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2013年3月26日 (火)

『トッカンvs勤労商工会』

高殿 円『トッカンvs勤労商工会』 (ハヤカワ文庫JA)を読む。熱くなる。泣く。うーむ、面白い。
人にされたことに腹をたて悔しがる、憎む。そんなことどんな人にもしている。 気がつかずに、自分は絶対にしていないといえるのであろうか。 気軽に言う、悪口ですらない一言にも、無性に腹が立つこともある。 読みながら、そういういことを すごく考えた。 それが、その人の生活に 家族の暮らし を揺るがしてしまうことになったなったら。
「法律って恐ろしい」ということを、身にしみてわかるようになっていくぐー子。一生懸命にやってもやってもちっとも報われない。むくわれないけれども、積み重ねたものは、その人の財産だ。読んでいる方にはよく伝わるけれど、何日も努力したものが、台なしになったらなかなかそんな風に思えない。
国民の大敵「税務署」で奮闘するぐー子。自分が「法律ですから」と言われ、はじめてその言葉の持つ拒絶感に気がつく。いろんなことに翻弄され、大事なものが何かわかっているのにどうにもできない。できないなりにも、なんとかしようとする。日々の自分のすべきことをちゃんとしつつ。損ばかりしてもあきらめない。人を傷つけれてしまっても、そのやってしまったことを引き受けて生きていくしかない。頭がきれかつ要領よく無駄なことは一切しないように見えていた鏡トッカンも、地道な努力家だった。心に痛みがあるからこそ出せた力だった。その強さは打ちのめされたことがあるからだった。自分の辛いことを知られて、そこから得られるのは同情だけじゃない。悪質で、スマートで、いいとこどりなんて、一見いいようで一つもよくない。常に人と比べて、自分の方がよかったらご満悦なんて御断りだ。 あたりまえのことっていい。
この本を抱きしめたくなるくらいよかったのは、なんとか自分の居場所を探そうとしているところ。自分は何ができるか。何をいかすことによって必要な人間になることができるか。そういうことで、あがいている日々なので、みっともなくても、ねばり強く、ずうずうしくなることで自分の居場所をみいだそうとする様に胸があつくなった。得意とすることがないなんてうつむいていない。そうだ。みんな探していいるのだと本を胸に抱きしめた。

歌舞伎座新開場 あと07日

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