『名もない毒』
『理由』に続き、宮部みゆき『名もない毒』(文春文庫)を再読。理由のように密かにではなく、ギャーギャーと騒ぎたてる逃げ場のない理解不能な怖さだった。立て続けに宮部みゆきを再読し、人の心に巣食う毒を取り出してみせるのがうまい人だと思った。毒は誰の心にもあり、誰もが毒にやられながら生きている。
「どうして私だけ」「私ばっかり」これは、私の心にも巣食う毒だ。あの人と比べても仕方がない。世の中は不公平だということも知っている。ひがむ方がかえって不幸せだともわかっている。でも、この毒は消えない。
今多コンツェルン広報室に雇われたアルバイトの原田いずみ。彼女は自分の経歴に嘘を並べ、職場の人を振りまわし、辞めさせられるということを繰り返す。今多コンツェルン広報室でも同じことを起こした。絶妙のタイミングで、想像できないような嘘をつく。若い娘が優位に立ち、相手を再起不能にするほどの。j彼女だけが感じる仕打ちなので、事態が起こるまで予測不能である。「あたしばっかりイヤなめにあう」「あそこにいるのはあたしのはずなのに」。何を手にいれても、決して満足するはずはないのに。原田いずみという娘のために親や兄弟の人生はボロボロになる。かかわる人全てに牙を向く。生まれや育ちが大きく違うわけでもなく、狂っているわけでもない。そんな人と人生で関わりができてしまった故に逃れられなくなる怖さ。悪いことをしていなくても巻き込まれる。
それでも不幸にならないのは、理不尽に打ち勝つことができるからだ。「どうして私だけ」と思う。思い悩んでも、なだめたり別の側面に良さを見出して生きていくことができるから。大事な配偶者から、生きてきた生活レベルが違うから悪意なくはく言葉にチクっとしてしまうことがある。違和感を持つことがある。それでもそれを上回る気持があることをちゃんと知っている。とんでもない人と普通の人にそんなに違いがあるわけではないことも併せて書いている。自分の中の「どうして私だけ」「私ばっかり」を上回る気持ちがあるかどうかだけ。
近寄り難いだけであった義父の口から、権力を持っていても社員を悪意から守ることができない無力さなげく言葉を出させたのもすごいと思った。4歳の娘が友達とけんかしたことを思い悩む。自分がごめんなさいをしたら相手もごめんなさいをしてくれるか。自分がごめんなさいと言うと自分だけが悪いと思われるのではないかと相談する。謝ったら謝ってほしい。だってけんかだから。割り切れないって小さなころから抱えてきたのだ。妥協と違う心の落としどころについて考えた。
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