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2013年8月 3日 (土)

歌舞伎祭 納涼編

この週末は、歌舞伎祭。
まずは、一人で歌舞伎座へ。納涼歌舞伎1部を3階から観賞してきました。勘九郎襲名のときの鏡獅子にしびれました。あの鏡獅子を再び!自分の中の想いが強すぎちゃっているかしら。落ち着こうと、前日に襲名の時の舞台写真をみていたら、勘三郎さんが一緒に並んで口上しているものや、中村座でめ組のけんかの鳶姿のものとかでてきました。なんで一緒にでていないのかしらとしんみりしちゃった。
今だに続く新開場柿葺落、八月納涼歌舞伎第一部は、野崎村から。芝翫ちゃんのお光っちゃん、かわいかったなぁ。福助さんももう少し年を重ねるとちょっとキャンキャンしたところが落ち着くかなぁと重ねてみる。あんなに好きで好きでいた人と、いざ祝言という運びになってから現実を知る。心中の覚悟ならば自分が身を引き、うれしかったのもたった半時というくだりに、ほろりとしました。お染の七之助さんは、ちょっと魅惑的でした。周りがなんでも面倒みてくれるお嬢さん感たっぷり。名題披露の橋吾さんが駕籠かきではりきっていました。
続いて、お楽しみの新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子。過剰な期待もなんのその。期待が大きすぎたりしてなんて心配は杞憂でした。勘九郎さんの弥生はすばらしい。小姓弥生が殿の御前で舞を所望され、恥じらいつつもしっかり舞う。その微妙な具合、行事の場のの緊張感や、いろいろなものが弥生に現われていて、一つ一つの動きに注目させられる。こんな弥生をみたのは、勘九郎さんがはじめてです。弥生の踊りは、たっぷりのようであっと言う間のようで。すばらしかった。はぁ。
獅子頭を手に踊るうちに、獅子の魂に乗り移られるところは瞬発力がありました。胡蝶の精は虎之介くんと鶴松くん。2人とも子供でなく青年です。可愛らしさで魅せる胡蝶を卒業しているので、大変でしょうが、とても丁寧でした。 獅子になっての登場も雄々しく、立派でした。若さをいかした獅子でした。獅子頭を懸命に振る姿をみて、勘三郎さんは梨園一早かったなぁと思う。こういういい場で、いつまでも思い出していこう。芝翫ちゃんのお光っちゃんとか。眼に焼きつく名場面の想いでは、財産です。この弥生もそうです。すばらしかったなぁ。 七之助鏡獅子も楽しみです。

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