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2014年6月 6日 (金)

超・超・超 超絶技巧!明治工芸の粋

今日からコクーン歌舞伎がはじまります。どんな舞台になったのかなぁ。明日まで待ちきれません。

三井記念美術館にて、「超絶技巧!明治工芸の粋~村田コレクション一挙公開~」をみてきました。日曜美術館効果でみたくなりました。金曜の夜は、ナイトミュージアムと称し時間を延長した上 ちょっとお得な料金で鑑賞できました。ありがとうございます。
超・超・超 超絶な技巧でした。小声でなんどもすごいとつぶやく。チョーゼツーとくねくねしながら明治工芸の粋をたっぷりと楽しみました。
とにもかくにも驚く。日曜美術館でみた安藤緑山の牙彫。本物はもっとすごい。何故象牙でこれを?これとこれを組み合わせるなど不思議に思いつつ、巧みさにびっくり。みていて楽しくなってくる。弟子をとらず一切の記録を残さなかった謎の男らしい。芸術にとりつかれていた男であったのであろうなど、いろいろと想像できておもしろい。
金工 正阿弥勝義の「古瓦鳩香炉」古瓦の上のハトが小さなクモをじっとみている。朽ちた古瓦の感じと、毛並みの細かなキッとしたハト。首をひねり鋭い視線の先に、小さなクモがいる。この構図だけでもみごとなのに、それが実は香炉であるという実用性をももつ作品。
「群鶏図香炉」も、みればみれるほど面白かった。細かな菊の上に鶏が羽をふくらませて乗っている。本体をぐるっと鶏が囲む。ひよこも。器の脚の部分にまで繊細な彫刻がほどこされ、どれだけ凝ったら気がすむのであろうと思った。
印籠も素敵でした。勝守の「風仙図金工印籠」。風神が指で鼻や口を広げてすごい顔をしている。裏側ではその顔をみて怯えているものが描かれていました。洒落てます。
刀装具。加納夏雄のものは、凝っている上にあえて残した空間が効いていてすこぶる格好いい。
高村光雲の「法師狸」にはみとれました。
笑っちゃうくらい驚いたのは、正阿弥勝義の「鯉鮟鱇対花瓶」。パカーっと口をあけさせられたアンコウの周りに、ハモがぐるりと取り囲む。そしてそばにハマグリだったかな。ものすごくリアルで気持が悪いほど。花瓶というからには、あいた口に花を活けるのでしょうか。ありえない。かんがえられません。なんじゃこりゃー。対になった花瓶は鯉があんぐりと口をあけていました。もうびっくりしておかしくなっちゃった。
一番のお気に入りは、薩摩の茶碗。精巧山の「雀蝶尽し茶碗」です。なんだか細かい柄だなと思ったら・・・外側に無数の雀。ちゃんと表情がある雀達がぎっしり。内側にはもっと細かい蝶。雀は肉眼でなんとか雀とわかりますが、内側は備え付けの拡大鏡でなんとか蝶だとわかるくらいの細かさ。えええーーーー。どうなっているのでしょう。すばらしいです。
村田コレクションとは、1950年生まれの村田理如(まさゆき)氏が、47歳で当時専務を務めていた村田製作所を辞め、明治工芸の収集に邁進することを決意し集めたそうです。2000年には清水三年坂美術館を設立。裕福な人の正しいお金の遣い方だなぁ。ひとつひとつすばらしいものですが、一堂にかいしているところをみると、なお圧巻です。明治という時代の工芸の力強さを感じる。美術館の所蔵品のうち、選りすぐりの約160点を紹介とのこと。この展覧会が終わっても、清水三年坂美術館にいったらこれらが鑑賞できるということでしょうか。京都でまたみたいなぁ。
細かく丁寧で優雅な作品でした。現代は、なにもかも便利である。便利すぎる。アイデアさえあれば、それをコンピューターグラフィックの世界でいくらでも繊細に表現することができそうである。その上、コツコツと地道につみあげてつくりあげていくことに、万人が感心するというわけではないような気がする。そういう風潮の世の中では、このように手のこんだものを創りあげることは不可能かもしれない。芸術作品をみると、便利とひきかえに無くしてしまったものがあることを感じます。それでいいのであろうか。

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