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2013年8月25日 (日)

『チルドレン』

能楽堂での発表会を見に行ってきました。知人の応援というだけでなく、いろいろと興味深く楽しみました。お稽古へのやる気がでました。が、理不尽なまでの仕事をゴリ押しにあい 見動きがとれません。明日のお稽古は行かれなさそう。ちぇ。
伊坂幸太郎の『チルドレン』を読み返す。弱った心にはいい本を。
近年、虐待・過干渉・離婚・不倫・蒸発・借金・病気など、親の事情で厳しい家庭環境の子供が増えている。どんどん深刻になっていくのをニュースでも感じる。
しかし、人間は思った以上にたくましい。家庭から癒えぬ傷ような傷を負っても、その傷と一緒に強く生き抜いていくことができる。
この本は、何度読んでもすごく好き。クヨクヨめそめそしている場合じゃない。怒るとか、想うとか、暴れるとか、慕うとか、そういう感情をほどほどに表すのでなく、爆発的に表現する。あがくことの格好悪さも、格好いい。
いくつかの物語に布石があって、カチッとつながる。こういう構成の物語は、好きだなぁ。

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2013年8月23日 (金)

八月納涼歌舞伎 3部

まだ新しくなった歌舞伎座には足を踏み入れたことのないという友人と歌舞伎座へ。仕事帰りにあわてて駆けつけて歌舞伎を見ることができるというのは、8月だけ。
最初に、江戸みやげ 狐狸狐狸ばなし。どうしたって、勘三郎のおもかげちらついてしまって仕方がない。伊之さん。もの干し棹に赤い腰巻をパンパンと広げて干すだけで、釘付けにしちゃうあの姿。思い起こすことはいいことだと思うことにします。
おきわがあんまりにもしたたかで達者だったので、これは七くんよね?となんどもじっとみてしまう。少し頭の弱そうな又市に勘九郎ちゃん。極端な役というものは、やはり難しいものだと思う。絶妙に間合いがいいけど。牛娘の亀蔵さんは鉄板です。ゆるぎない怪演ぶり。少し大きくなってしまったように思う橋之助さんの重善は、色男でした。どうしようもない人なのにもてるという感じがいい。伊之助は扇雀さん。悪いとは思っていませんが、これほどいいとは。失礼しましたと謝りたくなるほど。ちゃんと自分の伊之さんになっていました。さすが。
最後に、幕の下りる寸前に こんぴらふねふねと三味線を弾く七くんの醸し出す雰囲気のすごいこと。はっとしました。納涼歌舞伎を作りあげてきた仲間たちの力を存分に感じました。大黒柱のような勘三郎さんがここにいない。けれど、だからこそより守っていく力を感じました。それに、皆うまい。
最後に、棒しばり。次郎冠者の三津五郎さんを相手に、必死についていこうとする太郎冠者の勘九郎さん。そこもよかった。三津五郎さんの巧いこと。太郎冠者と次郎冠者のかけあい・間合いがちゃんとありました。ただ、どうしても本家の狂言と比べてしまい もう少し格調高くてもいいのではないかしらと思ってしまいまう。謡いの品とかね。しかし、隅から隅まで魅了しようとするサービス精神はたいしたものです。
終演後、ちょっと飲んで帰る。ちょっとのはずがついつい長居。学友はいいものです。

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2013年8月21日 (水)

成田屋の至芸

プチ夏休み第2段の日の中の第3段。お休みのこの日は、歌舞伎座→博物館→国立劇場。最後に国立劇場へ行ってきました。国立劇場は3階(2階とつながっているけど)からでも花道もよくみえる。歌舞伎座もよくみえるようになりましたが、同じ日に3階から見比べてみると国立のみやすさがよくわかる。歌舞伎座の席からも感じる華やかさも。
シリーズものの公演のようです。今回は、「成田屋の至芸」團十郎さんの代わりに海老蔵さんがつとめた助六の素踊り。ぼたんさんも登場の道行恋苧環。最後は海老蔵さんの春興鏡獅子という演目。大盛況でした。助六は、普段姿のみえない河東節連中がずらっと並ぶ中花道からでなく下手から登場。本舞台を花道と見立てての踊りで、見る角度が異なることにより新鮮で面白かった。決めるところを決め、ふわーっとした雰囲気を表すところもあり、メリハリもきいていてよかった。海老蔵さんによく似合う演目です。花柳寿楽さんと尾上紫さんよいう流派の違うお2人と市川流の共演になった道行恋苧環。舞台上手にずらっと並ぶのは文楽の義大夫。鶴沢清治さんが並んでいるので、そちらばかりを見てしまいました。なんだか違う、鋭い迫力に眼が離せませんでした。ぼたんさんは、成田屋らしいおおらかさがあり華やかでした。女の人ってやはり小さいです。最後に鏡獅子。一日に二鏡獅子です。みているだけですがさすがにくたびれました。
いい夏休みになりました。

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インターメディアテク

プチ夏休み第2段の日の中の第3段。お休みのこの日は、歌舞伎座の後東京駅へ。キッテの中の博物館インターメディアテクでの展示Made in UMUT̶東京大学コレクションへ行ってきました。
その後に用事があったので最初の方の部屋を主に鑑賞。後日またゆっくりと見に来たい。
夏休みはまだ続く。

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八月納涼歌舞伎 1部

プチ夏休み第2段。今日はお休み。そしてまた歌舞伎座へ。納涼歌舞伎1部は、月の前半が勘九郎鏡獅子。後半が七之助鏡獅子。こんどは、七くんの鏡獅子。をみてきました。
七之助鏡獅子は、美人小姓の弥生でした。選ばれし小姓。美しかったし、達者な感じでした。殿の御前で踊る緊張感とかはじらいとかは、勘九郎さんの方がうったえてきました。兄弟の鏡獅子を見比べる必要はありませんがね。間違いないのは、中村屋兄弟がうまいってこと。獅子になってからは、線の細さがまた別の美しさがありました。シャープな強さがよかったです。
ということで、野崎村も3度鑑賞。よくできた話です。最初に楽しく笑わせておいて、最後に泣かせる。そして義太夫狂言の味わいもよくわかりました。
夏休みはまだ続く。

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2013年8月17日 (土)

ABKAI―えびかい―

ABIKAIは、明日まで。千穐楽まで残すところ3回というあたりで、コクーンシートからみてきました。海老蔵丈初の自主公演、取り組みの意義は多いにかいます。仕上がりも自身のイメージに近いものになったのでは。今度はイメージよりも言葉を大切にしたものをみてみたい。
「蛇柳」の復活、面白かった。柳の精の動きも少々整理されてすっきりしたように思いました。新作歌舞伎 「疾風如白狗怒涛之花咲翁物語」~はなさかじいさん~。上の席からみると照明の効果がよくわかりました。犬、可愛らしかった。通常の公演で、座頭祭りのようなものが多いので、しっかり古典にとりくんでいるものがみたい。出口に向かう観客の中でお若い方々が「こういうのだったら見たい」といっていました。人それぞれだなぁと思う。犬っていう役が斬新で愛嬌がありました。
正直なところ いい所を探そうという姿勢での鑑賞でした。こういうのはもういいや。

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2013年8月12日 (月)

小舞の会

ABIKAIの後、渋谷を離れ水道橋へ。こんどは狂言小舞の会にいってきました。
基本の底力を、しみじみと感じました。どれだけ基本を持っているかで全て決まる。雰囲気とか、斬新さとかでは太刀打ちできない。芸術の中でも古典芸能が線引きされる基準は、ここだと思った。
謡の発声の力や小舞の動きは、何とも難しく、何とも美しい。若手から順に舞っていくのですが、若手の緊張感あふれる姿が美しかった。世代の異なるプロの底力の違いというものをみました。学ぶことで知る難しさ。その上で鑑賞すると、より興味深くなる。すばらしい会でした。感謝。

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プーシキン美術館展

歌舞伎座でうっとりした後、横浜美術館へ。プーシキン美術館展をみてきました。月曜なので美術館はお休みとみな勘違いしてたりしてと思いましたが大盛況。大混雑って程ではないけど。子供が「お母さん、楽しくない。」って言ってました。混んでるしそりゃそうだね。でも私は楽しかった!
いい作品が沢山きている面白さと、コレクター別の絵画の好のみが面白かった。一通りみたあと、中央で歴代のコレクターを紹介した映像をみる。王妃だったり繊維王だったり。時代を反映していて、その映像をみてからもう一度作品をみてみるとまた面白かった。
楽しみにしていた、アングルの「聖杯の前の聖母」がよかったなぁ。ルソーがある!と嬉しくなった。アンリ・ルソー「詩人に霊感を与えるミューズ」。ドニの「緑の浜辺、ベロス=ギレック」という作品がよかった。ドニは家族ものじゃない作品の方が好きです。66点もあってみごたえがありました。もうちょっと混んでいなければ、もっといいのに。無理だけど。
常設もたっぷりでした。宮川香山 (初代)の「俵ニ鼠酒盃」がとてつもなく可愛らしかった。見くたびれました。

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八月納涼歌舞伎 1部

プチ夏休み。今日はお休み。そしてまた歌舞伎座へ。1部を1番前でみてきました。しびれました。
勘九郎鏡獅子に大奮発。あの勘九郎さんの弥生のすばらしさは何なのでしょう。何がこんなに訴えかけてくるのだろう。お城で殿の御前で舞う。勘九郎さんの小姓の弥生の前にいるのは殿だけという気がした。観客なんかみえていないような。恥じらいながらも様々な踊りを見せる。その踊りをみていると長唄の言葉がちゃんと耳に入ってくるのが不思議。一つ一つの動作の意味するところが面白く、引き込まれました。もう拍手をするのも忘れてしまうほど感激しました。獅子の魂が弥生に乗り移り姿を消すところのキレは、さすがの若さ。姿が見えなくなってしまってから、しばしぼーっとしてしまった。しょっちゅう歌舞伎を観にいっていますが、ここまで心をもっていかれたのは久しぶり。すばらしかった。
勇壮な獅子になってからも、美しかった。花道の出のところは平櫛田中の彫刻のような獅子でした。
まいった。
最初の野崎村、一番前でみるのって違う。なるほど、これが義太夫狂言かとしみじみと思いました。うまいねぇ。あと、お染の七之助さんが背を向け、梅の木を眺める後ろ姿の風情のあること。浮世絵のようでした。
いい夏休みになりました。

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2013年8月11日 (日)

八月納涼歌舞伎 2部

なんだか、今までと違う蒸し暑さ。えらいこっちゃ。
歌舞伎座八月納涼歌舞伎、こんどは2部をみてきました。3階の一番後ろから。立見もけっこう入っていました。こう暑いと並ぶのも大変そう。
最初は、髪結新三から。三津五郎さんの新三。ちゃんと小悪党でした。怖いんだけど、極悪非道程でもない塩梅がいい。大家さんの彌十郎さんと並ぶとあっ小さいと思っちゃうことぐらい。台詞廻しとかうまい。ぱーっと華やかって訳ではにけど、じわじわいい。勝奴の勘九郎さんが江戸っぽくてよかった。道具の手入れの様子とか、人によってお茶を出し分けるところとか、きちんとしている。敵に廻したら怖そうな、でも新三に忠実でいい勝奴でした。秀調さんの善八っちゃんは、本当に新三が怖そうでいい。お熊ちゃんは児太郎くん。もう児太郎なのですね。行儀正しく、型どおりにしようと一生懸命という感じでした。源七親分は、橋之助さん。かっこいいのだけど、恥をかかされた恨みに仕返しっていう終わりは方には、いつも うむむ と思ってしまう。
休憩後、かさね。 橋之助さんの与右衛門に、福助さんのかさね。この兄弟は所作がはきれい。コクーンに行った後、歌舞伎座をみると広い舞台だなぁと思う。3階の後ろまで音がいい。かさねって、場所は土手だけなのにドラマの展開があってすごいことに気がつく。3階から全体をみてバランスのよさをいろいろ感じました。いつもつい、オペラグラスで部分的にばかりみちゃうので。手堅いかさねでした。

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2013年8月 9日 (金)

『影法師』

百田尚樹『影法師』(講談社)を読む。うーむ、いい本でした。そして、『夢を売る男』と同じ作家とは・・・と驚く。
友情とか。自分を犠牲にとか、そういうわかったような言葉では、表すことができない。自分を犠牲にしているのではなく、何か言葉でおきかえるならもう「愛」しかない。相手に気がつかれるかどうかは全く関係ない。相手が「大干拓」という夢をかなえることを信じ、道をつくる。その壮大さに圧倒された。1人の一生は、その当人1人でなくかかわる周りの人々を含め、どんどん大きなものになっていく。
江戸時代、北陸の小さな茅島藩。武士という身分。徳川家でなくとも、身分や上下の位がはっきりわかれていて、それを越えることなどありえない。どの階級にもそれぞれにまた上下が決まってしまう。それぞれが藩を思い、家族を思う。まず主のためにが大前提であるが、自分の為にも生きている。どうにもならない。そういう世の中だからとあきらめない。納得しない。そんな男達は、まっすぐで、強くて、惹かれる。鍛錬と精進。その姿には、頭があがらない程まじめである。国のために自分ができることをまじめに考え、武士だから民のことを思う。それでも、大人のしがらみにまきこまれる。負けない少年達、青年達の成長にぐんぐんと引き込まれる。
そのなかで飛びぬけて光る少年がいる。頭脳明晰で剣の達人。明るくさわやかで誰もが一目置く。その「光」のようにみえる男 彦四郎 が不遇の死をむかえる。何があったのか。
冒頭で、国家老・名倉障蔵が竹馬の友・彦四郎の不遇の死を知る。自分の生い立ちを振りかえり、彦四郎の存在の大きさを知る。下級武士の家にうまれ、その地位や貧しさをはじることなく、まじめにまっとうに努力していく男。勘一は、すざましい努力の上幸せになる。が友の死後、その友の思いを知る。その残酷さも、またいいのかもしれない。そんなに人を思えるのか。強い心に驚愕した。親友ということばを軽々しく使うことができなるほど、何かいろいろ考えてしまう小説でした。

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2013年8月 8日 (木)

『夢を売る男』

百田尚樹『夢を売る男』(太田出版)を読む。百田氏の本ははじめて読みました。1作づつ作風が異なる方らしい。この本から読んでよかったのでありましょうか。面白かったけど。
「出版界を舞台にした掟破りのブラック・コメディ! 」と書かれていました。不愉快なのだけど、ありえなくない。その出版のために、毎日働く事ができないようでそうでもない。自意識過剰な人に対して、ものすごく意地の悪い仕打ちをしているようで、「本」というものをバカにしているようで、それだけでもない。小林信彦のコンゲームを思いだした。だました人がだまされたと気がつかないようにだます。あのテクニックです。
舞台は、丸栄社。敏腕編集者・牛河原勘治が、人々を操る。まさしく牛河原って感じの人物。ジョイント・プレス方式で出版を持ちかえる。自分は普通じゃない、特別なのだと誰もの心の中にある部分に働きかける。自分が本を出すということで、自尊心をくすぐる。言葉巧みに詐欺まがいのことをするが、不愉快にならないのは根底にある本への愛だと思う。これだけ内情を露わにしておいて、最後に年金暮らしのおばあさんの作品をもってくる。最後のくだりにより、何か自分のなかにストンとおさまるのものがあった。本を読む人が減ったことをなげいていてもしかたない。出版社が生き残るために、どうするか。「夢を売る」という題名の奥深さが面白かった。さらさら読めてしまうけど、結構残る作品でした。

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2013年8月 4日 (日)

歌舞伎祭 コクーン編

昨日に引き続き歌舞伎祭。今日は、シアターコクーンでABKAI―えびかい―をみてきました。海老蔵さん初の自主公演とあっては、これも駆けつけずにはいられません。亜門演出と私はちょっとあわないイメージなので、どうなるのかなぁとちょっと心配したりしつつ、楽しみにむかいました。この日の会場にはきれいどころが来ていました。着物姿の舞妓さんがズラっと座ると、会場もパァッと明るくなります。
最初に、歌舞伎十八番の内「蛇柳」。松葉目ものなのに、なんだか違うと思ったら松でなく柳になっていました。最初に登場したときのほっそりとしたおもざしや様子がよかった。後での登場との比較もよかった。 由縁の説明や、見抜く眼をもつ僧侶など古典の展開がよかった。繰り返すことにより、必要な部分だけが残ればもっと良くなりそう。再演できる演目になる可能性を感じました。蛇身になってからの舞の長さのバランスとか(長すきる)。押し戻しはやはり成田屋でと思うけれど、どっちも自分でというと間がもたず冗長になりもったいない。最近よく思うのが、そんなに誰も彼も一人で演じなくてもということ。今回も思った。今変わったとかタイミングばかりが目立つように思う。なんども、人気の役者がみたいとか、演じ分けの妙をみせるということもわかるけれど、思い切って分けてみたらどうでしょう。またしばらく経つと、2役とか3役演じ分けがみたいという時代が戻ってくると思う。
歌舞伎をみる人まら。あー押し戻しねと思うけど、そうでない人には、あれ誰?となるでしょう。そこもいいと思う。誰だかわからないけど、なんだかすごい迫力っていうのも面白いと思う。格好も、持っているものも、どこもかしこも、不思議すぎるので。花四天でなく、蛇四天でしょうか。手の平を下にむけると、全然強さがない。声はいつもと同じなのだけど、それだけでこうも異なってみえるのかと面白かった。振付・演出は藤間勘十郎さん。
次に、新作歌舞伎 「疾風如白狗怒涛之花咲翁物語。」~はなさかじいさん~。自主公演らしい自由奔放さ。エンディングにつれて、なんだか森は生きている~のようになってきて道徳の教科書のようになってきて、うーんここが私と亜門さんのあわないところだなぁと思った。が、暗転待ちのようなものがなくテンポよく進み、動物歌舞伎みたいな斬新な面白さもあり、自分がしたい歌舞伎を譲らずやった面白さがありました。あれこれ、楽しそうでした。犬、かわいかったし。義太夫語りにマイクをつかっているようでした。それはどうかなぁ。音が変でした。いろいろと実験的で、初回らしかった。誰にでもわかりやすいものを目指すのは、父親になったからなのかぁとか、いろいろ思いました。日生劇場の親子で楽しむ~よりも、こっちの方が子供向けだったりして。
「枯れ木に花を咲かせましょう」という言葉に重きをおいているのは素直にわかりました。単純に楽しいという点がいいところかな。宮沢章夫さんの力はどこにでていたのでしょう。次はその点に注目し、観劇してみようっと。

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2013年8月 3日 (土)

歌舞伎祭 日生編

歌舞伎座終演後。おさると歌舞キチのかわいこちゃんと帝国ホテルで合流。続いて日生劇場へ。 「親子で楽しむ歌舞伎」日生劇場へ。 「親子で楽しむ歌舞伎」を、親子でない大人3人で鑑賞。菊之助さんと天才右近ちゃんの棒しばり。そして、菊之助さんの鷺娘です。これは、駆けつけずにはいられません。まずは、「棒しばり」から。本家の狂言と比べると、大げさで、少々受けを狙い過ぎでは思えてしまうところもありましたが、とにかく楽しませることを大前提とした演目で、太郎冠者の右近くんも治朗冠者の菊之助さんも全力で身体を動かし、端から端までという勢いで盛り上げていました。ちびっこに飽きさせず、かつひきつけるために、いつもより盛大にという印象がありました。
菊之助さんは、主の留守中に酒を飲んだりしなさそうな、やや真面目そうでもありましたがでしたが、棒を披露しているうちにどんどん乗ってくるくだりがよかった。調子にのった雰囲気が。太郎冠者の右近くんは連れ舞いの時に次郎冠者に負けじと足をあげ、腰を落とし、安定していていい組み合わせでした。うまいだけでなく、相手にあわせようというところがよかった。(たまにお互いが我が道をいっちゃうことがあって、お家のやり方があるとは思うけど むむむと思うので。)比べるのもなんですが、ぴんとこなのジャニーズ歌舞伎の映像をみた後、プロってすごいわ。うまいわと素直に感激しちゃった。
続いて、亀三郎さんの「解説 歌舞伎のたのしみ」。子供の気をひきつつ品がある。さすが歌舞伎役者。動物って子供の心をつかむのね。かえるぅー、からすぅーって絶叫ぎみに答えていました。 最後に歌舞伎の仕草を一緒にやってみましょうといって、見得をきっていました。ちょいと難しい・・・
休憩をはさみ、鷺娘。こんなに静かで切ない踊りを、ちびっこが静かに見ていられるのであろうか。衣裳の引き抜きが多いので、なるほどここに着目したのかと見ていて気がつく。恋に揺れる娘心とかは難しいけどね。雪が降るとかそういうのが楽しそうでした。会場が暗くなると、「怖い?」ってちいちゃな声で聞くのがかわいらしかった。菊之助さんの鷺娘はきれいでした。そんなに哀れにかんじなかったけれど・・・御自身が幸せだからじゃないって同行者が言ってました?!きっとそこが若さなのね。この十何年後にみたいなぁ。
開演前にロビーで、いろんな体験ができました。風の音のうちわとか。かえるの声の貝とか。ちびっこは衣装をはおることもできてうらやましかったわ。差しがねの蝶をさわらせてもらいました。意外と軽くてびっくり。体験って、なかなかうれしいものです。大人でもね。
終演後、3人で帝国ホテルへ。17階インペリアルラウンジアクアで、ハッピーカクテルアワーを楽しむ。一流のサービスでした。幸せな一日でした。

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歌舞伎祭 納涼編

この週末は、歌舞伎祭。
まずは、一人で歌舞伎座へ。納涼歌舞伎1部を3階から観賞してきました。勘九郎襲名のときの鏡獅子にしびれました。あの鏡獅子を再び!自分の中の想いが強すぎちゃっているかしら。落ち着こうと、前日に襲名の時の舞台写真をみていたら、勘三郎さんが一緒に並んで口上しているものや、中村座でめ組のけんかの鳶姿のものとかでてきました。なんで一緒にでていないのかしらとしんみりしちゃった。
今だに続く新開場柿葺落、八月納涼歌舞伎第一部は、野崎村から。芝翫ちゃんのお光っちゃん、かわいかったなぁ。福助さんももう少し年を重ねるとちょっとキャンキャンしたところが落ち着くかなぁと重ねてみる。あんなに好きで好きでいた人と、いざ祝言という運びになってから現実を知る。心中の覚悟ならば自分が身を引き、うれしかったのもたった半時というくだりに、ほろりとしました。お染の七之助さんは、ちょっと魅惑的でした。周りがなんでも面倒みてくれるお嬢さん感たっぷり。名題披露の橋吾さんが駕籠かきではりきっていました。
続いて、お楽しみの新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子。過剰な期待もなんのその。期待が大きすぎたりしてなんて心配は杞憂でした。勘九郎さんの弥生はすばらしい。小姓弥生が殿の御前で舞を所望され、恥じらいつつもしっかり舞う。その微妙な具合、行事の場のの緊張感や、いろいろなものが弥生に現われていて、一つ一つの動きに注目させられる。こんな弥生をみたのは、勘九郎さんがはじめてです。弥生の踊りは、たっぷりのようであっと言う間のようで。すばらしかった。はぁ。
獅子頭を手に踊るうちに、獅子の魂に乗り移られるところは瞬発力がありました。胡蝶の精は虎之介くんと鶴松くん。2人とも子供でなく青年です。可愛らしさで魅せる胡蝶を卒業しているので、大変でしょうが、とても丁寧でした。 獅子になっての登場も雄々しく、立派でした。若さをいかした獅子でした。獅子頭を懸命に振る姿をみて、勘三郎さんは梨園一早かったなぁと思う。こういういい場で、いつまでも思い出していこう。芝翫ちゃんのお光っちゃんとか。眼に焼きつく名場面の想いでは、財産です。この弥生もそうです。すばらしかったなぁ。 七之助鏡獅子も楽しみです。

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2013年8月 2日 (金)

プレイバック・アーティスト・トーク

あと3日で終わっちゃう。あわてて東京国立近代美術館へいってきました。プレイバック・アーティスト・トークを鑑賞。岡村桂三郎さんも出品。私がはじめてみて、一目惚れしたあの作品が展示されています。《黄象 05-1》2005年 東京国立近代美術館蔵。あらためてみて、なんてすごい作品!とまた感銘を受けました。初めてこの作品をみたときの驚きを思い出しました。なんじゃこれ!?そして眼が離せない。怖い様な、迫力満点の作品。画科の名をみてみると「1958-  」。おお御存命。結婚しよう!と思いました!バカみたいだけど。そのぐらいカッコよく、びっくりする出会いでした。久々にみる《黄象 05-1》、やっぱりすごかった。大きな作品。近くによって不思議そうにのぞきこんだりしている観客も含めて、作品を楽しむことができる。見ている人が邪魔になるどころか、そこに含まれていてもいいような。
近代美術館は、所蔵する活躍中のアーティスト作品の前で、本人に自作について語るという「アーティスト・トーク」を開催してきたそうです。この催しはこれまでに30回を数えるとか。この展覧会は、そのトークの様子の映像も流しています。15分程度にまとめられたトークを流す。その横に作品が数点。出品のアーティスト3人づつくらいにくぎり、作品と3人のトークを繰返し流す。作品をみて、トークを聞き、また作品をみる。生きているアーティストが、自分の言葉で語るものを見る。わかりやすかったり、感覚的でますますわからなくなったり、それも興味深かった。面白い企画でした。岡村桂三郎のトークの映像は、微妙に音がづれていて、ちょっといっこく堂のようになっていて、おかしかった。自分で自分のことを語る力強さが伝わり、ますます興味を持ちました。自分の作品のことを絵といい続け、最後の方で絵画という言い方をしていないということを強調していました。原始のころから人が描きたいという思いで描くものに近い、だからこそそれは絵画より絵なのであろう。解説でも、分析でも、説明でもない、想いが伝わり面白かった。実際にきいてみたかったなぁ。トークの一部を書き起こした小冊子もいい感じでした。無料で配布。ポスターもチケットも素敵でした。いい展覧会でした。もう一度くらい行ってみたかった。
今回とりあげられた作家は、秋岡美帆、岡村桂三郎、児玉靖枝、小林正人、鈴木省三、辰野登恵子、堂本右美、中川佳宣、長沢秀之、日高理恵子、丸山直文、山口啓介 12名。

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2013年8月 1日 (木)

『利休にたずねよ』

横浜花火大会の日。今年もみてきました。たまやーかぎやーという人はもういません。横浜、どうしちゃったのかしら?と思う豪華さ。これは、爆発?と思うくらいの。立て続け手あがっているときに、近くにいた人がアベノミクスと言ってましたぞ。景気いい感じの花火大会でした。きれいでした~。

山本兼一『利休にたずねよ』(PHP研究所)を読む。うーむ、いい本でした。美に貪欲。かつ美をみる眼がある。美に取りつかれた男 千利休の恐ろしいほど美意識に圧倒される。小説は冒頭から利休切腹の日となる。利休が秀吉から「死を賜る」。切腹をおおせつかること、死を賜るという言葉。最初から得体のしれない巨大なものを感じる。時間を遡り、何故利休が切腹させられることとなったのかを紐といていく。その構成が気をひこうと奇をてらうものでない。巧い。審美眼を持つ利休という男に、この時代に、どんどん引き込まれていった。
茶道に心得がないことは、もったいないことかもしれない。いろいろな美を味わうことができたら、またどんどんと世界が広がるであろうに。もう習い事を増やせない・・・
茶道といえば、利休と思う。彼の美意識は鋭い。わからない人を愚鈍に思う冷酷さ。美を極めるために、それだけのものを犠牲にできる芯の強さ。人間利休が面白かった。
第140回直木賞受賞作だそうです。

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