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2013年2月22日 (金)

マクベス

世田谷パブリックシアターへマクベスを観に行ってきました。ベンチ席追加発売されていたので喜んで取る。初日でした。ベンチ席ははずかしくなるほど舞台に近く、変に可笑しくなりました。舞台にまきこまれているようで。最後は、一緒に森にのみ込まれました。

シェイクスピアを河合祥一郎さんの翻訳で。『まちがいの狂言』を思い出す。きちんと古典でありかつ斬新な作品で魅せられ、強く印象に残っています。本作は、ここ東京・大阪・ソウル・ニューヨークと4都市で上演されるそうです。そのせいか、日本色が強かった。一番惹かれたのは、声。野村萬斎マクベスが魔女のお告げに翻弄され、心が乱れているときの小さな声。これで後ろまで聞こえるのだろうかともちょっと思ったけれど、小さい声で身体がバラバラになりそうに悩んでいる感じが とてもしっくりきた。元来、言葉がはっきりと聞きとりやすいので小声でも大丈夫なのであろう。後半、もう眠りも奪われ 心も壊れ 自分で進んでしまった王の道をすすまなくてはならなくなってからが、とても気にいった。突き動かされるように出る声は力強く、低く、野太い。血走った眼でいるところが本領発揮というカッコよさだった。
戦で山のように人の首を切り落としてきても、心に影を落とすことはない。王への澄んだ忠誠心と、戦場で信用しあえる友がいる。それが、己の欲の為だけに、たった一人の命を奪うことで、グラグラとくずれていく。夫を支えようと心を強くもったばかりに夫人もくずれていく。眠りを奪われた夫と手から血の消えない妻。秋山菜津子のマクベス夫人は、こうあろうとしている気高さや、それに押しつぶされていく様子がよくわかった。余分なものをそぎ落とした舞台に、気持ちが強く生えた。
シェークスピアの作品には、三人の魔女がでてくる。破れた衣の魔女達(高田恵篤、福士惠二、小林桂太)は、いかがわしく、狡猾だった。コロコロとかわり話をすすめていく様が、運命をころがしているようで面白い。でも、あまりに返信していくので、ダンカンの家来の時にはこんがらがった。魔女から、人間になるときに 今回のマクベスをみて、ああこの三人というのは、このみすぼらしい汚さはが初めて腑に落ちた。尽きる事のない命を持つ魔女達は、退屈しのぎに人間にちょっかいを出す。ほどよく権力を持ち、まっすぐとした忠誠心と、豊かな領土と、家庭を持ち反映を約束された若者の鼻先に鼻薬をかがす。 よってかって言葉を投げかけたり不安になるほど与えなかったり。巨大になりすぎず でも一人ではない。三人というのは絶妙なのかもしれないと。間違った解釈かもしれないけれども。 河合祥一郎さん翻訳の『マクベス』を買って帰る。言葉をじっくり読んで味わいたくなるマクベスであった。

歌舞伎座新開場 あと39日

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