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2014年1月22日 (水)

『マリア・ビートル』

続いて伊坂 幸太郎 『マリア・ビートル』(角川文庫)を読む。殺し屋たちの狂想曲という点では一致するが、『グラスホッパー』と『マリアビートル』は別だった。
子供の青臭い考え方と、リセットすればまたはじめからやりなおせる世界になれてしまった子供達の死に対する麻痺感がにぞーっとする。あの残酷さ。狡猾な中学生「王子」の恐ろしいこと。自分が同世代で子供だったらと思うと、この先が読みたくなくなるほど怖い。自分の先に道が伸びていると思えなくなる。それにしてもこういう「王子」の人物設定ができるなんて。宮部みゆきの『模倣犯』の時にように、こういう人物を描くことができるということは、作家の中にそういう要素があるのではと思われそう。うまいが故に。腕利きの二人組、蜜柑・檸檬のような人物がいて中和される。というのも変だけど。運が悪い殺し屋とか、どこか不器用な人物がつくる世界がいい。
最後に登場するおじいさんとおばあさんのおかげで、この世界で生きていけそうな気がした。さすが伊坂。毎回驚く。

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