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2014年5月23日 (金)

バルテュス展

金曜夜間延長をしているの東京都美術館へ。バルテュス展をみてきました。前回訪れたところ大混雑でしたので日を改めての再挑戦。そこそこの人出でゆっくりたっぷりと鑑賞することができました。
国内最大規模、没後初の大回顧展 バルテュス展の決定版と名をうたれていただけあり、これだけたっぷりとバルテュスだけを味わうことができて面白かった。
少女、猫、鏡というモチーフを得て、独特の世界観が濃厚になった。少女の中にある、あどけなさとそれだけでない巧妙さ。少女だけどその中ではじまりかけている女性さ。直視しにくいような瞬間がドキっとしてよかった。しばしば誤解を生むと説明があったが、わからないものを何かの枠にくくろうとしてしまうのは仕方がないことだと思う。誤解を生むくらい、挑発的である。観ている方も、これを堂々とみていていいのかとちょっと思わせるところがよかった。11歳のバルテュス少年が描いた、可愛がっていた猫の「ミツ」がいなくなったデッサンは、子供の書いたというものを越えてすごかった。その40枚近い枚数もすごい。母の恋人であったリルケにその作品をみせ、本となる。もう、どこもかしこもすごい。母の恋人?それがあのリルケ?ポーランド貴族の血を引くバルテュスの父は美術史家、母は画家、兄は小説家・画家でサドやニーチェの研究家としても知られるピエール・クロソフスキー。揃いすぎた環境の中、独特の世界に進む。閏年の2月29日生まれというところまで、普通じゃない。凡人は、狂おしいまでの思いを理解を越えた世界で描く芸術にあこがれる。バルテュスは、まさにその人だ。
《 夢見るテレーズ 》は、ポスターにとりあげられた作品。写真でもインパクトがあるのに、本物はもっとすごい。
《 鏡の中のアリス 》は、友人の妻がモデルとのこと。テレーズは隣人だった失業者の娘テレーズ・ブランシャールであり、《 白い部屋着の少女 》は、義理の姪フレデリック・ディゾンである。誰がモデルかはっきりしているには、はっとする作品だ。
モデルと画科の親密な空気を感じる。出会ったころの節子にも、底しれない魅力を感じた。残酷なようだが、晩年に出会わなかったら、最後を看取る人にはなれなかったのではないかと思った。次に自分が夢中になるものをみつけたら、今もっていrものを手放すのに、ためらいがないように思った。そこまでひとつの対象にのめり込んでいると思った。
だからこそかっこいい。アトリエの吸い殻のおかれた灰皿ひとつとってみてもかっこいい。芸術家ってみんな変態なのだと思う。乱暴な言い方だけど。そして、芸術が好きな人は変態に憧れてる。そんなことを思いました。良かった。

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