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2013年1月26日 (土)

「北井一夫 いつか見た風景」

写真美術館にいってきました。「北井一夫 いつか見た風景」をみる。モノクロの作品から、いろいろな広がりを感じました。そこにある物語とか、風とか。カラーよりも訴えてくるものが多いように感じるのはなぜでしょう。目にみえているものと違う色あいなので、頭の中で変換する際に膨らむのであろうか。画面の向こうからみている視線からも何か感じるものがありました。面白かった。
北井一夫の写真は、自分が生まれる前であっても懐かしい気になる。記憶にないような小さな子供のころのものも。冒頭に飾られていた『父の帯』という作品から、むむむとひきよせられた。穴のあいたそれはなんだかセンチメンタルな気分になった。学生運動の「バリケード」という連作と、成田空港の、「三里塚」のデモの中でも対照的な点が興味深かった。三里塚は、自分達の住む土地を守るために集まっている。力強く植物が生えている土地で、スローガンを書いた戸の前にいる老夫人はおだやかであたたかい表情。ひじをついて寝そべる若者はしっかりと大地で働くたくましさが美しい。 学生は思想のためだったのに、闘争と日常がまざりあっていき、意気込みだけが残っているようでもある。何のために戦うのか。だけれども、これだけ多くの人が同じ方向を向くパワーもすごいと思う。 比較の面白さも感じた。 先日、父もこの展覧会を見に来ていて、とても面白かったと言っていた。航空関連の仕事をしていて、しかも成田で働いて、そちらがわの人間としてどう感じたのかなと思った。成田闘争に参加した農民に気持ちを寄せたくなるような写真だった。
船橋市の市民の生活を撮った「フナバシストーリー」は、メッセージ性という点では重いものではないのかもしれないが、そこにある生活はしっかりと地に足がついていて、便利になることでなくしてしまったものがあるなと感じた。
人びとの姿のない、「道」というシリーズ。ただひたすらに道だけ。不思議。突飛でなく、地道なのにとても惹かれる作品でした。
最後に、「ライカで散歩」から『ゆず3個』という作品で、本展示はしめられる。まさに、ゆず3個。圧巻。 「ライカで散歩」は、現在も『日本カメラ』でにて連載中だそうだ。出歩くのもおっくうになったなんてキャプションがついていて、そこにもうならされた。

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