした。2013年5月には御祭神を仮殿から本殿に遷座する「平成の大遷宮」がおこなわれるとのこと。是非、もう一度、聖地出雲に足を運びたい。
特別展売店には、鹿グッズも充実。見返り鹿とか、頬を染める鹿とか、そのキャラクター設定に吸い寄せられなんだか散財しました。良縁打ち出の小づちとかも買っちゃった。これでいい御縁が訪れるわ。きっと。

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