2012年5月20日 (日)

江戸に一献 オグラカタビラ -ハレ-

平成中村座のあと、小倉充子さんの個展にいってきました。gallery+cook lab como は、すてきな住宅街の中にポツンとあるギャラリーでした。
小倉充子さんの作品は、「これぞ江戸っ子!」でした。江戸が古典じゃなくなる。そこが粋で渋くって、いい。
「九尾狐」というのがいっとう好きでした。半纏のように大胆な柄を背負う。よくみるとなんだかわかる。なになのか探すのが楽しい。気がつく前の物体も、勢いのある流れが かっこいい。 新作の下駄の鼻緒「ビール」のちゃめっけにもグラっときました。 ご本人もかっこいい。おはなしすることができて、ウキウキしました。
おさると色違いでキセルの雨の振るような手拭いを購入。おさるが、これがあればモテルって断言してくれました。もててぬぐい。 その気になっているところ。
あたくしの家にも、粋でいなせでかっこいいオグラカタビラの着物があります。幸せ。 今年もこの着物の季節がやってきました。おでかけするのが楽しみです。チャキチャキの江戸っ子になった気分で、ちゃんと背筋を伸ばして着ようと思います。

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2012年3月17日 (土)

「フェルメール 光の王国展」

フェルメール全37点のリ・クリエイト作品を一堂に展示したというフェルメールセンターに行ってきました。福岡伸一 監修『フェルメール 光の王国展』です。
「re-create」(リ・クリエイト)とは、通常の複製画と異なり、現存している本物の絵をそのまま複製するのではなく、フェルメールが描いた直後の絵の色合いを復元することを目標として再現した複製画dそうです。
本物のフェルメールをみたときに感じた光の感じが違う。 以前、上野でみたのきに本当に光があたっているようで、ああ作品がやけると思ってしまった。そういう感じを受けませんでした。正確に再現をすることが可能になっても、作品のかもし出す雰囲気というものは再現できないということがわかった。本物のすごさを感じる。図録の中に入って、じっくり眺める感じがして、それはそれで面白かった。全37点が一同にかいすると作品のサイズなどもよくわかりました。
会場の一角で、「フェルメールのアトリエ」を再現。記念写真をどうぞというコーナーがある。この体験コーナーは今までみた中で一番本格的なコーナー。フェルメールが描いた“あのアングル”で、記念写真をとうたったコーナーは、机や床や窓の再現だけでなく、窓から入る日差しや、立ち位置の指定、ここでカメラを構えるという目線の指定までされていました。なりきり心に火がつくすばらしい設定でした。
会期が長いのに、雨の日なのに、けっこう盛況で驚きました。福岡伸一さんは、以前 世田谷パブリックシアターで狂言の野村萬斎・文楽の桐竹勘十郎・ 生物学者の福岡伸一という取り合わせの MANSAI◎解体新書 で話を聞いたことがあります。文楽の変形的な実演の後、花粉症と身体の闘いについてという話をし始めたことが興味深かった。本を読んでみようかしら。

福岡伸一監修「フェルメール 光の王国展」
於:フェルメール・センター銀座

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2012年3月16日 (金)

APA AWARD 2012/全国学校図工・美術写真公募展

東京都写真美術館にて、『APA AWARD 2012』をみてきました。社団法人日本広告写真家協会(APA)が主催している公募展。
「写真作品」部門は、広告写真家への『登竜門』という役割を担っているそうです。「人の心を動かす」というテーマで公募した作品。
「広告作品」部門は、昨年1年間に広告として世の中に流通した広告作品。東日本大震災のあったこの1年。広告している場合ではないこんな時。でもこんな時だからこそという想いがあったような気がする。広告部門では、2012年度だけ特別に、応募料を無料・賞金を出さないということにした。それでも通年より3割多い応募があったそうです。それを読んで、自分でできることをそれぞれが探す1年だったのだなと思った。
入選作品は美しかった。とらや 夏の贈り物 という羊羹の写真は、かわいらしく、美しく、清々しく、おいしそうだった。アート作品としての写真と広告写真の違いを感じた。そこに文字が入る。 「とらや 夏の贈り物」。 奇をてらって人目をひくのではなく、本物のすばらしさをすっと出されたようで気分がよかった。フォトグラファーは小山雄司郎さん。
「人の心を動かす」というテーマの「写真作品」の数々。東北からの写真に力強いメッセージを感じた。実際に行って、東北の地を自分でみてみたいと思った。
見応えがある作品でした。 写真には力がある。

併設展として「第三回全国学校図工・美術写真公募展」がありました。ふーんなんて軽い気持ちでみてまわったら、これが面白いのなんの。小・中学生が応募した写真。今、実践授業「図工・美術授業にカメラ」というのがあるそうです。デジタルカメラの使い方を説明し、図工・美術で作った作品(虫とか塔とか人とか)を、自分で置くべく場所(教室やグランドなど)を決め、光などを考えて撮る。 芸術的にしようとしない。素直さが妬ける程うらやましい。面白い。そして、視点がいい。小学生や中学生が、全部自分で考える。本当に?と驚くほどいい。一言コメントの字や表現が幼くて、なるほど本当に自分で考えたのかと納得。 高いところにのぼってしまった変テコな虫。明後日降りることにしたらしい。ビビって口をあけているいるところなんて書かれると、想像力が膨らむ。 手術に向う医師の後ろ姿、いざって感じがよく出ている。 日陰を探し、サンダルに潜り込もうとしている虫というのもある。 どれもこれも、すごく面白かった。こんな授業があるなんていいなぁ。いまだに教える方の立場でなく、授業を受ける立場で物を考えてしまうけど。いかした作品ばかりで、心がキラキラしました。

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2012年3月 1日 (木)

岡村桂三郎展

_crop岡村桂三郎展にいってきました。
久しぶりに展覧会の情報をみつけて大喜びでいってきました。コバヤシ画廊の階段をおりていくと・・・ドアの向こうにご本人のお姿が。びっくり。
会場には大きな作品が3点どーんとおいてある。 久しぶりにみる本物はすごい。 なんだかわからないものをじっとみる。 少しづつ形を現す何かをじっとみる。少し怖いような、不思議で、大げさで、深い。わけのわからないものを圧倒されながらみるのが、たまらなく楽しい。 かっこいい作品でした。 あの眼がたまらない。そしてちょっと怖い。
荘子の「逍遥遊篇」にでてくる架空の巨大な魚だということを教えていただきました。画廊の方にみせていただいた詩は難しいが不思議なイメージが沸いてくる。面白かった。 何だこれはとワクワクする。 じっと作品をみていたらイカロスの翼が頭に浮かんだ。が、詩をみせていただいてみてみると、落ちていくのではなく加速して飛び込んでいくのかなと感じた。ずっとみていたい不思議さが好き。
初めて、作品をみたのは、国立近代美術館での「モダン・パラダイス展」のとき。展の最後にあったあの作品に驚いた気持ちはよく覚えている。 なんだこれは。なんてかっこいい。そして作家が生きている!
今日は、岡村桂三郎さん御自身に少しお話していただきました。ドキドキしました。
いい日だ。 

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2012年2月11日 (土)

今 和次郎 採集講義 展 ~ 時代のスケッチ。人のコレクション。~

本日は勘九郎襲名公演、奮発デーなり。うしし。その前に、パナソニック汐留ミュージアムに行ってきました。2012年1月1日付けで、「パナソニック電工汐留ミュージアム」から「パナソニック汐留ミュージアム」に名称変更したそうです。電工を取る意味はいかに。

「今 和次郎 採集講義 展 ~ 時代のスケッチ。人のコレクション。~」をみてきました。招待してくれた友人が「そんなのスケッチする?」という面白い展示よと言っていました。名キャッチコピーだなぁ。まさにそんな展示でした。
今和次郎(1888-1973)は、青森県弘前市に生まれ。昭和初期の急速に大都市化していく東京の街の様子や人々の生活の変化を採集(観察し、記録する)・分析した「考現学」の創始者として知られているそうです。結果、「考現学」という学問が始まったというだけだと思う。目の前のものをメモしだしたら、詳細にあれもこれも記録せずにいられない人。採集マニアから学問に極める没頭っぷりがすばらしい。好きでしていることと、それを人にうったえることになる境界線をみたような気がした。「とことん」するって素晴らしい。
スケッチは、細かい。そして旨い。とにかく細かい。しつこい。色味の美しいスケッチ。うまいなぁ。とにかく非常に面白い。ユニークでワクワクしました。
美術館の中なのに、うっかり声をあげて笑ってしまいました。すみません。山梨の記録があまりにもおもしろくて。まじめなのだけど、ちょこっとユーモラス。収穫物を列挙している中サツマイモ、カキ などにまざって「ほうとう」があったのがたまらなかくおもしろかった。井の頭公園での自殺者の様子といった肝が冷えるものも、今さんにかかってはちゃんと調査になっていた。
日常生活を考察する「生活学」や「服装研究」に発展する記録は、ひとつずつがすごかった。銀座の街角にたってどんな靴をはいているか、髪型がどうか記録する。化粧の具合も。もう化粧は必要ない年代と思われるといったような暴言も。全部許されるほど没頭する研究者の様子に圧倒。
"ひろい心でよくみる"。生活って面白い。

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2012年2月10日 (金)

思いを伝えるということ

渋谷のパルコミュージアムにて、大宮エリーによる初の展覧会「思いを伝えるということ」展をみてきました。おさると一緒に。教えてくれてありがとう。大宮エリーには、すごく心惹かれる。あの男らしいエッセイを読んでから首ったけ。
「造形と言葉のインスタレーション」。インスタレーションとは、こういう空間のことをいうのだなぁとしみじみと感じる空間だった。自分をさらけ言葉で勝負するということは、それが独りよがりのものにならないか、自分に酔っているだけにならないか、すごく度胸のいることだと思った。プロでいるということはそこを超えた人なのだけれども。
強いなあ。
ビンにつめた言葉を読むというコーナーでは、ビンにつめた時点でもう相手に伝わらないという。手紙の言葉にも威力があり 直接あたらないといけないという言葉にも威力がある。いろんなビンがあり、人によって響く言葉も違う。 フライトに出るというコナーでは、ベルトをしても安全ではないという。そういう言葉達が、私の心をワサワサとさせた。この展示に訪れた私には、「自分でしろ」というメッセージが一番響いたということか。
なかなか面白かった。
おさるとベトナム料理を食べて帰宅。野菜、米粉、野菜でした。

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2012年2月 5日 (日)

歌川国芳展-幕末の奇才浮世絵師-

先日お休みをいただきました。プチ寒中休暇?!を楽しむ。幸せな日でした。
前の前のオフィスの近くにある、お肉がとびきりおいしいお店でお得なランチを。夜には手がでない値段のものしかない。久しぶりに、そのおいしさにしびれる。ものすごくおいしい。
夜には、中村勘太郎改め六代目中村勘九郎襲名披露にかけつける。満員の観客。3階も熱かった。いかにも歌舞伎好きって感じの人ばかり。拍手も熱い。大向こうさん達もたっぷりいました。幕間に集まっているのが面白い。  1階の着飾った方々も楽しませていただきました。
お肉と歌舞伎の合間に、六本木へ。 森アーツセンターギャラリーにて「歌川国芳展-幕末の奇才浮世絵師-」をみてきました。没後150年だそうです。森アーツセンターギャラリーそれは、六本木ヒルズの上。森美術館とは違うくくりみたい。一緒でいいじゃん。
歌川国芳展。
すばらしい!
歌舞伎をバカみたいに観に行くようになったおかげで、より楽しかった。ああ、これは近江のお兼のことだとか 土蜘蛛だとか 人物や設定がわかると こんなにも面白い。 私のみた舞台そのものの世界が、いやそれよりももっと壮大な物語が広がっている。 紙の上なのに、どうしてこんなに活き活きとするのだろう。 着物の柄は格好良く 配色もいかしている。ああ、こんな柄 きてみたい。 ガイコツ(しゃれこうべ)が散りばめられている野晒悟助。 符丁がわかってくると面白い。 「水滸伝」がわかっていたらもっとワクワクしたことであろう。ワクワクしすぎて刺青をいれちゃうかも。くわばらくわばら。
とにかく、面白い。細かく繊細で、奇抜で奇想天外。そういう要素がギュっとつまっている。なんども、カッコいい、スゴイとつぶやきつつ鑑賞。 一度1人でじっくりと見にきました。 両親と一緒に、最度みにきました。源平を描いたものをみて、母と大河ドラマの誰ではないかと 指差しながらみる。みればみるほど、発見がある。 じっくりみようと久々に図録を購入。
前・後期あわせて約420点。ほぼ入れ替えとはいえ、会場の作品数の豊富なこと。結構混雑していましたが 隙間を狙って充分に鑑賞できました。あっというまに時間が経ちびっくり。
肉筆画も数点展示されていました。うまい!この女性がここにいた跡を感じる。風情というのかな、風のようなものを感じる。どれかひとつどうぞと言われたら(言われないけど)、わたくしはこれにします。とこの作品の前で母に宣言。「浴衣を抱える美人」。素敵でした。 国芳の描く美人は、折れてしまいそうな可弱い女性でなく 粋で 生きた人を思わせる美人だと思う。
役者絵では、知らない芝居も数多く出ていました。扮装をみて想像する。どんな芝居だろう。みてみたい。 立ち姿、装束など 今私のみにいっている歌舞伎そのもの。国芳のころから、よくそのまま維持してきたなぁ。歌舞伎のことまですごいと思った。
120205_165836_2グッズもいかしていました。いうことなし。 図録をも購入。重いが嬉しい。武蔵の鯨退治ポーチとか購入。2回見に行ったり、あれこれ買ったりと、割と散財。

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2012年2月 1日 (水)

日本の新進作家展vol.10 ~写真の飛躍~

東京都写真美術館にて、中核として行っている展覧会が「日本の新進作家展」だそうです。写真・映像の可能性に挑戦する創造的精神を支援し、将来性のある作家を発掘し、新しい創造活動の展開の場となるよう、様々な事業を展開の場らしい。
先週、写真美術館に行き いくつか展示をみてきました。そして、ものすごく気になる作家をみつけました。西野壮平さん。写真家の名前すらそんなにわからない程の知識しかなくとも、この面白さはわかる。見ていて飽きない面白さ。こいつぁすげぇ。江戸っこにもなっちゃう面白さ。
西野 壮平(にしの そうへい)
1982年兵庫県生まれ。キヤノン写真新世紀 優秀賞(南條史生/現森美術館館長)受賞。2011年個展(Michael Hoppen Gallery)、10年テグ写真ビエンナーレ(韓国)、12年 Helsinki Photography Festival(オランダ・予定)等出展。 東京都写真美術館のチラシより。
また、みたい。でもオランダHelsinki Photography Festivalには、いかれない。
東京の街を いろいろな視野から撮影する、膨大な数 撮影したモノクロの写真を切り取りコラージュする。慣れ親しんだ東京の街。東京駅や渋谷のスクランブル交差点、皇居、自分の知っている私の視野でみた記憶の東京と、作家の東京と混ざって 微妙にずれて ところどころ正確な東京。大きな大きな東京のコラージュの地図はすこぶる面白かった。 見に来た人達も指をさしあって楽しそうにみている。 広島や、ロンドン、パリなどの街の作品もおもしろかった。 行ったことのないベルリンも。 これだけの作品をつくるためにどれだけのところを歩きまわって 自分の記憶をつくったのだろう。 発想のかっこよさに魅了された。 地道で壮大で突飛でいい。
あれ、この人の作品 森美術館や横浜トリエンナーレでみている!と気が付きました。これからはもっとジロジロと眺めよう。ぐっとくる作品と出会ったようです。面白かった!
他には、添野和幸、北野謙、佐野 陽一、春木麻衣子の作品。春木麻衣子は、六本木クロッシングでみたなぁと思い出した。名前効果もあるしね。

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2012年1月31日 (火)

映像をめぐる冒険vol.4 ~見えない世界のみつめ方~

先週、写真美術館に行き いくつか展示をみてきました。その中でもっとも訳のわからなかった展示。物理なんだか数学なんだかわからないけど、そういうものがあると頭の蓋が閉じてしまい物がわからなくなる。理解する気ゼロで眺める。 子供が動くものを喜ぶように、なんだこれーって不思議さを楽しんだ。なんだか面白かった。
「今でこそ私たちは、地球は丸く、太陽を中心に回っていることを理解しています。」 丸いらしいけど理解はしていないなぁと思う。 古代、世界は円盤状の大地でという時代に、地球は丸く周っていると唱えたようなすごい人(曖昧なコメント・・・)、ガリレオやコペルニクスの著した本が展示されていました。むやみとありがたい。『天文対話』ガリレオ・ガリレイ著 1632年 初版。これは、大阪市立科学館所蔵だそうです。 NASA の宇宙で作業する宇宙飛行士の写真やら、年代不詳の古い脚付き望遠鏡やら、わからずにほぉーっとみる。 宇宙の展示の中に、なぜか ウィリアム・ベンジャミン・カーター『ウニのとげの断面』1848-49年 がある。子供のにぎりこぶし大の大きさの断面。いったいどのくらいの倍率であろう。宇宙コーナーにおいておいてもいい 胃生物のような写真であったが、なぜ一緒に並べたのでしょう。胎内にいる3ヶ月の胎児の写真には驚愕。
丸い地球を何十何分割して 何とか四角形にして 広げたら世界地図になる。多分そんな感じ。見る人がみたら興味深いのであろうなぁ、そんな展示。 きれい。その一言ですみません。
国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト(4D2U)に参画したという小阪淳さんの『VIT (Ver.1.5)』2009年。などをみる。 発生し 進化し 膨張し 破裂し 無になる。 そしてまた発生する。宇宙的規模を漠然と感じる。そういう連鎖のごく細かなひとつなんだな今はと思う。

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2012年1月30日 (月)

ストリート・ライフ ~ヨーロッパを見つめた7人の写真家たち~

先週、恵比寿の東京都写真美術館にいってきました。
「ストリート・ライフ ~ヨーロッパを見つめた7人の写真家たち~」 この展示のポスターになっているのが、アウグスト・ザンダー『若い農夫たち』1914年。スーツをきた青年3人。農夫だったのか。あらゆる階級・職業のドイツ人を記録することにより、社会構造を見ようとする壮大なプロジェクトを手がけたそうです。その壮大さはわからなかったけれど、誇らしげにレンズに向かういろんな職業の人に時代を感じた。1929年に『時代の顔』として刊行したそうだ。ナチスに押収されるが、幸運にも消失を免れたネガからのプリントというところにも時代を感じた。
同じドイツ生まれのハインリッヒ・ツィレ。ワイマール政権下の市民生活を風刺したリトグラフなどが高く評価された人だそうだ。 彼の作品は、とにかく女が木の枝を運ぶ。意味をもたせた何かいいたげな作品とは異なり、事実をドーンと写す。 『荷車一杯の木を運ぶ2人の女、シャルロッテンブルクを背景に』1898年というように とにかく木を運ぶ。 足首までの長いスカートを穿いた女達が、自らの生活のために木の枝を集めまくる。そしていつ壊れてもおかしくないような荷車に、考えられない程詰め込み、ひたすら押して帰路につく。社会の弱者であるのかもしれないが、悲惨という視点でなく撮っている気がした。女は強い。きっと男も。人は強い。負けないという優しさがあるような気がした。とにかく、どれもこれも木の枝を運んでいる写真の繰り返しに興味をひかれた。
もう一人の同じドイツ生まれは、 ビル・ブラント。マン・レイ の助手をつとめたいうシュルレアリスムの影響があるそうです。芸術感が強いのかな。映画のワンシーンのようにかっこいい。でもよくみると普通の人達。『若い主婦、ベスナル・グリーン』1934年というように。 イギリス人の社会生活の記録。『イングリッシュ・アット・ホーム』は、普通の暮らしを撮っている。なのにきりとったシーンのようにみえる。プロってすごい。
イギリス生まれのジョン・トムソンの撮るロンドン市民の暮らし。『ストリート・ライフ・イン・ロンドン』としてまとめられたものは、社会へのメッセージ性があるような『ロンドンの流浪者』1877-78 というタイトルのものがならぶ。タイトルは重くても深刻さを前面におさず 淡々としていた。
同じく イギリス生まれのトーマス・アナン。グラスゴーの街の様子を写す。再開発計画の一環として壊される前の建築物や街頭の風景の記録を、市から委託されたものだそうだ。壁ははがれおち 街並みに人のいないものも多い。貧しい居住者がいるものもある。 『袋小路 118番、ハイ・ストリート』1868年 というようなシンプルな作品名でつづられる。再開発にあたり、市が現状の写真を残しておこうと考えるのはなぜだろう。 現実をきちんと写しだした写真達は、かつて人々が賑わい 栄えたことのある空気がちゃんと残っていた。
写真作品に関する知識が少なくても知っていたのが、ブラッサイ。ハンガリー生まれだそうです。1932年に発表された写真集 『夜のパリ』。単純な感想だが、ポストカードはあくまでもポストカードだと思った。 こうやって展示されていると ただのお洒落なシーンではない。 パリの生活の光と闇。 この時代のパリはどうだったのだろう。 想像しながらじっくりみる。 前述のビル・ブラントは、このシリーズに触発され「ナイト・イン・ロンドン」を制作したそうだ。その解説を読み、またもどって見直してみたりした。
同じパリの街並みや人々の暮らしの作品は、ウジェーヌ・アジェのもの。フランス生まれ。建築物の内部の装飾の詳細部分などを撮影し、画家たちのための資料として販売したそうだ。なるほど。とにかく手すりばっかりとか、とにかく連続して残すことで何か効果が出てくるような気がする。これら生計のために記録した約8000枚もの写真は、晩年、マン・レイに認められ、ベレニス・アボットによって世に広められたそうです。 なるほど。
会場とぐるっと周ってみて、「ストリート・ライフ」という言葉の効果を感じた。 個性を強烈に押し出し 俺の作品! とアピールするものと異なり、 地道な積み重ねの先に ジワジワとしみてくる各人の個性が面白かった。  取り出してみると、お洒落な写真だなと思うだけかもしれない。 それを 固めてみると奥深さが面白かった。押しつけ感がないのに面白い。
ヨーロッパの都市が近代化のため急速な変化を遂げる。そこで消えていった街角や生活の様子は素敵でもったいない気がした。反面、ちゃんと今でも残っているものも多く、日本のバカみたいに高いビルばっかりの風景より ずっと素敵だとも思った。住みやすい暮らしも必要。風景を守ることも必要。今のビルが100年後に残っていたしても、その美しさを愛でる気持ちになるのであろうかと考えた。

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