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2013年7月26日 (金)

第63回野村狂言座

宝生能楽堂へ。 第63回野村狂言座をみてきました。
解説は、石田師。余裕のある解説。年代によって異なる解説を聞くのも楽しみの一つです。解説は、聞くも聞かぬも自由なのでその間に来た方は、遅刻ではありませんよという説明がいつも親切だなぁと思う。今日の演目は、若手、中堅と老練と異なった味わいを楽しめることや、武悪の面が照らすことにより表情が異なること、面というつながりあることと、一つ一つの演目だけでなく、本日の演目の流れという見方の紹介もあり流石だなあぁと思う。
最初に、清水。裕基くんの太郎冠者に、萬斎師の主。まずは大きくなっていてびっくり。もう少年でなく青年です。声がわりの時分でしょうか。脇正面から観ていたので、見返る角度がきちんとしていることがよくわかりました。主が脅す姿勢やキレのよさの迫力も堪能。
続いて朝比奈。高野師の閻魔大王が翻弄さんれる様が、軽やかで愉快でした。どっしりとした深田師の朝比奈との対照が際立ちました。謡の部分がよかった。
最後に、連歌盗人。今までに何度も見ていたであろうに、今まで何をみてきたのでしょう。味わいのあるなんていい演目なのでしょうとほれぼれしました。狂言の世界のよさが沢山詰まっていて、いいものをみたなぁと強く思う。万作師と萬斎師が、連歌の会の当番にあたったが手元が不如意なので務められそうにない。よそへ、挨拶なしで入りお借りしてこようと思う。のこぎりで垣を切って侵入するなど、基本的な動作も 沢山織り込まれていて、一つ一つの動作の美しさも堪能。しのびこんでいるのに、この句に添え発句をしよと一ひねり、二ひねりしていて見つかってしまう。誠に憎めない様がとてもよかった。見つけてしまう石田師も大人物でした。
男衆が連歌というものに夢中になり、季節を愛で、いい言葉をひねりだしたい願う。そういうことが道楽である時代を感じることもできるし、富める者が風流な心を知りこれを持っていき会をひらきなさいという粋な計らいをする。狂言は人の失敗をおもしろおかしく表しているようで、その根底にきちんと季節を楽しむ会や行事がみえる。今は、便利になったけれど大切なものをなくしちゃったなぁとちょっと反省。おおらかで、のんびりした空気感がすばらしかった。

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