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2013年5月 2日 (木)

歌舞伎座新開場 杮葺落五月大歌舞伎 二部

一部に続けて二部を観賞。この日は本当は歌舞キチの友人と通しでみるはずだったのですが、高熱でダウン。かわいそうに。みたかったでしょうに。急遽、助けてもらった人達と観賞。ここで文楽に造形の深い方と交替。幕間のおしゃべりも含め、たっぷり楽しみました。視点が面白い。頭の回転もよさそうです。古典芸能好きの方との会話っていつまでもしていられます。楽しくって。
二部は、「伽羅先代萩」。御殿と床下。藤十郎さんの政岡は、ちょっと面白いほど政岡でした。政岡な私に、酔っているかのかもと思っちゃうほどたっぷりと政岡していました。Iam政岡。栄御前が訪れ、その陰謀からどうにも逃れられないという時に、千松が走り寄り毒見する。八汐に刃を立てられてしまった時に鶴千代君を上手の戸の奥に隠し、栄御前と場所を入れ替わっていました。あれ?いつもこうだったかした。下手のまま自分の上掛けの中に隠していたような。文楽の方式なのでしょうか。調べてみねば。
梅玉さんの八汐、キリっとしてすごくいい。キツそうで怖そうで、位のあるすごみがありました。似合っていました。いい人だったり、癇癪をおこり短気な殿ものが似合うと思っていましたが、こういう悪もいいですね。栄御前は、秀太郎さん。腹に何か企んでそうな大物感がありました。吉田屋のおきさの時には、あんなにやわらかくて賢くて気がきく控えめなできる女なのに。
つづいて、吉田屋。「夕霧 伊左衛門 廓文章 吉田屋」。もう、みだえするほど楽しかった。あんなにすねるのが可愛らしい御仁が他にいるでしょうか。否いるはずがありません。勘当されかつ今は放蕩の身のはずなのに、藤屋伊左衛門はいつまでもボンボンらしい。華やかな場になれた身のこなしといい、もって生まれた上品さ、ボンボンさ。話の筋よりも伊左衛門に目がいってしまいます。伊左衛門がしていることを体感していくような気分。わてが何言うても、きっと吉田屋の喜左衛門が、女房おきさがとりなしてくれはる。そいういことをわかって話をしたり、すねたりしている。あんなに広い歌舞伎座の舞台の中、優雅に存在する。ちょっとはタカタカと往復したりするけれど。あーお大尽が通うのはこういうところなんだなと納得させる。けっして舞台の広さを感じさせない。もう、どうしようもないのだからと思いつつも、その姿を目じりをさげてみてしまう。
そこへ夕霧の玉三郎さん登場。伊左衛門と一緒にたっぷり待たされたところ、優雅に登場。奥のふすまがあくとそれはもうぱーっと光が差したりいいにおいがしたりしそうな雰囲気。せっかく夕霧が来たのに、すねてばかりの伊左衛門。困っているばかかりでなく、どことなくたしなめているようでもあり甘えているしょうでもある夕霧。俗世間にいない2人です。きっと、一日が100時間あるのだと思う。みてられない2人を、じーっとみる。観客は2人にのぼせてます。
そんな2人の完璧ともいえる間に入り込む太鼓持。千之助くんは、もう太鼓持ができる御年頃なのね。臆さずにとりなす太鼓持、立派でした。
ものすごくたわいのない話。だからこそいい。この2人の吉田屋は、もうこの2人にしかできない世界。あーいいものを観ました。これが眼福ですね。終わってもしばらくぽーっとしていたくなりました。参りました。

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